天使で悪魔







GAME MASTER






  GAME MASTER。
  テーブルトークRPG(TRPG)においてゲームを取り仕切る人物。
  管理者としての権限を持つ者や直接にプレイヤーに対応するサポート担当者を指す言葉として用いられる。






  アルディリアの迷宮。
  第八層まであるとされる謎の遺跡。
  迷宮最下層には魔王の宝があるとかどんな願いでも叶うとか何でも言うことを聞く全裸の美女がいるとか様々な憶測が飛んでいる。
  そしてその憶測に飛びつく者は多数。
  俺達『傭兵集団旅ガラス』は仕事を求めて冒険者の街フロンティアに来た、そして生活費(残金逼迫っ!)を求めて迷宮に挑んだ。
  そう。
  俺達のそもそもの理由は金目当てだった。
  だが今はそんな事はどうでもいい。
  決着をつける。
  決着を。
  「この迷宮の奥底には面白いものがあるんですよ。私はそれが欲しいっ! ……ただ、戦う前に今まで嘘を付いていた事を懺悔したく思います」
  この男、マドゥルク。
  両目を眼帯で覆う法衣の老人。
  元々は宮廷魔術しだか何だかでエルダースクロールズの解読に従事していたようだ。ただ長年読み続けた所為で書の魔力で目が潰れたらしい。
  その後動乱の血をさ迷い歩く修羅と化した。
  血に飢えた……いや正確には倫理観の破綻した面々を配下として従えて『流血傭兵団』として各地を荒らし回ることになる。
  こいつらも傭兵。
  俺達も傭兵。
  だが決定的に請け負う仕事は異なる。
  別に自分達の仕事を美化するつもりはないがこいつらの基本的な仕事は略奪。無抵抗の村々を襲って敵の気勢を殺ぐ任務を請け負っている。
  もちろん依頼する連中が悪いのだがこいつらはそれを嬉々として請け負っている。
  少なくとも。
  少なくとも俺達の敵だ。
  色々な意味でな。
  流血傭兵団はノルド、レッドガードなど純戦士の素質のある種族で構成されている。ここにいるのは全部で40名。
  旅ガラスは俺、ハーツイズ、グレン、案内屋のドントン。サラは……勘定には入らないな。
  数の差は大きい。
  だが流血傭兵団はマドゥルク自身は強力な魔術師ではあるものの配下には魔法が使えるのを揃えていない。たまたまなのかマドゥルクの何らかの趣旨による
  ものなのかは知らないが脳筋の手下しかいない。今までの傾向は、少なくともそうだった。
  対してこちらはドントンは魔法が使えないが、俺は攻撃魔法、ハーツイズは死霊術と各系統の魔法(回復も含むほぼ全般)、聖堂騎士のグレンは回復系。
  それぞれ白兵戦の得意ではあるが魔道戦力にも事欠かない。
  首領のマドゥルクに手を焼くかもしれないがあとは数合わせ程度でしかない。
  少なくとも俺達にとってはな。
  「懺悔?」
  「はい」
  俺はマドゥルクに聞き返す。
  相手を見据えながら。
  奴は薄笑いを浮かべている。
  何だ?
  この余裕は?
  自分の手下では俺達を倒せないのをこいつは知ってる。正気で数で押せば勝てるとは思ってはいない。
  策略が何かあるのか?
  油断なく相手を見る。
  「好きにしろよ」
  「それは結構。実はカガミさん、私は貴方が好きなんですが……それ故に嫌いなのですよ」
  「ほう?」
  「どうせ殺しは殺し。なのに貴方は私だけを侮辱する。同じ人殺しの分際で生意気なんですよ。そして貴方は知らない。本当の悪夢を。……ここはね、悪夢
  が具現化する迷宮なんですよ。私はその力が欲しいっ! 誰もが等しく悪夢を見るべきだっ! 私だけではなくっ!」
  「私だけではなく? どういう意味だ?」
  「私の眼は真なる闇。それは悪夢。全ての者に等しく悪夢をっ! それが平等、そうでしょうっ!」
  「結局そいつが本音か。ようやくラストバトルらしくなってきたな」
  「殺せっ!」


  フッ。

  『……っ!』
  お互い、絶句してその場に固まった。
  何故?
  「どうしたのです? 剣戟の音、戦いの音、何故始まらないのです? 心麗しき音色が何故奏でられないのです?」
  マドゥルクは呟く。
  心底納得できないという声で。
  仕方ないのかもしれない。
  奴は眼が見えない。
  この状況の異常さが分かるまい。
  奴の手下のノルドの戦士の1人がこの異様さを報告する。
  「だ、団長、真っ白になりましたっ!」
  「……? 何を言っているのです?」
  見えないマドゥルクには理解し難いだろうし、目が見える俺達でもこの状況は言葉にし辛い。
  何だこの状況は?
  ドントンを見た。
  こいつは俺達よりもアルディリアの迷宮に長い。そして詳しい。
  説明を求めるべき?
  ……。
  ……いや、無駄だな。
  この動揺の仕方は以前<ラフィールの黒犬>が登場した際の同様さとは別物だ。これは恐怖からの同様ではなく無知からの動揺。つまりこの状況は
  ドントンにも理解し難い、そしておそらく今まで前例のない状況なのだろう。
  「ハーツイズ、グレン」
  「この状況は見当も付かないですわね」
  「同じくでござる」
  そうだろうな。
  俺は心の中でそう呟いた。
  「報告しなさいっ!」
  マドゥルクはヒステリックに叫んだ。
  「真っ白なんだよ、四方八方。距離感も分かりゃしねぇ。……お前の術じゃないようだから……こりゃ一時休戦が必要かもな、帰れるかも怪しいものだ」
  「どういう意味です、カガミさん?」
  「それ以上の説明はないよ。話の要点は、果てがあるかも分からない白い空間に俺達はいるって事だ。地平線が見えるぜ」
  「それは……なかなかに興味深いですね。少なくとも魔術を操る者としては知的好奇心に対象です」
  「けっ」
  さてさてどうしたもんかな。
  マドゥルクの手下は完全に浮き足立ってる。今全て始末するのは簡単過ぎるだろう、欠伸が出るほどに。
  だがそんな事をしている場合かという問題もある。
  これは帰れるかも怪しい。
  階層ごとに趣旨が異なる迷宮なのは知ってる。第一階層は廃墟、第二階層は遺跡、第三階層は……という具合に変わっていく。それは知ってる。
  だが第二階層遺跡がいきなり白い空間に変わった。
  何だ?
  何なんだっ!
  「カガミ」
  「どうした、サラ? 何か分かるのか?」
  「これはきっとカガミが罪深いからだと思うんだ」
  「はっ?」
  「これは神様が与えた罰。だから今すぐカガミが自害すればこの状況から打破できる。ううん、出来なくてもカガミが死ねば皆喜ぶ。まさに一石二鳥。ぐっじょぶっ!」
  「殺すぞてめぇっ!」
  「そうやってすごんで乙女を手篭めにするという常套手段を使う流血傭兵団の副団長カガミ君です☆」
  「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「うるせぇー☆」
  「うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ何なんだこいつはイライラするーっ!」
  「カガミが壊れたぁ。おもろーい。もっとやってー☆」
  「……」
  無視だ。
  無視の方向だ。
  こういう以上時代に冷静さを欠いたら負けだ。
  サラは無視しよう。
  「カガミ君、落ち着いて」
  「あ、ああ。大丈夫だ」
  「それは結構。ではお話を進めましょうか」

  フッ。

  声がした。
  それと同時に今度は人数が減った。
  俺達は残ってる。
  綺麗に流血傭兵団だけが消えてなくなった。
  「何者でござるかっ!」
  グレンが構える。
  ドントンも。
  「険悪そうだったお友達は退場してもらいました。多分生きてますよ。適当に上層に飛ばしただけですので確約はできませんけどね。とりあえず邪魔でしたので」
  そこには金髪の男がいた。
  端正な顔立ちのアルトマー。鎧ではなく豪奢な、それでいて嫌味のない服装をしている。だが少なくともこの迷宮には似合わない。
  さらに似合わないのはこいつの両脇を固める取り巻き2人だ。
  ……。
  ……2人、ね。
  正確には人間だか怪しいものだがな。
  そいつらは犬の仮面をしている。
  ラフィールの黒犬だ。
  それも2人。
  「何者だ、てめぇはっ!」
  俺はドライを構えて叫ぶ。
  男はいやみったらしく恭しく一礼した。
  「お初にお目にかかります。我が名はヴァイス。この迷宮の主からあなた方をもてなすように命令されております。雑魚のような猟犬でしたがまさか倒せる者
  がまだいたのかと驚きまして。少なくとも今下の階層でガーディアンと戦っている連中以外にもいるとは驚きでした」
  「下の階層?」
  「左様でございます」
  黒騎士たちか。
  だが……。
  「雑魚のような猟犬って何だよ?」
  「第一階層に解き放った猟犬は雑魚中の雑魚でして。……まあ、少なくとも並の人間よりは強いですがね」
  「……」
  あの猟犬は当時第二階層にいた冒険者を皆殺しにした。結果、迷宮に潜る連中は三分の一以下にまで落ち込んだ。あの元凶が雑魚だと?
  ちっ。
  言ってくれるぜ。
  ドントンは顔面蒼白ではあるが俺はこういう相手にはとことん楯突く性分。
  冷笑を浮かべた。
  「だから親分のお前がわざわざ来たのか? 俺達に返り討ちにあうために?」
  「……」
  「どうなんだよ、ヴァイスさんよ」
  「我が主の勅命により少々ルールを変更させていたたきます。まずはそちらの女性に憑いている不死王モルグの魂の没収。それは強すぎるので、フェアじゃない」
  何だ?
  こいつなにを言っている?
  「あ、あれ?」
  ハーツイズが驚いて声を上げた。
  「どうしたでござるか?」
  「……モルグが、いなくなった……?」
  「確認作業は後にしてくださいね話を先に進めましょう。……丁度この瞬間、第三階層のガーディアンは倒されました。なのでこのままあなた方には第四階層
  のガーディアンを倒してもらいます。もちろん拒否するのは勝手です、無意味ですがね。少々予定を繰り上げる必要があるので特別ルールです」
  「勝手に決めるなよ、そんな権限お前に……っ!」
  「ありますよ。現在私はGAME MASTERとしての権限が与えられていますので」
  「させるかよっ! 必殺悪夢の……っ!」
  「バイバイ」






  その頃。
  第三階層『墓地』。
  「他愛もないな」
  黒騎士は呟いた。
  彼の前には死骸が転がっていた。墓地を護るガーディアンだ。その死骸はまるで神か魔王かが戯れで様々な生物をつなぎ合せたようなおぞましい姿をしていた。
  倒したのは黒騎士をはじめとする6名。
  最強の称号を欲しいままにする世界最強の集団『片翼の天使』。
  黒騎士。
  黒騎士を補佐するノルドの女性、レイ。
  無口なアルゴニアン。
  ブレトンの魔法戦士。
  小生意気なカジートのザック。
  オークの戦士。
  計6名。
  現在全ての階層のガーディアンを倒している精鋭たち。
  ノルドのレイが問う。
  「黒騎士さん、どうします? 一度この死骸を持ってフロンティアにいる財団に売り払いますか? それとも次の階層の下見に行ってみます?」
  「ふむ。どうしたものかな」