天使で悪魔







仮面の抹殺者





  その者達には明確なる殺意があった。





  シャイア財団。
  帝都を拠点にする新興財団。
  創設者は名門シャイア家の当主であるアルラ・ギア・シャイア。
  爵位は子爵。
  若干23歳にして財団を統率。
  財団が保有する金貨の量は帝都随一と言われている。
  税金対策の為なのか元老院にスラム地区を自分の直轄領にして欲しいと申請、元老院はそれを受諾。
  港湾都市アンヴィルから陸路で運ばれる流通経路に新興財団ながらも10%の権利を獲得して既存の売買ルートに割り込み他の財団や商会を脅かしている。
  もっともシャイア財団の強みは海にある。
  帝都の港湾地区は完全にシャイア財団が取り仕切っている為、財団の資金は潤沢にある。またかつては海賊の砦として恐れられたニベイ湾に浮かぶ孤島に
  あるグラーフ砦は現在同財団が所有しており、そこを物資の保管場所にしている。結果として貿易品の価格を財団が操作できる。
  既に新興ながら帝都の経済の大半を牛耳るシャイア財団。
  だが謎も多い。
  子爵はどこから資本金を持ってきたのか?
  そして財団は何故魔力の込められた物等を買い漁るのか?
  全て謎のまま。
  全て。



  燃える建物。
  シャイア財団の本館だ。
  四方は高い壁に囲まれている為、火はそれ以上は燃え広がらない。
  問題は消火できないってことだ。
  勢いが強いから?
  違う。
  邪魔者がいるからだ。
  「あいつらか」
  俺達は物陰に隠れてシャイア財団の敷地内にいる連中を見る。
  仮面の集団だ。
  本館は既に炎上し切っている、ただ連中の目的は隣接する小屋のような建物。その地下には財団がこの地で集めたお宝等があるらしい。
  ガーディアンの死骸も買い漁ってたから多分死骸も地下にあるんだろう。
  死骸の使い道?
  さあな。
  そこは俺が関知する問題じゃあない。
  小屋の前には歩哨らしき仮面の奴が3人いる。まさかこの程度の数で突撃してきたわけではあるまい。燃えてる本館の裏側にいるのかその周りを巡回し
  ているのかは知らないがもっといるだろう。そして当然地下にもな。
  ただとりあえず目に付くのは3人だけだ。
  「兄貴、どうする?」
  ドントンが決断を促す。
  この場にいるのは俺、サラ、ドントン、そして財団のエージェントのメスセデス。サラは戦力外、要は3人だけ。消火に派遣された冒険者達もいるんだが
  連中はあくまで消火の為に動員されてるだけであり訳の分からない連中と戦いたくはないようだ。まあ賢明だな。
  俺も金欠じゃなければスルーしてるところだ。
  もっとも冒険者は冒険を生業とする連中であり戦闘はメインではない、その点俺は傭兵だから戦闘メイン。そういう考え方の違いもあるな。
  まあ、そのあたりはどうでもいい。
  「メスセデス」
  「何?」
  「連中の数は?」
  「おおよその数だけど10人はいた。だからそれ以上だと思ったほうがいいね」
  「了解」
  今回の依頼は地下に立て籠もっている(取り残されているかもしれんが)財団の仲間の救出。
  報酬はとりあえず1人頭金貨500枚。
  成功したらさらに交渉次第でゲット出来そうだから気合入れないとな。
  この一件でシャイア財団との顔繋ぎは成功するだろうし報酬が手に入ればしばらくは軍資金になる。そうすれば迷宮に潜る費用は事足りる。
  ……。
  ……ま、まあ、迷宮の異常性をこの間感じ取ったから潜るかは仲間と会議が必要だな。
  ヴァイスとかとこれ以上因縁は深めたくないしな。
  さて。
  「音を立てずに始末する必要があるな」
  敵の数は、まあ、大した事はない。
  問題は人質同然の財団メンバーが地下にいるってことだ。静かに数を減らしていくに限る。最終的には、まあ、ばれるだろうが奇襲でいかないとな。
  ドントンは剣を引き抜く。
  気が早い奴だ。
  「よせ」
  「俺が斬り込むぜ、兄貴」
  「出来る限りは静かに行きたい。サラ、頼めるか?」
  「もうこのスケベ」
  「はっ?」
  「いいよ、カガミの性欲を静めてあげるって。もうこのエロー☆」
  「な……っ!」
  すぐに口元を押さえる。
  あぶねぇー。
  思わず大きな声を出すところだった。
  「場所と状況考えろって。まったくカガミは相変わらずエログロなんだからー☆」
  「すいませんエログロの意味が分かりません」
  「てへ☆」
  「……」
  相変わらず意味不明な奴だ。
  「じゃ、行ってくるー」

  バサバサ。

  白いカラスは羽ばたいて飛んでいく。
  仮面の集団の真上まで。
  そして旋回。
  普通のカラスなら連中も捨て置くだろう、ただしその色は黒ではなく白。興味を引くにはそれだけで充分だ。
  歩哨の3人は上を見る。
  よし。
  これで集中力は分散した。
  俺は得物である呪いのドライバー<ドライ>を握り直す。ドントンには目で合図する、俺がやると。重戦士のドントンはどうしても敏捷性に欠ける。
  ドントンは頷いた。
  物陰から俺が飛び出そうとすると弓矢をメスセデスは構えた。
  「援護してくれるのか?」
  「集中がカラスに行ってるなら問題ないわ。先制できるのであれば私で事足りる。あんたらは地下に行って仲間を助けて」
  彼女の目をじっと見る。
  自信が宿っていた、自分の弓矢に対する絶対的が自信がその目に。
  「分かった」
  その瞬間、メスセデスの手から矢が放たれた。
  俺も同時に走る。

  「……っ!」

  声もなく仮面の1人は倒れた。
  矢の狙い、絶妙。
  残りの仮面2人は「おい、どうした?」的な緩慢な動き。まだ俺にも弓使いがいることにも気付いていない。
  第2射が放たれる。
  そのまま仮面の男の眉間を貫いた。あの仮面、見た感じ硬質そうだ。材質は白い石か?
  それを貫く。
  なかなか出来る芸当ではない。刺さる的確な角度が必要だ。
  この時、残りの1人がようやく気付いた。
  だが声も発することも魔法を放つことも出来ない、俺が小屋に到達した時にはそいつも既に亡骸へと変じていた。
  メスセデスとかいう女、かなりの腕だな。
  俺は手でドントンに来いと合図する。
  サラが肩に止まった。
  「あいつ凄いね」
  「ああ」
  「これじゃあカガミ良いとこないじゃん。活躍しないと報酬もらえないかもよ?」
  「なぁに。地下に潜って仲間を助ければ問題なしさ」
  さて。
  行くか。



  コツ。コツ。コツ。
  石の階段を俺達は下りる。
  小屋の規模は物置程度の広さでしかなかった。そこには仮面はいなかった。メスセデスは外で見張りをしている。小屋の前の固定の歩哨だった3人がいなく
  なったわけだから敷地内にまだいたとしてもスナイプして始末していくことだろう。外はもうあのボズマーで事足りる。
  総勢で仮面の集団が何人いるかは知らないが地下には7人以上ってところか。
  最初にメスセデスが確認したのは10名。
  既に3名始末したわけだから最低でも7人。敷地内を巡回しているのがいるとしたらそれ以下だろうが……まあ、メスセデスが正確な数を見ているわけでは
  ないので正確な残数は把握出来ない。
  まあいい。
  まだ俺は活躍してないとはいえ今のところは上手く行ってる。
  一本道の地下にいるとするなら問題ない。
  一気に敵さんの背後から攻撃、殲滅したらそれで終了だ。
  あとは報酬タイム。
  楽勝だな、この仕事。
  傭兵の俺にしてみたら楽勝過ぎるぜ。
  ……。
  ……問題はサラも頭数に入ってるのだろうか、あの報酬。
  1人頭金貨500。
  ドントンは案内屋として独立した存在だから奴の取り分は奴のものだ。サラの分は俺のもの……にはならんか、サラの性格上なー。
  「カガミ、カガミ」
  「何だよ?」
  「あたしの取り分はちゃんと定期預金にしてよね」
  「はいはい」
  肩に止まっているサラ、経済観念はあるようです。つーかカラスが報酬もらえるのかは知らんがな。
  まあ俺の分の金貨500枚だけでもしばらくは生活費や軍資金にはなるだろう。
  他の街ならそれだけあれば半年は暮らせるんだがフロンティアは冒険者には全般的に割高、それに対して市民が負担する物価は極めて安い。密林のど
  真ん中という辺境に市民を呼び込む冒険王の政策ってわけだ。それに割高だろうとこの辺りは手付かずの遺跡やら洞穴が山とある。
  冒険者達はここを拠点に行動する。
  その際にこの街は換金する場所としての機能も果たし、一攫千金を手にした冒険者達はここで湯水のように金を使うってわけだ。
  現在その政策が大成功して街はどんどん発展している。
  「しっ」
  立ち止まるように指示。
  そして息を潜める。
  どうやら地下の終着点まで来たらしい。階段を降り切ると今度は平坦な狭い通路。その先には明かりが見える。大きな空間があるらしい。
  通路に歩哨がいる。
  1人だけだ。
  ドライを構えて俺は一気に間合いを詰める。
  「がっ!」
  ドサ。
  誰何の声を上げる間もなく仮面の男はその場に崩れ落ちた。
  「さすがは兄貴だぜ」
  「へへへ。まあな」
  賛美を受けつつ俺達は奥に進む。
  通路を抜けて部屋の中に。
  「止まれ」
  隠れる。
  かなり広い部屋だった。
  ちびっ子が10人ぐらいはしゃいでも狭く感じない広さだ。
  もっともこの部屋には木箱やら何やらが大量に詰まれているから隠れる場所はある。
  1人のアルゴニアンが仮面の2人に両腕を掴まれている。そんなアルゴニアンの正面で1人が尋問し、その背後には5人が居並んでいる。
  ふぅん。
  全部で8人か。
  思っていたよりも少ないな。
  だとするとメスセデスが見たのはほぼ全戦力だったってことだ。
  まあいいや。
  やり易いのであれば別に文句はねぇよ。
  尋問している奴が言う。

  「もう一度聞くぞ、トカゲ。何故お前らはこんな物騒なものばかり集める? 特に迷宮のガーディアンを何故集める?」
  「だから知らねぇよ。そういう命令でここに来ただけだ」
  「何故だ?」
  「命令は命令だ、それ以上の意味もあるもんか。俺らは命令で来てるだけだ。ボスの命令は絶対なんでな。それ以上は知らねぇし俺が知る必要もないんで知らん」
  「痛い目に合わんと分からんようだな」
  「お前も分からん奴だよな、知らんもんは知らん。逆に適当言われても困るだろうがよ、ああ? 違うか?」
  「つくづく無知だよお前らは。この世界は危ういバランスで成り立っている。何故わざわざ結界を解いて迷宮に巡る? あれが封印だと何故分からん」
  「はあ?」
  「まあいい。無知なお前にはもう用などない。狩神の名の元に死ね」

  「させるかよっ! 悪党どもっ!」
  颯爽と堂々と。
  格好良いまでにドントン君がポーズを決めちゃってます。
  「アホかお前はーっ!」
  「アホって……」
  「奇襲だろうがここはっ!」
  完全に敵さんはこちらに向き直っている。
  やれやれ。
  真正面からの戦いか。
  連中は腰にロングソードを帯びている。もっとも全て真正面にいるからな、押し合うだけの戦闘である以上は特に問題はないか。現状回り込まれてないし。
  何とかなるだろ。
  多分。
  「き、貴様、その顔っ!」
  「あん?」
  仮面の1人、先ほどまでトカゲを尋問していた奴が声を震わせて叫んだ。
  俺に向って。
  恐怖というよりは怒りがにじみ出ている。
  何故に?
  仮面被っている以上、どこぞで因縁深めた人物であっても分からない。顔を見ないことにはな。
  まあ、傭兵稼業なんてしてるとどこで恨み買ってるか分からないから顔が見えたとしても無駄ではあるな。
  ドライを構えながら聞く。
  「誰だ、てめぇ?」
  「問答無用だっ! 我ら封魔集団<狩神>の名の元に何度でも貴様を抹殺するっ! このトリックスターめっ!」