天使で悪魔








肩慣らし






  戦闘で強い者→殺しのプロ。
  どんな大義名分並べたところで殺しは殺し。






  アルディリアの迷宮。第一階層『廃墟』。
  主な敵はコボルト。
  この階層のガーディアンは既に世界最強の集団『片翼の天使』によって撃破されている。
  なお各階層のモンスターは別の階層には移動出来ない。



  「しゃあっ!」
  俺は気合の声を発しながら敵陣のど真ん中に突っ込む。
  コボルト30体。
  犬人間だ。
  カジートは猫人間。ただコボルト、カジートとは異なり瞳に知性が宿っていない。完全なるモンスターというわけだ。
  ならば好都合っ!
  遠慮はいらんというわけだっ!
  ザシュ。
  炎の魔法剣を手に俺は駆ける。すれ違い様にゴブリンを屠り、さらに刃を振るう。
  ギィィィィィィィィィンっ!
  手にしたショートソードでガードしようとしたゴブリンを、剣諸共叩き斬る。攻撃も防御もコボルトは三流以下。はっきり言って敵じゃない。こいつら
  の持ち味はどうやら人海戦術だけのようだ。個々の能力は低い。
  シロディールのモンスターにも及ばない。
  ただまあ数で押すのが面倒といえば面倒だが、俺達傭兵集団『旅ガラス』はこんな雑魚に遅れは取らない。
  白刃を振る度に。
  魔法を放つ度に。
  的確に1つの命を奪っていく。
  「たあっ! やあっ! だりゃあーっ!」
  腕が。
  頭が。
  胴が。
  幾つも宙を舞う。
  絶命するとここのモンスターは消えてなくなると言っていたが本当だった。完全に消え失せる。面白い現象だ。理屈は分からんが。
  バサバサ。
  白いカラスのサラは宙に滞空し戦況を見極めている。
  こいつの持ち味は情報分析。
  あの高度ならコボルトにも届かない。サラは叫ぶ。
  「カガミ新たに増援が来たよーっ!」
  「おっしゃっ!」
  見ると確かにその通りだった。
  廃墟の影からコボルトどもがさらに湧き出てくる。20体追加。
  バッ。
  俺は手のひらを追加のコボルトどもに向ける。
  バチバチバチ。
  雷が宿る。
  これでも食らえっ!
  「雷帝・発剄(らいてい・はっけい)っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  コボルトどもを粉砕っ!
  一気に増援は半減した。
  ふふん。
  この程度の力量で俺達に喧嘩を売るなんてな。……もしかして冗談のつもりか?
  やれやれだぜ。
  もちろん俺以外も戦ってる。
  グレンはアカヴィリ刀を手にゴブリンどもの間を駆ける。鋭利で決定的な一撃を前にこんな雑魚どもが生き延びられるはずがない。
  一刀の元に屠られていく。
  正直な話、剣だけなら俺でもグレンには勝てない。
  ……。
  ……まあ、俺には攻撃魔法がある(グレンが使えるのは回復魔法全般)。
  総合的に考えたら俺の方が強いがな。グレンも強力な魔法の遠距離攻撃で一発粉砕だぜっ!
  さて。
  「問題はあいつだよなぁ」
  あいつ?
  怨霊使いのハーツイズですよ。

  「おっほほほほほほほほほほほほほっ! さあ愛しき子達よっ! 怨念、憎悪、殺意、悪意、敵意、狂気、嫉妬ぉーっ! 感情のままに貪れーっ!」
  『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』

  「……」
  相変わらず怖い能力だ。
  周囲の怨霊を具現化させ、支配し、敵にけし掛ける怨霊使いの能力。しかもイズは怨霊使役時は性格が一転する。
  めっちゃ怖いっ!
  イズの周囲には半透明の怨霊どもがコボルトを次々と屠っていく。
  この怨霊は魔法もしくは銀の武器、魔法剣以外では倒せない。この場合コボルトどもは抵抗すら出来ないまま屠られていく事になる。
  ……。
  ……ああ、補足。
  怨霊たる理由(つまり心残り)を消滅させれば成仏する。
  まあ、結局コボルトにはそれが出来ないわけだが。
  イズはこの能力の為に死霊術師の組織から追い出された。人を殺して実験材料にする事を厭わない死霊術師も、怨霊として具現化されるのは寝覚
  めが悪いらしい。イズの能力の厄介なところは自然と怨霊を集め寄せて具現化させてしまうところにある。
  たまに意識せずとも具現化している時があるから怖い。
  まあイズが命令しない限り怨霊は何するでもなく彷徨ってるだけだが、それはそれで怖いものがある。
  戦場でも敵味方から嫌われる能力でもある。
  お陰で傭兵としての仕事の口は少ない。
  俺達の仕事の大半は金持ちや地方貴族の護衛程度だ。イズの能力は戦場では最悪だからな。敵と味方がぶつかり合う戦場、気が付けばイズが
  戦死した者達の怨霊を率いる形で第三勢力になっている場合もあったぐらいだ。
  さて。

  「はあっ!」
  「甘いでござるっ!」
  「おっほっほっほっほっほっ! 心のままに貪りなさいっ!」

  俺達は善戦。
  数で勝るコボルト達は斬り立てられ、魔法で吹き飛ばされ、怨霊に食い殺されていく。まあ人海戦術といっても数で押してくる……というよりはただ
  数に任せて群れているだけ。俺達は名うての傭兵集団『旅ガラス』。戦闘のプロだ。
  はっきり言って子供と大人ほどの戦力差がある。
  アルディリアモンスター?
  幻獣?
  どんな連中かと思えばただの雑魚じゃないか。
  シロディール最弱のモンスターよりも劣る。コボルトは鋭利な武器を手にしているので物騒な敵に見えるが実際は大した事はない。素人の太刀筋なん
  ざ俺達に通用するものか。何だかんだで俺達は精鋭集団。この程度の数の差を引っくり返すのは楽勝だぜ。
  それにしても……。
  「斬っ!」
  ドントンは白刃を上段から振り下ろす。その刹那、コボルトの脳天にそれは落ちた。
  鋭い一撃。
  軽快なフットワークで相手を翻弄し、剣を弾き、避け、次々と屠っていく。
  ただの生意気な餓鬼ってだけじゃなさそうだ。
  その腕は裏打ちされた訓練と実戦がある。それに肝が据わっているのか、ドントンはまるで恐れずに白刃を潜り抜けて戦場を駆けて行く。
  恐れ知らずだ。
  なるほど。
  こいつは実戦向きの剣士だ。見直した。
  俺達がコボルトどもを圧倒し、殲滅するのにそれほど時間は掛からなかった。
  完全勝利だぜっ!



  「ちっ。ろくなものがねぇな」
  宝箱には金貨5枚。
  子供の小遣いかよちくしょう。冒険者の街フロンティアは物価が高いので一泊分にもならない。確かに宝箱は基本大したモノが入っていないようだ。
  コボルト殲滅から10分後。
  俺達は再び廃墟の迷宮を歩く。
  一階層はずっとこの外観らしい。結構気が滅入るな、廃墟の街ってのは。
  先程の戦いで現れたコボルトどもは殲滅したもののまだまだこの階層にはいるらしく散発的に戦闘に突入しては撃破していく。
  ドントン曰く。
  「この階層はこんな程度だ。ど素人じゃない限りは片慣らし程度の階層だよ」
  「なるほどな」
  相変わらず先頭を歩くドントンは小生意気ではあるが、多少は認めている。
  さっきの戦闘。
  こいつはなかなか良い動きしてた。
  まあ俺達のレベルじゃないがそこそこは強い。中の上といったところか。ただ恐れ知らずの性格なので、実際の腕よりも戦闘では強い。白刃を恐
  れずに突っ込めるわけだから実戦向けだな。それが勇気なのか蛮勇なのかは判断しかねるが。
  「ドントン殿。敵はあのコボルトだけでござるか?」
  「そうだ」
  「バリエーションはないでござるな」
  「いや。そうでもない」
  「と、言われると?」
  「武装によっては厄介ではある。たまに強力な魔力の武器を手にしている場合がある。……例によって奪えないがな」
  「なるほど」
  納得するグレン。
  どんな武器でも奪えない、というのが痛いな。戦利品がないわけだから損失が出る一方だ。
  幻獣どもは死ねば消失する。
  武具も防具も装飾品も全て消えてなくなる。
  どういう理屈かは分からないがはっきり言って理不尽だ。
  「ねぇ、ドントン君」
  「はぁ。今度は何の質問ですか? 俺は案内屋であって総合情報ツールじゃないですがね」
  「……」
  「まあいいですよ。それで?」
  「……」
  一瞬イズは黙るものの、気を取り直して口を開いた。
  この餓鬼、人間嫌いか?
  男のツンデレは煩わしいだけだ。
  「アルディリアの迷宮の攻略って簡単なの?」
  「何故?」
  「貴方はスタスタと進んでいる」
  「ああ、そんな事か。道を知っているだけだ。『案内屋』とは別に『探索屋』というのがいるんだ。そいつらが迷宮に潜って詳細の地図を作成する。一階
  層は既に調べ尽くされている。俺も熟知している。だから迷う事はない。……俺を雇ってる限りはな」
  「へぇ」
  有能だ。
  有能ではあるがこの餓鬼の言い方には我慢ならない。
  雇われているのを知って欲しいものだぜ。
  サラも不快なのだろう。
  耳元で囁く。
  「カガミ何あいつ? なっまいきーっ!」
  「だよな」
  「ガツンと言ってやんなきゃねっ! そんな生き方してたら末はカガミだってさ。……ああはなりたくないよねー」
  「なんですとぉーっ!」
  「うっわごめんうっかりしてた。今の台詞忘れてね。あたしカガミの事大好き☆」
  「今さらだろうが殺すぞてめぇっ!」
  「てへ☆」
  ……疲れるぜ。
  ドントンは立ち止まりもせずに冷ややかに言い放つ。
  「漫才は終わりか?」
  「ちっ」
  さすがに。
  さすがに返す言葉がない。
  ああ漫才だろうな今のはよー。どんな生き方をしたらこんなにひねくれるんだ。是非教えて欲しいものだぜ。
  「あんたらを二階層に通じる扉まで連れて行く。それが俺の仕事だからな。扉を潜れば次は魔法陣から直接二階層に飛べる。既に一階層を護ってい
  たガーディアンは『片翼の天使』に倒されている。問題はない。進むぞ」
  「ああ」
  「アルディリアの迷宮に潜る冒険者の大半は二階層で修行している。そこに到達して初めてスタートラインに立つわけだ。頑張れよ」
  「ちっ。生意気な餓鬼だぜ」
  「戦闘に年齢は関係ない」
  「ちっ」
  そこそこの腕なのは認めるが高飛車な奴だぜ。
  ドントンか。
  聞いた事ない名前だが……いや確か戦士ギルドのギルドマスターの一族がドントンとかいう苗字だったな。
  ……。
  ……ああ、そうか。
  俺達がスカイリムに行ってる間に戦士ギルドのマスターは代替わりしたんだったな。
  ドントンは前マスターの苗字だ。
  まあいいさ。
  「よっしゃ。行こうぜ。サラ、グレン、イズ」
  「がんばろー☆」
  「了解でござる」
  「行きましょカガミ君」
  いざ最初の扉に。



















  その頃。
  アルディリアの迷宮の二階層の遺跡。
  「はあはあっ!」
  1人の冒険者が走る。
  後ろを見ずに。
  剣も兜も盾も捨てて少しでも身軽になって走って逃げる。その冒険者が先程までいた場所には血臭、血液、死骸。
  「はあはあっ!」
  逃げる。
  逃げる。
  逃げる。
  そんな彼の背後からまるで滑るようにして何かが追ってくる。
  冒険者の絶叫が響く。
  「なんで二階層に『ラフィールの黒犬』がいるんだっ! だ、誰か助け……っ!」




  「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  死を奏でる猟犬登場。