天使で悪魔
光なき目を向けて
人間達の住まうタムリエル。
悪魔達の住まうオブリビオン。
この世界は基本、互いに非干渉ではあるものの常に隣り合わせであり、境界線は曖昧だ。
魔王。
神々。
人を超える、叡智の存在である双方は意外な形で世界に関わっている。
タムリエルにおいて魔王も神々も密接なモノ。
何らかの形で関わっている。
盗賊ギルドの総帥であり、300年生き続ける伝説の義賊グレイフォックス。
彼もまた、オブリビオンの魔王の恩恵を受けている。
……あるいは呪いか。
……そしてそれは次第に解明されていくだろう。
……そして……。
「ふぅ」
窓際の席に座り、優雅に紅茶を啜る。たまのリラックスタイムは、必要だ。
場所は帝都。
ジョニーとグレイズも、帝都のどこかで油を売っている……ではなく、休暇を満喫しているはずだ。
レックス隊長の左遷(必ずしも左遷ではなく、栄転かもしれないが)は既に街の噂となっており、悲しむ市民もいる。
なんと言ってもレックスは熱血漢。
グレイフォックスとのドタバタ劇が見られない、そういう声も大きい。
今頃、当の本人はアンヴィルで懸命に働いているのだろう。
熱血漢ではあるものの有能であり、ああ見えて思慮深い。
……熱血過ぎで空回りしたり横暴な場面も多々あるけれどもね。
「ふぅ」
これからどうしよう?
グレイフォックスには会いたいけれども、既にスキングラードのローズソーン邸は人手に渡ってしまっている。
屋敷を買い戻す資金奔走はもう、必要ない。
今後は生活費の為に盗賊を?
……。
それはどうかなぁ。
あまり主義としては好きじゃない。
じゃあ屋敷買い戻す為の盗みはいいのかよ……いいのっ!
「ふぅ」
お金を貯める。
そしていずれ、ローズソーン邸の今の持ち主から言い値で買い取る……それはそれで手だと思うけど、そろそろ
解放されてもいいのかな?
わたくしは名門貴族シャイア家の若き当主。
前当主であるクソ親父の愛人の娘。
跡取りとして拾われるまでは、それこそお金の為なら何でもやったわ。
母は病で病死。
わたくしは自分の力で生きてきた。
結局、跡取りがいない……という事で拾われた。養母は優しくて素敵な人。
だから期待に応えるべく、頑張った。
クソ親父のこしらえた借金の為に、他の名門貴族との政略結婚すら受け入れた。
その貴族の家も借金抱えてて政略結婚は向こうも同じ、つまり財産目当て。結果として両方借金で潰れたけれども。
……。
既に養母は亡くなり、クソ親父はくたばった。
そろそろ、潮時かしら?
そろそろ……。
「ああ、こんな所にいたの。探したわよ、アルラ」
皮鎧に身を包んだ、若いボズマー。
確か……。
「あらメルセデス、御機嫌よう」
「……名前違う」
「あら失礼。牝レデル」
「……字が違う」
「あら言葉の響きで字が違うのが分かるなんて、さすがですわね。ほほほ」
「……相変わらず食えない女だよ、あんたは」
メスレデルは誉めてるのか貶してるのか。
まあ、前者としてとっておきますか。
こほん。大きく咳払いをしてから、重大な話であるぞという空気を作る。
重大ねぇ。
参謀の使い走り程度が関の山の、彼女の立場。
スクリーヴァか、アーマンドか。どっちの使いとしてわたくしを探していたのかしらね。
「聞いて驚きなさい。グレイフォックスからの伝言があるわ」
「えっ!」
「ふふん。今の私は、彼の伝令係なのよ」
「……な、何で……?」
思わず声がかすれる。
子供っぽい性格なのか、メスレデルは胸を張って自慢する。いつの間にそんなに出世をしたの?
わたくしを差し置いて、既にグレイフォックスと対談したのだ。
伝令係というのは、そういう事だ。
グレイフォックスと接触出来るのはそう多くない。スクリーヴァ&アーマンドの二人の参謀。そして伝令係のみ。
……。
そ、そうか。
この間のスラム街の封鎖を解除させた功績を買われたのか。
納得と同時に、少し嫉妬。
……このままでは引き下がれませんわぁ。
わたくしも出世しなくては。
「そ、それで伝言は?」
「ブルーマに来いって。ヘルヴィアス・シシアの家で待ってるって」
「そ、それで?」
「それだけ」
「はっ?」
「いや、それだけなのよ」
「……」
伝令係……なるほど、グレイフォックスが呼んでるよーと伝達するだけか。
少し安心。
出世したのかしてないのか、微妙なポジションだ。
「それとアルラ、武装して来いって」
「武装?」
「今回は強奪、強奪になりそうだってさ」
「……強奪」
戦闘もありえる、か。
乱暴ではあるものの、グレイフォックスと接触する良いチャンスだ。
ブルーマに行くとしよう。
「メスレデル、では御機嫌よう」
ブルーマ。
馬を駆り、北方都市ブルーマに。北の要衝として、最重要な土地だ。
アカヴィリによる古代の侵略戦争の際には、ブルーマは難攻不落の絶対防衛線として機能し、勝利に導いた。
その名残か、ブルーマ領主は都市的にはみすぼらしいブルーマを宛がわれているものの一等伯爵として帝国から扱
われており各都市の領主達を睥睨する実力者として君臨している。
「さみぃーっ! さみぃーっ! さみぃーっ!」
ジョニーが騒いでいる。
「グレイズ、サミーって誰ですの?」
「さあ? 昔の恋人では?」
帝都から早馬で三日で到着。
しかしこの寒さ、何とかならないものだろうか。
トカゲが騒ぐのはよく分かる。
彼は南方の、密林や湿地の気候風土であるブラックマーシュ出身の種族(ジョニーは帝都生まれ)であり南方の気候に
適応した種族だからだ。北方のスカイリム出身のノルドとは対極に位置する温度差を有しているだろう。
さて。
「ここが、そうですわね」
「御意」
「さみぃーっ! さみぃーっ! さみぃーっ!」
「……うるさいですわ、始末」
「御意」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ寒いのは我慢出来ませんってーっ!」
うるさくて困りますわね。
ともかく、グレイフォックスが待つというヘルヴィアス・シシアの家に到着。
この家の中に、灰色狐がいる。
この家の中に……。
「ああ君がそうか」
家の中から、男性が出てきた。おそらく、この家の住人。
ふぅむ。
家を会合の場所として提供するのだから、彼も盗賊ギルドのメンバーなのだろうか?
扉から出てきて、わたくしに入るように促す。続こうとするトカゲとオークを留めた。
「従者は私とここで待つように。……グレイフォックスはサシでの面談を望んでおられる。では、どうぞ」
「分かりましたわ」
ドキドキが隠せない。
グレイフォックスに、ようやく会えるのだ。
扉をくぐり、家の中に入る。
「ようやく来たか」
彼は、いた。
暖炉の側に椅子を置き、そこに座っている。皮の鎧に身を包む、男性。そこまでは普通な姿なのだが、グレイフォックス
の名に由来するように灰色の仮面を被っている。
なんと挨拶しよう?
貴族のような振る舞いに憧れています……いや、これだとミーハーだろうか。
「聖蚕会神殿に行け。そこには盲目の修道僧達が世情を離れて暮らしている。サヴィラの石、という名のモノを保有している。
それが是非欲しい。私の……いや、盗賊ギルドの野望の為だ。早急に手に入れてくるのだ」
「……」
「どうした?」
「……いえ、別に」
一方的に話すグレイフォックス。
……。
まあ、伝説とか義賊か言われてても盗賊は盗賊。盗む事以外には関心はないらしい。
色々と話のないよう、考えてきたのに無意味。
「盗賊ギルドは不殺がモットーだ。しかし今回は特例として、君はその規律から解放される。……今回だけだがな」
「何故ですの?」
「場所が問題だ。要塞並に堅牢だ。見つからずに侵入は出来ても、見つからずに強奪は無理だ」
「戦闘は……」
「戦闘は充分にありえる。それにサヴィラ石の特性の問題もある。意志の力で向こうに監視されている可能性があるのだ」
「……?」
「質問は許さない。特に、盗賊ギルドのメンバーである以上はな。報酬は用意しておこう。では、行け」
「……了解ですわ」
一方的過ぎるけど……まあ、こんなものかなぁ。
少し期待はずれ。
もっと格好良い盗賊だと思ってたけど……。
「寒いですわね」
「お嬢、トカゲが凍死してますが?」
「片しちゃって」
「御意」
ブルーマから東に。
天にも届くような山脈が連なっている。その麓に、その建物はあった。
聖蚕会神殿。
蚕?
馬で駆けて駆けて、ようやく到着。朝日の中を、わたくし達の頭上を黒い蛾が飛んでいる。
……。
ああ、蚕蛾かしら?
でもこんな雪国で育つもの?
聖『蚕』会神殿なんだから、多分蚕の繁殖か何かをやっているのかもしれない。
「ふーん。意外に立派ですのね」
どういう由来で、どういう経緯でこんな場所に神殿があるのかは知らないけど……立派な建物だ。
あっ、あそこにボロい小屋がある。
おそらくあれが、ここの聖職者達の宿舎なのだろう。
そんな事を考えていると、中からゾロゾロと純白の包囲に身を包んだ連中が出てくる。
神殿に向っている。
「どうします、お嬢?」
「ジョニーは凍ってるしグレイズ、貴方は日光が駄目。……どこか寒くなくて、日光の凌げる場所にいなさい」
「御意。……ご配慮、感謝します」
ズルズル。
トカゲを引き摺り、物陰に行く白いオーク。
まあ、たまには従者を休ませ……。
……。
……あれ、最近わたくしばかりが働いているような気がするぞ。『霊峰の指』なんて普通に1人でバトルだし。
まあ、いい。
このまま横暴で行くと『ドロンボー』だと思われるし。
わたくしがドロンジョ様。
ジョニーがボヤッキー。
グレイズがトンズラー。
こ、この構図はまずいですからね、部下思いの良い女主人に方向転換しませんと。
……。
もちろん、部下に対するお仕置きは残す方向ですけどねぇ。
ほほほー♪
「失礼」
一番後ろを歩いていた聖職者に声を掛ける。
一瞬、驚いた顔をした。
こんな辺鄙なところに女性がいるのが変なのか、女性と関わるのが久し振りだから動揺しているのか?
……まあ、多分両方ですわね。
「こんな所に旅人が、それも女性とは珍しい。聖蚕会神殿にようこそ。……休息は自由だよ。彼らも……」
物陰にいるジョニーとグレイズを指差す。
「あんな場所じゃ寒いだろう。宿舎で休むといい。私は、今からお祈りだから、おもてなし出来ないのが残念だよ」
「優しい方ですのね」
「ははは。女性に誉められるのは、久し振りだな」
チラチラと遠ざかって行く仲間を見る。
祈りに遅れるとまずいのだろう。
あまり手間を取らせたくはないけど、聞くべき事は聞かなきゃね。
……。
グレイフォックス曰く、ここは盲目の修道僧達が生活しているらしいけど……彼の目には光がある。
彼らはどこに?
「ここは盲目の修道僧達が住んでいるんじゃないんですの?」
「……どこでそれを聞いた?」
不意に押し殺した声に変わる。
彼は遠ざかって行く仲間達を見る。しかしそれは祈りに遅れるから、ではない。
怯えている?
「……君はサヴィラの石を手にしに来たのだね?」
「……貴方何者?」
「私達は盲目の修道僧達に仕えている。彼らは地下墓地の、さらに地下に住んでいる。……特別な僧達でね、かつて
は王宮でエルダースクロールの解読をしていた知識階級だ。引退するとここで隠居する事が義務付けられている」
「そんな知識階級が、何故ここに?」
エルダースクロール。
過去を自動的に記す、運命の書。時に未来も刻まれる、らしい。
……。
ただ普通は読めない。
ルーン文字でもない。一説では、既存の文字ですらない……らしい。
読めるのは一握りの、特別な者達のみ。
ここの地下にいるのはその特別な者達なのだろうけど……。
「エルダースクロールを解読し続けると魔力で目が潰れるのです。そういう僧は不必要。しかし脳に蓄えられた知識を手放
したくない。そういう意味合いで帝国は彼らを監禁しているのですよ」
「ああ、なるほど」
確かに引退した連中から、読解力が洩れるのを防ぐのは妥当な判断だろう。
……人道的かどうかは別として。
「問題は、サヴィラの石なのです」
「問題?」
「どういう経緯で、地下の方々があれをここに持ち込んだかは知りませんけどね。もしかしたら利用されるのを嫌ったが為に、
帝国に対する反抗なのかもしれませんが……あの石は、よくない。全てを見通す力があるのです」
「全てを……?」
「おそらく帝国が知ればここを破壊し、全員根絶やしにするでしょう。……持って行ってください。それが結局、全員の為
なのです。もちろんこれは私の勝手な意見です。地下の方々はそれを許さないでしょう」
「ふぅん」
盗むとなれば、双方実力行使……ですわね。
それならそれで仕方ない。
「分かりましたわ。その石、わたくしが頂きます。御機嫌よう」
聖蚕会神殿。
引退した修道僧達が余生を楽しむ場所……ではないらしい。
彼らの住まいは地下にある。
先程出会った聖職者は、盲目の修道僧達の介護役。
何故地下に住むのか、その理屈は簡単だ。目が見えない=地下で暮らしても何の問題もないだろ、である。
それともう一つ。
楽隠居はさせないのが、帝国の考えらしい。
養蚕。
地下で蚕を育て、絹を織らせているのだ。
……。
……退職しても働かなければならない。
……昨今は世知辛いですわ。これも全て国の無能政策の所為ですわねぇ。
痛みを背負おう国民の義務だから?
まあ、自分たちはどう転んでもも余生万々歳ですから、そんな戯言が言えるわけでしょうけど。
さて。
「……」
「……」
「……」
わたくし、ジョニー、グレイズは音を立てずに地下を……修道僧達の生活空間を歩く。
昼夜が逆転……以前に、完全なる闇の為に修道僧達の生活は完全に狂っているらしい。今が就寝時間。
ただ、普通の感性ならこんなところで暮らさない。
目が見えないから荒れててもいい?
そういう問題じゃないわねぇ。
饐えた臭いはするし、カサカサと暗がりで動く蟲、不健康そうな象徴とも言うべき所々から生えている茸の類。
帝国は何を考えているのだろう?
今まで働いたものをこんな場所に閉じ込める?
ここが隠居を楽しむ場所なら、監獄は別荘だ。
『……』
修道僧達は眠っている。
誓ってもいいがこんな場所で寝てたら普通に体を壊す。
……。
ああ。それが目的か。
あの聖職者が言った『監禁』の意味合いが理解出来た。
帝国が独占したい知識をここに閉じ込めるのだ。そして不衛生なこの場所で殺す。
直接的に殺さないのは、今まで働いた彼らに対する配慮か。
「……」
「……」
「……」
足音を殺し、息を潜め、わたくし達は進む。
見つかったら?
……。
グレイフォックス曰く、特例的に始末してもいいそうだけど……あまり命のやり取りは、好きではない。
負けるとは言わない。
好きではないのだ。
盲目の相手だから簡単に勝てる……とも言わないけど。
暗闇だからわたくし達も目が見えないのもほとんど同じであり、条件は同じであるものの修道僧達は光そのものを
関知する術を失って久しいのだ。感覚は当然、相手の方が鋭いだろう。
それに……。
「お嬢、あの武器」
「ええ。分かってますわ」
修道僧達は各々、寝具の側に武器を置いている。
アカヴィリ刀だ。
古代の侵略者であるアカヴィリの遺産であり、その製造方法は謎とされている武器。
当然、希少価値は高く武器屋になど出回っていない。例え出回っていても、一等ランクの高い武器だけに高額だ。
現在、それを正式採用しているのは皇帝直属の親衛隊であり諜報機関のブレイズ。
修道僧達の武器も、アカヴィリ。
……。
もしかしたら皇帝に近い連中の、正式装備なのかしら?
エルダースクロール翻訳の面々だから、知識階級であり皇帝のお抱えだったわけだし。
皇帝は既にいませんけど。
「お嬢、全員いっそ首を刎ねておきますか?」
「ジョニーの? そうね、片しちゃって」
「御意」
「ちょっ!」
「……冗談ですわ。ふぅ。グレイズ、無駄な殺生はわたくしは嫌いですわ」
「御意」
どれだけ歩いたのだろう?
木製の扉が眼前に現れた。それを広くと、途端に開けた視界。天然の洞窟、ひらけていてかなり広い。
祭壇がある。
その祭壇の前に立つ、人影。
修道僧だろう、多分。いずれにしても聖蚕会神殿の関係者であり、障害。
……。
「ふぅ」
あれは殺す……叩きのめす?
祭壇にある水晶玉のような代物が、お目当てのものだろうから……盗むに当たり、接触は免れない。
ならば。
「ジョニー」
「あっしにお任せを」
トカゲのジョニーは透明化出来る能力者。
ブォン。
瞬時に擬態化し背景に溶け込む。……いやいや向こうは盲目なんだから姿消しても意味ないか。気配でばれる。
止めようとすると……。
……光った。
『えっ?』
3人、声がはもる。
中空に深紅に光るものが現れた。いや、正確には最初からあったのだ。
あれはアイレイドの遺跡でよく見る、侵入者迎撃用のクリスタル。ジョニーが近づいたので起動、丁度迎撃の軌道にいた
修道僧の胸板を貫いたのだ。
高密度の結晶であり破壊はほぼ不可能。
「霊峰の指っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
電撃は、空しく散った。
やはり砕けないか。クリスタルはこちらを完全に認識している。光線を寸断なく放ってくる。当たれば、修道僧の二の舞だ。
避ける。
「お嬢っ!」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
背中のクレイモアを構え、暗闇から繰り出される刃を弾く。修道僧達は異変に気付き、こっちに来たか。
「お嬢っ!」
「……しかたありませんね、始末」
「御意っ!」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
修道僧達の的確な斬戟を弾き、弾く度に的確に相手を切り伏せるグレイズ。その腕は折り紙つき。
……当然ね。
帝都の闘技場でもチャンピオン級の実力の保持者。
もっとも女性や子供とは戦わない、という騎士道崩れな為に勝ち進めないだけで、実力はあるのだ。
「鎮魂火っ!」
ごぅっ!
修道僧の1人が炎に包まれ、崩れる。
相手が相手だけに、あまり殺生はしたくないものの『自首します♪』『じゃあ許す』という展開にはならないだろう。
ここに至ると、向こうはこちらを容赦なく殺すのは眼に見えている。
「ジョニーっ! こっちはわたくし達が相手します、貴方はサヴィラの石をっ!」
「了解っすっ!」
クリスタルが光を放つ。直線的だけであり、動きを見越しての一撃ではないので光った瞬間に横に移動すれば
回避可能。ただ盲目の、現状把握出来ていない修道僧はそうはいかない。
1人が頭を貫かれて絶命した。
祭壇の上にあるのが、サヴィラの石だろう。
あれを奪って逃げるに限る。
「霊峰の指っ!」
目的のモノを入手し、再びブルーマに。
暖炉の炎が冷めた体を温めてくれる。極寒の地は、あまりインペリアルのわたくしには相応しくないようだ。
灰色狐は、椅子に悠然と座っている。
なかなか様になっている。
……こいつ、ただの義賊や盗賊じゃないわね。動作に荒々しさがない。
「手に入ったか?」
「もちろん」
「それでこそ盗賊だっ! ……サヴィラの石さえあれば王宮の警備を見通す事が出来る」
「……警備?」
サヴィラの石は千里眼のような効果があるのかしら?
灰色狐はわたくしの言葉を無視し、興奮しながら話を続ける。喉から手が出るほど、欲しかったわけか。
……。
しかし王宮の警備ねぇ。
どうやらこの石が価値がある云々以前に、その特性が必要だったわけか。
王宮、ね。
いずれ王宮に盗みに入るつもりなのかしら?
「崩御した皇帝がこの石がここにある事を知らなくて幸いだった。知っていたら破壊するか、奪われるかしていただろう。
そうしたら手が出しようがないからな。……くくく。まだ運は私にあるか。今後もあるといいが」
「それで報酬は?」
「いくら欲しい?」
「金貨よりも、貴方の素顔を」
「ならば報酬はもう渡したな。……悪いが私はさっきから三度ほど、仮面を脱いだぞ」
「……えっ……?」
「私の顔はお前の記憶に残らない。素顔の私はこの世に存在しないのだからな」
「……?」
「この仮面はノクターナルのものだ。……ノクターナルは知っているな?」
「ええ」
オブリンビオンの16体の魔王の1人。
盗賊達が信奉する魔王。
「一応言っておくが私は人間だ。噂のように悪魔でもなければ吸血鬼でもない。不死身でも不老不死でもない。私が何代目
のグレイフォックスかは知らんが……この仮面と地位を先代から継いだ、それだけだ。人間の、盗賊に過ぎん」
「……」
「それでアルラ、私の素顔が本当に分からんか?」
「本当に……えっ?」
「今も、顔を見せた」
「……」
「分かったか。私の顔は君に記憶出来ない。二度と聞くな、分かったな」
「は、はい」
訳が分からない。
顔を見せたと言うけど……本当に?
……。
もしも本当だとすると、私の頭は機能していない。顔が記憶できていない。
それってどういう事なんだろ?
「有能な盗賊よ、次の仕事は準備が出来次第通達する。……伝令をそちらに回す。出来る限り帝都にいろ、その方が接触
し易いからな。……以上だ、下がりたまえ」
「了解。では、御機嫌よう」
何故か半ば怒り気味のグレイフォックスはわたくしを追い出す。
顔、ねぇ。
……。
記憶出来ない顔。
一体、それはなんなの?
貧民を保護し矢面に立ち、あたかも貴族のような振る舞いをするグレイフォックス。
興味がある。
興味があるけど……その興味と同時に、彼の正体も気になり始めていた。
灰色狐、何者なの?