天使で悪魔







修羅






  修羅道に落ちた者達。






  冒険者の街フロンティア。
  かつては冒険王と呼ばれたベルウィック卿が統治する冒険者のメッカ。未開の密林のど真ん中に存在する街で特に産業はない。
  あえて言うのであれば冒険が産業。
  この街の周辺には手付かずの遺跡や洞穴が無数にある。
  それらの位置を特定し、特に遺跡の類は魔術師ギルドの管轄(遺跡が魔術師ギルドのものという意味合いではなく調査対象という意味。遺跡内に
  ある宝には所有権はなく見付けた者のモノ)ではあるものの魔術師ギルドですら正確な数は把握できていない。
  手付かずの場所が無数にある。
  当然冒険者達はここに集まる、そして得た財宝を湯水のように使う為に街は発展する。
  基本冒険者が落とす金で成り立つ街で税収はそれで充分賄える、その為住民に関しては税がかからない。
  住民は集まり、冒険者は集まり、そして街は成り立つ。
  さらに大勢の冒険者が集まるので街の防衛能力は常に高い。
  そんな街に俺達はいる。
  疲労全開の俺達ではあったが冒険王が派遣したキャバリディア率いる支援部隊のお陰で助かった。無事に徹底できた。
  アルディリアの迷宮第四階層での突発イベントから3日が過ぎた。



  「あー」
  木製のジョッキを手にしたまま俺はカウンターで頭を抱えていた。
  ここは冒険者の街フロンティアにある酒場。2階は宿屋だが俺達の常宿ってわけではない。黒熊亭という店でオーナーは白熊という異名を持つノルドのおっさん。
  何故わざわざここに来たのか?
  簡単だ。
  酒が上手いし安いからだ。
  料理もな。
  本来ならここに泊まればわざわざ宿からこの酒場の距離を往復する必要がないんだが……金がない、そう、金がなくてここには泊まれない。
  時間帯は昼間。
  普段なら時間帯関係なく客も大勢いるんだが今日は少ないな。
  ラフィールの黒犬に冒険者の大半が殺されたからか、それともたまたま仕事熱心な冒険者が多いのか、どっちなのかな。
  「あー」
  エール酒を喉に流し込む。
  ツマミの鳥のから揚げもなかなかの……うおーっ!
  「こらうまいこらいけるっ!」
  ガツガツガツ。
  鳥肉のから揚げを食べる鳥っていうのは生理的に気分悪いな。
  おおぅ。
  「白熊のおっさん追加ー☆」
  「あいよ」
  既に喋る白いカラスもここの常連だ。
  まあ、この世の不思議が溢れる冒険者の街だから鳥が喋ったところで問題はあるまい。特に違和感ないようだしな、住民にしても。ちょっと物珍しい程度のようだ。
  ひたすらに鳥肉を貪るサラ。
  それはいい。
  それはいいんだが……財布の中身が壊滅的だ。
  ここのお代程度はあるけどな。
  今日はハーツイズとグレンは一緒ではない。ハーツイズは何か調べものがあるらしく古書を求めて街を彷徨ってるしグレンは修行でござると言ってふらりと
  どこかに行ってしまったしドントンは案内屋の仕事で迷宮に潜ってる。あいつはそっちが本業だしな。今日はこの間見た金持ちに雇われてる。
  まあ、仲間の動向はいい。
  結局迷宮でのあの不可解な一件は唐突に終わった。
  ヴァイスは突然捨て台詞を吐いて退いたし黒騎士たちも第三階層のガーディアンの死骸を持って撤退、突然現れた妙な2人組も消えた。
  黒の派閥とか言ってたか?
  よくは分からんがあのあと劇的な展開はなく全員が別れた、それだけだ。
  俺達は消耗し切ってたし、しばらくは休養。
  アルディリアの迷宮はかなり気味が悪い場所だと認識できたしな。
  ハイランドの王女を名乗るエスティアは今だ宿屋で寝たきり。
  今後どうするかは話し合わないといけないな。
  「はあ」
  「どうしたのカガミ? 悩みがあるなら何も持たずに全裸で密林をさ迷い歩けば解決するよ☆」
  「死ぬわーっ!」
  「露出狂のカガミにはピッタリの末路だぜ☆」
  「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「……客は少ないがお静かに願いますぜ。はい、から揚げ追加お待ちどー」
  「こらうまいこらいけるっ!」
  ガツガツガツ。
  サラに馬鹿にされ白熊に叱咤される。
  はあ。
  ろくな午後じゃないな。
  問題は金だ。
  それが今日……いや、ここ最近悩んでいる懸案だ。
  ハーツイズにしてもグレンにしても教養はあるが経済観念はないに等しい。言っちゃなんだが旅ガラスの勘定奉行は俺だ。
  サラは食い意地だけだしな。
  ドントン?
  あいつは、まあ、自立して生きてるわけだから経済観念あるんだろうが旅ガラスではないので別のカテゴリーだな。
  金。
  金。
  金っ!
  予想していた収入が完全に無となったーっ!
  ガーディアンは売り損なうしベルウィック卿は迷宮探索の金出せなくなるし最悪だーっ!
  出せなくなる理由?
  簡単だ。
  俺自身はまだお目に掛かってないのだが迷宮に関わる者や物を抹殺して回る仮面の連中がいるらしい。ハーツイズとグレンは遭遇しているが俺はまだ見
  たことがない。そいつらは図書館やらベルウィック卿の屋敷やらを焼いた。特に冒険欧の屋敷を焼いた際に街にも広がったらしい。
  その関係で俺達に対する報酬が滞っている。
  もっとも冒険王は約束だからと俺達に支払おうとしたらグレンの奴が『街の復興を優先するでござるっ!』とか言いやがった。冒険王は冒険王でその言葉に
  感銘を受けたらしく俺達のことを真の戦士とか称えまくるから報酬のことはそれ以上いえなくなった。
  つまり収入が断たれた。
  それでも生きている以上金が掛かる。でも収入はない。
  この状況どーすればいい?
  俺は叫ぶ。
  「何でっ! 何でいつもこうなる俺なんかした神様ーっ!」
  「カガミがゲイバーで働けば済むって」
  「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
  「新たな道を開拓しろって」
  「変な開拓はされたくねぇんだよっ!」
  駄目だ。
  八方塞だ。
  おおぅ。
  「……っ!」

  ぞくり。

  寒気がした。
  背筋が凍るような感覚。
  「いらっしゃい」
  白熊が言う。
  途端にザワザワという声が耳に入ってくるものの寒気は消えない。

  「いやいや今日の探索は有意義でしたなぁ」
  「帝都から出張って来ただけはありますな」

  のんびりとした口調の声が聞こえる。
  道楽貴族どもか。
  前にここで会ったような気がする。狩りと同じ感覚でここまで来た連中だ。
  「兄貴」
  ドントンの声がする。
  そうだった。
  こいつらにドントンは雇われてたんだっけな。俺はゆっくりと首を回す。
  ……。
  ……嫌々だが。
  なるべく視界に<妙なもの>を入れないようにする。
  妙なもの?
  そう、妙なものだ。
  それが何なのかは知らないがやたらと鋭い殺気が放たれている。多分貴族の雇った取り巻きの1人だろう。誰だか知らないが研ぎ澄まされた刃のような殺気だ。
  ドントンはいたって普通の顔をしているし貴族連中も白熊も気付いた感じはない。
  その殺気は俺に向けられているのか、ある一定の力量じゃないと気付かないのかは知らないが感じれるからといってあまり嬉しくない状況だ。
  「兄貴」
  「お、おう」
  「……? 顔色悪いっすね?」
  「そ、そうか」
  「……?」
  ドントンは俺の隣に座り、白熊にビールとツマミを頼む。それからここは俺が奢りますと笑った。
  だが俺は笑えたかどうか疑問だ。
  顔が引き攣ってる。
  何だ、この殺気。
  「今迷宮から戻ってきたのか?」
  「ええ。あの連中、三階層目まで潜りましたよ。凄い奴を雇いましてね。パーティーを強化するから俺も正式に仲間にならないかって貴族に言われましたよ。
  まあ俺はどっちかと言うと兄貴達とつるむ方が楽しいんで、あくまで案内屋として同行するだけですけどね……って……兄貴?」
  「お、おう」
  駄目だ。
  やっぱりドントンは気付いていないらしい、この殺気を。
  おそらくその凄い奴の殺気なんだろう。
  「なあドントン」
  俺は声を潜める。
  「何ですか?」
  「誰だ、その凄腕って」
  「斬鬼と名乗ってるアカヴィリ刀使いのブレトンですが」
  「修羅かよっ!」
  思わず叫ぶ。
  店内を俺の声が響き渡った。一瞬静寂が店内を覆う。俺はゆっくりと振り返った。
  そこに奴はいた。
  短く刈り上げた白髪のブレトン男性。年の頃は確かまだ30代だったと思った。だがその顔には人生の荒波を越えてきたというような歳を超越したものが宿っている。
  腰には一振りのアカヴィリ刀。
  身に纏うのは鎖帷子製の武具だが兜は被っていない。
  最悪だ。
  こいつが、修羅がフロンティアに来るとは。
  視線が交差する。
  鋭い殺気が飛んでくる。だが奴は俺との視線を数秒交差させただけで、向うから視線を外した。俺も回れ右して椅子に座って酒を喉に流し込む。
  「兄貴、知り合いなんですか?」
  ヒソヒソ声でドントンは聞いてくる。
  俺は首を横に振った。
  「カガミ、昔の男だって認めちまえって」
  「あいつは修羅だ」
  サラの言葉を流して俺は淡々と言う。
  無視されて頭に来たのか白熊にから揚げの追加を注文するサラ。まあ、それで黙っててくれるなら安いものだ。
  「修羅って? 奴の本名か何かですか?」
  「修羅って言うのは傭兵団の名称だ。もっとも団と言っても3人だけだがな。そして3人一緒になることはない。それぞれが独立して戦場を渡り歩いている」
  「やばい奴なんですか?」
  「マドゥルクの率いた流血傭兵団もやばいかったが連中もかなりヤバイな。もっとも流血傭兵団のやばさはその悪質性で、修羅の場合のやばさはその強さだ。
  劣勢の方に味方しては勝利に導く。問題はただ沢山斬りたいが為に劣勢の方に味方してるって言うのも悪質といえば悪質だな」
  「何だってそんなのが迷宮探索の護衛に?」
  「知るかよ」
  酒を飲む。
  気付くとジョッキは空っぽだった。
  駄目だ。
  動揺してる。
  「何だって兄貴は奴ら過敏になってるんですか?」
  「修羅っていうのは剣鬼、斬鬼、悪鬼の3人で構成されている。元々はハイランドの出だ。あの地方は王位継承問題で小国が乱立してるんだがあいつらはその
  小国の1つの出だ。近衛として名を馳せていたんだが国が滅びた。以来死に場所を求めてか死体の山を築きたいは知らんが各地を彷徨ってる」
  「へぇ」
  「で俺が過敏なのは修羅の1人悪鬼を俺が殺したからさ。あいつがそれを知ってるかは、知らないがな」
  「兄貴が倒した? あいつの仲間を?」
  「ああ。俺も傭兵だからな。前にヴァレンウッドの紛争で対峙した。そして死闘の末に斬った。まだグレン達と会う前だがな」
  「へぇ」
  お互いに依頼で敵対したとはいえそれを知れば修羅の残りの2人も好い気はしないだろう。
  幸い修羅は独立して動いてる。
  基本的に同じ場所には現れない……はずだ。
  あの斬鬼が悪鬼を屠った経緯を知っているかは知らないがあまり近付かないで置こう。
  「ところで兄貴、仕事ありますか?」
  「ないな」
  「失礼ですけど懐具合は?」
  「芳しくないな」
  「じゃあ良い仕事……かは分かりませんけど顔合わせ的な仕事には心当たりがありますよ。気に入られれば何か仕事を回してもらえるかも知れません」
  「どんな仕事でどんな依頼人だ?」
  「財団ですよ」
  「財団? あのガーディアンを買い取ってくれる?」
  「ええ。そこで腕の立つ……」

  「大変だーっ! 仮面の集団に財団の建物が焼き討ちにあったぞーっ!」

  なんだとぉーっ!
  酒場の外からざわめきが聞こえてくる。
  くそっ!
  仮面の集団ってハーツイズや冒険王を襲った連中かよっ!
  「行くぞサラっ!」
  「りょーかい。……あっ、カガミ、残ったから揚げはラップに包んでよ。テイクアウトするから☆」
  「うがーっ!」
  「カガミおもろーい☆」