天使で悪魔








知性あるモノ







  番犬。
  必ず飼い主がいる。





  ラフィールの黒犬。
  第三階層から出現する存在でアルディリアモンスター、ガーディアンとも異なる第三の敵。
  各階層固定のモンスターやガーディアンとは異なり自在に階層を動き回っているようだ。それでも第一階層に出撃したのは初めて。
  怪物?
  人間?
  黒い犬の仮面の下の素顔を知る者は誰もいない。


  「なんとっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  戦闘開始っ!
  黒い犬の仮面を被ったふざけた奴の黒い剣と刃交えるのはグレン。傭兵集団『旅ガラス』で筆頭の剣の遣い手であるグレンだ。
  そのグレンが焦った顔をしている。
  「くっ!」
  「シネ」
  異質な声のまま猛撃。
  ラフィールの黒犬の剣技は常人のモノとはまったく異なっている。
  グレンより腕が上?
  ……。
  ……いや。そうではない。
  腕そのものはグレンが上だ。なのに圧倒されているのは何でだ?
  「グレン、下がれっ!」
  「承知っ!」
  バッ。
  右に大きく飛ぶ。瞬間、俺は黒犬野郎に手のひらを向けた。
  雷が宿る。
  食らえっ!
  「雷帝・発剄っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  黒犬に雷を叩き込む。
  さらに。
  「凍える魂っ!」
  冷気の魔法が発動。これはイズだ。
  怨霊使いであるイズは怨霊を使役する以外に冷気系の魔法を得意としている。……ハートが冷たいからか?
  まあいい。
  ともかく雷と氷のダブルの攻撃が直撃。
  普通の敵ならこれで死ぬ。
  普通じゃなくても足止めにはなる。しかしラフィールの黒犬は俊敏な動きで俺に肉薄して来た。まるで効いていないように。
  魔法をレジストしたのかっ!
  迫る黒い刃。
  「くっ!」
  「シネ」
  自慢の魔力剣で受け止める。
  そして。

  ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  攻撃を受けた際に異質な音。
  そして何かが宙を舞う。
  刀身だ。
  「俺の剣がーっ!」
  高かったんだぞこの魔力剣っ!
  虎の子の剣が使い物にならなくなった。俺は手にしていた残りの部分を黒犬に投げ付けるものの、黒犬はひょいっと横に避けて回避。
  まあ当たったところで死ぬ事はないだろうがな。
  くっそっ!
  「雷帝・発剄っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  至近距離の一撃。
  「クフフ」
  雷の洗礼を受けながら黒犬は手のひらをこちらに向けた。
  まずっ!
  「シネ」
  ドンっ!
  「くあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  黒い衝撃波。
  まともに受けた俺は転がりながら吹っ飛ぶ。
  ガン。
  そのまま何か硬いものに頭をぶつけてのた打ち回った。
  「ぐぁぁぁぁぁぁっ!」
  宝箱。
  宝箱だ。金目の物が入ってないかと思っていた宝箱に後頭部をぶつけたわけだ。……痛いっす……。
  その時、他の仲間達が俺に追撃を掛けようとしていた黒犬に挑みかかる。
  グレン。
  ハーツイズ。
  ドントン。
  三対一ならいくらなんでも優勢だろう……思ったものの、実際はほぼ互角の戦闘を展開していた。
  何なんだあの黒犬野郎。
  デタラメに強いぞっ!
  互角の戦いなら俺が介入すれば勝てるわけだが……武器がない。乱戦の際の魔法は結構危険だ。仲間を巻き込む可能性があるからな。
  武器が欲しい。
  武器が。
  「カガミ、宝箱開けてみたら?」
  「そうか。そうだな」
  さすがはサラだ。
  付き合い長いだけあるぜ。俺の考えを理解してくれているらしい。
  「とっとと金目の物持って高飛びしようぜ。あいつら良い囮になってくれるよね。うへへ☆」
  「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「うっわカガミ不謹慎発言だよ。真面目にやりなって真面目に」
  「……すまんお前の台詞だったよな不謹慎な台詞は」
  「てへ☆」
  「……」
  ま、まあいい。
  ガチャ。
  俺は宝箱を開いた。稀に武器が入っているという話だしわずかな可能性を信じて宝箱を開く。
  そこに入ってた物。
  それは……。

  「何じゃこりゃ?」
  棒だ。
  握るところは……なんだこの材質?
  ゴム?
  銀製の棒……んー、ただピカピカしてるだけの鉄の棒?
  ニョキニョキニョキ。
  どんだけぇー。
  宝箱の大きさに反してめっちゃ長い棒だ。てかこんな長い棒がこんな小さな宝箱に収まるか四次元ポケットかよこの宝箱はーっ!
  不思議ボックスかよ。

  その頃。
  「私の怨霊ちゃんがっ! お前死刑ーっ! 集まれ怨霊、集いて1つになりて我が敵を貪り食らえーっ!」
  「くぅっ! こいつやっぱり強いでござるなっ!」
  「ラフィールの黒犬を倒せば俺は戦死したアリスに顔向け出来るかもしれない。……負けるわけにはぁーっ!」

  皆様、ご苦労さんです。
  ドントンは経験不足ではあるが……イズとグレンは強い。その2人が束になってもラフィールの黒犬の方が一枚上手だ。確かに腕力は強いが剣術的
  にはそこそこだ。にも拘らず俺達を圧倒する。
  多分身に付けている装備が何らかのエンチャントされているものなのだろう。
  魔法装備で能力を増幅しているに違いない。
  インチキ野郎め。
  「……」
  にしてもこの棒は何だ?
  先端が妙な形状になってる。見た事ない……武器だよな、多分。メイスの類か?
  「カガミ参戦しなってっ! ……ん? 何これ?」
  「さあ?」
  「妙な魔力を感じるけど……」
  「確かに」
  強大な魔力を感じる。
  アルディリアの迷宮の宝箱には稀に強力な武器が入っているらしいけど……これがそれか?
  「若者よ。余の主となるか?」
  「うおっ!」
  妙な棒が喋ったっ!
  「へー。知性ある武器だね、これ」
  「知性ある?」
  感嘆の声のサラとは異なり俺は素っ頓狂な声を上げた。
  当然この会話の間にも……。

  「シネ」
  「くぅっ! やりますわねっ! グレン君、援護をっ!」
  「承知したっ!」
  「くっそぅっ!」

  熱血してるなぁ。
  皆様頑張ってください。
  こちらもこの状況が終わり次第何とか参戦しますので頑張れ。真打は後から来る、それが鉄則だしな。
  さて。
  「ここはどこですかな?」
  「アルディリアの迷宮だ。で俺はカガミ」
  「余はドライ。ドライバーのドライ」
  「ドライバー?」
  何じゃそりゃ?
  「余の正式名は呪われしドライバー。元々は普通のドライバーでした。しかし代々木カントリークラブの十五番ホールで妄執が宿り、知性が生まれ、
  呪われしドライバーとなったのです。お分かりですか?」
  「……悪いがまったく分からねぇ」
  「なんとっ! ……最近の若者は無学ですな」
  「……」
  何だこいつ?
  何だこいつーっ!
  「うっわドライそれ世界中の若者に失礼だよ。まったくの無学で、脳味噌の中がエロ用語なのはカガミだけだからね。まったく」
  「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「うるせーカガミ☆」
  「うるせーとは何だうるせーとはっ!」
  「はいはい。あんたが正しいよ。あたしが間違ってました。はいはい、ごめんなさいねー」
  「……すげぇーむかつく……」

  その頃。
  「サッサトシネ」
  「嘘っ! 私の亡霊ちゃんが全滅……ええいっ! ならば取って置きの怨霊を召喚して差し上げますわっ!」
  「ドントン殿、回復してあげるでござるっ!」
  「……すまねぇ」

  ……頑張ってるなぁ、皆。
  ともかく。
  ともかく話を元に戻そう。サラが介入すると話が混乱する。
  「それで……えっと、ドライだっけ?」
  「うむ」
  「呪われてんのか、お前?」
  「呪われている。だからこそ人格が宿ったのだ。しかし祟るのは得意としていない。心配するでない、若者よ。さあ余を武器として振るえ」
  「……」
  ギュッ。
  強く握り締め、俺は呪われたドライバー『ドライ』を見る。
  強力な魔力が宿っている。
  剣ではないが……魔力剣のようなものだ。しかし今まで俺が見てきた魔力剣とは質がまったく異なる。
  属性?
  そうだ属性だ。
  込められている属性が今までとはまったく異なる気がする。
  ドライは言う。
  「マスターと今後呼ばせて頂きますぞ」
  「ああ」
  「余に魔力を込めてごらんなさい。余はその魔力を増幅し、どんな敵でも簡単に斬り伏せれる威力になりますぞ」
  「マジかよっ!」
  込めた魔力を増幅?
  なるほど。
  今ままで接した事のない魔力剣の感じは、そういう意味だったのか。確かに魔力を増幅する武器を俺は知らない。つまりドライの特性は込めた魔力
  の量によりその威力(攻撃力)が増すのだろう。
  すげぇ武器だ。
  「ただし1つ誓約があります」
  「誓約……寿命か?」
  「いえ。余は寿命を奪う性質の悪い特性は持ち合わせておりません。必殺の技の名前です」
  「名前?」
  「その名前を発しない限り増幅した際の攻撃力は発揮されません。……ああ、ただ相手を殴ったりする際には技の呼称は必要ないですぞ」
  「ふぅん」
  妙な制約もあったもんだ。
  まあいいさ。
  ドライの素性(素性というのか疑問だが)は後々聞くとしよう。
  まずはラフィールの黒犬を倒す。
  それが最前提だ。
  「どんな名前だ?」
  「それはですな。……ごにょごにょ……」
  「なっ!」
  ダ、ダサい名前だ。
  だが仕方あるまい。必殺技名を叫ばないと必殺技が発動しないのであれば仕方ない。……ある意味でそれが呪いかもな。
  必殺技の名前を叫ぶ、ある意味で羞恥プレイです。
  おおぅ。
  ともかくーっ!

  「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  すげぇっ!
  銀色の棒に魔力が迸る。込めた魔力が増幅され、ドライに宿る。
  俺は大きくドライを振り上げた。
  「行け、マスター」
  「おうっ!」
  この魔力なら。
  この魔力なら例え相手が誰であろうと簡単に叩きのめせるぜっ!

  「……凄い魔力でござる……」
  「込めた魔力が増幅されてる? ……どんな原理なのか調べてみたいですわ」
  「行け行け兄貴っ!」

  3人は黒犬から離れながら口々に驚いている。
  てかドントン。誰が兄貴だ誰がだ。
  ラフィールの黒犬登場時にうろたえていたあいつを叱咤したからか?
  まあ気持ちは分かる。
  俺は大人だからな。大人の余裕に惚れ込んだってわけだ。まあ気持ちは分かるぜドントン君。はっはっはっ!
  「うっわカガミってばとうとう男を手篭めにした? 男とエロエロ。だから兄貴になってんだ。……そこまで落ちたかー……」
  「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「受けて責めて頑張れカガミ☆」
  「……」
  その発言はまずいのではないですか?
  おおぅ。
  と、ともかくっ!
  「行くぜ黒犬野郎っ!」
  ドライには強力な魔力が宿りスパークしている。さすがの黒犬もドライの攻撃力がまずいと察したのか、間合を保ったまま警戒している。
  「……」
  「……」
  じりじりと。
  じりじりと俺は間合いを詰める。黒犬は俺から目を逸らさずに後ずさる。
  そして……。
  「たあっ!」
  「シネ」
  バッ。
  同時に動いた。俺も黒犬も、地を蹴って大きく踏み込んだ。
  食らえーっ!
  「必殺っ! 悪夢の十五番ホールっ!」
  ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  増幅された魔力宿るドライを大きく振り下ろす。
  黒犬は黒い魔剣でガードするもののそれは叶わなかった。
  わずかに軋んだ音、その次の瞬間には刀身は粉々に砕け散り黒犬の肉体を切り裂いていた。
  右肩から入りそのままヘソの辺りまで切り裂いた。
  「なっ!」
  何なんだこの威力っ!
  まるで手応えがない。気が付いたらここまで斬っていた、そんな感触だ。
  「バカナ」
  「お終いだな、これで」
  「……ナニモシラズニ……」
  「何?」
  ごぅっ。
  「うおっ!」
  俺はそのまま大きく飛び下がった。
  微かに黒犬は笑った。次の瞬間、黒犬の肉体は炎上した。危うくその高熱の炎に巻き込まれそうになった。
  危ない危ない。
  燃えるラフィールの黒犬。
  ドントンが戦う前に言ってたな。死ぬ瞬間に自らを焼き尽くすと。
  相手を道連れとかではなく、おそらく肉体を残したくないのだろう。……その理由は知らんけどな。
  なかなか厄介な奴だぜ。
  かなり強いしな。
  「……」
  にしても厄介な奴だったぜ。
  アルディリアの迷宮、なかなか骨が折れるかもしれない。第三階層にはああいうのが多分ウロチョロしているのだろう。今回は砕けちまったが戦利品
  として燃えずに残る黒い剣は呪われているらしいしな。こんな強い奴を倒しても無報酬は痛い。
  まあいい。
  まあいいさ。
  とりあえずは俺様ビクトリーだ。
  「ドライ、これからよろしくな」
  「御意」
  バッ。
  俺は呪われたドライバーであるドライを一振りしてから格好よく身構える。
  「ねー、カガミ」
  「何だ?」
  「今の自分の姿になんか違和感ない? そんなもん構えたって格好良くも何ともないよ。てか間抜け。カガミにぴったりの形容詞だね☆」
  「殺すぞちくしょうめっ!」
  おおぅ。
  コツ。コツ。コツ。
  その時、階段から足音。下から誰か上がって来る音だ。それも1つではない。複数。
  また新手の黒犬か?
  戦闘前にドントンが言ってたがラフィールの黒犬はたくさんいるらしい。……纏めては来ないで欲しいものだな。黒犬は強過ぎる。
  コツ。コツ。コツ。
  俺達は身構えた。今度は油断はない。全員、全力で叩く必要性を心得ている。
  一気に魔法で片付ける。残った奴らは斬り込んで倒す。
  そして……。

  「突然上の階層目指して移動した黒犬を追ってきたが……なるほど、諸君らが倒したか」
  「ふぅん。なかなかやるじゃないの」
  「……」
  「だが新米より上の腕前でしかないようですぜ、黒騎士殿」
  「だったら格の差ってものを教えてやりましょうぜっ! 黒犬一匹始末しただけで好い気になられてもムカつきますんでね」
  「ザック、黒騎士の前で汚い言葉は慎め」

  6人いた。
  1人は漆黒の鎧に全身を包んだ奴だ。黒騎士と呼ばれている。この中ではリーダー格のようだ。他のメンツに立てられているから分かった。
  1人はノルドの女。弓矢を装備している。陰湿な感じは受けない。
  1人は無口なアルゴニアン。黒いローブを着込んでいる。魔術師だろうか?
  1人はブレトンの戦士。……いやブレトンで純粋戦士はおかしいな。魔法戦士だろう、多分。
  1人はカジートの盗賊系の男だ。ザックとかいう生意気野郎。皮製の身のこなしがし易い装備だから盗賊だろう(超偏見)。
  1人はオークの戦士。こいつは純粋戦士だろう(超偏見)。
  「何だお前ら?」
  「兄貴、口を慎んでくれっ!」
  テンパるドントン。
  てか完全に兄貴っすか。悪い気はしないが……サラに弄られる要因が増えたなぁ……。
  「でドントンこいつら何だ? ははあん。お前こいつらに金でも借りてんのか?」
  「冗談言ってる場合じゃないんだよ兄貴」
  「分かった分かった。こいつらは何だ?」
  「この方達は……」
  「自ら名乗ろう」
  黒騎士が言葉を発した。全身を黒壇製の防具に身を包んでいる。露出しているのは口元だけ。口元を見る限りではまだ若い。若いと言っても俺よ
  りは上だろうがな。三十代後半ぐらいだろうか。渋めの声だ。
  さて。
  「へぇ。名乗ってくれるのかよ。そりゃ助かる」
  「我らは『片翼の天使』。世界最強の精鋭集団。……それで諸君らは何者かな?」