天使で悪魔







究極の強奪






  義賊。
  盗賊ギルドは義賊の集団。
  世間一般ではただの犯罪者集。もちろんそれも誤りではない。実際問題として法を犯しているのだから。
  だが世の中奇麗事だけでは済まない。
  盗賊ギルドがあるからこそ、盗賊ギルドの援助があるからこそ日々の糧を得ている者達も大勢いるのだ。
  ただの犯罪者?
  少なくとも欲得でしか動かない犯罪組織の連合である《港湾貿易連盟》よりはマシだ。
  そして、その組織から賄賂を受けている高官よりもね。
  ……遥かにマシだ。
  ……遥かに。







  盗賊ギルドの伝令アミューゼイの指示でわたくしは帝都に飛んだ。
  わざわざアンヴィルのわたくしの自宅にまで押しかけてくるのですから無粋ですわね、呼び出した相手は。
  呼び出した相手。
  それは盗賊ギルドのギルドマスターである伝説の義賊グレイフォックス。
  わたくしは従者であるグレイズとジョニーを引き連れて帝都に向った。
  待ち合わせ場所は帝都のエルフガーデン地区にある一軒家。
  そこが灰色狐との会合場所。
  ……。
  ……盗賊は儲かりますのね。
  エルフガーデン地区はタロス広場地区に次いで裕福な一帯。当然住民は富裕層が多い。
  さて。

  「待っていたぞ」
  「御機嫌ようグレイフォックス」
  室内には灰色狐だけ。
  室内に入ったのはわたくしだけ。
  信義を重んじる灰色狐はサシでの対話が大好物。従者は外で待たせてある。
  「座りたまえ」
  「あら紳士ですのね」
  灰色狐の真向かいの椅子に座る。
  「ワインでもどうだ?」
  「いいえ。仕事の話ですわね? なら飲むのはやめておきますわ」
  「結構。では話を進めよう」
  大仕事がある。
  以前からそう明言していた。
  つまり今回の呼び出しはその関係なのだろう。
  今までは準備期間だった。準備期間は終わりついに実行へと移されるのだろう。盗賊行為に関しては純粋には興味はない。ただ義賊としての生き
  方に感銘を受けた、感じで盗賊ギルドに所属しているに過ぎない。
  貴族。
  義賊。
  この2つ、わたくしが思うに意外に近い。
  弱き民を救えるのであれば私はどちらでもいい。
  どちらでも……。
  「これがお前に与える最後の仕事になる」
  「最後?」
  「そうだ」
  「クビですの?」
  「さてな」
  散々利用してポイ捨てする気かしら?
  ふぅん。
  そういうつもりなのかしら。
  それとも別の意味がある?
  灰色狐は自分の思惑を任務に送り出す者すらまったく語らないので難儀ですわね。
  任務の内容だけで後は自分で考えろの放置主義者。
  難儀ですわ。
  「仕事の話をするとしよう。この仕事、今後帝国が存在する限り語り継がれるだろう」
  「帝国が存在し続ける限り?」
  「そうだ」
  また妙な物言いをする。
  「どういう意味ですの?」
  「そのままだ。帝国が存在する限り、帝国はお前を語り続ける。究極の強奪をしたお前に対して畏敬と畏怖を抱き続けるのだ。最高の盗賊として
  お前はこの先記憶され続けるのだ。それに対しての興味はあるか?」
  「もちろん」
  「結構。では話を進めるとしよう」
  「どうぞ」
  悪くない。
  悪くないですわね。
  「何を盗み出すの?」
  「エルダースクロールズだ」
  「エル……っ!」
  思わず絶句した。

  エルダースクロールズ。
  運命の書とも呼ばれる伝説級の巻物だ。様々な未来が記されている……らしい。複数形で分かるようにいくつもある。
  正確な数は不明ですけどね。
  一説には未来が記されているのではなく過ぎ去った過去が自動的に記されていく代物……らしい。
  少なくとも現物を見た事はない。
  その巻物は帝国の王宮の奥深くに隠されている。もしも盗み出したとしてもそれを解読は出来ない。何故なら巻物に記されているのは特別な文字
  であり解読出来るのはわずかな賢者だけなのだ。アルケイン大学のハンニバル・トレイブンでも読めないだろう。
  そして長年その文字を見続けた者は眼が潰れる。
  売ればどんな値がつく?
  ……。
  ……さあ?
  正直な話、伝説級と言えばそうなんだけど特に需要があるわけではない。
  そもそも売れるのかしらね?
  売る相手にもよるでしょうけど巨万の富となるか二束三文になるかは不明ですわねぇ。

  「ふぅん」
  確かに。
  確かに盗み出せば伝説になる。帝国が存在する限りわたくしは語り継がれるだろう。究極の強奪を成し遂げたわたくしは伝説になる。
  悪くはないですわね。
  「それでどの程度の値がついていますの?」
  「値だと?」
  「ええ」
  「お前は1つ考え違いをしているな。これは買い手のいる仕事ではない。栄光と栄誉のある仕事だ。最高の盗賊とはそういう事さ」
  「ふぅん」
  盗賊としての名声が目的か。
  もっとも虚名と言った方が正しいのでしょうけどね。
  灰色狐は本音を呟く。
  「もちろん私は私で、その巻物を必要としている」
  「つまり貴方が欲しいわけですわね?」
  「……」
  無言。
  ただ不用意に口を滑らせただけらしい。真意は謎のまま。まあいいですわ、それでも仕事は出来る。詰め寄ったところで灰色狐は喋るまい。
  ならば聞く必要はない。
  聞けばお互いに不愉快になる。無言を貫かれればわたくし不愉快になる。
  ならば聞くまい。
  話題を転じる。
  「報酬は?」
  「栄光と栄誉。それと……ふむ、後のお楽しみにしておこう。報酬に関しては私を信じて貰おう。どうだ、この任務を受けるか?」
  ふぅん。
  後のお楽しみか。
  サプライズは大好物ですわ。
  「文句はないな?」
  「ええ」
  「それでこそ盗賊だっ!」
  「どうも」
  「私は今回の為に11年という長い時間を費やして来た。王宮の内部は今まで完全には掴み切れていなかったしかし今の私にはサヴィラの石が
  ある。千里眼の水晶で王宮内部を見通した。その結果、エルダースクロールズを手にする為のルートを見つけ出した」
  「それはどこに?」
  「何世紀か前の皇帝の脱出経路がある。連中は忘れているようだがな。そこから侵入しろ」
  「ふぅん」
  忘れている、か。
  ならば衛兵もいないだろう。やり易くはある。
  ……。
  ……ま、まあ、別の厄介なのがいるかもしれませんけどね。
  化け物の類とかね。
  まあいいですわ。
  相手が人でないなら盗賊ギルドの不殺の掟にも引っ掛からない。特に問題はないですわね。
  「それで他には何か問題があります?」
  「今回の任務は非常に大掛かりになる。お前1人にこなせとは言わん。伝令の2人をお前の行動に連動させる」
  「アミューゼイとメスレデルを?」
  「そうだ」
  ふぅん。
  考えてみればあの2人はわたくしが盗賊ギルドに加盟した頃からの知り合い。ある意味で同期かしら?
  手伝ってくれるなら文句はないですわね。
  「それとこれをお前にやろう」
  「これは……」
  青い靴。
  スプリングベールの靴だ。
  強力な魔力を宿した代物で以前わたくしが命令で手に入れた代物だ。
  「お前が入手したスプリングベールの靴だ。これが今回の任務には必ず必要になる。いいか必ず履いて任務に出ろよ」
  「履いて?」
  「そうだ」
  「了解ですわ」
  「任務にお前の従者を連れて行っても構わんが王宮に潜入するのはお前だけだ。意味はただ1つだけ。スプリングベールの靴が唯一の脱出方法
  だからだ。その靴は一足しかない。お前以外の者は脱出出来ない。だからお前1人で潜入する。意味は分かるな?」
  「真意は不明ですけど理解は出来ましたわ」
  「結構」
  内緒事が多い。
  話も簡潔。
  愛想がない奴ですわね。
  「王宮に潜入したら図書館を見つけろ。そこで盲目の僧侶達がお前に巻物を閲覧させてくれる」
  「盲目?」
  「聖蚕教会を覚えているか?」
  「ええ。それが?」
  「あそこの教会の連中はエルダースクロールズを長年解読してが潰れた。図書館の連中も同じ理屈で盲目だ」
  「なるほど」
  「閲覧出来るように手を回しておいた。……もちろんお前に閲覧許可は降りていないが、声させ出さなければ連中にはばれない。その時間帯に
  閲覧する本当の人物はこちらで足止めしておく。お前はその人物に成り代わって巻物を手元に引き出して入手しろ」
  「分かりましたわ」
  「今回の任務の殺生に関しては口出しはしない。しかし1人殺せば連中はうるさい。自己責任で何とかしろ」
  「ええ。臨機応変は得意ですわ」
  今回はあれしろこれしろと命令が多い。
  いつも通り素っ気ない口調ではあるものの今回はさすがに大仕事。
  する事は多い。
  灰色狐は一枚の羊皮紙を私に手渡す。
  「これは?」
  「概要はメモに記しておいた。復習はしておけ」
  なるほど。
  今喋った内容が事細かに記されている。
  ……。
  ……だったら最初から羊皮紙を手渡してくれたら一番分かりやすかったんですけどねぇ。
  眼を通しながらの方が覚えやすいですし。
  効率悪過ぎ。
  最後に灰色狐は、珍しく熱意を込めた口調で言葉を紡ぐ。
  「君を最高の盗賊だと見込んでいる。さてアルラ、最後の任務を仕上げて来いっ!」
  「了解ですわ」
  いざ。
  いざ最後の任務に。




  今回の任務の概要が記された羊皮紙の内容。

  『砂時計を使って古い通路の扉を作動させる必要がある』
  『王宮の中にあるがその見た目や正確な在り処は不明。この作業にはアミューゼイが従事する』
  『その間にお前はメスレデルを伴い古き通路への入り口を見つけろ』
  『噂によると帝都の地下の下水道のどこかにある』


  『古き通路の中に帝都の王宮中心部への入り口がある』
  『サヴィラの石で遠視したものの2つのもっとも厄介な障害物が判明した。その1つはスプリングベールの靴がなければ克服できない』


  『王宮に入るには解放の矢が必要になる』
  『その任務はメスレデルに任せてある』
  『なお王宮への潜入には従者は連れて行く事は許されない。スプリングベールの靴を履いていない者は生還出来ないからだ』
  『アルラ、お前が1人で潜入しろ』


  『王宮の中には図書館がある。下の階には閲覧室のような場所がある』


  『ある巻物を閲覧出来るようにしておいた』
  『その部屋を管理する者達は皆盲目だ。来訪者用の椅子に座れ。そこに座れば巻物が閲覧出来る仕組みになっている』
  『連中は盲目だ』
  『声さえ出さなければお前が正規の権限を持っていない不法侵入者だとは発覚しない』


  『巻物を入手したら直ちに撤収する事』
  『必ず私に届けるのだ』
  『もちろん予想していない問題が発生する可能性もある。その時は慌てずに臨機応変に対処するように』
  『成功を祈る』





  外に出る。
  外に出ると従者のグレイズとジョニーが控えていた。まだ日が高い為、白いオークのグレイズはいささか居心地が悪そうだ。彼にとって日光は毒
  でしかない。律儀にここで待たずともどこか日陰にいればいいのに……まったく、忠誠心全開ですわね。
  「ジョニー」
  「なんっすか?」
  「始末」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ何故だーっ!」
  「何となく」
  「何となくで始末発言されるあっしって一体……」
  「弄るのはこれぐらいにしましょうか」
  「……」
  不服げなトカゲのジョニー。
  リアルに始末?
  まあ今からお仕事だ。どうせ始末するなら帝国兵の部隊に突撃させて『尊い殉死☆』させて方がよっぽど効率が良い。
  さて。
  「行きますわよ2人とも。楽しい盗みの時間ですわ」
  「了解っす」
  「御意」