天使で悪魔








仮面の襲撃者





  
  
  余計な口は挟むな。
  口出しすれば口が塞がれる。





  ※今回の視点はハーツイズです。
  時間枠は『二階層 〜遺跡〜』と同時刻の展開です。





  冒険者の街フロンティア。
  図書館が放火された。ほぼ全焼は確定。さらに冒険王は自分も狙われていると想定し行動を開始する。


  「ハーツイズ。どの程度出来る?」
  「そこそこですわね」
  私はローブに身を包んでいる魔術師タイプ。……実際に魔術師ですけどね。
  武器らしい武器は護身用の銀のナイフだけ。
  問題はない。
  主な攻撃手段は魔法。そして怨霊。
  怨霊を活性化させ具現化させ他者を屠る能力を私は秘めている。私自身に付き纏っている(別の意味合いでは慕っているとも言える)怨霊もいるしこの
  近辺に巣食う怨霊も私の味方。さらに敵が背負っている亡霊も私の下僕。
  だから。
  だからファルカーは私を嫌った。
  死霊術師=死者に怨まれているという方程式だからだ。
  私が組織内にいると組織が成り立たなくなる恐れがある、そう判断したファルカーは私を追放した。
  ……。
  ……基本的に傭兵集団『旅ガラス』が儲からないのもそこですわね。
  私が戦場に行くという事はどういう意味?
  ふふふ。
  わざわざ説明するまでもない。
  怨霊使いたる私が戦場に出れば、戦死者達の怨霊が軍勢と化して敵味方以外の第三勢力として成立する。さらに問題なのは私が無意識に怨霊を具現化
  させてしまう場合があるという事だ。雇い主である陣営にしてもあまり気持ちの良い光景ではない。
  だから基本仕事は傭兵というよりは用心棒的な感じが多い。
  さて。
  「本当に来ますかしら」
  「まず来るだろう」
  仮面の集団。
  誰だか知らないですけど『アルディリアの迷宮の資料の抹消』をしている節がある。だからこその放火だ。
  そしてここに世の中の不思議の大半を知っている&仮面の集団と過去何度か遭遇した人物である冒険王ベルウィック卿がここにいる。
  口封じに来ると私達は見ている。
  その為に冒険王はわざわざ屋敷の戦力を丸裸にした。さらに見当違いの場所を捜索させている。
  もしも仮面の連中が口封じを狙っているのであれば。
  必ず来る。
  必ず。
  「久方振りの戦闘だ。腕が鈍っていなければいいがな」
  ブン。
  巨大なクレイモアを軽々と振るいながら冒険王は笑う。
  頼もしいですわね。
  剛毅。
  豪快。
  豪胆。
  冒険王ベルウィック卿は全ての冒険者の鑑であり神として尊敬されている。
  その伝説の男が隣で笑う。
  「さてさて。襲撃を楽しもうではないか。はっはっはっ!」
  「……」
  なるほど。
  心強いですわねぇ。
  確かに『頼もしい』という言葉が一番似合う人物だと思う。一見暑苦しそうではあるものの、冷静で戦術眼も有している。そして何より人格者だ。
  このような人物が貴族、ね。
  帝国にもまだ有能な人材がいるようですわ。
  ……。
  ……ま、まあ、元老院は人柄を見た上で子爵に叙任したわけじゃあないでしょうけど。
  たくさん献金したから貴族にした。真相はそれ以外ではないのが悲しい。
  元老院、既に俗物。
  腐敗の限りを尽くしているけれども……帝国は年を越せるかしら?
  来年辺りには崩壊していそう。
  その時は是非とも傭兵集団『旅ガラス』をお雇くださいな、各地方の民族国家の皆々様。
  さて。
  「ハーツイズは見当は付いているのか?」
  「連中の正体の?」
  「そうだ」
  「ある程度は」
  「何者だ?」
  「冒険王は『狩神』という組織をご存知ですか?」
  「……狩神……」
  知らないらしい。
  それはそれで仕方ないのかもしれない。おそらく狩神は世間的にはまるで知られていない影の集団……だと思う。どのような存在かも知らない。
  そしてカガミ君と狩神の名が似ているのは偶然なのかどうかも。
  「ふむ。知らんな」
  「そうでしょうね」
  「まあよいわ。それよりも茶でも飲むか? 襲撃来るまで暇であろう? 使用人も全て避難させたが……茶ぐらいは私でも淹れられる。飲むか?」
  「頂きます」


  それは三杯目の紅茶を飲んでいる最中だった。
  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  扉を蹴破り乱入してくる者達。
  数にして5名。
  手にはそれぞれ魔力剣。
  わざわざ本人に確認したり調べたりする必要はないだろう。剣からは魔力が発せられているし、魔力剣の特性として淡く光っている。
  深紅の光を発しているので炎のエンチャント武器だろう。
  全員仮面を被っている。
  この間の連中と同類ってわけですわね。
  そして発覚した事。
  それはこいつらが完全に徒党を組んでいるという事。この間学者を殺したのは2人だけなんですけど、今回は5人いる。少なくとも組織立っているのはおそ
  らく正しいだろう。全部で5名という事はあるまい。過去何度も冒険王を狙った事を考えてもまだまだ仲間はいるはず。
  何者?
  見た感じでは闇の一党ダークブラザーフッドではなさそうだ。
  モロウウィンドの暗殺組織モラグ・トング?
  それとも……。
  ……。
  ……まあ、いい。
  とりあえず撃退する。
  もちろん情報源として生かして捕えるのが得策ではあるけど手に余るのであればこの場で始末する。確かに手には余るかもしれないかな。
  剣の性能の差もあったとはいえあのグレン君が苦戦した相手。
  始末が妥当かもしれない。
  捕縛は相手よりもさらに力量が上回っていないと成り立たないのだから。
  さて。
  「無作法な登場だな。何者かな? 私はこの屋敷の主であるベルウィックだ。そちらも名乗りたまえ」
  「……」
  バッ。
  名乗るつもりなどない、とばかりに挑みかかって来る。
  もちろん。
  もちろん登場時から抜き身の魔力剣を持っている時点で相手は容赦などするつもりがないのは明白。
  全員、突撃してくる。
  私は冷気の魔法を叩き込むものの一瞬足を止めただけで再び向ってくる。
  魔法が効かない?
  そうね。
  おそらくはそうだろう。
  迷宮で遭遇したラフィールの黒犬もそうだったけど装備さえ揃えれば魔法の効果を半減させる事は可能だ。半減以下も、無効化も出来る。少なくとも
  この仮面の連中は無効化はしていないようだけどほとんど通用していないのは確かだ。
  全員同じ鎧を纏っているところを見ると……おそらく独自にエンチャントできる技術を有している組織なのだろう。
  エンチャントにはお金が掛かる。
  それも総称して考えるとこいつらの組織は資金が潤沢であり魔道技術も高い。
  何者だろう?
  「不調法者め、下がれっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  ベルウィック卿の豪剣が唸る。
  1人で5人と相対。
  互角?
  互角以上だ。
  相手もなかなかの遣い手揃いではあるものの剣を交える度に軽くではあるが傷を負っていく。
  強いっ!
  長年冒険で培ってきた戦闘技能の高さが見せ付けられる。
  なるほど。
  私達もまだまだのようね。
  一線を退き冒険者の街フロンティアの運営に専念しているがまだまだ冒険王は現役と言っても通る。私達がシロディールを離れている間に闘技場の覇者
  であるグランドチャンピオンは『グレイプリンス』から『レディラック』に代替わりしたものの、グランドチャンピオンと張り合える腕だ。
  冒険王、強過ぎる。
  私は私で見ているばかりではない。そこまで可愛げがある女ではないのでね。
  印を切る。
  それから目を閉じて軽く瞑想。
  軽いトランス状態。
  「……」
  存在感を感じる。
  強く。
  強く。
  強く。
  私のすぐ側にその存在はいる。
  ベルウィック卿にも仮面の集団にもそれぞれに憎しみを抱く怨霊がいるしこの土地にも巣食っている。だがそれを解き放つと修羅場になる。無意識に亡霊
  を活性化してしまう事もあるけど、そう滅多にはない。……と思う。意識してないだけかも。
  ……。
  ……一応は理解して欲しいんだけど、怨霊は基本的に大人しい。
  正確には動けない。
  祟るだけの力がないのがほぼ大半だ。ただその場所に、もしくは人物に憑いてるだけだ。多少は影響があるものの、それほどの恐怖ではない。
  怨霊使いはそういう怨霊に魔力を与える事により活性化させる。
  無意識に活性化させる、とは知らずに魔力を分け与えているという状況だ。
  さて。
  「……」
  その力強い存在感は次第に具現化しつつある。
  この世界に。
  この世界に。
  この世界に。
  その存在感を誇示しようとしつつある。
  さあ。
  目覚めなさい。
  私が絶対的な愛と信頼を抱く者よ。私のこの体を抱きて具現化せよっ!
  「死せる王モルグよっ!」
  「YES」
  ボゥ。
  『……っ!』
  その場にいた他の者達は全員凍り付いたかのように動きを止めた。
  斬り結んだまま全員が硬直する。
  それもそのはずだ。
  半透明の存在が私の側にいる。
  半透明?
  半透明。
  典型的な幽霊だ。
  もっとも輪郭は人であり御伽噺に出てくる『ジャパニーズユーレイ』とは異なり足がある。半透明だから目を凝らせば向こうが見える。
  ある意味で曖昧な存在なのではあるけど、1つだけ確かなモノがある。
  禍々しい抜き身の剣だ。
  漆黒の魔剣。
  「死せる王モルグよ」
  「……」
  「仮面の者を始末せよ」
  「YES」
  ヴォン。
  その瞬間、モルグは姿が消えた。空間を魔力で歪めて空間転移したのだ。次の瞬間には仮面の者達の背後に出現する。
  仮面の男達は動揺した。
  不意打ちに?
  いいえ。

  「こ、こいつは不死王モルグだっ!」
  「古代アイレイド文明にいた、あのネクロマンサーの王かっ!」
  「馬鹿なっ!」
  「肉体も人格も崩壊したはずっ! ただ怨念だけを残して消え去ったはず……ちくしょう、あの女は怨霊使いだっ!」
  「て、撤退しろっ! 報告しなければ……っ!」

  それが。
  それが最後の言葉だった。
  唯一実体を持つ黒き魔剣から発せられるオーラ纏いし刀身に触れた途端にバタバタと倒れていく。
  切り傷はない。
  魂を切り裂く魔剣なのだ。
  魔剣の名はデスブリンガー。魂を切り裂く魔剣。
  魂を食らう魔剣ウンブラと同等の威力を秘めている伝説の魔剣。ウンブラ同様に持ち主を支配しようとする特性を持っている。ただ私が使役している
  不死王モルグには既に自我なんかない。私が発する簡単な命令に従うだけの知能しか有していない。
  もしかしたら、それは魔剣の意思なのかもしれないけど。
  仮面の集団は全滅。
  「ご苦労様。消えていいわ」
  「YES」
  軋んだような声を発して怨霊は消える。
  冒険王は驚いた顔で私を見ていた。その意味は分かる。今の怨霊はある意味で最悪な存在だからだ。
  「末恐ろしい能力者だな、ハーツイズ」
  「お褒めの言葉として受け取って置きますわ」
  不死王モルグ。
  古代アイレイドの王の1人で死霊術に没頭して国を潰した。モルグ自身は暴徒化した自国の民達に惨殺された、とされている。しかし秘術によりほぼ不死化
  していたモルグは殺しても殺しても復活し、何度も何度も殺され続けた。
  最終的には酸に漬されて溶かされた。
  その王が私に付き纏う理由?
  簡単ね。
  私の先祖が不死王モルグに仕える神官だったから。私はその末裔。
  どうやらご先祖様は不死王モルグの魂を管理する役職だったらしい。つまりモルグが死ななかったのは肉体はそもそも抜け殻で、魂で遠隔操作していた
  に過ぎないから。そうする事で不死になろうとした。
  同じように不死を望んだ黄金帝が物理的に肉体改造したのに対して、不死王は魂を切り離すという手段を用いていたってわけ。
  ただ問題もあった。
  肉体が酸で溶かされた後、不死王モルグはどこにも行けなくなった。
  消滅も出来ない。
  次第に自我も消失し、ただただ神官に付き纏う。
  私の家系に憑いたわけね。
  ……。
  ……まあ、基本無害ですわね。
  自我ないもん。
  それに私から魔力を貰わない限りは存在を維持すら出来ない。特に危険ではないとは思う。完全に私が飼っている状態だ。
  それにしても。
  「こいつら何者だったのかしらね」
  「もう判明はしないだろうな。全て殺してしまったのだから」
  「ですわね」
  全て殺した。
  全て。
  問題はこいつらが『不死王モルグ』を知っていたという事だ。確かに一部では私の家系は有名。モルグに憑かれた家系としてね。
  こいつらはそれに精通していた?
  何者なのだろう?
  何者……。





  結局、身元を示すものは何も持っていなかった。
  あるのは特殊な文様の仮面。
  仮面だけだ。

  私の憶測では『狩神』と呼ばれる組織のものだと思う。
  だけどそれを示すモノは何もない。
  この街にも資料は既に何もない。あったかもしれない場所である施設は放火されて皆無、存在しない。大学を追放された身だから大学にも行けない。
  さてさて。
  これからどうしたものか。