天使で悪魔




スプリングヒールの靴




  灰色狐、グレイフォックス。
  盗賊ギルドの、ギルドマスターであり義賊達の頂点に立つ人物。
  帝都軍上層部も帝国元老院も賄賂で黙らせ、自分や組織の存在を不透明に、曖昧に、あたかも存在していないように見せかけ、
  全ての夜を駆け巡り暗躍する。
  その詳細も思惑も不明。

  サヴィラの石。
  解放の矢。
  その二つの珍品は、グレイフォックスが切に所望していたもので、王宮に侵入する為の小道具。
  帝都王宮には、今は皇族は誰もいない(暗殺事件により皇帝及び皇子達は全員死亡)もののその厳重さは、帝国随一。
  どんな奇策で。
  どんな謀略で。
  王宮に入り込む気かは知らないけど……灰色狐の思惑は、次第に明かされつつある。
  ……次第に……。






  「ふふふ。茶会の招待ですわね。……楽しみですわ」
  暖炉の前に座り、手紙を読みながらわたくしは笑う。
  場所は帝都スラム地区にある、自宅。
  マラーダ遺跡での疲れる一戦の後、帝都に舞い戻りしばらく休暇を楽しんでいた。
  グレイズは相変わらず闘技場で鍛錬。
  ジョニーは一目惚れしたトカゲ娘に会う為に、コロールに行っている。いずれにせよ全員休暇の最中だ。
  わたくしは休みは家で過ごすと決めているので自宅でゴロゴロ。
  そんな時、この手紙が届いた。
  最近便利な世の中になり《黒の乗り手》と呼ばれる配達業者がシロディールで発足された。
  本社はスキングラードにあるらしい。
  手紙や小包を送り届けるサービスで、とても画期的。
  商売はアイデア次第ですわね。
  届いた手紙はアンヴィルの、アンブラノクス伯爵夫人からだ。



  『久しく会わぬ可愛い妹へ』
  『異国の珍しい紅茶が届きました。見た事のない異国の風景に想いを馳せながら、お茶をしませんか?』



  彼女はわたくしを妹のような扱う。
  それがくすぐったいけど、どこか心地良くもある。アンヴィル伯爵とその夫人はわたくしにしてみれば兄であり姉。
  それだけ懇意にしている、というわけだ。
  ……。
  ただ、失踪した伯爵の顔が分からない。
  何故思い出せないのだろう?

  コンコン。
  「アルラ、いるか?」
  ……またか。
  わたくしの従者は、わたくしを呼び捨てにしない。……そんなクソ度胸、ないでしょうねー。ほほほ♪
  つまり今、扉の向こうにいるのはジョニーやグレイズではない。
  つまり、誰?
  ……どうせまた、盗賊ギルドでしょうね。
  「開いてますわ」
  「失礼するぜ」
  ガチャ。バタン。
  入ってきたのは盗賊ギルドの参謀アーマンド……ではなかった。
  「よお、久し振りだな。大盗賊さんよ」
  「ア、アーミュゼイ?」
  皮の鎧に身を包み、どこか大物然とした空気を発しているのはトカゲのアーミュゼイ。
  盗賊ギルド加盟テストでメスレデル(現在グレイフォックス直属の伝令に昇格)に敗れ、組織に加盟出来ずレヤウィン、
  スキングラードでケチな泥棒をしていたアルゴニアン。
  2度に渡り、わたくしが救ってあげた。
  スキングラードで別れる際、盗賊ギルドにもう一度入る為に努力する……と言ってたけど……。
  「あら、盗賊ギルドに加盟出来たんですの?」
  「ああ、今じゃグレイフォックスの伝令だ」
  「嘘っ!」
  ……な、なんなのこの不公平は……。
  メスレデルは、まあ、いい。
  レックスのスラム街封鎖作戦を退け、レックスと彼が率いる帝都兵を全面撤退させた功績がある。
  だから、彼女が選ばれる点では文句はない。
  なのにアーミュゼイが伝令?
  なのにわたくしは?
  ……。
  ま、まあ伝令と言っても結局は、言葉の通りメッセンジャーでしかないけど……丁稚奉公状態のわたくしよりはマシだろう。
  これでまだグレイフォックスの真意が分かれば問題はない。
  だけどあの灰色狐、秘密主義過ぎてわたくしには何も教えてくれない。駒でしかないのは、非常にムカつく。
  一応、わたくしは貴族ですし?
  人の上に立つ者として、いささか不満だ。
  「それじゃあ大盗賊、アーマンドの家に来てくれよ」
  「またアーマンドの家?」
  「ああ。グレイフォックス様がアルラを待ってらっしゃる」
  「わたくしをねぇ」
  盗賊ギルドの参謀の1人アーマンドは隣に住んでる。
  どうやらレックス隊長がアンヴィルに左遷され、盗賊ギルドを追う者がいなくなった(つまり賄賂を拒んでいた者がいなくなった)
  のでグレイフォックスは安泰らしい。
  会合の場所をスラム街でするなんてね。一応、塀の外とはいえ帝都。帝都軍のお膝元で盗賊の会合。
  なるほど。確かにグレイフォックスの勝利ですわね。
  「重要な話らしいぞ。急げ」
  「分かってますわ。御機嫌よう」
  ……今度はどんな無理難題かしら……?





  「御機嫌よう。グレイフォックス」
  「よく来たな。まあ、座れ」
  「ええ」
  「王宮への侵入に必要なものは揃いつつある。計画も成り立った。だがまた、問題が発生した」
  「問題?」
  今回も、人払い済み。
  灰色狐は単独の、サシでの話し合いが好きらしい。その方が秘密が護れるから?
  まあ、多分そうだ。
  相変わらず要点と用件だけを一方的に話す狐。完全にわたくし、盗賊ギルドの便利屋さんですわね。
  ……没落したとはいえ名門シャイア家当主が今は盗賊?
  ……世も末ですわね。
  「問題とは、なんですの?」

  「サヴィラの石の力を使い、また一つ必要なものが増えたのだ」
  今更説明するまでもないだろうけど、サヴィラの石は千里眼の水晶とも呼ばれる魔道アイテム。
  彼は王宮への侵入を目論んでいる。
  おそらく、侵入に際して必要なモノが、王宮を遠視して判明したのだろう。
  ……多分。
  ……秘密主義過ぎて断言は出来ないけど。
  「それで? 何ですの?」
  「300年前に死んだ有名な盗賊がいる。名をスプリングヒール・ジャック。奴の靴が欲しい」
  「靴が?」
  「その靴が欲しい。私が突き止めたところによると、奴は靴を履いたまま埋葬されているらしい。奴の墓所を探し、墓を暴き、
  埋葬品である靴を奪ってきて欲しい」
  「……」
  また、盗掘か。
  それも今度は棺桶開けときたもんだ。
  アイレイドの遺跡を漁るのと、棺桶を暴くのも同じ盗掘ではあるものの、後者の方が後味が悪い。
  ……せめて真意が分かればねぇ。
  そうすればまだ働き甲斐があるのに。まあ、無理でしょうけどね、聞き出すのは。
  「やる気はあるか?」
  「高いですわよ、わたくしは。幾ら出しますの?」
  「それでこそ盗賊だっ!」
  彼は彼なりに、わたくしの能力を買っていてくれているらしい。
  もちろんそれは、独力で何とかしろという事だ。
  盗賊ギルドが後押ししてくれるわけではない。信頼されるとは、つまりはそういう事だ。独力でこなせ。
  それがグレイフォックスの信頼。
  意味は、分かる。
  こうする事で秘密は護られる。
  グレイフォックスの真意が何かは分からないけど、わたくし個人に全面的にこなさせる事で必要最低限の人材にしか
  情報が回らない。
  秘密を護る上では、基本中の基本だ。
  「それで墓はどこにありますの?」
  「奴の子孫から聞き出せ」
  「子孫?」
  「盗賊の子孫は、貴族様だ。帝都のタロス広場地区に住まうジャックベン・インベルが知っているはずだ」
  「貴族、ねぇ」
  「盗賊が貴族になるとは世の中皮肉だな。……まあ、逆のケースもあるが……」
  「……」
  少し、ムッとした。
  逆のケース?
  それはわたくしの事か、没落貴族が盗賊に転向した事が皮肉だと言いたいのかっ!
  ……。
  ふん。
  ローズソーン邸を買い戻し、貴族として再興する為には形振り構ってられなかった。
  その為の盗みで、その為の盗賊転向だ。
  養母への恩義の為にどうしてもローズソーン邸だけは買い戻したかった。もっとも既に人手に渡り、諦めたけど。
  さて。
  「とっとと終わらせて来ますわ」
  「……? 何を怒っている?」
  「さあね」
  貴方の発言にですわ、怒っているのは。
  しかしわたくしにも誇りがある。
  いついかなる時でも優雅に振舞うのが貴族の誇り。虚栄だろうけど、わたくしにしてみれば貴族としての振る舞いは、
  シャイア家に残った最後の財産。そう、プライドだ。
  にこやかに笑う。
  「アンヴィル伯爵夫人に茶会に招かれていますので、早く終わらせたいだけですわ」
  「……」
  その言葉に、灰色狐が寡黙になる。
  アンヴィルという地名が嫌い?
  ……。
  ……あれ、そういえばアンヴィル伯爵家に対しての盗みを禁止してたわね、グレイフォックス。
  伯爵夫人、つまり夫である伯爵がいるわけだけど、伯爵は11年前に謎の失踪。
  それ以降は伯爵夫人が治世の権を振るってアンヴィルを治めている。
  彼女とは、シャイア家健在の時から懇意。歳が離れてるから、伯爵夫人は良きお姉さん、という感じだ。
  失踪前の伯爵にも会ってるけど、顔がどうしてか思い出せない。
  幼かったからか?
  「……つっ!」
  伯爵の顔を思い出そうとすると頭が痛む。
  灰色狐のわたくしを呼ぶ声で、現実に引き戻された。
  「忙しいなら仕事をさっさと終わらせて来い」
  「……えっ? ああ、そうですわね。では御機嫌よう」






  「伯爵様はどなたともお会いになりません」
  「わたくしはシャイア家当主……」
  「伯爵様は社交界がお嫌いなお方。例えどんな王侯貴族でもお会いになりません。……皇族なら、話は別でしょうが」
  「……」
  「では、失礼を」
  バタン。
  帝都タロス地区にある、ジャックベン・インベル伯爵の屋敷。
  たった今、執事に門前払い。
  ……。
  まあ、正面からのアプローチはこんなものか。
  インベル伯爵が社交界嫌いで人嫌いなのは、有名な話。
  没落したとはいえ、名家であるシャイア家当主。
  没落以前は色々と社交界に顔を出していた。当然、顔はそれなりに広い。
  特に各都市の領主を兼ねているコロール伯爵夫人、アンヴィル伯爵夫人とは懇意だ。大都市を治めているので、当然ながら
  普通の爵位を持つ者よりも一等上だ。
  なお、今更ながら《伯爵夫人》なのにどうして領主なのかというと、夫に先立たれたからだ。
  コロール伯爵夫人の夫は、既に亡くなっている。
  アンヴィル伯爵夫人の夫は失踪。もう11年になる。わたくしも過去に会ってるんだけど……不思議な事に顔が思い出せない。
  さらに補足。
  貴人なのは夫人の方で、旦那は入り婿。
  さて。
  「貴族らしい訪問はこれでお終い。……盗賊らしく、行くとしましょうか」



  夜を待って、活動を開始。
  同じくタロス広場地区にあるタイバーセプティムホテルで休息していた。同ホテルで昼食と、夕食は済ませた。
  高級ホテルで、貴族時代にはわたくしは常連だった。
  最近は盗賊生活に没頭しているものの、それだけ実入りがいい。
  特にローズソーン邸を買い戻す、という目的が叶わなくなった(既に別の者が屋敷で暮らしている)以上、今まで貯めたお金が
  莫大に手元にある。豪遊生活してもさほど問題はない。
  グレイフォックスは、気前が良いですしね。
  ……。
  ああ、そうそう。
  この区画には大富豪でアイレイドコレクターの、そして前回の依頼人であるウンバカノの豪邸もある。
  前回の下らないお遊びの腹いせに盗みに入ってやろうかしら?
  「……」
  今回、グレイズとジョニーは引き連れていない。
  単独での窃盗だ。
  通りを横切る。
  空には月、星、闇。
  通りには酒場で飲んで酔っ払って家路に着く者達。市内見回りの帝都兵もいる。
  そいつらの目を掻い潜り、巡察の死角になっているインベル邸の隣の建物をよじ登り、屋根に。そこから屋根伝いに
  インベル邸の屋根に。
  懐から出したロックピックで数回、鍵穴を弄って天窓を抉じ開け、内部に侵入。
  隣の建物をよじ登り……からわずか数分の動作で室内に今、いる。
  ……。
  ……。
  ……。
  き、貴族らしい静けさを秘めた振る舞いですわよね。
  ほ、ほほほ。
  「……」
  息を潜め、静かな室内を探索。
  この際貴族にあるまじき盗賊行為は、目を瞑って仕事をこなそう。
  武器らしい武器をわたくしは所持していない。
  元々組織の戒めとして、人殺しは許されていない。義賊だから、盗み先での殺生は厳禁。
  だから武器は必要ない。
  それに、潜入の際に剣を腰に帯びていると邪魔でしかない。
  わたくしが腰に帯びているのは銀製のナイフ。
  武器以上にナイフは引き出しを抉じ開けたり色々と使い勝手がいい。そういう意味合いでの、帯剣だ。
  もちろん純粋に護身用でもあるけれど。
  「……」
  それにしても、おかしい。
  人の気配がまるでしない。最低限でも伯爵と、執事の2人はいる。けれどこの屋敷にはそれ以上の気配はしない。
  人嫌いだから、使用人も執事だけ?
  それはそれでありえるけど……そこまで徹底する必要はあるのかしら?
  探索し、邸内を忍び歩きしていると豪奢な扉が眼に入る。
  宝石を散りばめている、という意味での豪奢ではない。この扉だけ材質が少々違う。ここだけ使う木材が、高級だ。
  当然高位の人間の部屋だ。そこは基本でしょう。
  ……意表を突いて使用人の部屋だったら、とりあえず笑いますわ。
  扉に近づき、耳を当てる。
  声はない。
  ただ、呼吸は聞える。微かに、聞える。
  かといって眠っている呼吸音ではない。おそらくは寛いでいるのだろう。
  「……」
  さぁて。これからどうしましょうか。
  伯爵に会う事を前提にだけで忍び込んだはいいけど……ここにスプリングヒールの靴があるわけではない。
  件の靴があるのは、スプリングヒール・ジャックの棺桶の中。
  忍び込んだ理由はその棺の場所を聞く為。
  後先考えずに忍び込んだはいいですけど、根本的に意味がないような……。
  「ま、まあいいですわ」
  結果オーライ、という言葉が貴族にはある。
  ようは棺桶の場所が分かればいいのだ。伯爵から聞き出せばいい、それだけの事。
  ……まあ、不法侵入の罪科の烙印が増えましたけど……。
  音が鳴らないようにノブを回す。
  それから静かに扉を開き、わずかな隙間から中の様子を見る。一人の男が見える。服装からして、使用人ではない。
  わたくしを門前払いした執事でもない。若い男性だ。
  おそらく彼が伯爵。
  ……。
  ふぅん。
  随分と若いですわね。
  社交界にも出ないので誰も見た事なかったけど……結構良い男。
  まあ、嫌いなタイプですけど。
  美形だからといって無条件で好きになるほど女は優しくありませんわ。
  さて。
  「な、何だね君はっ!」
  「シャラーップ」
  部屋に侵入し、黙らせる。後ろ手で扉を閉じて椅子から立ち上がり掛けた伯爵を、座らせる。
  ……。
  ……最近、わたくしはかなり物騒な奴ですわね。
  「頼む手荒な真似はしないでくれ私はまだ死にたくないんだ君達の要求は常に叶えてる……っ!」
  「黙りなさい」
  「……」
  君達の要求は叶えてる……何の意味だろう?
  忍び込んだ盗賊に命乞いしているわけではなさそうだ。別の者に恐れている。それは何?
  「用件が済めばすぐに出て行くわ。聞きたい事があるの」
  「聞きたい……えっ? 君は、奴らの中まではないのか?」
  「わたくしはスプリングヒール・ジャックの棺を探しているの。彼の安置されている墓所はどこ?」
  「ち、地下にある」
  「地下に?」
  「この屋敷の地下に、一族の墓地がある。彼の棺もそこに……」
  そう言って、ポケットから一つの鍵を取り出し、テーブルに置く。
  おそらく地下にある墓所への鍵だろう。
  「ふぅん」
  えらく物分りの良い奴ですわね。
  それに奴らとは何?
  それ以上はどうも聞けない様だ。何故なら、伯爵様は妙な事を口走りながらガクブルしている。
  ともかく、地下墓地に行ってみるとしよう。
  ……。
  ……で、でも考えてみればこの屋敷は墓地の上に立っているんですわよね?
  何とまあ、不気味な屋敷。
  墓地を地下に内包している邸宅も珍しくはないけど……感性の問題だろうか?
  「では伯爵様、御機嫌よう」




  「鎮魂炎っ!」
  「がぁっ!」
  短い断末魔とともに、炎上する人影。
  展開は急展開を迎えていた。
  地下墓所は、掘った……というよりも元々天然の洞窟の中に作ったらしい。もちろん人為的に地下の空間を拡張したのは明白
  ではあるものの、洞窟として元々この屋敷の地下に存在していたのは確かだ。
  伯爵の鍵を使い、地下室を開けて墓所に潜ったのはいいけど……数分後、戦闘状態に突入していた。
  それが、今だ。
  「血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血っ!」

  「血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血っ!」
  「血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血っ!」
  地下墓所に妙な奇声を上げてこちらに駆け寄ってくる連中、これが《奴ら》なのでしょうね。
  人影。
  そう、無数の人影。
  「霊峰の指っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  アイレイド時代の電撃魔法で向ってくる3人を焼き尽くす。
  侵入者であるわたくしに向ってくるのは、人。
  そう、人だ。
  ただしある病に感染している人。吸血病の感染者。……吸血鬼だ。
  しかもここにいるのは自我の崩壊しているタイプ。
  伯爵、ここで吸血鬼を飼ってる?
  ……。
  もしかしたら元々この天然の洞穴に住んでいた連中かもしれない。そもそも帝都の地下には賊やゴブリン、モンスター、吸血鬼
  が巣食っている。ここにこんな奴らが住んでいてもおかしくない。
  伯爵は、こいつらに脅迫されているのかも。
  だとしたら脅迫している、自我を有している、高位タイプがいるはずだ。
  吸血鬼が自分の家の地下に、しかも墓所に巣食ってる。それは伯爵としての体面が傷付く。
  さらに言えば伯爵の先祖は盗賊。
  この墓地にはその過去が鮮明に眠っているはずだ。スプリングヒール・ジャックが先祖だとばれれば伯爵の権威は失墜する。
  だから吸血鬼達の要求に従っているのかもしれない。
  ……まあ、そんな理屈は関係……。
  「ありませんけどねーっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  ボゥっ!
  魔法を連打。迫り来る吸血鬼達を殲滅。
  血が常食になったり太陽を浴びたら灰になったりとデメリットも多いものの、吸血鬼になる事で身体能力が増強されたり特殊能力
  が多数得れたりとメリットも多いものの、無敵ではない。
  物の数分で殲滅完了。
  「……ああ、まずいですわ」
  どいつが自我を有しているか、確認するの忘れましたわ。
  まあ、いいか。
  コツ、コツ、コツ。
  定命の者がわたくしだけの地下墓所を彷徨い、目的の棺桶を探す。
  地下墓所には、無数の棺桶がある。
  わざわざ開かなくても棺桶の蓋に永眠している者の名前と生きた年月が書かれている。どれだけ歩いただろう。
  ようやく、目的の棺桶を見つける。
  ……はぁ。疲れましたわ。
  この地下墓所、横に長い。結構歩きましたわ。
  「さて」
  ぎぎぎぎぎぎぎぎぎっ。
  棺桶を開く。
  蓋に刻まれた名前は確認しているから、これがスプリング・ヒールジャックの棺桶には間違いない。
  間違いないのだけど……。
  「靴が、ないですわ」
  白骨死体は靴を履いていない。
  他の副葬品はあるのに靴だけない。グレイフォックスの、情報違いかしら?
  それとも吸血鬼の誰かが隠している?
  その場合はまずいですわね。隠し持ってるならまだしも、意外に広いこの墓所の中に隠しているとなると面倒。
  「あら?」
  副葬品の中に、一冊の本を見つける。ボロボロだ。
  ペラペラと捲ってみると日記のようだ。
  あまり書かれていない。
  この棺桶の主のモノだろう。拝見してみよう。人の日記ほど楽しいものはないですからね。



  『凄い盗みの腕を持った盗賊を覚えている』
  『そいつは何とオブリビオンの魔王の1人であるノクターナルから盗みを働いたっ!』
  『そいつの名前が思い出せないのは随分と奇妙な事だ。そいつとは、親友だった気がする。駄目だ。思い出せない』
  『3日後に俺はタレンの地下聖堂に潜入する』
  『墓泥棒は危険な行為だ。しかもタレンには大層なお宝が手付かずで眠っている。つまり、物騒すぎる場所ってわけだ』
  『相棒を見つけた方がいいのかもしれないな』
  『……だが俺は凄腕の盗賊と親友じゃなかったか? そいつはどこへ? ……駄目だ、やはり思い出せない』



  『記念すべきこの日に、久し振りに日記を記す』
  『今夜は俺の、記念すべき夜だ。そして2度と朝を迎える事はない』
  『俺は闇の眷属の仲間入りを果たした。狼の息子で、蝙蝠の兄弟だ。我はノスフェラトゥ・ヴァンパイアとなった』
  『この夜は、永遠の夜の始まりだっ!』



  『今日、久し振りにこの日記を見つけた』
  『前に記してから13年も経っている。もっとも、俺は既に時間の概念から解放されている』
  『目の前に永遠がある。もっともその代償にいつも血に飢えてるが。俺には日記や他の雑事にはもう一切関心はない』
  『妻のアミエラが呼んでいる。行かなければ』



  『前に記してから89年も経ったのか。日記はボロボロに風化しつつある』
  『一世紀近く掛かったが、ようやく念願を果たした』
  『血への渇望を抑える術を手に入れたのだ。これでようやく、俺は高位の吸血鬼へと昇華されたわけだ』
  『大きな街に移り住み、人間どもの中で暮らしてみようと思う』


  『この日記の事は忘れていた』
  『前に記したのがいつだったのか、既に記憶する習慣はない』
  『この街の家畜どもは俺をジャックベン・インベルと呼んでいる。数世紀前、俺はスプリングヒール・ジャックという名の
  盗賊だった。あの頃の記憶はもう曖昧だ。ノクターナルから盗みを働いた親友がいた気がするが、遠い過去の話だ』
  『どうでもいい話だ。何故なら、俺は全てを超越した』
  『吸血王を自称し、この街に住まうセリデュールという吸血鬼も、俺の力には叶うまい』
  『我こそがこの街の夜の支配者なのだっ!』



  日記の内容は、驚愕のものだった。
  「奴は吸血鬼?」
  ジャックベン・インベルが?
  それもスプリングヒール・ジャック本人?
  ……。
  じゃあこの棺桶の遺骨は?
  吸血行為で干乾びた餌を埋葬しているのか、先祖と称して。
  今回の餌はわたくし?
  「まさかここまでやってくれるとはな」
  ジャックベン。インベル伯爵登場。
  鉄製の武具を身に纏っている。……あれ、靴だけ普通の靴。足元だけ涼しげが最近の流行?
  「これはこれは伯爵様ご機嫌麗しゅう。御大将自らのご出馬? それは戦略として、下策ではないかしら?」
  「黙れ女。我は……っ!」
  「霊峰の指」
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  わざわざ御託を聞く必要性はない。
  結局戦闘になるのだ。ならば先制攻撃は罪ではない。

  完全武装した、ジャックベン・インベルはわたくしの電撃で完全撃破。
  いかに武装しようとも魔法までは防げない。
  ……普通の武装ならね。
  ……魔力でエンチャントし、耐魔を付与していたら話は別だけど。幸い、インベル伯の鎧はただの鋼鉄製。
  電撃は防げまい。
  黒焦げ死体男、奇妙な靴を履いている。青い、靴だ。
  少なくとも鋼鉄製の装備を着込み、足元だけ普通の靴というのは取り合わせて気におかしい。
  これがそうなのかしら?
  「ふむ」
  脱がして、手に取る。
  ……。
  ……ああ、なるほど。何かの魔力を感じる。棺桶にはなかった、場違いな取り合わせの装備、つまりこいつが自分で履い
  ていたわけだ。
  だけどこいつは何者だろう?
  日記の通り、本当にスプリングヒール・ジャックなのだろうか?
  日記ではジャックベン・インベルと改名したと書いてある。そして今倒した男も同じ名を名乗っていた。
  確かに吸血鬼には時間の概念は関係ない。
  生きてても問題はないけど……まあ、別にいいか。
  日記の本人だろうと、吸血鬼の血を受け継いだ末裔であろうと知った事ではない。もしかしたら当主は《ジャックベン・インベル》と
  いう名を代々襲名する習わしなのかもしれない。
  「謎ですわねぇ」
  わざわざ上でガクブルの演技した理由も分からない。
  鍵をわざわざ渡してくれたのもね。
  もしかしたら獲物をここに閉じ込め、世間と遮断した上で餌としてわたくしを貪るつもりだったのかもしれない。
  まあ、いいですわ。
  「ジャックベン・インベル伯爵閣下、御機嫌よう」
  わたくしはその場を後にした。



  屋敷を出ると、月は雲に隠れて漆黒の闇だった。
  帝都……のみならず眠らない街は存在しない。この時刻、街は闇に包まれる。
  明かりは、夜の闇に包まれた市内を巡察する帝都兵の松明のみ。
  わたくしは盗賊。
  もちろん、見つかるような馬鹿な振る舞いはしない。
  夜の静けさに包まれた街を駆ける。
  別に戒厳令などないものの、深夜に帝都兵と遭遇すると向こうは職質を掛けて来る。それが基本方針だからだ。
  「……?」
  その時、何かが倒れる音がした。
  それは一つだった。
  「何かしら?」
  しかし次第に数が増える。
  まるで金属を転がしたような、そんな音がする。
  鼻孔をくすぐる香り。
  まるで鉄のような……。
  「……血の臭い?」
  血を連想させる香りが漂い始める。
  次の瞬間っ!
  「……っ!」
  誰かが後からわたくしの口に左手を当て、右手に握られたナイフをわたくしの首元に……。
  ガンっ!
  後に立つ者に、後頭部で頭突き。……いったぁい……。
  「くっ!」
  体勢が崩れ、呻く人物に肘打ちを腹に叩き込む。戒めを振り解き、振り向き様に鎮魂火を放って撃破。
  誰かは知らないけど問答無用で殺した。
  あのまま抵抗しなければ、そのまま喉を掻っ切られていただけだ。
  何なの、こいつ?
  インベル伯爵の眷属の吸血鬼ではなさそうだ。吸血鬼なら、そのまま首筋に牙を突き立てる。
  殺すのも、血を味わうのも出来るし、その方が一石二鳥だ。
  吸血鬼ならそうするはず。
  ならこいつは……。
  「巡り合わせが悪いわね」
  「あなたはっ!」
  その場に現れたのは、ブレトンの女。この間マラーダ遺跡でわたくしと互角に渡り合った、あの女だ。
  ……。
  そうか。この地区にはウンバカノの屋敷もある。
  だからこの女がここをうろついていもおかしくはない。しかし会いたくない相手に会いましたわね。
  「あなたは……っ!」
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  文句を言おうとすると、ブレトン女は炎の魔法を向かいの屋根に投げつける。
  屋敷は石作りなので燃える事はない。……多分。
  悲鳴を上げる暇もないまま、屋根にいた数名の連中を盛大に吹き飛ばす。さらに路地に放ち、潜んでいた者達を焼き尽くす。
  「死ねぇっ!」
  ショートソードを閃かせ、1人が突進してくる。黒い皮鎧を着込んだ、男だ。
  このブレトン女が狙いか。
  ……。
  もちろん、だからと言ってわたくしを見逃す、とは到底思えない。
  帝都兵がすぐに駆けて来ないのは、この近辺を巡回していた兵士は全て消されたから。血の臭いは、その為だ。
  つまり襲撃者はブレトン女を殺す為に必要な空間をここに作り出した。
  当然、わたくしも居合わせたから口封じされるわけですわね。
  ならば。
  「はぁっ!」
  「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ナイフを抜き放ち、ブレトン女に斬りかかろうとした奴にわたくしは突進。刃を深く首筋に突き立てる。
  1人絶命させ……。
  「冷たい墓標っ!」
  冷気の魔法でさらに撃破。
  その間、ブレトン女は新たに現れた2人を斬り捨てていた。やはり剣の腕は向こうが上ですわね。
  ……おや?
  今斬り捨てた2人は、鎧ではなくローブだ。
  この襲撃のリーダー役か何かだろうか?
  今だ数名残る黒い皮鎧の連中は間違いなく動揺し、眼に見えて浮き足立っている。
  ブレトン女がわたくしに囁く。
  「悪いわね、妙な事に付き合わせて」
  「本当ですわ。……まあ、今回限りの同盟ですわ。わたくしは忙しいの。一気に決めますわよ」
  「おっけぇ」
  じりじりと間合いを詰める、襲撃者達。
  そして……。
  「霊峰の指っ!」
  「裁きの天雷っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  同時に放った電撃が白く閃いた。





  「無事手にしたか。それでこそ盗賊だっ!」
  「はぁ」
  わたくしは、溜息。
  場所は帝都スラム街にあるアーマンドの家。会談の相手は盗賊ギルドのボスで、謎の義賊グレイフォックス。
  一説では300年生きた悪魔。
  一説では吸血鬼。
  全て違う。少なくとも(彼の、自称ではあるものの)実際は人間だ。
  オブリビオンの魔王の1人であるノクターナルの秘宝である仮面を被った、人間。
  ……付け加えるなら《人使いの荒い》人間、ですわね。
  「これで目的は叶うっ!」
  「はぁ」
  グレイフォックスのテンションは、わたくしとは真逆でかなりハイ。
  スプリングヒールの靴は、テーブルの上に。
  事の真相を語るものの、この一件に関しての殺人行為は別に戒められなかった。
  盗賊ギルドに置いて殺人はご法度。
  殺人は闇の一党ダークブラザーフッドの領分である、それがこの組織の基本的な主張だ。
  まあ、この場合は正当防衛だろう。
  「はぁ」
  わたくしは、溜息。
  「どうした、機嫌が悪いな」
  「……あの女とは二度と関わりたくありませんわ」
  「あの女?」
  「あの女……あの忌々しいブレトン女ですわ。わたくしと対等とやり合った、生意気な女の事ですわ……」
  疲れるのは基本、嫌い。
  特に絶対的な魔道の才能を自負するわたくしと互角に戦えるなんて……忌々しい以外の何者でもない。
  オマケにあの女を追って現れた黒い皮鎧の集団。
  その場に居合わせたお陰で、戦闘に巻き込まれるは結局徹夜でお肌が荒れるわで、最悪。
  わたくしは現在23。
  まだまだ若いけど、女は20歳過ぎたら徹夜はお肌に悪い。
  ……はぁ。
  ……最悪の夜ですわ。
  「ともかくアルラよ、よくぞこの靴を手にした。これで必要な物は手にしたっ!」
  「それは結構な事で」
  「後は準備をするだけだ。その時は再び力を貸してもらうかもしれん。……しばらく帝都に滞在していてもらいたいのだが」
  「まあ、いいですわ。……特に離れる必要性もありませんし」
  アンヴィルでのお茶会は、またでいいですわね。
  ここまで関わった以上、グレイフォックスの大仕事に必要な小道具を集めた以上、ここで舞台を降りろは正直納得出来ない。
  実際に関わる関わらない別問題として、見物だけはしたいものですわね。
  「最後の仕事はもうじきだ」
  「わたくしの報酬も、跳ね上がるんでしょうね?」
  「ああ。お前には相応しい報酬を考えてある。……次で、本当に最後の仕事だ。……私の最後の……」
  「……?」
  その言葉の真意が分かるのは、しばらく後だった。
  今のわたくしには分からない。
  今のわたくしには……。










  帝都随一の情報量を誇る、黒馬新聞からの抜粋。

  『地元の名士として名を馳せていたジャックベン・インベル氏が、つい先日亡くなられました』
  『伯爵家の屋敷から何度か爆音がした為に帝都軍が家宅捜索した結果、地下の霊廟に吸血鬼の一団を発見』
  『伯爵により地下の霊廟で飼われていたとの情報もあります。何故吸血鬼を養っていたのか、真意は謎のままです』
  『また本誌の記者が独占入手した情報によりますと実は伯爵自身も吸血鬼だった、との事。さらに伯爵や眷属の吸血鬼達
  は帝都軍が捜査した際には死んでいた、との情報も得ていますが帝都軍はその事実を全面否定しています』
  『捜査に関係したクインティリアス隊長からの発言です』
  『伯爵は吸血鬼ではない。元老院が吸血鬼の一族に叙任するなどありえない、まったくのデタラメだ……とのコメントです』


  『なお、同じく帝都タロス地区で大量殺人が発生』
  『巡回中の帝都兵達、詳細不明の黒い皮鎧の集団が死屍累々であり近隣住民は恐怖にのどん底に叩き込まれています』
  『現在のところ犯人の情報はありません』
  『吸血鬼事件との関連性も考慮して、本誌はこの大量殺人を追いたいと思います』
  『またクインティリアス隊長は関連性に対してはノーコメントとの事です』