天使で悪魔








迷宮に挑む者達






  善も悪も断定出来ない。
  善も悪もその概念の基準はその者が定める事だから。






  冒険王ベルウィック卿からの依頼。
  得体の知れないアルディリアの迷宮の探索と調査。深部に何があるのかを調べるのが俺達の任務。
  既に『片翼の天使』も同じ仕事を請け負っている。
  一応、俺達と連中以外は調査は頼まれていないが油断は出来ない。調査の進展如何では別の対抗馬が雇われる。仕事である以上、それは困る。
  頑張るとしよう。
  傭兵集団『旅ガラス』の真価を見せてやるぜっ!



  ごくごく。
  ぷっはぁー♪
  「かーっ! うめぇぜーっ!」
  「カガミおっさん臭い」
  ノルドで白熊の異名を持つおっさんが経営する『黒熊亭』で俺達は酒を酌み交わす。
  既に夕暮れ時。
  遺跡や砦、洞穴等で冒険してきた冒険者達で溢れている。当然冒険してきたわけだから財布は金貨で一杯だろう。一日の疲れを酒と食事で癒す。
  店内は人でごった返す大繁盛。
  俺達のテーブルの上にはビールやツマミが所狭しと並んでいる。
  金?
  必要経費で落ちる。
  仮にここまで贅沢した場合は経費として落ちないにしても、俺達傭兵集団『旅ガラス』の一日の基本料金の二倍を冒険王は約束してくれた。
  つまり当分は、厳密には調査が終わるまでは金が入り続ける。
  金に困る事はない。
  ……。
  ……いっそ調査する振りして金だけ受け取っておくか?
  それはそれで捨て難いな。
  もっとも真面目一辺倒のグレンは反対するだろうし知的好奇心大好き女のイズも反対するだろう。グレンとは理由が異なるがイズは遺跡に潜りたくて
  仕方がない奴だから反対するに決まってる。
  さて。
  「カガミ殿」
  「何だグレン?」
  「潜らなくてもいいでござるか?」
  「いいさ別に」
  「しかし……」
  「遺跡は逃げねぇよ」
  冒険王ベルウィック卿の依頼から二時間後。まだ急ぐほどではない。
  飲んで食って。
  とりあえずは英気を養うのが得策だ。
  「おっさん、焼き鳥追加なっ!」
  「あいよ」
  料金に拘る必要なく飲み食い出来る。何て快感なんだっ!
  当分遺跡に潜らずにこんな日常を繰り返すのも良いな。……グレンとイズがうるさそうだがな。
  「カガミ」
  「あん?」
  「あん☆」
  「はっ?」
  「その応対の仕方だと、こういう風に切り返されるから気を付けた方がいいよ☆」
  「……そりゃどうも」
  「よろしい☆」
  サラは上機嫌だ。
  そりゃそうか。
  俺達の中で一番大飯食らい&大酒飲みなのはサラだからな。
  まあいいさ。
  「ふー」
  ごくごく。
  ぷっはぁー♪
  やっぱりピールは上手いなぁ。喉越し最高っ!
  「お待ちどーさま」
  「おっ。来たな」
  焼き鳥も来た。
  くぅぅぅぅぅぅぅっ!
  うめぇーっ!
  むしゃむしゃと俺は食べる。……一応は共食いになるのだろうが……サラも鶏肉は大好物だからむしゃむしゃ食ってる。
  そんな俺達の食べっぷりを見ている奴がいる。
  今、焼き鳥を持ってきた白熊だ。
  「何だよ?」
  「いや。すまんすまん。フラガリアのフォルトナ並みの良い食べっぷりだからさ。あの嬢ちゃんを思い出してた」
  「はっ?」
  「じゃあな、ゆっくりしてってくれ」
  「お、おお」
  意味分からん。
  フラガリアって何だ?
  「イズは知ってるか?」
  「フラガリア?」
  「ああ」
  「冒険者の一団よ。フォルトナは確かその一団のリーダーだった、と記憶してる。古代の技を使う『人形遣い』らしいわね。詳しくは知らないけど」
  「ふーん」
  「ちなみにフラガリアはアイレイド語で『イチゴ』を意味してるわ。何故そんな名前を使ってるかは知らないけど」
  「ふーん」
  さすがはイズだ。
  世情に通じている。痒いところにも手が届く知識だぜ。
  それにしてもフラガリアねぇ。
  まあ、関わる事はあるまい。何故なら白熊の口振りからするにフロンティアにはいないのは確かだからだ。だからこそ過去を懐かしんでいる。
  ……。
  ……この街にいようがいまいがどうでもいいけどな。
  もちろんいないのであれば迷宮探索の対抗馬がいないって事になるわけだから俺達には都合が良い。
  「こらうまいっ! こらいけるっ!」
  サラは食べまくってる。
  鶏肉食べる鳥類。
  あまり見ていて気持ちの良いもんじゃないな。まああまり気にする事でもないがな。
  ともかく。
  ともかく俺は酒を飲みながら耳を澄ました。
  こういう場所は情報を入手するのに都合が良いからだ。特に酔ってる連中が大半だから、それもまた都合が良い。
  さて。

  「聞いたかラフィールの黒犬が上の階層に現れたらしいぜっ!」
  「聞いた聞いたっ!」
  「その際に二階層にいた連中はほぼ全滅らしい。遺跡潜ってる大半の冒険者はびびって逃げ出してるらしーぜ?」

  ふーん。
  急展開になってきたな。
  ラフィールの黒犬の予想外の出現によりあの時潜ってた冒険者の大半が全滅、あの場所にいなかった連中も逃げ腰になってるわけだ。別に冒険の
  舞台はアルディリアの迷宮だけではないのだから特に固執する必要はないと思ってる連中も多いはず。
  お陰でやり易くなったぜ。
  対抗馬がそれだけ減るんだからな。
  それに。
  それに恐怖は悪い事じゃない。結果として無駄死にが減るわけだからいい事だ。
  「兄貴」
  「ん? おお、ドントン。こっち来いよ」
  案内屋だ。
  不景気そうな顔をしている。
  なるほど。
  案内する相手が減ったってわけだ。商売客である冒険者が死んだり逃げたりしてるからな。
  「座ってもいいですか?」
  「おう」
  「うっわカガミってば自分の膝の上を勧めるわけ? ……そーいうのは人前ではやめた方がいいんじゃないの? このバカップルめ☆」
  「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「カガミうるせぇー。無礼講だけどちっとは落ち着けって☆」
  「……」
  こいつ絶対に俺を弄るよな。癖か?
  嫌な癖だぜ。
  ドントンは椅子に座り、溜息を吐く。
  「どうしたでござるか?」
  「仕事がないんですよ」
  ふぅん。
  ドントン、グレンにも素直に口を利いている。
  なるほど。
  どうやら仲間意識が生まれているらしい。少なくとも最初のあの冷たさは消えている。その方がいいな。
  「案内を頼む冒険者が減りつつあります」
  「だろうな」
  結構虐殺されたらしいからな。
  「遺跡に挑もうとしているのは結構限られて来てます。冒険者気取りの金持ちはまだ迷宮踏破に意欲を燃やしてるみたいですけどね」
  「あいつか」
  この間ここで見た。
  金で人材を掻き集めた素人同然の……いやいや素人以下の俗物だ。
  真っ先に死ぬタイプだよな。
  その時……。
  「これはこれはカガミさんじゃないですか。奇遇ですなぁ」
  「……っ! ……てめぇっ!」
  両目を布で覆っているローブの爺さんが俺達のテーブルの側に寄って来た。屈強の連中を従えている。
  チャッ。
  瞬時にグレンが柄に手を掛ける。イズはイズで不快そうな顔をしたし俺もまた険しい視線を相手に向けた。ドントンは見た目よりは使える奴らしい、相手
  の異様さを感じ取ったのか思わず立ち上がり一歩下がった。そしてドントンは白刃を引き抜いた。
  ざわり。
  酒場にいた全員が凍りつく。
  当然ながら斬り合いはご法度だ。
  「ドントン、剣は抜くな。戻せ」
  「だけど……」
  「戻せ」
  「分かったよ、兄貴」
  「座ってろ」
  「……」
  「座ってろ」
  「……分かったよ」
  ドントンが座ると逆に俺は立った。
  この眼帯爺とは面識がある。
  傭兵だ。
  傭兵団のリーダーだ。
  「久し振りですね、カガミさん」
  「会いたくはなかったけどな。相変わらず血の臭いをプンプンさせてるな。出てけよ、酒がまずくなる」
  ドン。
  軽く突き飛ばす。
  その瞬間、屈強な手下どもが武器に手を伸ばす。部下はノルド、レッドガード、オークで構成されている。ある意味では純戦士の血を引いてる連中だ。
  「おやめなさい」
  『……』
  老人が軽く手を振ると部下達は大人しくなる。
  躾が行き届いている事だ。
  「何の用だ、マドゥルク」
  「旧知の者を見たので挨拶に来ただけですよ、カガミさん」
  「てめぇは盲目だろうが」
  「こりゃ一本取られましたな。あっはっはっはっはっ」
  マドゥルク。
  真偽は知らんが元々はエルダースクロールズの解読をしていた宮廷魔術師らしい。目が見えないのはエルダースクロールズを長年読んだ為に眼が
  潰れた、と聞いた事があるが本当かどうかは知らん。
  同じ傭兵だが俺達とは立場が異なる。
  俺達はあくまで敵の部隊との交戦が多いがこいつらは敵の戦意を殺ぐ事もしくは挑発を主に請け負っている。
  つまり?
  つまりは無関係な村の略奪と虐殺だ。
  そうする事で相手の戦意を殺いだり相手の戦意を煽って戦端を開く。もちろん命令する連中も悪いんだが……こいつらと馴れ合うつもりはない。
  何度か敵として相対したしな。
  「この街に何の用だ?」
  「多分カガミさんと同じですよ。アルディリアの迷宮です」
  「何?」
  「タムリエルは危うい状況です。いつ爆発してもおかしくはないんですけど……今はまだ均衡が保たれている。さすがに均衡を崩すのは好きではな
  いのでね。我々は戦争に便乗する、それだけです。その点ではカガミさんと変わらない」
  「傭兵な以上そこは否定するつもりはねぇよ。御託はいい。何しに来た」
  「迷宮に?」
  「そうだ」
  「色々と面白そうだと思ってね。ここなら血に飽きる事はないでしょうし、迷宮内なら相手に困る事もない。当然身包み剥がせちゃったりするわけだ
  から路銀にも困らない。これでも大勢の部下を従えているので養う手段には反射的に手を出してしまうわけですよ」
  「今のは犯罪のカミングアウトか?」
  「いいえ。ただの『仮定』です」
  「ちっ」
  「カガミさん」
  「何だ」
  「これだけは理解して欲しいですね。我々は戦場で子供も殺す。だけど貴方達だって戦場で敵を殺す、そしてその結果親なしの子供を増やしているん
  ですよ。結局やってる事は同じです。視覚的に異なるだけですよ。目の前で子供が死ぬか、知らない場所で死ぬかの違いです」
  「……」
  「まあいいでしょう。哲学は別の場所で語りましょう。……そうそう酒場にお集まりの皆様、我々は流血傭兵団。以後お見知りおきを」