天使で悪魔








夢見の後に





  
  明確なる記憶は存在しない。
  自分の都合の良いように改竄してしまうから。






  誰かが叫んでいる。
  誰かが叫んでいる。
  誰かが叫んでいる。
  男だ。
  男が叫んでいる。

  ここはどこだ?
  ここは闇の中。
  深遠なる闇の淵でその男は叫んでいる。そして俺は見る、叫んでいる男を。
  こいつは誰だ?
  ……。
  ……いや。
  俺は誰だ?
  俺は一体誰なんだ?
  俺は……。

  「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ全部、全部お前の所為だからなっ!」

  男は叫ぶ。
  怨嗟。
  憎悪。
  殺意。
  全てが籠もった瞳で俺を睨み据えながら叫んでいる。だが俺にはこの叫びを否定するだけの言葉がない。
  俺には……。





  「はっ!」
  意識が急速に回復し、俺は瞳を開いた。
  視線の先には天井。
  天井だと?
  つまり俺は屋内にいるのか。
  だがここはどこだろう。
  宿屋の天井ではない。シャンデリアがある天井。それに汚らしい宿屋の天井ではないのは確かだ。
  「……んー……」
  ベッドに寝ている俺。
  シーツにしてもマクラにしても清潔感たっぷりだ。
  状況が把握出来ない。
  思い出せ。
  思い出せ。
  思い出せ。
  「うーん」
  そうそう。
  確か妙な餓鬼と往来でバトルしていた記憶がある。そうだ、妙なアイテムを持った餓鬼と戦ってた。
  それでー……どうなった?
  「俺が勝った、よな」
  そうだ。
  戦って勝った。
  そもそも負けるはずがない。
  高性能な未知のアイテムを所持していただけの餓鬼だ。あくまで所持であって活用は出来ていなかった。そんな相手に負けるはずかない。
  もっとも。
  もっとも完全に活用し切れていたらどう転ぶかは分からなかったけどな。
  そんな奴が相手だったならば数多くの戦場を渡り歩いた傭兵集団『旅ガラス』の俺様でも少々分が悪かったかもしれない。
  ふぅ。実戦経験ない餓鬼でよかったぜ。
  ……。
  ……にしてもあのアイテム、どこで手に入れたんだろうな。
  ありゃ高価だぜ。希少価値も高いだろう。
  そもそもあの餓鬼が自分で手に入れれるわけがないのだから、親から貰ったんだろうけど……あの餓鬼、何者だろう?
  「えっと、それで……どうなったっけ?」
  餓鬼に勝った。
  ああ。それは確かだ。
  それでその後に突然背後から鈍器で殴られたような気がする。
  誰に?
  誰にかは知らん。
  どういう経緯でいきなりボコられたのかすら分からん。その後の記憶はどう頭を捻っても思い出せない。つまりそのまま意識を失ったのだろう。
  いきなり殴られて意識不明?
  犯罪だろ普通に。
  
にしてもここ、どこだ?
  「……」
  身を起こして改めて室内を見る。
  めっちゃ広い。
  宿のチンケな部屋の五倍の広さは軽くある。しかも内装も超リッチ。高そうなものがたくさんある。
  おお、あの置時計も高そう。
  おっ。あの置物も結構な値段みたいだな……って……ああーっ!
  あれは伝説の陶芸家の作品では……っ!
  「……」
  もう一度自分の置かれている状況を思い出す。
  誰かに殴られて意識不明→現在この部屋で寝ている、という展開だ。
  客観的にこの状況を判断しよう。
  つまりこれは……。
  「ふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
  なるほど。
  なるほどなっ!
  神は俺の徳の高さに感服し、あの事故をきっかけに新たな人生の舞台を用意したに違いないっ!
  俺は金持ちだっ!
  全部俺のモンっ!
  今日から俺はリッチマンっ!
  周囲に女をはべらかしドンペリ呑み放題、代金は全部札束天井に放り投げて札の雨にして支払おうっ!
  「釣りはいらんぞとっとけっ!」
  なーんて事も今後の人生では出来るわけだぜっ!
  ビバ金持ちっ!
  「ふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」

  その頃部屋の外。
  「セバスチャン、あの人怖いですよー。容態見になんて入れませんよー」
  「た、確かにあれは怖いですなー」

  今まで極貧に生きてた俺様っ!
  傭兵で稼いでもイズは天然で経済観念ないしグレンなんか正義が成されればいいという超適当男だ。サラは……大食いだからな、稼いでも食費に使っち
  まう奴だ。それに俺達は実力は高いのだがあまり傭兵としての活動は出来ていない。
  何故?
  グレンの正義感が邪魔をするのもあるが、どうも運が悪いらしい。
  この間もスカイリムに傭兵しに行ったら対抗勢力が既に壊滅してて仕事の口を失ったからな。
  ともかく。
  ともかく鈍器で殴られた瞬間に俺は新しい人生を神から与えられたのだ。
  「くくく」
  叶えよう俺の夢っ!
  三角関係の末に刺殺されるのだ。これぞ究極の愛っ!
  あなた、どっちを愛してるのっ!
  私でしょ、私っ!
  優柔不断に、二人に愛を囁く俺。挙句の果てに追い詰められた女から刺されこの世を去るのだ。
  これであなたは、私だけのものよっ!
  ああそうだな、ようやく一緒になれた。
  二人は抱き合う、お互いの愛を確かめ合いながらっ!
  「ああうっとりだな」

  その頃部屋の外。
  「……今度はうっとりしてますよセバスチャン」
  「……危険人物のようですなー」

  「くくく」
  ともかく今から何しよう?
  んー、街に繰り出すか?
  よし。そうしよう。金さえあればなんでも出来る。今日は奮発して飲みまくるぜーっ!
  「セバスチャン、出掛ける用意をっ!」

  「……セバスチャン、呼んでますよ?」
  「い、いやあまり関わりたくない気がするんですがねー」

  コンコン。
  その時部屋の扉がノックされる。うむ、セバスチャンが来たか。
  「セバスチャン、街に繰り出すぞ。用意せよ」
  だが入って来たのはセバスチャンじゃない。セバスチャンは一体何をしているのだっ!
  「お加減はいかがですか?」
  心配そうな声をかけて来たのはあの餓鬼だ。
  餓鬼の肩にはサラがいる。
  つまり?
  つまり新しい人生が訪れたわけではなく……多分ここが餓鬼の家なのだろう。罪悪感に苛まれて介抱の為にここに連れ込んだのだろう。
  ちっ。つまらん。
  「お加減はいかがですか?」
  「……生きてるのが不思議だよ」
  「でしょうね、あの傷でしたからね」
  「傷の半分の原因はお前だがなーっ! 餓鬼、二度とそんな事出来ないようにフロンティアを市中全裸引き回しの刑っ!」
  「うっわカガミ変態っ! 自分から裸になって街を走り回るなんて……ああ末期だねー、可哀想可哀想」
  「お前はどっちの味方だーっ!」
  「養ってくれる方☆」
  「そ、そうか」
  さっぱりとした口調。なるほど、仲間意識より養い手か。
  ちょ、ちょっとショック。
  「改めて初めまして。ボクはキャバリディア。カガミさん、貴方をここにお運びしたのは……」
  「罪悪感からだろ?」
  「ええ。それもありますけど……運んでから、実は状況が変わりまして」
  「……?」
  「あたしがね、説明したの」
  サラが口を挟む。
  説明?
  「カガミさんは傭兵集団『旅ガラス』の所属だとか」
  「ああ。その通りだ。……で?」
  「冒険という行為を楽しむ……つまり冒険者ではない貴方達にだからこそ頼みたい事があるのです。それにラフィールの黒犬も倒したとか」
  「ああ。楽勝だぜ」
  「さすがはお師様っ!」
  「はっ?」
  今、この餓鬼は俺の事をお師様とか言ったか?
  ドントンには兄貴と呼ばれるし。
  まあ、悪い気はしないが。
  「で結局用件は何なんだ?」
  「父が貴方達を雇いたいと言っています。アルディリアの迷宮の調査を頼みたいのです」
  「父?」
  「ボクの父ですよ」
  「そりゃ分かる。何者だ?」
  「あっ。ごめんなさい。ボクの父はベルウィック。この街の統治者で冒険王と呼ばれた事のある、自慢の父です」