天使で悪魔
冒険王
糸は複雑に絡み合い始める。
運命の糸?
誰かの意図?
それは解かれて見ない限りは誰にも分からない。ただ神はその様を見て嘲笑う。
冒険王ベルウィック卿。
冒険者の街フロンティアの創設者であり伝説の冒険者。
元老院に多額の献金をして現在は子爵。
「冒険王がねぇ」
コツ。コツ。コツ。
俺は長い廊下を歩きながら呟く。
別に俺は冒険者ではないから他の連中のように『冒険者の神だーっ!』的な感情は持ち合わせていない。ただの金持ちのおっさんだ。
この街の運営も軌道に乗っているらしいし金持ちなのは確かだ。
そのおっさんが俺を雇いたいらしい。
正確には傭兵集団『旅ガラス』を雇いたいそうだ。
既にグレンとイズも招くべく使者を送り込んだようだ。もしかしたらもう来ているのかもしれないな。
にしても。
「お前が冒険王の娘とはねぇ」
前を歩く餓鬼。
その餓鬼がこの街で神と仰がれているベルウィック卿の娘とはな。
世の中分からんぜ。
……。
……てか廊下長いなっ!
何か腹立ってくるぞ、こんなに広大な屋敷だとな。こんなに広いと移動に馬がいるんじゃねぇのか?
金持ちは限度ってモノがないからな。
感性が分からんぜ。
「ボクは父を尊敬してます」
「だろうな」
サラを肩に乗せたまま餓鬼は口を開く。
歩きながら俺を見る。その瞳にはどこか寂しさが宿っていた。
何故だ?
「ボクは父を尊敬してます。けど、ボクが何しても『冒険王の娘だから』で終わっちゃうんです。どんなに冒険で成果を残してもそれだけで終わってしまう」
「ふーん」
「本気で怒ってくれたのはお師様だけです」
「……いやいきなり血塗れにされたら普通は怒るぞ?」
「嬉しかった」
「……」
まあ、いい。
感性がずれてるのは仕方あるまい。
俺は傭兵、こいつは金持ちの娘。別にそれが悪いとは言わんが感性のずれは仕方あるまい。育った環境、生きている環境が異なるのだから。
ただこれで理由が分かった。
俺をいきなり『お師様』呼ばわりした意味がようやく分かった。
他愛もない勘違いか。
俺は別にこいつを叱るつもりで怒ったのではなく額割られた(……普通怒るよな)から激怒して戦闘に移行したに過ぎない。
それだけなのだがこいつは懐いている。
まあいいさ。
お陰で仕事の口にありつけそうだしな。
「まーまーカガミももう怒ってないよ。元気出せって」
「ありがとう」
何気にサラ、餓鬼と意気投合したらしい。
もちろん純粋に『こいつの方がリッチに養ってくれそう☆』的なノリな気がするがな。
「お師様」
「あん?」
「ボクはお師様なら、ボクの事を受け止めてくれる気がするんです。皆、ボクをお嬢様扱いするんです。キャバ嬢って。それが嫌だった」
「……ま、まあ、普通は嫌だよな」
キャバリディアお嬢様→キャバ嬢。
略された時の場合をもう少しマシな名前付けてやれよ冒険王さんよー。
さて。
「ここです。ここで父が待ってます。お仲間も既に待ってます。さっ、どうぞ」
「おう。分かったぜ」
応接間。
既にグレンとイズは到着していた。
テーブルを囲んで冒険王とお茶を飲んでいる。部屋の隅には老紳士が控えていた。
「おお。待っていたぞ。私がベルウィックだ」
「……」
一瞬、息を呑む。
相手の持つ迫力に圧倒されたからだ。
柔和な笑みを浮かべてはいる。もちろん眼も笑っているが……長年冒険で培って来たであろう荒々しい魂は今だ健在のように見える。
なるほど。
カリスマになるわけだ。
街の名士であり紳士であり伝説の冒険者。
この街で神として仰がれる意味が分かった気がする。そしてこの男の凄みは、誰よりも謙虚だという事だ。
完璧か、こいつ?
完璧だな。完璧な人格者。
こういうのが皇帝になればいいんだ、こういうのが。それか元老院議員にすればいいんだ。
帝国の上層部はなに考えてんだ?
まったく。
……。
……もちろん上がボンクラだから紛争が各地で起きている。各地方では帝国に抑圧されている民族国家が駐屯している帝国の軍団と程度の差がある
とはいえ小競り合いを繰り返している。特にスカイリムではその傾向が強い。
上がボンクラ=傭兵の仕事がふんだんにある。
皮肉な事だな。
まったく皮肉だ。傭兵の需要と供給は帝国で治世の権を振るう奴のボンクラさ次第。
皮肉。
「座りたまえ。一緒に茶でも飲みながら話そうではないか」
「あ、ああ」
ベルウィック卿の威圧感(自身では意識してないんだろうが相当なものだ)を振り払いつつ席に座る。
ティーポットを見て老紳士が静かに紅茶を注いでくれる。
「カガミ殿」
「ん?」
グレンが紅茶を飲みながら口を開き、腰の剣を抜いた。
「おいおいっ!」
「見て欲しいでござる」
「見て……ん?」
すらり。
抜いたアカヴィリ刀は刀身が半分なくなっていた。依頼人(暫定ではあるが)の前で剣を抜く、それは非礼に当たるもののベルウィック卿は何も言わない。
悠然と茶を飲んでいる。
人格者だぜ、本当に。帝国の貴族にこういうのがいると分かると少し心強くなる。
基本帝国の貴族はボンクラだからな。
シロディールでまともな貴族といえばアンヴィル、コロール、スキングラード、クヴァッチ……西の都市を任される貴族が多い。
ブルーマは、まあ、可もなく不可もなくだな。
元老院議員でまともなのは魔術師ギルドのアークメイジ、鉱山ギルドの総帥ぐらいか。
……。
……大丈夫か帝国?
明日突然滅亡しても俺は納得してしまいそうな気がする。
ちょっとでも反乱の流れが表に出たら帝国は簡単に吹き飛んでしまいそうな感じだ。
その時は、まあ、反乱側に雇われるとしよう。
お安くとしきますぜ?
さて。
「どうしたんだその剣?」
「襲われたでござる」
「うっわカガミにっ! ……最近カガミ節操ないんじゃないの? 夜の御供はドントンで我慢しとけって」
「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「カガミうるさい。それでグレン、どーしたの?」
すいません俺が今のは悪いんですか?
俺様可哀想。
おおぅ。
「学者の家に行ったらね、仮面の2人組に学者が殺されてたのよ」
「殺されてた? 何者だ?」
「そこまでは。独特な仮面の文様だったから大体は分かるけど……断定は出来ない。推測で話すのは私嫌いだから」
「ああ。分かってるよ」
イズの性格は分かってる。
天然ではあるが妙なところは知識人。推測や憶測で物事を断定する事を極度に嫌う。
にしても仮面、か。
何者だろう?
何者……。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ全部、全部お前の所為だからなっ!」
「……っ!」
ズキン。
頭の奥が激しく痛む。
頭の奥が……。
「どしたのカガミ?」
「つっ!」
「うっわついに罰当たった? そりゃそうだよ毎日毎日『修行だぜーっ!』と称してドントンを夜の課外授業するからだよ。この鬼畜め☆」
「……」
「うっわ怒る気力すらないの? 敗者って惨めですなー」
「いちいち相手するのが疲れるだけだボケーっ!」
「てへ☆」
「……まったく……」
ともかく。
アルディリアの迷宮を知り尽くした(と称されていた)学者は謎の仮面の2人組に殺された。そして『旅ガラス』随一の剣豪であるグレンを圧倒した。グレンの
顔を見る限りでは討ち洩らしたのだろう。
何者だ?
まったくこの街に来てから強敵揃いで俺達の真価を発揮出来ないでいる。
ラフィールの黒犬にも苦戦したしな。
それにしてもアカヴィリ刀が折られた、か。また無駄な出費が掛かるぜ。
やれやれ。
「さて諸君。話をしてもいいかな? 仕事の話だ」
「ああ。頼む」
「うむ」
鷹揚そうにベルウィック卿は頷く。
それから老紳士……おそらく執事だな、そいつを手で呼び寄せて何かを耳打ちした。老紳士、一礼して部屋を退出。
人払いか?
よほど大切な、そして大きな仕事だと見た。
こりゃ儲かるかも。
「君達にはアルディリアの迷宮を踏破して欲しい。全階層を踏破し、あの迷宮が何なのかを調べて欲しいのだ」
「つまり」
「つまりは調査だ」
「なるほど。だが何の為に?」
「既に多数の冒険者が探索しているが連中は自分のペースで冒険している、つまり調査がメインではない。私の思惑には反する。私はあの迷宮の全貌
が知りたいのだ。その為には君達のような傭兵を雇うのが一番だと思ってな」
「なるほど」
確かに。
確かにそうだな。
冒険大好きな冒険野郎には向かない仕事だ。好奇心で潜るのと調査で潜るのとでは意味は異なる。少なくとも冒険者は効率的ではない。
迷宮に潜る前提が好奇心を満たす為だからだ。
だが傭兵は違う。
あくまで『金』が目的であり原動力だ。
「何故迷宮を調査するんだ?」
「あの迷宮は、謎だ」
「謎?」
「各階層に配置されたガーディアン、各階層に巣食う無限の存在であるアルディリアモンスター、正体不明のラフィールの黒犬。しかも各階層のボス的
存在と思われるガーディアンは他の2つと敵対している。いささか意味が分からん。ガーディアンを倒さぬと開かぬ次の階層の扉もな」
「つまり」
「つまり扉は封印だとでも?」
口を挟んだのはイズ。
頭の回転は『旅ガラス』随一だ。
「そうだ、お嬢さん」
「ガーディアンは迷宮を封印する為の存在、かしらね。でもだとすると……」
「そう。深部の調査をするという事は封印された『何か』を解き放つという事になる。もちろん深部を開放しろとは言わん。分かった事を報告して欲しい。そ
の報告次第では迷宮を閉鎖する。だが今すぐは出来ん。一応、この街は冒険の斡旋で成り立ってるのでな」
「そうですわね」
そう言ってイズは俺を見た。
グレンも見ている。
リーダーである俺の意見を待っているというわけだ。
「よーし。この依頼受けちゃおう☆」
「さすがはサラちゃん。英断ね」
「了解でござる」
……すいませんそのお約束は絶対に通らなければなりませんか?
うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
カラスがリーダーなのかよーっ!
ちくしょう。
「感謝するぞ」
ベルウィック卿、満足そうに笑う。
ガチャ。
その時、一振りの剣を持ってキャバリディアが入ってくる。
アカヴィリ刀か?
見た感じそんな類の剣だ。
さて。
「では報酬の話に移ろう。必要経費はこちらで持つ。傭兵集団『旅ガラス』の一日の報酬の二倍払おう。そして成功報酬だが金貨100……」
「いいだろう。金貨100枚が成功報酬だ」
「な、なに?」
「値切って欲しかったのか? ははは。生憎だぜ、ミスタークライアント?」
金貨100枚。
大金ってわけではないが日々の雇い賃が通常の二倍であり必要経費はそちら持ち。つまり俺達はここにいる限りは金が掛からない。
まあ、不必要な贅沢は経費で落ちないだろうが。
ともかく。
ともかく金は貯まる一方。
成功報酬は絶対的な金額ではないが文句はない。
「……」
じっとベルウィック卿は俺を見る。
そして不意に笑った。
「見込んだとおりだな」
「そりゃどうも」
「一応言っておくが『片翼の天使』にも同様の仕事を頼んだ。仲良くやれとは言わんが潰しあいはやめてくれ。調査に支障が出るからな」
「分かったよ」
あいつらも雇われてんのか。
ちっ。
正直面白くないが俺達にも同様の仕事が回ってきただけでとりあえずはよしとするか。
「リディア」
「はい。お父様」
へー。
リディアか。愛称としては良い響きだな。キャバ嬢じゃないだけいいか。
餓鬼は一振りの剣をテーブルに置いた。
ベルウィック卿が口を開く。
「こいつは手付けとして渡しておこう。刀が折れたのだろう? 受け取ってくれ。妖刀『幽波魅角刀(ゆうはみかくとう)』だ。使ってくれ」
「『UHA味覚糖』だとぉーっ!」
「うっわ『ぷっちょ』食いてぇーっ!」
さすが。
さすがは冒険王。
世の中の不思議に熟知してやがる。てかこの近辺って珍しい武器の宝庫なのか?
俺の持つドライも大概おかしな武器だからな。
「忝いでござる」
「いや問題ない。その刀で成果を示してくれたまえ。はっはっはっ」
冒険王ベルウィック卿の依頼を受諾。
これで軍資金の問題はなくなった。何故ならバックにはこの街の創設者がいるんだからな。
アルディリアの迷宮め、待ってろよっ!
「なかなか良い若者達ではないか。そう思わないか、リディア」
「うん。そう思う」
キャバリディアの愛称はリディア。
父であるベルウィック卿は娘をそう呼んでいる。
「報酬金貨100万枚を金貨100枚でいいとはな。世界最強と称される『片翼の天使』は抜け抜けと100万枚を要求したというに……ふむ、気に入ったっ!」
「ふふふ」
「傭兵集団『旅ガラス』。もしかしたら真の冒険者の魂を持っているかも知れんな」
「ボクもそう思う」
「リディア」
「何?」
「お前も手伝ってやってもいいぞ?」
「もちろんそのつもりだよ」
「さすがは我が娘だ。補給部隊を第二階層に展開させておく。今後はお前達の行動と連動させる事にしよう。では頑張ってこい」
「はい。お父様」