天使で悪魔








第一階層 〜廃墟〜






  廃墟。
  文明の残骸の成れの果て。それは俺達の明日を意味するのか、この時はまだ分からない。
  誰にも分からない。





  アルディリアの迷宮。
  第一階層は廃墟。
  廃墟?
  廃墟だ。
  崩壊した建物がある。迷宮と言うがまるで入り組んでいない。……まあ、倒壊した建物が道を塞いでいて迂回が必要ではあるが。
  俺達は崩壊した街の通りを歩く。
  もちろん外、ではない。
  天井は高く二階建ての家が易々と入るほどの高さではあるもののちゃんとした屋内だ。
  屋内に建物がある。
  何か妙な感じだ。
  『……』
  コツ。コツ。コツ。
  俺達は黙々と歩く。
  先導するのは案内屋のドントン、そして俺、イズ、グレン。白いカラスのサラは俺の肩の上だ。羽根があるんだから勝手に飛び回ってくれれば
  いいんだが面倒臭がりなのか俺の肩に止まっている。肩の上がお気に入りの場所か?
  はぁ。
  肩が凝る。
  それにしても……。
  「おい若造」
  「若造じゃあない。ドントンだ。それにそんなに若くはない」
  「何歳だよ?」
  「19歳だ」
  「……若造だろうが。そもそもただのドントンか?」
  「どういう意味だ?」
  ドントン、足を止める。俺達も足を止めた。
  「俺の名前に文句があるのか」
  「……あのな。その逆切れはなんだよ。一応俺達は雇い主だぞ」
  「ちっ」
  お前は切れやすい若者か。
  プイっとソッポを向いて歩き出すドントン。先頭に立つ奴が、先導するする奴が歩き出したんだから俺達も後に続く。
  やれやれだ。
  それにしてもまるで敵がいない。
  迷宮に潜って20分。
  何にも遭遇しないのはどういう事だ?
  「若造」
  「ドントンだ」
  「若造」
  「ドントン」
  「……分かった分かったドントンの若造」
  「一体なんだ、しつこいな?」
  「しつこいって……」
  雇い主なんですがね、俺達。
  礼儀を知らんのかブレトンの若造め。
  今度は止まる事なく歩きながら質問タイムだ。……本気で礼儀知らんなこの餓鬼。
  「分かるよ分かるよカガミはしつこいもんねー」
  またかよ。
  またサラが介入かよ。
  こいつが口を挟むと話が空回りするんだが……んー、いっそ焼き鳥にしちまうか?
  カラスを食う気はねぇけどな。
  「何がしつこいんだよサラ」
  「存在かなぁ」
  「存在って……それは言っちゃいけない言葉だろうが」
  「うっわ実は気にしてた? ごっめーん☆」
  「そうじゃなくて例えそうでも言ってはいけない言葉という意味だボケーっ!」
  「はいはい。そうですねー」
  「……すげぇムカつく……」
  たまに思う。
  どうして俺はこいつと行動しているのだろうかと。
  うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
  あの時助けるんじゃなかったーっ!
  ちくしょうっ!
  「カガミ殿。公私は分けた方がよろしいですぞ? 今は迷宮探索中、つまりは報酬を得る為の仕事でござる」
  「そうですわよカガミ君。グレン君の言うとおりですわ」
  「そうだそうだカガミのばぁか。カガミのエロ☆」
  ……。
  ……すいません悪いのは俺なのでしょうか俺だけは絶対に悪くないという自信があるのですがそれは過ちですか?
  空気読めなくてごめんなさいーっ!
  おおぅ。
  「……」
  ドントンの餓鬼は冷ややかな雰囲気を保ったまま足を進めている。
  こいつ極度の人間嫌いか?
  見た感じ餓鬼の面なのに纏っているのは虚無的な感じ。何気にこいつがいるだけで場が悪くなる。そんなオーラ発してる。
  それでも。
  それでも雇われているというのはちゃんと把握しているらしい。
  迷宮の現状を口にする。

  「どうして人に会わないか。答えは簡単だ。二階層で腕を磨いているんだろうさ」
  「腕を磨く?」
  「既に述べたがこの迷宮は基本的に金にはならない。各階層のボス的存在であるガーディアンの死骸が金貨20000枚で取引されている、大儲け
  出来る口はそれだけだ。二階層で腕を磨き、三階層のガーディアンを倒す気なんだろう」
  「なるほどな。道理だぜ」
  各階層には宝箱があるらしいが小銭がメイン。
  非常に稀に『強力な魔力アイテム』が入っている場合があるがあまり当てにならない。
  なるほど。
  他の冒険者どもは世界最強の精鋭集団である『片翼の天使』を出し抜こうとしてるってわけか。
  まあいいさ。
  適当に潰し合ってるがいいさ。
  果報は寝て待て。俺達が最強だって事を教えてやるぜ。
  「で敵がいないのは何故だ?」
  「全部殲滅されたからだ。しかしそろそろ復活する時間帯だな」
  「復活……ああ、そうか」
  倒しても一定時間で再び復活するとか言ってたな、確か。
  つまり他の冒険者達がこの階層のモンスターを一掃したのだ。だから敵がいない。しかしそれはあくまで一時的でありいずれ復活して階層に満ちる。
  「ドントン君。数は一定?」
  「当然数えたわけではないがモンスターの数には限度がある。際限なく湧いているわけではない。例えば100いるとする。そいつらに手を出さずに一
  定時間過ぎればさらに増える、というわけではない。モンスターの数は常に一定に保たれている」
  「ふぅん。実に興味深いですわね」
  イズは実に楽しそうに聞いている。
  面白い原理ではあるな。
  しかしここのモンスターってなんなんだ?
  倒すと霧になって消える。一定時間で再び元の数に戻る。実体がない幻影のようなモンスターって事か?
  ドントンは続ける。
  「冒険者達はここのモンスターを幻のような存在という意味で『幻獣』と呼ぶ。アルディリアモンスターと呼ぶ者もいる。もちろん普通にモンスターと
  も呼ぶ。まあ名称云々はどうでもいいだろう。ここのモンスターの原理の説明をしよう……と言いたいが謎だ」
  『はっ?』
  「理解しろ」
  「……大した案内屋でござるな」
  餓鬼の投げやりな回答にさすがのグレンも疲れた口調で呟いた。
  金取ってるにしては投げやりだよな、こいつ。
  「各階層のガーディアンは幻獣のボス的存在だと思うかも知れないがそうじゃない。ガーディアンは視界に入る者は全て敵と見なす……らしい。俺は
  まだ遭遇した事がない。詳しくは知らん」
  「つまりこの迷宮は何も判明してないって事ですわね?」
  「そうだ」
  「実に興味深いですわね」
  魔術師のイズはいいだろう、それでな。
  だが俺は迷宮の原理なんざどうでもいい。儲かりゃそれでいいのだ。
  「カガミ」
  「何だよサラ」
  「何かいる」
  「何か……」
  ハッとして俺は立ち止まった。
  ドントンも止まる。当然ながらイズとグレンも止まった。
  「大挙して歓迎してくれるわけでござるな」
  嬉しそうにグレンは呟いた。
  こいつはこいつで迷宮の謎云々よりも戦いの方が気が楽らしい。元聖堂騎士なので義理人情にこだわるタイプではあるが敵がモンスターなら何
  の遠慮もなく暴れるお人だ。こういう状況では頼りになる。相手がモンスターである限りは最高の相棒だ。

  グルルル。
  獣の唸る声が聞こえる。
  1つや2つではない。
  無数に。
  無数に。
  無数に。
  獣の独特な呼吸音や唸り声が聞こえてくる。
  前方から?
  後方から?
  いいや。
  それは周囲から。
  俺達は囲まれているらしい。まだ敵さんは姿を現していないが完全に取り囲まれている。俺達は傭兵集団『旅ガラス』。戦闘経験ならそこらの冒険者
  よりもよっぽど豊富だ。しかも冒険者や戦士達とは決定的に異なる事がある。
  それは戦闘の質だ。
  傭兵として俺達は戦場を駆けて来た。
  ……。
  ……ま、まあ、そうそう戦争や紛争があるわけではないので大きな戦いに関わった事は二度しかないが。
  ともかく戦闘の質が他の甘っちょろい連中とは異なる。
  常に集団戦だ。
  周囲は全て敵。傭兵だから前線任務が多いしな。
  敵が無数にいる。
  別段恐れる事はない。いつも通りの環境に過ぎない。ただ敵が人間かモンスターかの違いだ。
  すらり。
  俺は炎の魔力剣を引き抜く。
  金貨1000枚の愛用の剣。
  「戦闘準備はどうだ? グレン」
  「愚問ですな」
  アカヴィリ刀を引き抜く身構える前歴が聖堂騎士(聖堂守護の騎士団。教会の私設騎士団という意味)のグレン。
  頼もしい奴だぜ。
  実際剣に関しては俺以上だ。
  堅苦しくて融通利かん奴だが頼もしい味方だ。
  「イズ」
  「お任せあれカガミ君。今日も活きの良い怨霊が私の側にいるわ。……さあおいで愛しい子達……」
  「……」
  相変わらず怖い奴だ。
  死霊術師ですらびびった元死霊術師のハーツイズ。周囲の怨霊を手懐けて統率&支配する能力者。現在は怨霊使いと称している。
  正直な話、その能力は戦場では恐れられていた。
  敵味方問わずな。
  雇い主にも嫌われたからな俺達。
  イズの能力のお陰というかイズの所為というか。戦死した奴が敵味方問わずイズの支配下の怨霊になる。
  敵味方、その能力が生理的にまずいらしい。
  ……。
  ちなみにイズ。
  攻撃魔法も使える。死霊術師は魔術師ギルドから分派した連中が大半だ。イズもその内の1人。そういう関係で魔法のエキスパートであり魔術師
  タイプの能力者だ。特に冷気の魔法が得意だが、他の魔法も卒なくこなす。
  よしよし。
  仲間達は絶好調。
  もちろん俺もだ。
  俺は魔法戦士。剣も魔法も操れる万能男だ。
  ふふん。どれだけの数が来ようと俺達の敵じゃないぜっ!
  「ねーねー」
  「ん?」
  「カガミあたしには聞いてくれないの?」
  「お前はただの喋る白いカラスだ」
  「聞いてよー」
  「分かった分かった。サラ、準備はいいか?」
  「……うん。シャワーも浴びたし準備出来てる。今夜あたし達ついに1つになるんだね……」
  「殺すぞてめぇっ!」
  「うっわまさか欲情した? 言っとくけど世界が滅んでカガミとあたしだけになってもそんな関係にはならないと思えこのエロボケ野郎☆」
  「……」
  「否定しすらしないの? 負け犬って哀れですなー。もっと優しくしてあげればよかった☆」
  「……」
  もういい。
  いちいち構ってたらこの場で戦死だ。即効に。即時に。即座に。
  さて。
  「若造お前もいいか?」
  「問題ない」
  すらり。
  ブレトンの案内屋ドントンは言葉少なく剣を引き抜いた。
  その構え、様になってる。
  ふぅん。
  少なくともボンクラではなさそうだ。
  天性のものは感じないが毎日剣の鍛錬を積んできたのは確かなようだ。そうだな、10年以上剣の鍛錬をしてきた者の構えだ。なかなかやる。
  少しは感心した。
  少しは安心した。
  案内しか出来ない奴なら金貨50枚は高過ぎる。
  まっ、妥当な額だろう。
  さて。
  「犬人間か」
  グルルル。
  廃墟の影から姿を現したのは犬人間。カジートの犬版だ。
  「コボルトだ」
  「コボルト?」
  ドントンの言葉を俺は聞き返した。
  聞いた事のないモンスターだ。
  ……。
  ……ああ。でも意味は分かる。
  アルディリアの迷宮にはシロディールには存在しないモンスターがいるとか言ってたな。
  にしてもモンスター?
  コボルトと呼ばれた犬人間どもは皮の鎧を着込み、手にはそれぞれショートソードとかクレイモアとか……まあ、統一性はないが武器を手にして
  いる。しかしこいつらはモンスターの類とするべきか?
  普通にカジートの犬版だ。
  「躊躇いは無用だ雇い主。こいつらに自我などない。殺して相手を貪る、それだけの存在だ」
  「なるほどな。よっしゃ、行くぜっ!」
  俺達は敵の群れに突っ込む。
  激戦?
  いやいや。ただの肩慣らしだ。
  実戦経験豊富な傭兵集団『旅ガラス』を舐めるなよっ!