天使で悪魔








アルディリアの迷宮へ






  悪夢は人間の恐怖の源である。





  ドントン。
  ブレトンの餓鬼はそう名乗った。
  案内屋という職業だ。
  アルディリアの迷宮は基本的には儲からないらしい。
  倒した敵は装飾品や武具の類と一緒に消滅してしまう。つまり戦利品のゲットが出来ずフロンティアに持ち帰っての売却が不可能。また宝箱は
  基本一定時間で中身が復活(内容物はランダムで変化するらしい)するものの宿屋一泊分の金貨程度しか入っていない。
  だから。
  だから金に困った冒険者は『案内屋』という職業を始めるというわけだ。
  迷宮初心者にノウハウを教えて金貨を稼ぐ連中。そうやって軍資金を稼ぎ、迷宮攻略をしていくってわけだ。

  もちろん迷宮内で強盗殺人を働く者もいる。
  迷宮に潜る連中はある意味で商売敵。そいつらを殺して対抗馬を減らし、なおかつ身包み剥いで金を稼ごうという不届きな者もいるのが現状だ。
  ベルウィック卿の命令により冒険者ギルドで募った自警団が迷宮内を彷徨っているがあまり効果はないらしい。
  迷宮内にはモンスターがいるしな。
  あまり自警団は当てにならないってのが現状のようだ。
  まっ、身の安全は自己責任ってわけだ。

  アルディリアの迷宮は七階層で成り立つ謎の迷宮。
  下に下に伸びている地下迷宮。
  各階層にはガーディアン(一度倒すと復活しない。死骸は金貨2000枚で売却できるらしい)がいる。このガーディアンを倒さない限りは下層に続く
  扉が開かないらしい。
  現在三階層まで開放されている。三階層のガーディアンはまだ健在。
  ここまでガーディアンを倒してきている連中は世界最強という異名を持つ集団『片翼の天使』。総勢6名の集団だ。
  各階層のモンスターの頂点に立つガーディアンを倒せる実力を持っている。
  ……。
  ……まあ俺達には劣るだろうがな。
  傭兵集団『旅ガラス』は実戦に長けた戦闘集団だ。三階層のガーディアンは俺達の獲物だぜ。
  まっ、活躍楽しみにしてな。


  最下層には魔王の秘宝があるという噂がある。
  あくまで噂。
  噂だけでここまで皆が騒ぐのかという気もするが何しろここは冒険者の街フロンティアだ。冒険野郎のメッカ。
  まだ誰も攻略していない迷宮がある、ただそれだけの理由で潜るロマン大好き人間の街の近くの迷宮だからこの騒ぎも当然といえば当然だな。
  もちろん全員が全員ロマンを求めてるわけじゃあない。
  色々な思惑を秘めた連中もいるようだし、大混戦だなこれは。時には血で血で洗う戦いにもなるだろう。
  まっ、結局勝つのは俺達だがな。




  「ここがアルディリアの迷宮だ」
  「ふぅん」
  俺達は金貨50枚で雇った(あくまで一回の案内料金。仲間となったわけではない)ドントンの先頭で密林を掻き分けてアルディリアの迷宮の地表部
  に到達した。そこらにあるアイレイドの遺跡と見た感じは変わらない。
  入り口だけが地表に突き出している。
  遺跡の本隊は地中深くに埋没しているってわけだ。
  ここに至るまでの道程は大した事はなかった。何しろコンビニ並みの近場だ。歩いて五分。……コンビニより便利か?
  まあいい。
  ともかく俺達はアルディリアの迷宮に到達した。
  「ふぅ」
  密林の肺に空気を吸い込む。
  濃過ぎる空気。
  あまりこういう環境も好きではないが迷宮内部よりはマシだろう。俺達が冒険者の真似事をして遺跡漁りをしない理由の1つは遺跡内の空気が嫌
  いだからだ。
  ……。
  ……いや訂正。
  俺が嫌いなのだ、迷宮の雰囲気が。息が詰まる。
  それに。
  それに遺跡内は……何というか嫌な感じになる。幼少時の記憶なのか前世からの警告かは知らんが俺は遺跡内が大嫌いだ。
  しかし今回は稼ぐ為だ。
  仕方あるまい。
  「ねーねーイズ。気をつけてね?」
  「気をつける? 何を?」
  サラとイズが話をしている。サラは基本俺の肩に止まっている。……あまり耳元で大声は出さんで欲しいものだな。
  うるさい。
  「暗がりに入っちゃ駄目だよイズ。暗がりに入った途端にカガミが熱く猛々しいモノでイズを……げっへっへっ……」
  「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「カガミうるさい」
  「……ちくしょう」
  弄られ役決定っ!
  イズはくすくすと笑っているしグレンは相変わらず存在感まったくなし。ドントンは……可愛げのない餓鬼でにこりともしない。
  ま、まあ、俺の現状を指差して大笑いされても困るが。
  「相変わらずねカガミ君」
  「うるせぇ」
  「サラちゃんと仲が良いのね」
  「そ、そうかー?」
  仲が良い?
  世間ではそう言うのかこの関係を。
  謎だぜ。
  「うんうん。あたしら仲良しだもんねカガミ。一緒のお風呂に入って一緒のベッドで寝る。……あん、もっと優しくして……」
  「殺すぞてめぇっ!」
  「うっわ欲情してんの? カラス相手に欲情するなんてカガミは飢えてますなー☆」
  「……もういい」
  「認めんのっ! ……はぁ。ここまで鬼畜とは思わなかった。このエロめ」
  「もういい、と言ったのは関わるのが面倒という意味だボケーっ!」
  「はいはい。そういう事にしておくよ。やれやれ」
  「……すげぇムカつくんですが」
  「てへ♪」
  「……」
  何なんだこの仕打ちは?
  よっぽど俺は前世で悪い事をしたのかーっ!
  他の連中?
  他の連中は……。

  「ドントン殿。一階層の敵はどのような敵でござるか? 何でもシロディールで見掛けるモンスターではないとの事ですが……」
  「一階層は獣人がメイン。出現数は多いが見た目より脆い。まず問題ない」
  「グレン君楽しみみたいね。だけど私も楽しみよ。これでも私には学術志向があるからね。見た事ないモンスター。楽しみ」


  完全に無視。
  俺の存在は虫けらか?
  傭兵集団『旅ガラス』のリーダーだと思ってたのは俺の勘違いだったのかーっ!
  おおぅ。
  「あっ、カガミ君。夫婦漫才終わった?」
  「夫婦じゃねぇーっ!」
  「さっすがはイズ。ばれてたかー。……いいじゃんカガミもう隠す必要はないよ。さっ、今夜も可愛がってねダーリン☆」
  「アホかボケーっ!」
  「うっわカガミ相変わらずヒートアップしてますなー。いつか血管破裂して死ぬよ。てかとっとと死ねこのエロ魔王☆」
  「……もういい」
  「認めんのっ! ……はぁ。ここまで鬼畜とは思わなかった。このエロめ」
  「エンドレスだからやめろーっ! さっきとまるで同じ台詞を言うな手抜きだと思われるだろうかーっ!」
  「手抜きって何?」
  「さ、さあ」
  咄嗟に妙な事を口走ったがまるで意味不明だ。自分で言って置きながら無責任だけどな。
  まあいい。
  ここで延々と同じような事を話してても意味がない。というかまるで展開が先に進んでいない事に気付いた。
  迷宮の入り口がここにある。
  立ち往生してどーする。
  おおぅ。
  「そろそろ行こうぜ。……いきなり疲れたがな」
  「うっわカガミもしかして歳? 毎日あたしを抱いてるからって疲れ果ててどーすんの。今夜も可愛がってね☆」
  「殺すぞちくしょうめーっ!」
  「今後ともあたしの活躍よろしくー☆」
  「……はあ……」
  もうどーでもいいです。
  とっとと先に進もう。先に。
  このままサラに付き合ってると5話ぐらい遺跡の前でトークする破目になる。
  俺はドントンに先に進もうと目で合図した。
  途端にサラが……。
  「うっわカガミ今あいつに色目使ったのっ! ……はぁ。男にまで手を出すなんて腐ってやがるぜこいつ……」
  「うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「カガミが壊れたー☆ おっもしろーい。もう一回やってー☆」

  
  俺達は遺跡の前で三時間ぐらい話し込んだ後で遺跡に潜った。
  ……。
  ……時間掛け過ぎとは言わないでー。
  俺の所為じゃない。
  サラが悪いんだーっ!
  ともかく遺跡内。
  さて。

  「何だこの部屋は?」
  迷宮に潜って最初に眼に飛び込んだのは魔法陣だった。そもそもこの部屋、狭い。人が6人にもいたら満杯だ。
  小部屋。
  魔法陣があるだけで他に何もない。
  先に進む扉がないのだ。
  何じゃこりゃ?
  「おいおいおい。まさか迷宮ここで終わりか?」
  「カガミは一巻の終わりだけどねー☆」
  「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  『うるさいっ!』
  「……すんません……」
  小部屋だから声が反響するし、何より個々の距離が近すぎる。密集している。
  大声出せば当然嫌がられるわけだ。
  てか今のは俺の所為か?
  完全に暴言を口にするサラが悪いんだろうがーっ!
  おおぅ。
  「ドントン殿。この部屋はどういう意味ですかな?」
  「この魔法陣の上で念じろ」
  「念じる、とは?」
  「アルディリアの迷宮に入りたい、そう念じたら迷宮に転送される。迷宮内にも帰還用の魔法陣がある。当然帰還する際にはそこで帰りたいと念じ
  ればここに戻る。その事から分かると思うがアルディリアの迷宮がどこの地中深くにあるかは不明だ」
  「なるほど」
  ふぅん。
  つまり発掘されたのは転送部分だけか。
  まあ、どこに迷宮があろうがそこは問題ない。儲かればそれでいいのだ。
  迷宮に入る&出るには魔法陣の上で念じる。
  至極簡単だ。
  さて念じる……。
  「補足がある」
  ……危ねぇ……。
  ドントンの奴も悠長過ぎるぜ。
  とっとと抱えている情報を公開して欲しいものだ。何しろ俺達が『雇い主』なんだからな。
  もうちょっと敬え。
  淡々とした口調でドントンは補足を続ける。
  「二階層に到達した者はこの魔法陣で『二階層に行きたい』と念じればそちらに飛ばされる。つまり一度攻略した階層を飛ばせるわけだ」
  「へぇ。便利ですのね。……どういう原理なのかしら……」
  怨霊使いのイズは感嘆。
  元々は死霊術師の一団とつるんでいた前歴があるだけに魔術に関しては博識であると同時に好奇心も強い。一概にもそうとは言えないが死霊術師
  は魔術師ギルドから分派した連中が大半だからな。そういう前歴だけに魔道技術に興味があるのだろう。
  さて。
  「ドントン殿、質問があるでござる。一階層攻略していない者が二階層に行きたいと念じた場合は……」
  「何も起きない」
  「なるほど」
  「一階層は特に問題はない。敵の質も片慣らし程度だ。厄介な『ラフィールの黒犬』も出現しない。連中の存在が確認されているのは三階層からだ。
  案内屋さえいれば一階層は新米でも充分に対処出来る。よっぽどあんたらがへぼではない限りはな」
  『……』
  また専門用語だよ。
  こいつ仕事する気あるのか説明しろよボケーっ!
  俺達の気持ちを察したのか、ドントンは素っ気なく呟く。
  「専門用語が知りたければまずは下の階層に到達するんだな。もちろんその前提として一階層をまず生き延びろ。話はそれからだ」
  「上等じゃねぇか」
  この若造、生意気だぜ。
  冒険者としては新米だが……そりゃそうだな。遺跡荒らしの真似事なんかした事ない。だからそういう意味では素人、新米、アマチュア。だが戦闘
  に関してはこの餓鬼よりも長じている自信がある。
  俺達は傭兵集団『旅ガラス』。
  戦争がお仕事のプロの戦闘集団だ。
  遅れなんか取るものか。

  「さて。行こうぜ」
  案内屋の先導で俺達は迷宮に足を踏み入れる。魔法陣の上で『一階層に行く』と念じると淡い光が俺達を包んだ。
  たっぷりと稼ぐとするかっ!















  「また悪夢の淵を開く者達が来ましたね。さあ、扉を開くがいい人間どもよ。欲望を胸に存分に暴れ、嬲り、殺すがいい。そして悪夢に酔え」

  ……アルディリアの迷宮にようこそ。