天使で悪魔
地獄の猟犬
門を護るは地獄の猟犬。
第四階層『闇の草原』。
次層に続く門を護るガーディアン『地獄の猟犬』。
「来るぞっ!」
その瞬間、地獄の猟犬の口に宿った魔力の球体が拡散、無数の光線となって放たれる。
俺達は回避。
基本的に命中精度はないに等しい。
回避は容易い。
今も俺達は全てを回避した。
だが……。
「あ、兄貴、あいつの攻撃、命中精度が上がってないか?」
「らしいな」
そう。
ドントンの言うとおり命中精度が次第に上がってきている。
こりゃ厄介だな。
戦闘が長引けば長引くほど敵は成長していく。
デタラメだな、まさに。
その証拠に……。
「斬っ!」
脚部強化魔法『電光石火』を発動させて地獄の猟犬に斬りかかるグレン。
妖刀を一閃っ!
ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
「なっ!」
驚愕の声を発してグレンは後ろに飛んだ。
妖刀が弾かれた。
先ほどは一刀両断できた一撃が効かない、か。
両断された際に敵は進化した。
当初は覆っていたのは黒い毛皮だったのが今では黒いウロコだ。どの程度の防御力かは知らないが妖刀『幽波魅角刀』でも斬れないとなると厄介だな。
この階層のガーディアンはこちらの強さに応じて進化していく。
速度は既に電光石火でも手に余るほどだし防御力は幽波魅角刀の一撃も効かないほどだ。
拡散魔力光線も次第に命中精度が上がってきているし、さらに翼が生えて空まで飛べるわけだから厄介この上ない。
体勢を整えたグレンは再び相手に踏み込む。
あの太刀筋の軌道は……。
「やめろグレンっ!」
俺は叫ぶ。
突然の俺の叫びに太刀筋が一瞬鈍る。鈍った太刀筋で斬れるほど甘い敵ではないのをグレンは知ってる、すぐさま後ろに退いた。地獄の猟犬は飛び掛ろうと
するもののガードにドントンが入る。ドントンの盾の使い方には目を見張るものがある。盾で相手を弾き飛ばし、そのままグレンと一緒に退いた。
「何故止めたのでござるっ!」
「翼斬ろうとしただろ」
「そうでござるが?」
「翼斬ったらどんな進化するか分かったもんじゃないだろ」
「まあ、確かに」
蝙蝠のような翼は多分斬れる。
多分な。
だが斬ったところで更なる進化するだけだ。
進化=強化。
奴を倒すなら一撃必殺しかない。
中途半端なダメージは奴をより強くするだけだ。
少なくとも倒せる手札がある内は中途半端な小細工やダメージは避けるべきだ。何故なら自分達を追い込むことになるからだ。
だがどうする?
グレンの攻撃はおそらく既に通じない。幽波魅角刀で斬れない以上、ドントンも無理だ。ドントンの場合は普通の武器しかないからな。幽波魅角刀に耐える防御力
を持っている以上、ドントンでは勝てない。そして俺の魔法も通じないだろう。一度直撃させてるし、奴は学習して進化しているはず。
そうなるとハーツイズの魔法も無理だ。
……。
……やばいな。
手札が既にないに等しい。
一番有効な手はハーツイズが握っているのだが……。
「ハーツイズ、あれは使えないのか?」
「無理よ。本気で取り上げられちゃったみたい」
「ちっ」
ヴァイスだ。
ヴァイスはこれを見越してハーツイズの家系に祟っていた不死王モルグを取り上げたのだろう。まあ、どういう裏技を使って取り上げたのかは知らんがな。
これで残る手は一手だけ。
俺の使える最大の技<必殺悪夢の15番ホール>だけだ。
黒犬の口に魔力の光が宿る。
拡散魔力光線っ!
ジャジャジャジャジャーっ!
「ひーっひっひっひっ! さあ、私の可愛くて愛しい怨霊ちゃん達、あの攻撃を防ぐのよぉーっ!」
無数に怨霊召喚するハーツイズ。
召喚モードになると性格ぶっ飛んじゃうのは仕様です。
おおぅ。
俺達の前に無数の怨霊が召喚され、拡散魔力光線を防ぐ。俺達は怨霊の盾でしばしの時間が稼げるってわけだ。
「ドライ」
「何ですかな、マスター」
喋るドライバー。
この迷宮で見つけた知性ある武器だ。
魔力を帯びた魔力装備。この点は特筆すべき事はない、威力はそこそこ。ちょっと大きな店に並べてある魔力装備の中級の下ってところだ。
ただドライは込めた魔力を増幅、数倍の威力を発揮する。
それこそが最大の必殺技<悪夢の15番ホール>。
まともに決まれば地獄の猟犬の肉体そのものを塵にしてやることができる。
まともに決まればな。
万が一欠片でも残せば再生、進化する可能性もあるから全力でいくしかない。どの程度の損傷で機能停止するかは知らんが塵を残しても厄介だ。
一気に叩き潰すしかない。
「ドライ、奴を倒せる可能性はあるか? 必殺技で奴を欠片1つ残さずに倒せるか?」
「マスターの全魔力を込めれば理論上は勝てますな」
「そうか」
「だけどカガミ、いいの?」
今まで傍観者決め込んでいたサラが口を開く。
「何が?」
「あいつを財団に売るんじゃなかったの? どこの財団かは知らないけど、死体ないと売りようがないじゃん」
「……そ、それは痛いが、仕方ないな」
金は大好きだっ!
だがそれも命があってこそ。
欠片1つでも残して再生された日にはお終いだからな。当然再生した瞬間に俺の必殺技に耐えるだけの強度になっているわけだし、そうなれば打つ手が
完全になくなる。これは命か金かを選べという選択だ、躊躇わず命を選ぶ。仲間の命も必殺技に掛かってるわけだしな。
「あー、カガミを始末して死骸を売ればいいのかぁ。実はカガミがガーディアンでした☆」
「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「お、怨霊ちゃんがーっ!」
ハーツイズが悲鳴を上げた。
盾代わりとなっていた怨霊が……や、やばい、拡散魔力光線が貫通するっ!
「伏せろっ!」
怨霊は全滅。
伏せた俺達の頭上を光線が通り過ぎる。
くそっ!
貫通できるだけの威力に進化しやがったっ!
「行くぞお前らっ!」
「カガミ殿、了解でござるっ!」
「分かったぜ兄貴っ!」
三位一体攻撃。
同時に相手に斬りかかる。
こいつで決めるっ!
「必殺悪夢の……っ!」
バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
『うわぁっ!』
奴が尻尾を振るう。それは突然長く長く伸び、しなる鞭となって俺達を薙ぎ払った。吹き飛ばされる。
デタラメ過ぎるだろっ!
こいつ、複数の相手も出来るように進化しやがったっ!
「怨霊ちゃん達ぃーっ!」
ハーツイズさらに召喚。
その瞬間、地獄の猟犬は姿を消す。
また進化した?
そうではない。
ハーツイズが召喚した無数の怨霊に押さえつけられたのだ。怨霊たちの塊が地獄の猟犬を押さえ込み、包み込む。
なるほど。
能力は使いようだな。
臨機応変に使えば相手を倒せないにしても動きを封じることはできるってわけか。
地獄の猟犬は群がる怨霊を力で捻じ伏せるという進化をまだしていない。少なくともあれだけ密着されたら拡散魔力光線も尻尾の薙ぎ払いも充分ではない。
奴が進化する前に一気に決めるっ!
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
魔力を全てドライに込める。
地獄の猟犬は身をよじり怨霊達を弾き飛ばそうとする。
バチバチバチ。
奴の体がスパークし始める。
おいおい。
更なる進化かよ。
雷を全身から発して脱しようという感じだろうが……進化の時間は与えんよっ!
食らえっ!
「必殺悪夢の15番ホールっ!」
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
俺の魔力をドライが数倍に増幅する。
一時的なものだが幽波魅角刀を遥かに超える爆発的な威力。
直撃を受けて存在しているはずがない。
事実……。
「ぜえぜえっ!」
事実、欠片すら残っていなかった。
小さなクレータが出来ている。
「はあはあ、ハ、ハーツイズ、探知、できるか?」
「微量にも感じませんわ。おそらく今ので完全に吹き飛んだはずですわ」
「よ、よかった」
ドサ。
俺はその場に倒れた。
金貨20000枚は不意になったがこの場合は仕方ないだろ。あの進化はありえない。
「さすがは兄貴だぜっ!」
「限界だがな」
息荒く俺は答えた。
ともかくこれでこの階層のガーディアンは始末したってわけだ。
「……これは……驚いたな。まさかここまでやれるとは……」
「……来るなら早く来いよ」
現れたのは6名。
黒騎士率いる最強集団<片翼の天使>だ。
どうやら上の階層のボスを倒してそのままここまで降りてきたらしい。
「俺達の獲物をっ!」
ザックとか言ったな、確か。カジートが吼えた。
一気に険悪になるがそれも一瞬だ。
何故なら……。
「さすがは勇者達ですね。あなた達は選ばれた、そう、この迷宮にね」
「ヴァイス」
ラフィールの黒犬を引き連れた優男登場。
おいおい。
従えている数が一気に10人にまで増えてるんですけどーっ!
「何だお前は?」
黒騎士配下のオーク戦士がヴァイスにガン飛ばす。
敵対結構。
勝手に潰し合っててくれ。
俺は限界。
だがヴァイスはその視線を軽く受け流して微笑を浮かべた。
「あなた達こそこの迷宮を踏破できるかもしれませんね。我が主に成り代わりここに承認しましょう、選ばれしモノとっ!」
「それ僕達も加えてもらえません?」
「何者ですっ!」
ヴァイスは鋭い声を上げて声の主を見た。
新手?
それもヴァイスも知らない、新手。
おいおい。
展開が急すぎないか?
そこにいたのは2人だった。知らない顔だ。黒騎士関係者でもなければヴァイスの仲間でもないようだ。
眼鏡を掛けた1人が宣言する。
「我らは黒の派閥。この迷宮の謎を調査するのが若からの使命でして。ですよね、愛染さん?」
「その通りです、シャルルさん」
「なので我々も加えてもらいましょうか、その選ばれしモノとやらに。楽しいですね、こういうイベントごとは」
そう言ってシャルルは微笑した。
黒の派閥、正式に参戦っ!