天使で悪魔







トリックスター





  トリックスター。
  神や自然の秩序を破壊して世界を引っ掻き回す者。





  「誰だ、てめぇ?」
  「問答無用だっ! 我ら封魔集団<狩神>の名の元に何度でも貴様を抹殺するっ! このトリックスターめっ!」
  仮面の1人が叫ぶ。
  アルゴニアンを尋問していた1人が叫ぶと全員が剣を引き抜いた。拘束していた2人の内の1人はアルゴニアンに当身を食らわして、こちらも剣を抜いた。
  トカゲはその場に崩れ落ちる。
  気絶しているのだろう。
  まあ、始末されたなかっただけよしとしよう。
  敵は全員で8名。
  相手はどうも俺を知っているらしく憎悪の声を上げているものの俺はこいつらを知らない。
  俺に記憶がないからっていうのもあるがな。
  仮に記憶ないのを吹っ切って傭兵稼業を始めた際にどこかの戦場で敵対した因縁なのかもしれないが……仮面被っている以上、誰だか分からない。まあ戦場
  を渡り歩いているからそこら中で恨みを買っているわけだから問題ではないな。憎しみを全て把握しているわけではないのだ。
  一気に片をつけるっ!
  「雷帝・発頸っ!」
  『雷帝・発頸っ!』

  
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  な、なにぃっ!
  俺とまったく同じ魔法っ!
  もちろんベースは誰もが同じで、魔法を操る者達はそこから自己流に開発していく。だから似ていても問題はない、ベースは同じなのだから。
  ただまったく同名の魔法というのはありえない。
  そりも全員同じだと?
  俺を敵さん8名もまったく同じ魔法。
  こんなのありえるか?
  ありえないっ!
  「伏せろっ!」
  叫ぶまでもなくドントンもその場に自発的に伏せた。8名分の雷帝・発頸の威力に俺の雷帝・発頸が勝てるわけがなく。
  俺の魔法は粉砕されて伏せた俺達の上を通り過ぎた。
  顔を上げて立ち上がると仮面5人がこちらに向ってくる。当然剣を引っ下げてな。
  俺は後ろに跳び下がり、身を低くしてドライを構える。
  ドントンも迎え撃つべく剣と盾を構えた。
  その時3人の叫び声が響いた。
  残りの仮面3人の声だ。
  『呪縛陣っ!』

  ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  
  体が動かないっ!
  全身の筋肉を総動員してみるも……駄目だ、まったく動かない。ピクリとも動かない。
  声帯も駄目だ。
  声がでない。
  これはつまり金縛り状態ってことか。
  目だけ何とか動く。
  ドントンの動きもまた硬直したままだ。
  何てこった。
  これじゃあ斬って下さいと言っている様な物だ。もちろん相手さんはそのつもりだろう。
  「ここまでだな、トリックスターっ!」
  言っている意味は分からないが奴らには明確な殺意がある。
  誰だ?
  誰なんだ、こいつら?
  そして俺は誰だ?
  「お前もそうだが」
  仮面の男の1人はそこで一度言葉を区切って周囲を見渡す。
  室内にはたくさんの木箱がある。
  シャイア財団が掻き集めた、この周辺の魔力アイテムやら迷宮のガーディアンの死骸とかが入ってるんだろう、多分。
  「お前もそうだがここにあるものは全て良くない。まあ、処分の意味合いもあるがな」
  意味が分からない。
  せめて口が利ければ問い質すことも出来るのだが。
  まあ、こいつらが丁寧に答えてくれるという前提はどこにもないがな。
  「カガミが悪いんだよ、このお方たちに逆らうんだからさぁ」
  はい。
  真っ先に裏切りましたサラさん。
  こんの裏切り者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
  「死んで償えカガミ☆」
  「ふっ。このカラスの言うとおりだ。己の悪行を冥府で悔いるがいいっ!」
  「気が合うねー」
  「ふっ。そうだな。俺と組もう」
  「やったぁ☆」
  はい。
  サラは新しい養い主をゲットしました。
  おめでとう♪
  なーんて……言うかボケーっ!
  うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああこいつマジ最悪なんですけどーっ!
  おおぅ。

  「ぎゃあっ!」

  その時、仮面の1人が倒れた。
  さっきまでトカゲを拘束していた仮面の奴で呪縛を発動させた内の1人だ。
  「べらべら喋り過ぎだろうが」
  トカゲだ。
  アルゴニアンが隠し持っていたナイフか何かで仮面の男を背後から刺した。もっとも狙いが甘かったのか最初から殺す気がなかったのかは知らないが刺され
  た奴は生きている。それも致命傷でもない。立とうとする。だが意味はあった。呪縛を発動させた奴の一角が崩れたからか体の束縛が消える。
  行けるっ!
  「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  走る。
  走る。
  走るっ!
  連中は虚を衝かれた感じですぐには対応できない。
  俺は走りながらドライに魔力を集中させる。
  一気に決めるっ!
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  「ドライ、行けるかっ!」
  「御意っ!」
  呪いのドライバー<ドライ>に込めた魔力が増幅させ、それは視認できるほどにスパークする。
  これで終わりだーっ!
  「必殺っ! 悪夢の15番ホールっ!」
  「しまった……っ!」

  
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!

  「ぜえぜえ」
  全魔力放出の一撃だから疲労が半端ない。
  一時的に魔力がゼロになる。
  連中に振り下ろしたのではなく、連中の少し前の床。それでも俺とドライのコラボの一撃だ、爆風と魔力の波動、そして破片で敵さんはほぼ全滅。
  残っているのは尋問していた奴とトカゲを拘束していた1人。
  残りは2人だ。
  ……。
  ……ああ、訂正。
  「無茶苦茶だろ」
  拘束していた奴を盾にしたトカゲは悪態をついてその体を離した。バタリと前に倒れてそのまま動かなくなる。
  尋問してた奴もほぼ瀕死。
  倒れないのが不思議なくらいだ。トカゲはそいつの脇を過ぎて俺達の後ろに隠れる。
  「兄貴」
  「大事無いか?」
  「大丈夫っす」
  「カガミ大丈夫? あたしカガミのことが心配で心配で泣いちゃった」
  「お前裏切ったただろうがっ!」
  「演技☆」
  「……」
  どうだかな。
  ともかく敵はこれで残り1名。
  「形勢逆転、だな?」
  「トリックスターめっ!」

  「悪いが知らんよ。お前らも狙われる理由も。俺には記憶ってモノがまったくないからな」
  俺には記憶がない。
  気付けばこの世界にいた。
  常識はある。
  まったくの無知ではなく知識という類もある。
  ないのは記憶だけ。
  今の今まで何をしてきたかの記憶がまったくない。
  だから。
  だからこいつらが何なのかはまったく知らん。
  だが分かったこともある。
  分かった、いや、正確には推測の類だか俺はこいつらの仲間だったんじゃないだろうか?
  雷帝・発頸という魔法の名からみてもおそらく間違いないだろう。
  だとすると俺は裏切り者か?
  そうかもしれない。
  「記憶が、ないだと?」
  「ああ」
  「……くくく」
  「ん?」
  「そうか記憶がないのか。しかし笑えるな、笑えるっ!」
  「笑える?」
  「お前はここに戻って来た。記憶がないのにも拘らずな。本能か? 使命か? いずれにしてもお前はここにいる。恐れ入ったよ」
  「お前何を言って……」
  「お前は何も分かってないよ、自分のその存在の意味をなっ!」
  「……」
  無駄だな。
  無駄。
  こいつはおそらく喋る気はないだろう。言葉の語調からそれが読み取れる。
  仮面の男は続ける。
  勝手にべらべらと喋り続ける。
  「我らは狩神、封魔集団。この世界の脅威を全て抹殺する。手段を問わず、な」
  「俺のことか?」
  「お前はただのついでだ。気に食わないし目障りだが、たまたま出くわしただけだ。我々の目的はここにある。ここに掻き集められたものは我々の
  教義に反する。故に排除する。そう、排除するんだよ、手段を問わず、な」
  「手段を……?」
  言い方が気になった。
  ドタドタと背後から音が響いてくる。足音だ。
  誰かが来る。
  複数。
  新手かと構えるドントンだったがすぐにその構えを解いた。
  メスセデスだ。
  財団の仲間なのか消火活動していた冒険者なのかは知らないが3人連れてる。援軍ってわけだ。つまり外の敵はすべて排除したらしい。
  だが問題がある。
  援軍が来たところで特に意味がない気がする。
  乾いた声で俺は警告する。
  「逃げるぞ」
  「兄貴?」
  「逃げるぞこいつヤバイ」
  ジリジリと後ろに下がる。
  仲間も下がる。
  どう考えたってヤバイだろ、手段を問わずとか言っている時点で。
  ヤバ過ぎる。
  「カガミ、どうするの? あいつ止めた方が良くない? 一応情報源じゃない?」
  「そうだがやめとく。逃げるぞっ!」
  俺達は部屋を飛び出て通路を走る。
  階段を猛ダッシュで駆け上がる。
  そして凄い地響きと爆音が鼓膜に響き渡る。
  ……。
  ……あいつ、地下ごと自爆しやがった……。






  その頃。
  冒険者の街フロンティア郊外。廃屋。
  小柄の老人が自分の体格よりも遥かに大きい椅子に体を委ねながら窓の外を見ている。
  老人は背中越しに仮面の男の報告を聞いている。
  室内には老人と仮面の2人だけ。
  「ギランティは任務を達成しました。……全員が任務中に落命しましたが」
  「捕縛された者は?」
  「問題ありません。捕縛されたものも全員自害しました。我々へと繋がることはありません。彼らは全員忠節を誓って逝きました。魂は安らぎに満たされるでしょう」
  「そうか」
  「任務は達成されましたが問題が上がりました」
  「何じゃな?」
  「トリックスターです。記憶がないようですが……」
  「泳がせておくのじゃ、今はな」
  「目障りになるようなら?」
  「その時は消せ」
  「仰せのままに。創主様」