天使で悪魔







王女の事情





  不用意に事情を聞くべきではない。
  聞けば巻き込まれる。





  第二階層『遺跡』探索中に妙な拾い物をした。
  冒険者の女だ。
  名をエスティア。ブレトン。年齢は23歳。出身はブレトンの国家があるハイランド地方。
  自身をハイランド地方にあるリディリア王国の第二王女だと称している。
  頭を打ったか?
  真偽はよく分からないが意識はハッキリしているようだ。
  第二階層には血に飢えた……いや、女に飢えた流血傭兵団が徘徊している。アルディリアモンスターよりも厄介だ。
  俺達傭兵集団『旅ガラス』はハーツイズを欠いていたし、エスティアをこのまま放置しておくわけにも行かないので一時撤退。
  冒険者の街フロンティアに帰還した。


  俺達は借りている宿に戻った。
  夕食を終え、入浴を終え、一日にすべき事は全て終わらせた後に俺の部屋に全員を集めた。その中には調べ物が終わったハーツイズもいたし迷宮
  で助けた(拾ったとも言う)自称王女のエスティアもいる。
  妙な女だ。
  若くて綺麗なんだが……妙な女だ。
  王族?
  王族ねぇ。
  いきなり信じろと言われてもまず無理がある。
  「改めて自己紹介します。私はリディリア王国の第二王女エスティアです。魔術師に誘拐された第一王女……つまり私の姉を助ける為に来ました」
  『……』
  しーん。
  初めてその言葉を聞くハーツイズもポカーンとしていた。
  王女ねぇ。
  それも誘拐された第一王女を助けにはるばる来たわけだ。
  悪の魔術師もいるし迷宮もモンスターも揃ってる。
  まるで小説だな。
  信じる方がどうかしてる。
  ヒソヒソとグレンとハーツイズが話しているのが聞こえた。

  「自分は迷宮で聞きましたが……その国、知っているでござるか? ハーツイズ殿?」
  「ハイランドは王位継承問題で分裂したから……うーん、あのハイランドには小国がごちゃごちゃしてるから知らないですわねぇ……」

  博識なハーツイズも知らないらしい。
  もちろんその国を知っているにしても王女の名前、容姿……いや、そもそも王女の有無までは知らないだろう。
  ハイランドは小国が乱立し反目し合ってる。
  帝国にとって、シロディールにとってハイランドはあまり価値のある土地ではないので誰も関心がないのが実情だ。リディリア王国の内情もまた然り。
  調べようと思えば調べられるが数ヶ月掛かる。
  それは面倒だ。
  「皆さん。信じてくれないんですね」
  ブレトンの自称王女は寂しそうに呟いた。
  信じてない?
  信じてないわけではないが信じ難いのは確かだ。
  そもそもどうしてハイランド地方の王女が遠いシロディール地方にいる?
  離れ過ぎてる。
  悪の魔術師がいないとは言わないが……どうしてハイランドで誘拐した王女をわざわざシロディールの、それも未開の森のど真ん中にある冒険者の街
  フロンティアで最近発見されたアルディリアの迷宮に連れ込むんだ?
  辻褄としてはおかしい。
  絶対に変な辻褄とは言わないが……それが本当ならあまり賢い誘拐犯とは言えない。
  それに。
  それにアルディリアの迷宮の各階層にはガーディアンモンスターがいる。現在三階層までが開放されている。しかしエスティアは悪の魔術師は最下層
  に巣食っていると最初に会った時に言った。そうなると……この迷宮はその悪の魔術師のモノか?
  うーん。
  どこまで本当でどこまで適当なのか。
  もしかしたら全部本当で、もしかしたら全部適当かもしれない。
  最初に会った時は流血傭兵団に追い回されてたが……視点を変えたら流血傭兵団の団長マドゥルクの手下で俺達の中に入り込む為の自作自演の
  可能性もある。かといって……はぁ。やめよう。推測で頭が痛くなるのは勘弁だ。
  ここはまずは聞くとしよう。
  話をな。
  悩むのも考えるのも答えを出すのもその後だ。
  「ねーねー、王女様」
  「何? カラスさん?」
  「あたしサラ・ミス。サラでいいよ」
  「サラ……」
  「呼び捨てでいいよ」
  「サラ。それで何?」
  「カガミはね、『王女☆』という高貴な人と一夜を共にするのが夢なの。助けられたお返しに今夜は食べられちゃってあげて。サラのお願い☆」
  「アホかボケーっ!」
  俺は思わず叫ぶ。
  この展開で、この展開で、この流れを希望するのかお前はーっ!
  サラ侮れんっ!
  おおぅ。
  「うっわごっめんカガミ。……訂正するね、王女様。アブノーマル希望だってさ。カガミは鬼畜ですなー☆」
  「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「カガミうるせぇー☆ 公私のメリハリはつけろって。そんな場合じゃないだろー」
  サラがそう言えば途端に頷く面々。
  ドントンもだ。まるで『兄貴少しは黙って話を聞けよ』と言い出しそうな顔だ。
  いつの間にか全員サラの元に連携している。
  ……。
  ……イジメか。
  これは職場でのイジメなのか。
  「あ、あの、話を続けていいですか?」
  「ど、どうぞ」
  申し訳なさそうに口を開くエスティアに対して俺も申し訳なさそうに答えた。しかしエスティアは話さない。
  俺の顔をじっと見ている。
  何だ?
  「俺の顔に何か?」
  「い、いえ」
  「……?」
  「あ、あの」
  「何だよ?」
  「アブノーマルだなんて、この変態っ!」
  「……」
  うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああほぼ初対面なのにいきなり絶縁宣言と同じ事言われたーっ!
  別にこの先関わるつもりはないが凹むっ!
  これは凹むぞーっ!
  ちくしょうっ!
  「うっわカガミ玉砕っすか? 恋愛って難しいですなぁー。……さて、そろそろカガミ苛めてないで話を進めよーぜ☆」
  「……」
  いつかこいつ焼き鳥にしてやる。


  エスティアは言う。
  ハイランド地方にある小国のリディリア王国に悪の魔術師アルクヴェドが空間転移をして突如としてその国に現れた。
  そしてモンスターの軍勢を率いて王宮を襲撃、第一王女であるミスティアを誘拐した。
  第二王女のエスティアは近衛騎士団を率いて追撃。
  空間転移の為に開かれた次元の門を通ってシロディールにやって来た……らしい。
  何とか第二階層まで到達したものの近衛騎士団は壊滅。そして第二王女もまた第二階層で力尽いているところを流血傭兵団に襲われた……ようだ。
  そこを俺達が助けた。

  悪の魔術師アルクヴェド。
  そいつの目的は不明。
  何故第一王女を誘拐したのかすら……いや、そもそもハイランドの小国の王女をわざわざ誘拐する意味が分からない。
  好色なだけ?
  それは分からん。
  ただその魔術師がこの迷宮を仕切ってるのであれば。

  まあいいさ。
  俺達は冒険王から『迷宮の調査』を依頼されている。エスティアの姉を助ける云々以前に最下層に到達する必要性がある。
  ……。
  ……いやいや。最下層まで到達する必要はないのか。
  アルディリアの迷宮の『意味』を探るのが目的だ。それが仮に第四階層で判明すれば、そこで調査は打ち切りでいいわけだ。
  エスティアを助ける?
  さてな。
  それは金額次第だ。
  俺達は傭兵集団『旅ガラス』。全ては金額の折り合い次第だ。
  そして……。






  「寝たか?」
  「ええ」
  二時間後。
  別の一室……つまりは女部屋だな。エスティアとハーツイズの部屋。宿に泊まる時は当然男と女は分けて部屋を取る。
  まあ当然だがな。
  ともかく。
  ともかく俺達は一室に集まった。男組の部屋だ。
  エスティア以外は全員集合。
  ……。
  ……ああ、いや。
  ドントンもここにはいない。あいつはあくまで案内屋だからな。別の冒険者達の案内として雇われて迷宮に潜っている。もっともラフィールの黒犬が上階層
  に上がって来るという事が判明して以来、迷宮に潜る冒険者は減っている。
  ついでに第二階層で行方不明が続出してるらしい。
  流血傭兵団の仕業だな。
  色んな意味で迷宮に潜るガッツのある冒険者達が絞られてきたな。
  さて。
  「それでどうする?」
  俺は傭兵集団『旅ガラス』の面々に問う。
  エスティアに関しての事だ。
  信じるか。
  信じないか。
  こんな場所に王女がいるはずがない……とは言わない。王族がいたって別に不思議じゃない。この世界、大抵は何でもありだからな。
  酒飲みどもの噂では先帝の遺児がどこかの街で司祭やってるとかって話だ。まあ酒の上での適当話だろうが。
  王族がここにいる、それはそれで成り立つ理論だ。
  絶対にないとは言わん。
  「カガミ、決まってんじゃん」
  「決まってる?」
  「そー」
  「サラ、どういう事だ?」
  「皆でやっちまおうぜ。うへへ☆」
  「なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「カガミ静かにしなよ起きてくるでしょ。やれやれだぜ☆」
  「……」
  こいつすげぇ。
  傭兵集団『旅ガラス』のムードメーカー……いやいや、支配者だな。
  おおぅ。
  「グ、グレンどう思う?」
  気を取り直して堅物の元聖堂騎士に訊ねる。人の正邪を見分けるのは得意な分野だ。
  元とはいえ一応は聖職者だしな。
  「自分は分からないでござる」
  「分からない?」
  「彼女が王族かどうかは分からないでござる。……ただ、いずれにしても迷宮には潜り続けるのですから気に留める程度でよいかと」
  「まあ、そうだな」
  一理ある。
  というか真理か。
  エスティアが本気で王族なのかどうかは関係ないな、確かに。
  最下層に行くかどうかはともかくこの先も迷宮に俺達は潜り続ける。冒険王から依頼された遺跡の調査の為にな。
  俺はエスティアが流血傭兵団の、団長であるマドゥルクの意を受けて俺達の中に紛れ込んだと見ている。つまり連中の密偵だと思ってる。タイミングと
  してはそれはそれでありえると判断したからだ。
  何の密偵?
  さてな。
  ただ推測すると迷宮内で足を引っ張る、もしくは罠に誘い込む。
  それならそれでいい。
  無力な村々を虐殺する事を仕事とする流血傭兵団は同じ傭兵として不愉快な存在だ。そろそろ決着を付けたいと思ってたところだ。エスティアが密偵
  なら逆に気付かない振りして流血傭兵団の元へと導いてもらうまでだ。
  本当に王族の場合?
  エスティアが本気で王女なら助けてもいいと思ってる。その結果は礼金ガッポガッポ☆
  ただのプッツンの場合?
  その場合は……ただの骨折りだな。
  「カガミ君」
  「何だイズ?」
  「どっちにしても彼女は疲労困憊で当分は動けない。こんな議論は不必要だと思うわ」
  「そう、だな」
  「さっすがイズは良い事を言いますなー。そうだよね、カガミ不必要だよね☆ カガミは生ゴミに捨てちゃえー☆」
  「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「うっわ気に触った? じゃあ燃えるゴミね」
  「ゴミのジャンルは関係ないんだよボケーっ!」
  「やろーども☆ ともかく自称王女様は当分スルー、明日は第二階層攻略頑張ろうぜ☆」
  「……勝手に纏めるなサラ。リーダーは俺だ」
  おおぅ。