天使で悪魔
ラフィールの黒犬
その出会いは最初から決められていた。
偶然は必然、つまりは運命。
我らは神の御手に操作されるに過ぎない操り人形。
自ら演じているようで実はそうではない。
全ては必然。
アルディリアの迷宮。第一階層『廃墟』。
次の階層に続く扉の前に到達。
この門を潜った者は、次からは魔法陣で第二階層に一気に飛べる。第二階層は『遺跡』。
既に『片翼の天使』達によってガーディアンは撃破済み。
開放されている。
現在第二階層は、第三階層のガーディアン狙いの冒険者達の修練の場所となっている。
ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!
「うるせぇっ!」
絶叫を残して最後のコボルトは消え去った。
誰が倒した?
もちろん俺だ。
凄腕の傭兵集団である俺達『旅ガラス』は第一階層を易々と突破。次の階層に繋がる階段に到達した。
アルディリアモンスター?
大した事はないな。
はっきり言って雑魚過ぎだった。
犬人間であるコボルトは俺達の敵じゃあなかった。三流の戦士以下の腕前のモンスターどもだった。そいつらを軽くあしらいながら迷宮を突破。
そして今に至る。
楽勝だぜ。
……。
……まあ、それでも案内屋のドントンがいなければ迷った……いや、迷うかどうかは分からないが時間は掛かっただろう。
ドントンは迷宮の道順を頭に叩き込んでいた。
だからこそ短時間でここまで来れたのだ。
なるほど。
案内屋を雇うというのは確かに必要な事だったな。
さて。
「カガミやるぅー☆」
「へへへ」
肩に止まっているサラの賞賛の言葉。
最後のコボルト(少なくとも目の届く範囲内では)は多少は強かった。
ドントンが言うにはたった今俺が倒したコボルトは、普通の雑魚よりも一等上だったらしい。牙は普通のより大きいのは『コボルトキング』。
この階層では強い部類らしい。
レアな魔物。
まあ、キングという名が付くにしては雑魚だけど。
「さすがはカガミだよねぇー。わずか数秒で撃破だなんてさ」
「だろ?」
「いざ本番になっても数秒で終わるだけありますなー☆ 早い、短いがカガミのモットーだよね☆」
「……」
「どしたのカガミ?」
「……なあ、本番って何だ?」
「うっわそれを健全な小説サイトで聞くの? 他所様のサイトからリンク拒否されたらどうすんの空気読めこのエロガッパ☆」
「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「うっせぇーカガミ☆」
「……」
何とまあ俺は可哀想な奴なんだ。
おおぅ。
「漫才は済んだか?」
「誰が漫才だ誰がっ!」
生意気な餓鬼だぜ。
案内屋のドントンはとっとと先に進む。俺達もその後に続いた。
特にこの階層は支障がない。
敵は雑魚だしな。
まあ案内屋がいなければ多少は迷ったかもしれないが……別に迷ったからといって出られないほど入り組んではいない。
第一階層は完全に肩慣らしだな。
……。
……だけどおかしいのはどうして第一階層は雑魚揃いなんだ?
何か意味があるのか?
いきなり強敵がいてもおかしくないのに、下に降りるほど敵が強くなっていく。
うーん。
特に意味がないのかもしれんが……考え出すと奇妙な気はする。
そもそもアルディリアの迷宮の意味すら分からない。
それを考えるとこの迷宮は怖いな。
まあ、今は考えるまでもないか。とりあえずは下に行く事を考えよう。とりあえずはな。
そして。
そして俺達は扉に到達した。
「ここだ」
案内屋は確かに必要だったな。
迷宮に潜って数時間……何時間だ、二時間ぐらいだろうか。密閉された空間だと時間の感覚がおかしくてよく分からなくなる。ともかくわずか数時間
で第一階層を攻略した。傭兵集団『旅ガラス』の実力からしたらこれが当然の結果だけどな。
「へぇー」
好奇心に満ちた感嘆の声を上げたのはイズ。
イズは、ハーツイズは元々は魔術師ギルドの人間。しかも知識の最高峰であるアルケイン大学の出入りを許されていたエリート様だ。
死霊術が禁術にされた際に他の同志と共に脱退。
元が魔術師ギルドの人間だから価値的好奇心が強い。
扉に施されている文様を調べたりしている。
まあ俺は興味がないが。
グレンも同様。
「ここが終着点なのか?」
「そうだ」
若造は頷く。
一応は雇い主なんだから敬って欲しいものだ。結構な額を支払ってるんだしな。
「ここにガーディアンがいたんだよな?」
「そういう事だ」
「ふぅん」
「俺が見たわけじゃないんだが……聞くところによるとガーディアンを倒すと扉が開く仕組みらしい。つまり倒すまでは下の階層には行けない。この
階層のガーディアンは『片翼の天使』に倒されたから既に扉は開放されている。まあ見た通りだな。で潜るのか?」
「……」
「次の階層に行くなら追加料金を払ってくれ。金貨50枚はこの階層分の料金だ。次の階層は金貨80枚だ。即金で払ってくれ」
「……」
「おい」
「……あれは……」
「何だ?」
「宝箱だーっ!」
下の階層に繋がる階段の側に宝箱発見。
ここまでろくなモノがなかった。
幾つか宝箱を見つけはしたが小銭しかなかった。現在ゲットした金額は金貨38枚。
冒険者の街フロンティアは冒険者が落とす金で成り立つ街。冒険で大金稼ぐ事を生業とする冒険者(別に儲ける事が前提ではないが冒険してると
自然と儲かるものなのだ)は特別に課税されている。何をするにも課税分上乗せ料金。
今回の冒険で得た金額では1人分の宿泊料にもならない。
……。
……ちなみに俺達は傭兵だが、ここではカテゴリー的に冒険者となる。
冒険してない?
まあ、そうだな。
冒険者ギルドの管轄の仕事をした者は冒険者というカテゴリーにされるのだ。
ちなみにアルディリアの迷宮に潜る者も区分的に冒険者。
さて。
「カガミ君」
「あん?」
宝箱に喜び勇んで近付こうとするとイズに呼び止められた。
ちっ。お楽しみなのに。
「何だよ?」
多少ぶっきらぼうに言う。
宝箱を開ける。人間にとってこれ以上の至福の時はあるか?
いいや存在しない。断固として言い切るっ!
「駄目だよイズ邪魔しちゃ。カガミは宝箱見て欲情する変態なんだから、そっとして置いてあげなって」
「サラちゃんの言う通りよね」
「ふぅむ。確かにサラ殿の言葉には理がありますな。さすがは傭兵集団『旅ガラス』の頭目ですな」
「えへへー☆」
……。
……すげぇ言われようだな俺。
しかもグレンはサラをリーダー格だと思っているようだし。
冗談か?
いやいやグレンは冗談をいうタイプではないので限りなく本気……いや完全に本気だろう。
おおぅ。
「そ、それでイズ、何だよ?」
「えっ? ああ、いたの?」
「……」
「冗談よ。私が聞きたかったのはこのまま先に進むのか戻るのか、どちらかなってね。ドントン君も聞いたでしょ、今」
「ああ。なるほど」
「一応はリーダーだしね。聞いておこうと思って」
「……」
「ふふふ」
悪戯っぽく笑うイズ。
こいつも良い性格してるなー。
「どうすっかな」
とりあえず肩慣らし程度の探索。
第一階層は楽勝だった。
コボルト?
話にもならん雑魚。コボルトを50体は始末したと思うがまるで疲れは感じていない。戦闘らしい戦闘には発展していない。
まだまだ余力がある。
ならばこのまま第二階層に潜るか?
……。
……いや。それは考えものだ。
いきなり敵がグレードアップするとは思わんが……やはりこのまま潜るのは得策ではないな。
何故?
答えは簡単だ。
食料などの補給品を何も携帯していない。敵には剣と魔法で対処出来るが、飢えと渇きには剣と魔法ではどうしようもない。出直すとしよう。
どっちにしろ次の階層で終わりというわけではない。
まだまだ先は長い。
引き返すか。
「戻ろう☆」
「そうですわね」
「了解でござる」
「案内の仕事はこれでお終いだな。次の階層の案内も出来るぜ? また俺を雇うか?」
……すいませんサラさん勝手に仕切らないでください。
てかお前らも頷くなボケーっ!
完全に俺様無視状態。
世の中って世知辛いなー。
おおぅ。
「ねえカガミ」
「何だよ?」
「誰か下から来るよ」
「誰か?」
コツ。コツ。コツ。
ゆっくりとした足取りで階段を上がって来る音が聞こえる。靴音は1つ。
下の階層で冒険してる奴と鉢合わせ?
別におかしな事ではない。
むしろ今まで会わなかった方がおかしい。
まあ、冒険者のほぼ大半は第三階層のガーディアンを倒す為に第二階層で修練しているらしい。そりゃそうだな。この階層の敵は弱すぎる。
修練にすらならない。
というか得るモノが何もなくただ無駄に刃毀れするだけだから……この階層での戦闘は無意味だな。
コツ。コツ。コツ。
俺達は思わず止まったまま、階段を見ている。
別にどんな奴が上がってこようが特に興味はないけどな。
そしてそいつが姿を現した。
『……っ!』
なんだぁ?
上がって来た奴は明らかにおかしな風貌だった。
「な、何だこいつ?」
俺は思わず呻いた。
コボルト?
……。
……そうだな。確かにこいつも犬ヅラだ。しかし決定的に異なる事がある。
コボルトは完全なる犬人間だが目の前にいる黒犬の顔をした奴は犬人間ではない。あれは犬の仮面だ。本物の犬の作った仮面なのか作り物か
は知らないが仮面を被った人間だ。
いや訂正。
仮面の下の種族は知らんが……少なくともコボルトではない。
何より発している雰囲気。
雑魚ではない。
「何者でござるか、こいつ?」
「やばい雰囲気ですわね」
グレン、イズも察する。
俺達は傭兵稼業しているだけに相手の雰囲気や力量を読むのに長けている。
何故って?
相手の実力を知らずに戦いを挑むのは得策ではないからだ。
少なくとも俺達には思想(虐殺行為などの加担はしないが)はない。あくまで金で動くだけだ。傭兵は俺達にとってビジネス。
無駄で疲れる戦いはしない。
つまり。
つまり敵側のお強いエリート騎士様はスルーする。
さすがに金儲けの為に死ぬつもりはないからな。もしくは無駄なリスクを冒すつもりはない。
気配が読めるとはそういう事だ。
『……』
断言する。
この黒犬戦士は強い。
「おいドントン。こいつなんだ?」
「……」
「おいっ!」
「……」
完全に心ここにあらずな状態だ。
呆けている。
黒犬の戦士はこちらと相対して身動きすらしていない。俺達を敵かどうか認識しているのだろうか?
……いいや。
誰から殺すか考えてるんだろうな。
血の匂いがする。
この黒犬戦士からは血の匂いがする。しかもたったさっき人を殺した匂いだ。
殺人狂か。
ああ、そうか。冒険者同士で殺し合っている連中もいるとか言ってたな。この迷宮は基本実入りは悪い。ガーディアン倒せば一発丸儲けだがな。
ともかく。
ともかく資金難の解消の為に冒険者を狩る冒険者がいるとか聞いた。
殺した相手の戦利品を強奪する連中だ。
こいつがそうか?
しかしだとするとおかしい。
黒犬戦士は立った今、人を殺して来たにしては……何も戦利品を持っていない。
何故だ?
「こいつはラフィールの黒犬だっ!」
「あん?」
ドントンは急に叫びだす。
何じゃそりゃ?
「なんだって第一階層に上がって来たんだっ! 連中は第三階層ですら稀な存在なのにっ!」
ラフィールの黒犬?
しかも連中?
複数形なのか……てかアルディリアモンスターは各階層固定なんじゃないのかよ。
「ドントン」
「ちくしょうっ!」
「ドントン」
「……まただ。また手が震えて来た。アリスが死んで自分だけが生き残ってるから、ここで死ねって啓示なのか。俺だけ逃げたからっ!」
「ドントン」
「ああ、どうしよう……」
「ドントンっ!」
俺は叫ぶ。
完全にテンパっているドントンは動きを止めた。
何となくこいつが分かった気がした。
今まで冷淡だったのは、冷静だったのはあくまで虚勢。弱い自分を隠す為の鎧。だからこそいつも怒ったように叫んでいた。
弱い自分のカモフラージュに。
ガッ。
ドントンの肩を掴んで相手の眼を見る。まっすぐと見る。
「いいか落ち着け」
「……」
「いいか」
「……ああ」
静かに頷く。
「うっわカガミ同性愛? くっはぁー☆ BLは腐女子の王道ですなー。あたしドキドキ☆ さあ押し倒してキスしろー☆」
「うるせーっ!」
こいつには緊張感はないのか。
おおぅ。
「ハイジョスル」
俺の叫びがきっかけなのか。
黒犬戦士が異質な声を発した。すらりと腰の剣を抜く。ご丁寧に漆黒の刃。ここまで黒に拘るのは悪役だ(超偏見)。
バッ。
俺達は一斉に飛び下がり身構える。
品定めするように俺達の顔を順に見つつ低く唸る。
俺の横に並んだドントンが囁く。
「こいつはラフィールの黒犬。ガーディアンでもアルディリアモンスターでもない、第三の敵だ」
「第三の?」
「こいつはガーディアン同様に実体があるが死の間際に自らを炎の魔法で焼き尽くす。漆黒の剣は残るが触るなよ。人格を剣に乗っ取られる」
「マジかよ」
物騒な連中だぜ。
にしても上の階層に登ってくるのはまずない事らしい。そうじゃなきゃドントンがこんなにびびる事はないだろう。
前例がないから怯えている。
そして分かった事がもう1つある。ラフィールの黒犬は強いという事だ。おそらくは第二階層で修練している連中を殺して上に来たのだろう。
まあいいさ。
「行くぜ。お前ら準備はいいか?」
「了解でござる」
「了解よ」
「問題ない。……取り乱して悪かった」
それぞれ得物を構える。
異質な声のままラフィールの黒犬は俺達を品定めしている。……物騒な事を呟きながらな。
「ワレラガカミノ、イケニエトナレ」
「何故猟犬を上に?」
「暇潰しです」