天使で悪魔








案内屋






  出会いは必然であり偶然。
  どちらを選ぶのかは個人の自由として委ねられている。






  冒険者の街フロンティア。
  俺達は仕事の口を探しに冒険者ギルドの建物に入り、カウンター席で管理人と話をしていた。
  その際に聞いた事のない迷宮の名前を耳にした。
  思わず聞き返す。

  「アルディリアの迷宮?」
  聞いた事のない名前の迷宮だ。
  ……。
  ……もちろん全ての遺跡や迷宮の名前を諳んじているわけではない。
  ただ博識のイズも知らないらしい。
  首をかしげている。
  「サラ。知らないのか?」
  この喋る白いカラスは古代アイレイド文明の暴君の1人である黄金帝の遺産であり魔道生物。つまり生きている時間は遥かに長い。軽く2000年は
  生きている。それだけ脳内に蓄えている知識は深い。
  知ってる可能性が高い。
  「サラ。知らないのか?」
  「うっわカガミってばエロエロですなー」
  「はっ?」
  「イズのスリーサイズを聞いた後はどうせ『ふへへへへ確かめてやるぜー☆』とか言いながら脱がすんでしょ。このエロめ」
  「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「やれやれだぜー」
  「俺の台詞だこのボケーっ!」
  「うっわ逆切れすんの?」
  「してねぇよ誰もスリーサイズなんか聞きたかねぇよっ!」
  「そうなんだ。けっ、読者の期待を裏切るだなんて主人公失格ですぜカガミさんよー」
  「……」
  そうだった。
  こいつはこういう奴だった。
  俺を弄る事しかしない奴だった。
  そして基本的に傍観者。
  まあいい。
  イズもサラも知っていようが知るまいがアルディリアの迷宮の件に関しては管理人に聞けばいいだけだ。情報の出所はどこでもいい。
  結局意味は同じだからな。
  「カガミ殿」
  「何だよグレン」
  「自分には聞かないでござるか?」
  「お前は知らん」
  「……まあ、そうでござるが寂しいでござるなー」
  「そりゃ悪い」
  グレン。
  元々はスキングラードにあるステンダール聖堂に仕える聖堂騎士団の1人。
  博識ではあるものの、それはあくまで神に関してであって実生活向きの知識ではない。まあ聖職者関連にしては頭が柔らかいが、遺跡とか迷宮とか
  の知識は皆無。
  それなりに付き合いは長いんだ。質問しても答えは帰って来ないだろうしな。
  分かりきった事はしない。
  無駄だからな。
  さて。
  「おっさん。それで冒険者が仕事を投げ出してまで入り浸るアルディリアの迷宮って何だ?」
  現在冒険者ギルドを揺るがす大事件らしい。
  依頼を受けずにアルディリア迷宮に潜っているようだ。
  それは何故?
  それは……。
  「アルディリアの迷宮か。ごく最近発見された迷宮だよ」
  「へー」
  珍しい話でもない。
  遺跡や迷宮はそこら辺に転がっている。街道沿いにだってある。
  特にフロンティアでは珍しくも何ともない。
  ここは密林のど真ん中。密林は、自然は全てを覆い尽くす。だから自然に埋もれてしまうと歴史に埋もれてしまうのと同義。
  密林の中に迷宮云々があってもおかしくない。
  「で?」
  「……」
  「おい」
  「……この歳になると物忘れが激しくてのー」
  じじいっ!
  くっそ情報料よっ!
  ジャラ。
  金貨の袋をカウンターに置くイズ。
  軽く金貨100枚だ。
  今の俺達の総資産は金貨300枚程度。今3分の1を失ったわけだ。元々こんなジリ貧だったわけじゃあない。
  傭兵集団『旅ガラス』。
  それなりに名の売れている傭兵団だ。
  むろん戦争だけじゃない。
  実際の話、戦争はそうそうない。あるのは小競り合い程度の紛争。戦争という定義ではない。俺達は大体は用心棒的な感じの仕事が多い。
  金持ちや地方に赴任する貴族の護衛が主だな。
  まあいい。
  そこはいい。
  ともかくスカイリム地方に行ったのは帝国軍とスカイリム解放戦線との紛争に介入するつもりだったからだ。どちらに付く?
  別にそこは決めてなかった。
  傭兵に必要なのは思想ではなく報酬。
  ……。
  ……まあ、報酬次第で雇い主を代えるという節操のない事はしないがな。
  傭兵稼業は信用が売りだ。
  ともかく。
  ともかくスカイリムに行ったはいいがスカイリム解放戦線は壊滅。
  俺達は仕事の口を失いシロディールに帰還。
  結局旅費を費やしただけで終わった。
  だからこそジリ貧困なのだ。
  さて。
  「ほら金を払ったぞ。アルディリアの迷宮って何だ?」
  「アルディリアの迷宮はフロンティアの南にある迷宮だ。距離にして5分だ。コンビニよりも楽な距離だろう?」
  「はっ?」
  意味不明な管理人。
  お茶目なおっさんらしい。
  ……。
  ちなみに情報料は合法。
  金額は管理人の気分次第というアバウトさだが合法であり冒険者ギルドの収入源の1つだ。ただ全額冒険者ギルドの金庫に入るわけではなく
  その内の10パーセントは管理人の懐に入るシステム。
  楽なアルバイト?
  それが実はそうでもない。
  情報料の一部を受け取る為には情報通である必要がある。
  管理人は管理人で大変な仕事なのだ。
  「で?」
  金貨分働け。
  なけなしの金なんだからな。
  「8階層で構成されているらしい。詳しい理屈は分からんが……」
  「分からん?」
  「自称『世界最高の頭脳を持つ学者』とかいう奴がそう言っていた。胡散臭くはあるが……確認する術はない。現在3階層止まりだからな」
  「何故だ? そんなに広いのか?」
  「それもあるが危険なんだよ」
  「アイレイドの罠か?」
  「アイレイド?」
  「アイレイドの遺跡なんだろ?」
  有史以前に栄えた古代アイレイド文明。その遺跡ならゴロゴロと転がってる。
  軽く50はある。
  大体遺跡や迷宮はアイレイド製だ。
  2000年も前の構造物なのに頑丈に存在し続けている。この近辺に他に王朝はなかったしアルディリアの迷宮はアイレイドの遺産なのだろう。
  「アイレイドではない。いや……あの構造、聞く限りでは知っている文明ではない」
  「……?」
  「現在3階層まで開放されている。1階層は廃墟、2階層は普通の遺跡、3階層は……謎だ」
  「謎? 開放されてるのにか?」
  「そこには『片翼の天使』達しか到達していない。連中が情報を公開しない以上、分からんよ」
  「片翼の天使ぃー?」
  なんじゃそりゃ?
  聞いた事のない名前だ。……組織か?
  イズが答える。
  「ああ。片翼の天使。あの有名な集団ですね」
  「知ってるのかイズ」
  「ええ。世界最強の者達です」
  「世界最強の者達……曖昧な表現だな。世界最強の冒険者でも傭兵でもないのか?」
  「なかなか鋭いのねカガミ君。そうよ。連中はタムリエルでもっとも最強に近い者達の集まり。傭兵でも戦士でも魔術師の冒険者の集まりでもない。
  あくまで世界最強の集まり。定義する言葉は最強、それをポリシーとしている6名なわけよ」
  「けっ」
  なかなか腹の立つ連中だ。
  最強?
  それは俺だぜっ!
  「プンプンな話だよねカガミ。最強はカガミなのにどうして仲間入りさせてくれないのかな」
  「へへへ。なかなか分かってるじゃないかサラ」
  「世界最強のエロのカガミを除け者にするなんてプンプンだよね」
  「なっ!」
  「うっわまあ気持ちは分かるけどね世界最強のエロなんて要らないてか死んじまえこのエロカガミ☆」
  「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「カガミうるさい。……で管理人さん、アルディリアの迷宮って結局何?」
  ……。
  ……世間って冷たいぜ。
  リーダーなのにこんなに弄られるなんて。
  いや待てよ?
  傭兵集団『旅ガラス』。つまりその名の通りサラがリーダーなのか?
  イズもグレンもそのつもりだと?
  ありえるだけに苦痛だぜ。
  おおぅ。
  「アルディリアの迷宮は現在3階層まで開放されている」
  「そこまでは聞いたぜ」
  「今現在迷宮を知り尽くしているのは『片翼の天使』達だが、それなりに強い冒険者達も3階層に到達しつつある。最下層には魔王の秘宝がある
  とか不老不死の薬があるとか、何でも言う事を聞く全裸の美女がいるとか……まあ結局真相は分からんがな」
  「何でも言う事を聞く全裸の美女か」
  なかなか心躍る展開じゃねぇかっ!
  美男(俺様だっ!)には美女が必要だよな。
  へへへ。
  「うっわカガミには美女は要らんよね。そそる条件じゃなくて残念だね」
  「はっ?」
  「カガミってば生粋のロリコンだもん。年齢一桁じゃないと男としての機能は起動しません♪」
  「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「ロリコンは犯罪です☆」
  「殺すぞてめぇっ!」
  「……カガミ殿。話が進まないでござる。いい加減になされよ」
  すいません俺が悪いんですか?
  何が起きても我関せずで寡黙なグレンに注意されるとはよっぽど煩わしかったですか?
  生きててすいませんーっ!
  おおぅ。
  「カガミ君は放っておきましょう。……それで? アルディリアの迷宮の情報をくださいな」
  イズにまで見放されました。
  ちくしょうっ!
  ……。
  ……決定っ!
  やっぱりリーダーは俺ではなくサラでしたっ!
  何なんだこの屈辱は。
  くそぅっ!
  「あんた達まさかアルディリアの迷宮に潜るつもりかい?」
  「ええ。そのつもりですけど」
  「金が欲しいだけなら冒険者ギルドの仕事をした方がいいよ。アルディリアの迷宮は儲からないからな」
  「儲からない? そこのところ詳しくお願いしますわ」
  「一定期間でリスポーンする宝箱ばっかりだから後から潜った奴にも見返りはあるが……金貨は基本小額だ。一泊分ぐらいの額だな。たまに強力
  な魔道アイテムが入っている場合があるが、あくまで稀にだ。期待はしない方がいい。それに……」
  「それに?」
  「シロディールにはいないモンスターが徘徊しているようだが、そいつらの殲滅は無理だ」
  「無理?」
  「殲滅しても一定期間経つと再び迷宮に満ちていたらしい」
  「死体を破壊したらどうですの?」
  「死体?」
  「ええ」
  「ああ、そいつは無理だ。迷宮のモンスターは倒すと霧となって消えちまう。そいつらが手にしている武具の類もな。何も残らん。つまりモンスターを
  倒して、そこから得る副産物で稼ぐという手も使えん。稼ぐつもりなら冒険者ギルドの依頼の方がいい」
  「それでも潜る理由はなんです?」
  「他の連中がか?」
  「ええ」
  「好奇心、名誉、あとは……階層のラストに控えるガーディアンはリスポーンしない。倒しても霧にもならない。そのガーディアンの死体を高額で買
  い取る奴がいるんだ。『財団』と呼ばれてるから金持ちなんだろうな。どこの財団かは知らんが一体につき金貨20000枚」
  『
20000枚っ!
  思わず声をはもらせる俺達。
  金銭欲のないグレンでさえ驚いている。
  そりゃそうだ。
  それは破格の金額だ。
  特Aの傭兵の依頼の口でも金貨3000枚。差が圧倒的だ。
  「そ、そのガーディアンは……」
  額にびびりながらも俺は口を開く。
  駄目だ。
  動揺している。
  すーはーすーはー。深呼吸。
  ……。
  よし。落ち着いた。
  「そのガーディアンは全部……」
  「そう。今のところは『片翼の天使』達が倒している。まだ今のところは2体だけだがね。3階層のボスの攻略を今している最中さ、連中は」
  「……」
  実入りがいい。
  実入りが良過ぎるぜちくしょうめっ!
  基本的に迷宮潜っても収入は微々たる額のようだが潜る理由は分かる。
  ボスを倒せば一念は遊んで暮らせる。
  「俺達も潜るぜっ!」
  宣言。
  一同、頷いた。
  さすがにグレンも『霞を食って生きるでござる』とは言わない。生きるのに金が必要なのは最低限知っている。今の俺達には金が必要だ。フロンティア
  は実入りがいいものの冒険者に対する税は高い。冒険者の落とす金で成り立っている街だからだ。
  俺達の残金は金貨200枚。
  一週間は暮らせない。
  ボスさえ一体倒せば金銭的困窮から脱却できる。
  例えボス倒せないにしても『稀に得れる強力な魔道アイテム』目当てで潜る価値はあるだろう。売れば結構な額になるはず。
  やるか?
  やるぜっ!
  「お前さん達も潜るか。まあ、そうだな、アルディリアの迷宮は儲かるからな。ただ問題がある」
  「問題?」
  「普通の遺跡とはジャンル的には異なる。1階層で肩慣らしするのが当然だが……それだけでは不十分だな。案内屋を雇った方がいい」
  「案内屋? なんじゃそりゃ?」
  「その名の通り迷宮の案内人だ。1階層の案内人は安い。雇った方が無難だな」
  「ちょっと待てよ。案内が必要なほど複雑なのかよ?」
  「それもあるが普通の遺跡と異なる、それが理由だ。迷宮を攻略する為の資金集めに案内屋を副業に営む者も多い」
  「ふぅん」
  よく分からん。
  よく分からんがまた出費かよ。
  くそぅっ!
  「ではお願いします」
  イズはゆっくりと頭を下げた。
  雇うの決定?
  ……決定です。
  すいませんせめて俺の意向を聞いてください。
  おおぅ。
  「おおい。手の空いてる案内屋はいるか? 1階層の案内だ」
  管理人は酒を飲んだり談笑している面々に声を掛ける。
  その声に反応して席を立つ1人のブレトンの青年。左の頬に何かの爪の傷跡がある。モンスターにやられたのだろう。
  鋼鉄の甲冑に身を包んだブレトンの戦士。
  管理人は言う。
  「紹介しよう。案内屋の1人で最近売り出し中の……名前なんだっけ?」
  知らんのかよっ!
  なかなか適当だなこの管理人。
  ブレトンの青年の顔にはどこか虚無的な何かが漂っている気がした。
  なんだぁ?
  世捨て人のような顔してるぞこいつ。
  大丈夫か?
  その世捨て人の顔の青年が口を開いた。
  「俺の名はドントン。よろしく頼む」