天使で悪魔
深紅の同盟
灰色狐は最後の指令を出した。
王宮にあるエルダースクロールズを手に入れる事。それが最後の任務。
まさに究極の強奪だ。
難攻不落とも言うべき王宮に侵入し巻物を入手する。
なかなか楽しそうですわね。
剣が唸る。
鋼鉄のクレイモアが不敬にもわたくしに迫りつつあったマッドクラブを一刀両断する。わたくし達の周辺カニの死骸だらけ。
最後の一匹は沈黙した。
撃破終了。
「終わりましたお嬢様」
「ご苦労様」
「勿体無きお言葉」
帝都の地下に広がる下水道にわたくし達一向はいた。
メンバーはわたくし、グレイズ、ジョニー、そして灰色狐の伝令の1人であるボズマー娘のメスレデル。今回のサポート役だ。もう1人のサポート役で
あるトカゲのアミューゼイは王宮の物置にある《砂時計》を起動させているはずだ。
砂時計?
砂時計。
何でもその砂時計を起動させない事には地下から王宮には侵入出来ないらしい。
理屈は不明。
アミューゼイは王宮にいる。つまり別に地下から侵入せずとも忍び込む事は可能ではあるものの《エルダースクロールズ》が保管されている区画
は通常のルートだとまず10回は惨殺される。地下から侵入する事が最善なのだ。だからこそわたくし達は下水道にいる。
「はぁ」
溜息。
……臭いですわ。
いくら帝都に広がる下水道が天然の洞穴や王宮の母体となっているアイレイドの遺跡と繋がっているからといってこのわたくしが汚水の臭い漂う場所
にいる。この時点で犯罪ですわ世の中間違ってますわ。
「ジョニー」
「へい?」
「始末」
「なんでなんだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああこんなに尽くしてるのにーっ!」
「何となく」
「何となくなのかあっしてば可哀想だー」
「はぁ。ジョニー弄っても気分転換にもなりゃしませんわね」
「……」
疲れますわ気が滅入りますわ。
帝都の地下に広がる下水道は様々な場所に通じている。世界でもっとも複雑な迷宮といっても過言ではない。
天然の洞穴、アイレイドの遺跡、さらには城壁の外にまで通じている。
一説では皇族の脱出用のルートも兼ねているらしい。
王宮は真正面から侵入するよりも地下から侵入する方が得策だというので下水道に出張って来たものの……やめときゃよかったですわ……。
この臭いに耐えるぐらいなら帝国の部隊を粉砕した方がよっぽど楽。
アルケイン大学のアークメイジであるハンニバル・トレイブンの高弟であるわたくしにしてみれば帝国軍なんて敵じゃあないですわ。
ほほほ☆
「アルラ、進むよ」
「ふぅ。分かりましたわ」
今回同行している伝令のメスレデルはわたくし達を促す。
ジョニーは松明を持って先導。
その後にグレイズが前衛として進み、わたくし、メスレデルが続く。下水道の地図は入手しているから迷う事はないけど……気が滅入りますわ。
貴族であるわたくしがこんな場所に……最悪ですわー……。
ドン。
「ちょっとグレイズっ! 急に止まらないでくださるっ!」
「……」
「グレイズっ!」
「……」
「……どうしたのですグレイズ?」
「……」
突然立ち止まりあらぬ方向を見据えているグレイズ。
闇がわだかまるだけだ。
ジョニーが恐る恐る松明の明かりをグレイズが気にしている方向に向けるものの、松明程度の光陵では闇は削れない。結局何も見えない。
何なのだろう?
「アルラそいつどうしたんだい?」
「多分何かを見つけたんでしょうけど……」
「見つけた? 何を?」
「敵を」
グレイズは闘技場に登録している剣闘士だ。
今は亡き前グランドチャンピオンであるグレイプリンスとほぼ互角の剣技を誇っていた。純粋に強い。
また剣闘士としてだけではなく戦士としても一流でありわたくしの家に召し抱えられるまではスカイリムでの紛争に傭兵として従軍していた過去が
ある。グレイズの感覚は超一級だ。おそらく何らかの敵がいるのだろうけど……。
「何がいるんですの?」
「無数の眼が我々を見ています」
「無数の?」
意味が分からない。
大勢敵がいる?
「しかし今は大丈夫です」
「はっ?」
「無数の眼は我々との距離を一定に保ったまま。我々が近付けば離れ、進めば着いて来る。今はこの状況を維持したまま進むとしましょう。ここで
は戦い辛いですから。そこで提案なのですが最後尾を自分が護ります。よろしいでしょうか?」
「はっ?」
グレイズ、長々と喋るけど意味は簡潔過ぎ。
だけど彼の野生の勘の鋭さは知っている。ここはそれを許すとしよう。
何らかの意味があるのだろうし。
「任せますわ」
「御意」
順番を代えてわたくし達は進む。
下水道のさらに奥に。
武装。
今回はさすがにドレスはまずいだろー……という事で皮の鎧を纏っている。防具は全て皮製。兜と盾は装着せず。
靴はスプリングベールの靴。
何かの魔法が込められているのは手にした時から分かってたけど装着して初めてその魔法が何かが分かった。スプリングベールの靴を履いた
と同時に身が軽くなった。軽業師になったかのようにジャンプ力が上がった。
……。
……まあ、灰色狐がどういう意味合いでこの靴を渡したかは不明だけど。
多分意味はある。
多分ね。
そしてそれはきっとエルダースクロールズの強奪に役立つのだろう。
武器は銀のナイフ。
せめてショートソードを帯びろ?
任務は盗み。
万が一盗みが発覚し衛兵に終われた場合、武器を持っているとどうしても使いたくなる。なのでナイフオンリー。ナイフは武器以外にも色々と使い
勝手がいいので身に付けている。
……。
……まあ、最悪な場合『デイドラの剣召喚』が出来るし虎の子の魔法がある。
武器の有無はさほど問題はない。
それでも。
それでもあくまで強奪が目的。
出来るならば殺しはしたくない。この強奪が今後伝説となるのは確実。……成功すればね。ともかく伝説となるなら綺麗な伝説がいい。
殺害は回避しよう。
まあ、自分が殺されない状況にならない限りは偽善者でいるとしよう。
さて。
ドゴォォォォォォォォォン。
錆び付いてまるで開閉出来なかった扉を魔法で吹っ飛ばす。
押しても駄目なら吹っ飛ばせ。
名門シャイア家の有名な格言ですわ。
「ふぅむ」
下水道は抜けたらしい。
粉々になった扉の向こうは白い無機質の石の壁。生活感がまるでない、まるで墓標の中のようなこの感覚。アイレイドの遺跡だ。
「ジョニー、明かりを」
「……」
「ジョニーっ!」
「……」
返事がない。ただの屍のようだ(ドラクエ風味☆)。
粉砕した扉の下敷きになっている。
……。
……ああ。
そういえば警告なし魔法放ったですわー。
アルラってばうっかりさん☆
ほほほ☆
「……恐ろしい奴」
メスレデル何故かガクブル。
何故かしら何故かしら?
ともかく扉の向こうはアイレイドの遺跡だった。
元々帝都は古代アイレイド時代の産物。
元々はアイレイドの都市だったと歴史は語っている。そのアイレイドの都市を反乱に勝利した人間が制圧した。それが帝国の起源だ。もちろん数千
年も経っているわけだから当時の建物が現存しているわけではない。色々と補修もされているし立て替えもされてる。
しかしそれはあくまで上の話だ。
地下にはまだ当時のままの遺跡が存在している。
「ふぅん」
帝国の防備。
こりゃザルですわねぇ。
地上には完璧な体制を敷いているのでしょうけど肝心に地下はがら空き。
聞けば皇帝ユリエル・セプティム暗殺犯達は地下を通じて王宮に雪崩れ込んだらしい。そりゃ既に皇帝も皇子達ももデストロイされちゃったから王宮
には護るべき皇族がいないのは分かるけど……もう少し警備体制はした方がいいですわよ?
今、盗賊達が進んでるわけですし。
さて。
「グレイズ、ジョニーを運んで」
「御意」
「……アルラ自分でやっておいてその結末?」
「問題あります?」
「……まあいいよ。アミューゼイはちゃんと仕事をしたようね」
「そうかしらねぇ」
何気にアミューゼイは微妙。
トカゲは別の場所にある『砂時計』を起動した……と思う。その『砂時計』を起動しない限りはここまで辿り着く事は出来なかった。つまり『砂時計』が
何らかの道の開閉装置になっていたのだ。その道を通って今わたくし達はここにいる。
しかしその道をいつ通り過ぎたか分からない。
まあいい。
無事にここまで着いたわけですし。
大仕事なのにいつも通り裏方のアミューゼイ。まあ、思えば今までもそうでしたわねぇ。
言われた通りジョニーを背負うグレイズ。
「……」
再び闇の向こうを見ている。
今までわたくし達が来た方向だ。
「まだいますの?」
「御意」
「何者?」
「それは分かりませんが無数にいます。数は特定不能です。少なくとも我々を監視し尾行しているのは確かです」
「ふぅむ」
さてさてどうするか。
帝国兵ではあるまい。地下の下水道に足を踏み入れる事は『絶対』にない。帝都の地下には吸血鬼、賊関係、野生動物、ゴブリンの集団等色々と
生息しているものの帝国は街の下の事に関しては一切の義務を放棄している。
わざわざ追撃はして来るまい。
仮に帝国だとしてもわざわざ遠巻きに見ている意味が分からない。
……。
……まあ、下水道をウロウロしているのは罪じゃあない。
昔の皇帝の避難経路にまで到達しても少なくとも法律には触れていない。
わたくし達が罪を犯すのを待っている?
それはあるかもしれませんわね。
その上で『スタァァァァァァァプっ!』するつもりなのかもしれない。
「アルラどうする?」
「わたくしが決めますのメスレデル?」
「今回はアルラがリーダーだからね。グレイフォックスからは直々にそう命令されている。最大限援護しろとね。指揮権はあんたにある」
「ふぅむ」
腕を組んで考える。
誰だか知らないけど『無数の相手』は距離を一定に保ったまま尾行している。
迫れば離れて進めば追ってくる。
完全に一定の距離を保つ、そういう連中を相手にする事ほど面倒な事はない。とりあえずどこまで付いてくるか、そこに興味がある。
何の目的?
何の思惑?
そこまで突き詰めればここで片付けずに少し様子を見たくなる。
灰色狐の成果を横取りしようとしている?
それはそれでありえる。
ただ言えるのは、少なくとも堅気ではあるまい。
もうしばらく泳がせてみよう。
もうしばらく……。
「放って置いて先に進みますわ」
「分かったわアルラ」
ガーディアンのつもりなのかそれともかつてここで果てたアイレイドエルフの怨念で動いているかは知りませんけどスケルトンの集団がわたくし達
の探索の邪魔をする。……いや、した。過去形。わたくし達の敵であるはずがない。
邪魔する敵を蹴散らして進む。
奥に。
奥に。
奥に。
数分前にようやく復活したジョニーは松明を手にしてわたくし達を先導。
時折後ろを振り返ってわたくしを見るものの……まあ、きっと背後から追尾して来ている謎の集団に怯えているのだろう。
わたくしを見て怯えている?
誤爆されるのが怖くて怯えるだなんて、そんな事はないでしょう。何故ならわたくし達は絶対的な主従の絆で結ばれているのだからね。
ほほほ☆
『……』
無言のまま進む。
スケルトンは数が多かったものの足止めにもなりゃしない。
速度は緩む事無くわたくし達は進んで来た。
ダース単位で来ようが『霊峰の指』の一発で全て粉砕出来る。もしもこれが古代アイレイドのガーディアンだとしたら……甘いですわね。この程度
でわたくしの歩みを止められるものか。
『……』
奥に。
奥に。
奥に。
最後尾を歩くグレイズは時折立ち止まり数秒後ろを振り返る。どうやらまだ尾行されているらしい。
何者?
もちろん誰だろうと問題なく粉砕しますけどね。
「ふぅ」
次第に見飽きて来た。景色に飽きて来た。
アイレイドの遺跡はどこもこんな無機質な感じで代わり映えがしない。一度アイレイドの遺跡に潜った人間なら誰もが思うだろう。もっと斬新な内装は
ないのかってね。単調過ぎて飽きてしまう。敵は雑魚過ぎるし。
やれやれですわ。
「お嬢様っ!」
わたくし達から少し離れて斥候として先頭を歩いていたジョニーが叫ぶ。
「始末」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーっ!」
「ああ失礼。『何ですのジョニー』をついつい略で言ってしまいましたわ」
「……そんな略はありえないっす……」
「何か言いまして?」
「……い、いえ……」
「それでなんですの?」
「あれをっ!」
指差す。
その先にあるもの、それは今まで見た事がないアイレイドの遺跡の内部だった。……なるほど斬新ですわね。
この部屋は広大だった。
広いのは問題ないんだけど……先がない。真ん中がないのだ。あるのは漆黒の闇。これでは先に進めない。それに先に進む意味合いもよく分か
らない。何故なら向こう側には正体不明の巨大な像が1つとその両脇にある戦士の象が2つあるだけ。
何ですの?
「ようやく私の出番だね」
「メスレデル?」
「あのど真ん中の像に鍵穴があるのよ」
「はっ?」
「はって……何よ?」
「いえ、意味は分かりますわ。なるほど鍵穴があるわけですわね。そこに鍵を差せば道が出来る……でもどうやって?」
ここから向こう側まで10メートルはある。
とてもジャンプは出来ない。
スプリングベールの靴を履いているからわたくしは身軽いですけど……さすがに向こう側にまでジャンプは不可能だ。それにそもそも鍵がない。
どうするのかしら?
「こいつの出番よ」
メスレデル、1本の矢を見せる。
矢じりが鍵の形をしている。そうか、ここで解放の矢か。以前入手した解放の矢はここで使う為の矢らしい。解放の矢の先端は鍵。これをここから
巨大な像の鍵穴の部分に射る事で何かが起こるのだろう。扉が現れるとか橋が架かるとかそういうサプライズがあるのだろう。
……。
……ま、まあ、わざわざそんな手の込んだ内部を設計したアイレイドエルフの感性は意味不明ですけどね。
無駄に手が込んでる。
だから滅んだんじゃない?
まあいい。
メスレデル、無言で弓矢を構える。
例外はあるし世間一般では当然ないものの、やはりボズマーと言えば弓矢だ。弓矢の名手が数多いボズマー。
彼女もまた自信があるらしい。
「……」
ギリギリギリ。
解放の矢を引き絞る。
わたくしには巨大な像にある鍵穴とやらはまったく見えないんですけどメスレデルに躊躇いはない。一発勝負。ここで外せば矢を回収する術はな
い。そもそも向こう側には歩いてはいけないのだから。
息を呑むわたくし達。
そして……。
「実にお見事な腕前ですなっ!」
『……っ!』
その声はわたくし達ではなかった。
背後から響く声。
バッ。
瞬時に振り返りわたくし達を護るように……事実護っているのですけど……白いオークのグレイズが背負っていたクレイモアを引き抜いた。
鋼鉄製のクレイモア。
武器としては何の変哲のないものだが豪腕のオークが持てば破壊力は抜群だ。
少し離れたところに白髪の紳士がいる。
年の頃は60かそこらだろう。
見た感じインペリアル。
……誰?
「メスレデル」
「知らないあんな奴。そもそもグレイフォックスは私とアミューゼイを支援に回しただけのはずだよ。少なくとも私はそう聞いている」
「つまりは……」
「そうね。あれは部外者」
「ふぅむ」
盗賊ギルドとは関係なしか。
そして今まで尾行して来たのは多分こいつだろう。グレイズの勘は当たる、それを総合すると『尾行していた複数の者達』の1人だ。
成果を横取り?
そうもしれない。
コレクターならエルダースクロールズを言い値で買い取るだろう。
あの巻物には需要はない。需要はないけどコレクターなら何をしてでも手に入れたいと思うはず。
ガコン。
漆黒の闇から足場がせり上がって来る。
1本の細い道だ。
1人が歩ける程度の幅。さらに巨大な像が後ろにスライドしている。多分あの下のあった階段とかの類が開放されたのだろう。
メスレデル、解放の矢を上手く像に突き刺したらしい。
お見事ですわ。
それにしたってこのタイミングで出てくるって事はこの紳士、やはり横取り目当てですわね。
どこでどう知ったのかは知らないけどね。
漁夫の利?
ふふん。
そんなに簡単には行きませんわ。
「ひぇぇぇぇぇぇ」
1人びびるトカゲ。
まるで使えませんわねぇ。
まあいい。
「何者ですの?」
わたくしは紳士に詰問する。もちろん場合によっては始末する。今回は盗賊ギルドの規則である不殺は適用されない。伝説達成に『殺人』という不名
誉な為に帝国兵を殺すつもりはないけど、横合いから成果を奪いに来た相手ならば話は別だ。
ライバルは蹴落とす。
それだけですわ。
「何者ですの?」
「ワシは……いいやワシらは深紅の同盟。麗しき『レディ・レッド』のご意向により王宮を占拠する為に参った」
「王宮を占拠?」
「左様」
ふぅん。
だとすると反帝国の組織か。
地下から侵入の方がやり易いのをどこかで知ったようだ。そして地下から侵入する術のあるわたくし達を泳がせ利用した。……ムカつきますわねー。
目的は異なる。
こいつらは王宮、わたくし達はエルダースクロールズ。
しかし利用されるのは好きじゃない。
それにこのまま王宮に突入したらこいつ(もしくは、こいつら)も王宮に付いて来る。同類項と思われるのも伝説が傷付く。
排除?
排斥?
何でもいいけどここで退場してもらう必要がある。
「王宮を占拠。なるほど。それはそれはとても高潔な行いですわね。……だけどどこでわたくし達の行動を知ったのかしら?」
そこが気になる。
灰色狐は用意周到だ。最低限の人間にしか今回の事は言っていないはず。
わたくし、メスレデル、アミューゼイ。さらにわたくしを通じてジョニー、グレイズ。それだけのはずだ。少なくともわたくしはこのメンバーを疑いはし
ない。疑うべき要素が皆無だからだ。灰色狐も他には洩らさないだろう。
ならどこで聞いた?
密告者はいないはずだ。
「くくく」
紳士は笑う。
「何がおかしいんですの?」
「我らが主であらせられるレディ・レッドは帝都に置ける全ての会話を把握出来るお立場にある。どんな情報も筒抜けなのだよ」
「盗み聞き……ふぅん、その女性は淑女として失格ですわね」
「……何?」
「失格」
「……っ! レディ・レッドを虚仮にする者には死をっ!」
バッ。
紳士は動く。
俊敏な動きで動き何かを引き抜く。武器らしきものは持っていなかった、しかし手には光る何かがある。
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
間に入り相手と切り結んだのはグレイズ。実力はグレイ・プリンスとほぼ互角の剣闘士。そのグレイズとまともに張り合う紳士。
そして見る。
紳士は刃物を持っているわけじゃあない。
爪だ。
一メートルほどにまで伸びた爪だ。
さっきまでは普通だった。
つまり自らの意思で爪が伸ばせるのだろう。鋼鉄とほぼ同等の硬度を持つ爪。
……こいつ何者?
「冷たき墓標っ!」
「そんなもの効きませんぞっ!」
嘘ぉーっ!
グレイズと互角に渡り合う紳士はわたくしが横合いから放った冷気の魔法を受けてもまるで平気な顔をしている。おそらく本当に効いていないのだ
ろう。そのままグレイズと剣と爪の応酬で張り合う。
「お先に失礼」
バッ。
グレイズの上を大きく跳躍してわたくし達の背後を取る。
瞬間、メスレデルが矢を放った。
寸分狂わずに胸に吸い込まれる。しかし数歩よろけただけで、紳士はその矢を引き抜いて捨てた。
「痛いではないですか、ボズマーの女よ」
「馬鹿なっ!」
効いてない。
効いているようには見えない。
何者だこいつはっ!
「そういえばまだ名を名乗っておりませんでしたな。ワシはレディ・レッドの側近、吸血王ストーカー。そしてそこにいるのは我が軍勢」
「……っ!」
背筋が凍った。
いつの間にか数十……いや下手をすると数百の人影がこの部屋に入り込んでいたのだ。
等しく目は虚ろ。
等しく漂う血の匂い。
吸血鬼の軍団っ!
「では楽しんでください。ああ残念ながら貴女方は眷属にはなれそうもないですな。そこにいる連中は全て自我の崩壊した下っ端ども。貴女方を
捕らえ、嬲り、辱め、血の一滴まで残さずに……いやいや体液すらも貪るでしょう。では失礼。ワシはオカートを始末せねばならのでね」
「オカート総書記」
「左様」
好きに殺せばいい。
好きに。
しかしこの状況は困る。にこりと笑って吸血王とか名乗る紳士は先に進む。軍勢とわたくし達を残してね。
「そ、それでどうする?」
「迎え撃ちますわメスレデル。まさか怖いんですの?」
「……怖い」
「正直ですわね。しかし行くも退くもさほど変わりませんわ」
このまま王宮に潜入すれば吸血鬼どもも付いて来る。衛兵と戦争してくれるのは別に問題はないんですけどその状況下ではエルダースクロールズ
は入手出来ない。それに反乱の片棒担ぎになってしまう。王宮側はわたくし達も同類として処断するだろう。
それは困る。
……。
逃げればいい?
そうね。
それが一番。しかし逃げるとなると王宮しかない。つまり先に進むしかない。この広大な部屋には吸血鬼度もがひしめいている。
来た道は戻れない。
ならば。
「ええい。こうなったらとことん付き合ってあげるわよアルラっ!」
「その意気ですわメスレデル。さてグレイズ、ジョニー、用意はいいですの?」
「御意」
「用意はよくありませんお嬢ーっ!」
そして……。
「血血血血血血血血血血血血血っ!」
自我の崩壊した吸血鬼達の声が木霊する。
深紅の同盟、動き出す。