天使で悪魔








第二階層 〜遺跡〜






  全ては偶然だった。
  全ては運命だった。
  いずれにしても結末は残酷なまでに紡がれる。





  冒険王ベルウィック卿からの依頼によりアルディリアの迷宮の調査に乗り出す事になった傭兵集団『旅ガラス』。
  ラフィールの黒犬が上層階層へ移動した為、多くの冒険者が戦死。
  生き残った冒険者達は恐怖を感じ次々と迷宮を離れている。
  そんな中でも迷宮に潜る者達。
  それは言うまでもなく己の能力に自信のある者達。

  そんな中に無抵抗な村落の虐殺を請け負う『流血傭兵団』がいた。
  世界最強の集団『片翼の天使』。
  そして……。






  「二階層二階層二階層ーっ!」
  俺達は祈る。
  念じる。
  魔法陣の上で二階層に飛ぶように言葉に発し、心に刻み、願う。この魔法陣の上で飛びたい階層を願うとそこに飛べる(踏破した階層に限る)。
  実際の話、アルディリアの迷宮がどこにあるかは誰も知らない。
  どういう意味?
  簡単だ。
  この魔法陣のある部屋は地表にある遺跡の入り口部分だ。
  ここがアルディリアの迷宮の入り口なら遺跡の本体は地中に埋まっていると思うのが普通だろうが、あくまで入り口と遺跡本体は魔法陣で繋がっている
  に過ぎない。本当にここの地下にあるのか、それは誰にも分からない。本当に『この世』の遺跡に飛んでいるかすら微妙。
  それだけ不気味な迷宮ではある。
  そう考えると冒険王の抱く危惧は正しい。
  「二階層二階層二階層ーっ!」
  俺達は祈る。
  俺達、といっても今回のメンバー編成は前回とは異なる。俺、グレン、サラ、ドントン、この4名(正確には3名と1羽なのだが)はいるが1人足りない。
  イズがいない。
  イズ曰く。

  「調べたい事が出来ましたわ。今回の冒険はスルーの方向で。仮面の暗殺者の正体が気になるので調査ですわ」

  以上がイズのコメントだ。
  何を調査するのかは分からないが今回彼女は探索には同行していない。
  それにしても仮面の暗殺者、か。
  俺は見ていないのだがアルディリアの迷宮を知り尽くした学者(あくまで自称だったらしい)を暗殺した犯人が奇妙な仮面を被っていたらしい。もちろん
  その旨は冒険王に伝えてある。つまり犯人逮捕は時間の問題だろう。
  フロンティアにいる冒険者にとって冒険王は神。
  その神が犯人逮捕を命じた以上、冒険者達は街を引っくり返してでも探し出すだろう。
  逮捕は時間の問題。
  ……。
  ……だが何故だろう?
  その仮面の集団が気になる。ものすごく気になる。
  何故だろう?
  さて。
  「二階層二階層二階層ーっ!」



  アルディリアの迷宮の二階層は『遺跡』。
  アイレイドの遺跡によく似ている。
  白い石で構成された内部。
  無機質な印象のある、迷宮だ。第一階層の『廃墟』とは大きく異なる。ここにいるアルディリアモンスターも一階層よりも強力らしい。
  強力、ね。
  望むところだぜ。
  正直な話、一階層ではあまり格好良いところを見せられなかったからな、俺達。
  勝ったとはいえ『ラフィールの黒犬』に苦戦。
  さらにフロンティアではグレンは『仮面の暗殺者』にアカヴィリ刀を破壊された。俺達の真価を発揮していない戦歴だ。
  それは困る。
  今回は大いに大暴れして能力を示さないとな。
  胸くそ悪い『流血傭兵団』がアルディリアの迷宮に参戦しているしエリート面した『片翼の天使』も腹が立つ。ここで真打登場、という印象をフロンティアの
  連中の心に刻み付けてやらないとな。傭兵集団『旅ガラス』の名声を高める為の舞台だ。
  頑張るぜーっ!
  「兄貴。ここの階層のアルディリアモンスターは石系のモンスターだぜ」
  「石?」
  「ゴーレムとかガーゴイルとか昔の御伽噺に出てくる敵かな」
  「ふぅん」
  案内屋のドントン、役に立つぜ。
  何故か俺に懐いた。
  そこは別に悪い気はしない、くすぐったくはあるがな。ただ意外にドントンは公私は別にしちゃったりする妥協しない男で『仲間』としてここにいるのではなく
  あくまで『案内屋』としてここにいる。つまり有料でここにいるわけだ。
  しっかり前払いで案内料を取られた。
  まあいいさ。
  迷宮調査に掛かる金貨は全て必要経費で落ちるしな。
  「それでドントン殿。敵どこに?」
  「見当たらないですね。……まあ、潜ってるのは我々だけではないですから誰かが一掃したのかもしれない。昨日の連中とか」
  「……流血傭兵団でござるな。カガミ殿、連中とは決着を付けたいでござるがっ!」
  正義貫ければ全て良しのグレン。
  感性として連中とは合わないのは確かだ。俺としてもそうだ。あいつらは嫌いだぜ。
  この際だ。
  ここで潰すか。
  「グレン、連中と決着を……」

  その時……。
  「ん?」
  剣戟の音が響いた。

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  早速第二階層のモンスターと遭遇かと思えばそれは早合点だった。
  女だ。
  鎧姿の女が銀のロングソードを振るって迫り来る敵と交戦していた。
  だが技量の差は歴然。
  ……。
  ……いや、正確には技量ではないな。
  腕力の差だ。
  敵はアルディリアモンスターではなかった。ラフィールの黒犬でもガーディアンでもない。オークだ。それとノルドが2人。計3名の男達。
  あの鎧には見覚えがある。
  男どもは『流血傭兵団』の構成員だ。マドゥルクの手下どもだ。
  何故女を狙うのか?
  マドゥルクの命令ではないだろう。

  「女だ女だっ! うへへっ!」
  「馬鹿野郎。そんなに興奮するなっ! 今回は俺が一番だっ!」
  「馬鹿言え俺だっ!」

  下品な連中だぜ。
  流血傭兵団の構成員は男しかいない。それも純戦士の荒くれども。マドゥルクがこういう連中を掻き集めた理由はただ一つ。
  略奪を許す事によりパワフルオンリーなこいつらを制御しようとしたのだ。
  こいつらは基本的に無抵抗な村々しか狙わない。
  もちろん自主的に狙っているのではなく雇い主の意向なのだが、流血傭兵団の団長であるマドゥルクは効率的に任務を遂行する為に戦闘経験のある
  粗暴な荒くれを集めた。特に快楽主義者どもをだ。村を襲う=金と女に不自由しない、という方程式が成り立つ。
  一度それを経験した団員は、まあ、元の生活は営めない。
  戦争がない時はこうやって性欲と物欲を満たそうとする。はっきり言ってただの犯罪者どもだ。
  ……。
  ……それでも『傭兵』は成り立ってる職業なんだよな。
  戦場で100人敵を殺せば英雄、街で1人殺せば犯罪者。この世は矛盾、矛盾だらけだぜ。
  まあいいさ。
  俺は傭兵だ。そこは否定しない。
  だがこいつらを見逃すわけにも行かんな。
  特にマドゥルクの手下はな。
  俺の肩に止まる白いカラスのサラが囁く。
  「カガミ」
  「ああ。見逃せないな」
  「だよね。主張しなきゃ。一番は俺だぜーってね。……けっ。男って浅ましい生き物だぜ」
  「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「カガミ殿っ!」
  サラに弄られて右往左往する俺をグレンが叱咤。
  すいません今の俺が悪いんですか?
  おおぅ。
  「兄貴」
  「分かってるぜ」
  いすれにしても。
  いずれにしてもこのまま見て見ぬ振りは……まあ、出来るかもしれないが俺達の進行方向にいる以上は切り伏せるまで。
  流血傭兵団には遠慮はいらない。
  何故?
  色々と不快な目に合ってるからな、俺達。
  虐殺された村を見るのはあまり気分の良いものではない。正直な話、マドゥルクも手下どもも皆死ねばいいと思う。もちろん多少は手を加えてやるさ。わざ
  わざ神が天罰を起こすのを待つまでもない。俺達が壊滅に貢献してやるぜ。
  「ドライっ!」
  「了解だ、マスター。我輩は絶好調だ」
  「よし」
  呪われしドライバー『ドライ』は力強く俺の呼び掛けに答える。
  喋り掛けられるまで無口を貫く。ある意味で一番常識人(人ではないが)なのはドライかもしれん。少なくともこいつとの会話は落ち着くなー。
  さて。
  「行くぜっ!」















  「団長。マドゥルク団長」
  「何ですかな?」
  「こんっな薄気味悪い迷宮に潜ってどうすんです? 女もいないし金目の物もない。……まあ、人は殺せますがね。何故ここに?」
  「物欲を満足させる為ではありません」
  「はっ?」
  「この迷宮は人の心に恐怖を満たす領域」
  「はっ?」
  「恐怖こそ人の根本。実に美しい」