天使で悪魔








ハイランドの王女





  外観も人となりも当てにはならない。
  誰も信じるな。
  他の誰でもない自分自身の事でさえ曖昧なのだから。





  アルディリアの迷宮、第二階層『遺跡』。
  流血傭兵団に襲われている冒険者風の女性を発見。



  「おらぁーっ!」
  「……っ!」
  呪われしドライバー『ドライ』を流血傭兵団のオークの頭に叩き込む。この棒は特殊な武器で込めた魔力を増幅し爆発的な一撃を敵に与える事が
  出来る。もちろんそんな事をせずとも強力な魔力を秘めた魔法の武器。
  だから。
  だからオークが身を護る為にクレイモアでガードしても、そのクレイモアごとを敵を粉砕するのは容易い。
  まあ、常にこの展開になるとは言わんがな。
  今回オークが手にしていた武器が鉄製だったからこうも簡単に行ったのだろう。
  材質が異なっていればどうなったかは分からない。
  さて。
  「他の連中は……」
  敵は3人いた。
  いずれも流血傭兵団の団員。オークが1人、ノルドが2人。冒険者風の女性を嬲ろうとしようとしていた連中だ。殺してもどこからも苦情は来ない。
  流血傭兵団からは?
  まあ苦情が来るだろうが、連中に対する『苦情処理』はお手の物だ。
  問題はない。
  連中に追われていた女性は壁際でガタガタと震えていた。
  別に助ける義理はないが世間的な常識の範疇で手助けしたに過ぎない。グレンは既に敵のノルドを冒険王から貰った妖刀の餌食にした。
  さすがだな。
  傭兵集団『旅ガラス』で随一の剣豪のグレン。流血傭兵団のパワーオンリーの連中に破れるはずがない。
  ドントンは……。
  「甘いっ! そこっ!」
  ドントンが突きを繰り出す。
  なかなか鋭いっ!
  この餓鬼がどこの出身で、どういう経緯でこの街にいるかは知らないがなかなかの遣い手だ。流血傭兵団のメンバーのノルドの喉を剣で貫いた。
  大きな音を立てて崩れ落ちるノルド。
  確かめるまでもない。
  死んでいる。
  「ふぅん」
  こいつなかなかやるな。
  太刀筋は良い。
  天性のものは感じないが剣の修行を長年してきたのだろう。それが身になっている。
  ドントンは強い。
  ……。
  ……まあ、当然か。
  未知の迷宮であるアルディリアの迷宮に潜ろうというんだから、それなりに腕がなければ嘘だ。腕がなければとっくに死んでいる。今こうして生きている
  のだから考えるまでもなくドントンは強いのだ。
  「兄貴っ!」
  ガッツポーズのドントン。
  流血傭兵団の団員どもは全員死んでいる。女性も無事だ。
  「兄貴、やったぜ俺っ!」
  「ああ。見てたよ」
  すっかり俺に懐いている。
  まあ、悪い気はしない。
  だが流血傭兵団はどうしてアルディリアの迷宮に潜るのだろう?
  マドゥルク達は敵(雇い主の敵、という意味)の勢力化にある集落を襲って敵を挑発するという任務を主に請けている連中だ。この迷宮に来た理由がよく
  分からない。まさか俺達みたく路銀が少なくなったから稼いでいるってわけじゃないだろう。
  思惑はどこに?
  「カガミ」
  「どうしたサラ」
  「カガミ、あの女の人怯えてる」
  女の人。それは冒険者の女性の事だ。流血傭兵団に襲われていた女性だ。
  にしてもあの3人は何だったんだ?
  第二階層に流血旅団の団員どもが散開しているのか、それともこの女性をたまたま見つけて『見ろよ見ろよ女だぜ、うへへーっ!』的なノリで本隊から離脱
  した連中なのだろうか。まあ今更どうでもいいけどな。
  3人は死んでる。
  今更生き返りもしないし何も喋らない。女にも手を出せない。
  問題はないぜ。
  「カガミ殿。この妖刀、かなりの業物でござるぞ」
  「そりゃよかったな」
  「冒険王殿に感謝せねばなりませんな」
  「……刀の名前が問題あるけどな」
  「どういう事でござるか?」
  「……堅物で冗談分からないお前には分からんよ」
  「……?」
  「はあ」
  溜息。
  グレンがご満悦なあの妖刀の名前は幽波魅角刀。ゆうはみかくとう。UHA味覚糖なのだー。
  なんちゅーネーミング。
  最初からその名前?
  まさか冒険王自身のネーミングじゃねぇだろうな?
  だとしたらセンス最悪だぜ。
  おおぅ。
  「ところで、あんた大丈夫か?」
  「……」
  ガタガタ震えている女性。
  纏っている武具は上等なものだ。武器も手入れが行き届いている。武器は銀のロングソード。武器としては、まあ、妥当なところだな。
  銀製の武器なら幽霊系に適しているからだ。
  流血傭兵団に追い回されていた女性は、金髪のブレトン女は壁際で震えている。
  美しい。
  美しいのだがその顔は恐怖に歪んでいる。
  「おい大丈夫か?」
  「……」
  「おい」
  「……」
  駄目か。
  完全にガクブルしている。心が折れている。連中に何か妙な事をされたようには見えないが命のやり取りには慣れていないようだ。
  素人か?
  ふぅむ。そうやって見るとあまり冒険者っぽくない。
  何者だ?
  それを聞きたいのだが女性は完全に我を忘れている。聞こうにも聞けない。
  サラが耳元で囁く。
  「カガミ、カガミ」
  「何だよ?」
  「何でこの人に事情を聞かないの?」
  「はぁ? 見ろよ彼女を。聞ける状況じゃないだろうが」
  「うっわそれ自分勝手な言い分」
  「はっ?」
  「自分で彼女を自我が崩壊するまで徹底的に弄んでおきながら今更知らんぷり? ……けっ。これだからカガミは困るぜ。この鬼畜野郎め☆」
  「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「うるせぇカガミ☆」
  「……」
  結局このパターンかよ。
  怨霊使いで魔術師でもあるイズがいれば簡単なんだけどな。あいつは卓越した魔法の遣い手だからな。
  意識を取り戻す魔法ぐらい使えるだろう。
  イズはどこに?
  街だ。
  フロンティアの街で何か調べてる。『仮面』がどうのこうの言ってたな。
  学者殺した集団を調べているらしい。
  ……。
  ……仮面。なぁんか引っ掛かるんだよなぁ。
  思い出す。
  思い出す。
  思い出す。
  「つっ!」

  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ全部、全部お前の所為だからなっ!」

  頭が痛い。
  まただ。
  この間も『仮面』の事を思い出したら頭が痛くなった。何か意味があるフラグか?
  くそ。
  意味不明だぜ。
  記憶力が良くないからかあまり昔の事は覚えていない。
  まあいいさ。
  いつかは何か思い出すだろうさ。……多分な。それに思い出しても意味があるかは不明だし。
  さて。
  「カガミ殿。彼女は完全に我を忘れているでござる」
  「兄貴どうすんだ?」
  グレンとドントンはお手上げを表明。
  グレンは……おいおいっ!
  「お前そういえば治癒系のエキスパートだろうが」
  「忘れていたでござるか?」
  「ま、まさか」
  「忘れていたでござるな」
  「……おう」
  「まったく。……しかし無理でござる。彼女の精神状態は魔法でどうにかできるレベルでは……」
  「マジかよ」
  あまり悠長にしてる時間はない。ここはアルディリアの迷宮だ。アルディリアモンスターが徘徊している。つまりここは常に戦場。今のところは遭遇してい
  ないからおそらくは流血傭兵団か片翼の天使が蹴散らしたのだろう。ただし倒したモンスターは一定時間で復活する。
  だから。
  だからあまり時間はない。
  厳密にどの程度の時間で復活するかは知らないが悠長にしている場合ではない。
  女性を街に引き摺っていく?
  うーん。
  「仕方ないなぁ」
  「サラ?」
  バサバサ。
  俺の肩から羽ばたくサラ。宙に浮かび、そのまま女性の頭に急降下っ!
  くちばし攻撃だっ!
  なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!
  「サラてめぇ何やってんだっ!」
  「ポケモンごっこ」
  「アホかボケーっ!」
  思いっきり女性の頭にくちばしが突き刺さってるんだが……いや深く刺さってるわけではなく先端が刺さってる程度だが生きてるか女性は。
  無茶するなーっ!
  おおぅ。
  「痛いっ!」
  「どうだ見たかカガミっ! あたしの英断のお陰だぞっ!」
  ……。
  ……思いっきり結果オーライだと思うんですがね。
  女性は頭を押さえながら『痛い痛い』と泣き叫んでいる。そりゃそうでしょうよ。頭にくちばし刺さったわけだからな。
  俺は攻撃魔法しか使えん。
  ならば。
  「グレン。治癒してやってくれ」
  「分かったでござる」
  元聖堂騎士のグレンは治癒魔法のエキスパート。あの程度の傷なら傷を残さずに治せるだろう。
  ぽぅっ。
  回復魔法を施すグレン。
  痛みが消えつつあるのか女性の顔には次第に苦痛の色が消えていく。傷も消えていく。
  落ち着いてきたのか。
  女性は微笑した。
  弱々しくはあるが俺達に微笑する。
  「助けてくれてありがとう。……それとカラスさん、額を凹ませてくれてありがとう」
  「いやぁ。大した事じゃないよ☆」
  「サラ普通に今のは皮肉だろうがボケーっ!」
  「あたし素直な子だから☆」
  ぜぇぜぇ。
  女性の言葉を間に受ける馬鹿かこいつは。
  まったく。
  「俺達は傭兵集団『旅ガラス』。俺はカガミ、そっちはグレン、ドントン、カラスはサラだ。……それで、どうして流血傭兵団に追われてたんだ?」
  「それは分かりません。いきなり襲われましたから」
  「そうか」
  見境ない連中だからな、あいつら。
  金、女、酒。
  それがあいつらの全てだ。眼に入るそれらのものを反射的に奪おうとする。最悪な連中だぜ。
  女性は続ける。
  「皆様はハイランド地方にあるリディリア王国をご存知ですか?」
  「リディリア王国?」
  聞き覚えがない。
  グレン達を見る。知らないという表情だ。俺達が知らないと察したのか、女性は無理に笑った。少々傷付いているらしい。
  その国が自慢?
  出身地なのだろうか。
  「仕方ありませんよね。ハイランドは小国がたくさんありますから」
  ハイランド地方。
  ブレトンの国家がある地方だ。
  確かにあの辺りは小国が乱立している。元々は大国が存在していたものの王家の後継問題から端を発した内紛で分裂。今では32の小国が乱立して
  いる。もちろん帝国の管轄だ。帝国は全ての民族国家を従属させる形で全土を統一している。
  さて。
  「私はリディリア王国の第二王女エスティア。アルディリアの迷宮の最下層に巣食う魔術師に誘拐された姉を探しに来ました」


  エスティアを護りながら俺達は一時撤退する事にした。
  護る義理?
  ないよ。
  だが人間としての常識がある。疲労感濃いこの女と別れて先に進むのは非人道的だと思ったのだ。……グレンがな。あいつは義理さえ通せればいい男
  だから、まあ、仕方あるまい。それにハーツイズは街にいる。合流の為にも戻るのは仕方あるまい。
  おそらくこの先には流血傭兵団が徘徊している。
  ベストメンバーで挑む方が良い。
  一時撤退だ。