天使で悪魔








仮面の暗殺者






  全てを知った風な顔はするな。
  世界にはまだまだ未知が溢れているのだから。






  ※今回の視点はハーツイズです。
  時間枠は『トラブルメーカー』『白昼の決闘』と同時刻の展開です。






  冒険者の街フロンティア。
  様々な冒険野郎(笑)が集まる有名な街。
  


  「傭兵より楽しい仕事ですわね」
  「確かに」
  早朝から喧騒に包まれる街の通りを歩く私とグレン君。
  ここは冒険者の街フロンティア。
  創設者は冒険王として有名なベルウィック卿。卿、という表現からも分かるように貴族。爵位を持っている。ベルウィック子爵ね。長年の冒険で蓄えた財宝
  を売り払い巨万の富を得た。その一部を元老院に献金、子爵の地位を叙任。残った財産でフロンティアを作り上げた。
  冒険者の為の街。
  もちろん。
  もちろん一般人も暮らしている。基本的に一般人には暮らし易い街だ。
  税金が安いからだ。
  それとは別に冒険者に課せられている税金は高い。
  冒険者の落とす金で成り立つ街。
  耳を澄ませば冒険者達の活気のある声が響いている。

  「よっしゃミノタウロス退治に行くぜっ!」
  「稼ぐわよー。リディアレス王朝の財宝、ゲットするわよーっ!」
  「今日は軽く錬金術に必要な材料を集めるとしよう。軽く稼ごうか」

  などなど。
  冒険はごろごろと転がっている。
  特別高い税金を課せられてるいものの、冒険者がこの街に集う理由はただ1つ。儲かるからですわね。
  ……。
  ……ああ。もちろんロマンもあるのでしょうね。
  冒険心がくすぐられる街。
  それがフロンティア。
  ただ元々私達がこの街に来たのは別に冒険がしたい、というわけではなく路銀がなくなったので稼ぎに来ただけ。スカイリムに傭兵の仕事を探しに行った
  ものの帝国と敵対していた『スカイリム解放戦線』は壊滅していた。つまり傭兵の口はなくなったわけ。
  だから。
  だからこの街に来た。
  他の街……つまり途中の街であるブルーマ、シェイディンハルで仕事を探してもよかったのですけど、仕事の絶対量はフロンティアが多い。
  選り好みするならこの街。
  それに私達の根は傭兵だから出来ない……というか相性の悪い仕事もある。しかしフロンティアならたくさんの仕事があるから、我々のジャンルに合う仕事
  があると思いここまでやって来た。ただそれだけのはず、だった。
  だけど今は?
  「アルディリアの迷宮って学術的に気になりますわ。グレン君は?」
  「腕が磨けて一石二鳥でござる。それに傭兵として人を殺めるより爽快でござるな。次の階層が楽しみでござる」
  「だよね」
  「ではハーツイズ殿、頑張りましょうぞ」
  「ええ」
  頑張る。
  それは……。



  今回、カガミ君と別行動。カガミ君は軍資金稼ぎの為にトロル退治。
  その間に私達は情報収集。
  アルディリアの迷宮に一番詳しいらしい学者にお話を伺いに来たわけ。案内屋のドントン君も迷宮に関してはそうは詳しくないみたいだし。
  ここは1つ、専門家(あくまで自称みたいだけど)に聞くのが一番だ。
  だから来た。
  「なかなかの家ですねぇ」
  「確かに」
  学者は一軒家の持ち主だった。
  最初は誰にも相手にされていなかった学者ではあるものの、アルディリアの迷宮が有名になるにつれて第一人者として有名になった。本も出している
  らしい。一軒屋を持っているという事から推察するに売れているのだろう。
  「それでハーツイズ殿。どう接触するので?」
  「……」
  「ハーツイズ殿」
  「……」
  「……まさか考えていなかったとか?」
  「その通りです」
  「……マジでござるかー」
  そうなのよ。
  接触の仕方がない。
  名が売れる前の貧乏学者時代ならともかく今の学者は売れっ子。ある意味で時の人。フロンティアは現在、空前の迷宮ブーム。
  第一人者がわざわざ訪ねてくる冒険者に相対する?
  いいえ。しない。
  「うーん」
  ならばどうする?
  忍び込むのは得策じゃあない。
  だとしたら紹介状か。しかし紹介状をくれる相手が思い付かない。冒険者ギルドを介すればいいのかも知れないけど冒険者ギルドと懇意ではない。
  ……。
  ……あれ?
  そういえばカガミ君は以前ここにいたとかで冒険者ギルドとも面識があったわね。
  実のところ私達はカガミ君をよく知らない。
  傭兵団結成は実は最近だ。
  「グレン君、カガミ君って……前歴冒険者なのかな?」
  「さあ」
  知らない。
  知らない。
  知らない。
  今まで別に気にしてなかったけど……何か気になる。
  私は死霊術師崩れ。死霊術師の組織からは上司のファルカーに怨霊を勝手に具現化してしまう能力を嫌われて追放された。
  グレン君は元聖堂騎士。
  ミルヴァン卿の妹と恋愛関係になるものの、仕事に没頭するあまり死なせてしまった事を悔いて各地を放浪している。そして私達は出会った。
  それが傭兵集団『旅ガラス』の成り立ちだ。
  その時。
  「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  建物の中から悲鳴。
  私達は顔を見合わせ、扉を蹴破って学者の家に入った。



  調度品は滅茶苦茶になっていた。
  部屋にはたくさんの巻物やら本がある。揉み合ったのだろう、室内はグチャグチャだ。その中に血塗れのインペリアルの爺さんが沈んでいた。
  生気はない。
  死んでいるのか生きているのかは知らないけれども……片足を棺桶に突っ込んでいるのは確かだ。
  強盗?
  ……いいえ。強盗ではない。
  学者を斬った相手の殺意はそこらの強盗が出せるものではない。
  2人は言う。

  「邪魔をするなら排除する」
  「おい。そんな奴ら相手にするな。任務に集中しろ。証拠を始末せねばならん」
  仮面の2人組。
  口元だけ露出した白い仮面で顔を覆っている。不思議な文様が施された仮面だ。
  ……。
  ……おかしい。
  心に引っ掛かる。
  どこかで見た感じのする仮面だ。確かアルケイン大学にいた頃に何かの文献に記載されていたのを読んだ気がする。そしてその組織を知っている。
  確か……。
  「斬っ!」
  グレン君がアカヴィリ刀を手にして踏み込む。
  タッ。
  俊敏なる一撃。
  「こいつ敵対する気かよっ!」
  仮面の男の1人は舌打ちしながら左に飛ぶ。まさか問答無用で斬り込んで来るとは思わなかったのだろう、守勢に回っていた。
  一撃は回避される。
  しかしグレン君はそのまま方向を転じてその人物に肉薄する。
  こいつらは敵?
  それは分からない。分からないけど殺人を犯している以上、まるで非がないわけではない。
  そして……。
  「炎帝・発剄(えんてい・はっけい)っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  もう1人の仮面の男が炎の魔法を放つ。
  私達に対して?
  いいえ。
  天井に放つ。
  炸裂する炎は天井を燃やし、降り注ぐ火の粉は床を燃やしていく。建物を燃やす事が目的なのっ!
  逃げる為の行為?
  もしかしてこの建物を燃やす事がそもそもの目的かもしれない。
  学者も資料も建物も。
  全ての痕跡を残さない為の行動の可能性もある。
  ともかく。
  ともかく炎は部屋を包んでいく。
  「くっ」
  バッ。
  グレン君は大きく飛び退く。
  これ以上ここに留まるのは得策ではない。相手を一刀で斬り伏せれれば問題ないんですけど相手のそれなりの力量だ。強くはないが弱くもない。
  その時。
  「なっ!」
  「邪魔するなら排除する、そう言ったろっ!」
  ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  飛び退いた隙を狙って仮面の男はグレン君を追撃して刃を一閃、軋んだ音を立ててグレン君のアカヴィリ刀の刀身は飛んだ。
  斬り飛ばされたっ!
  トドメの体制に入る仮面の男。
  「グレン君、避けてねっ!」
  「了解でござるっ!」
  「凍える魂っ!」
  冷気の魔法を放つ。グレン君はその場に瞬時に倒れ、その上を冷気の魔法が飛んでいく。
  仮面の男は勝ちを過信して油断した。
  その一瞬の油断が命取り。
  そして……。
  「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  絶叫をあげつつも後退。
  バリィィィィィン。
  後ろを見ずに逃げていった。直撃に耐えたっ!
  言っておきますけど冷気の魔法は私の得意魔法。手を抜いてもいない。あの仮面の男、やるわね。
  残った仮面の男は1人だけ。
  腕組みしたままだ。
  「それで君達は何者?」
  「忠告しておく」
  「忠告?」
  「アルディリアの迷宮には関わるな。お前達はあの迷宮の意味をまるで知らない。……忠告を無視するようであれば、今度は抹殺する」
  「忠告感謝」
  「忠告はしたぞ。いいな、悪夢には関わるな」
  「悪夢?」
  そのまま。
  そのまま仮面の男は窓から逃げた。追撃は……しない。今は追うよりも脱出だ。
  「グレン君、撤収しましょう」
  「彼は死んでいますな」
  「……でしょうね」
  傷は致命傷だ。
  まだ息はあるのかもしれないけど……この状況だ、助けるのは不可能。一緒に炎に包まれるつもりはない。その辺は傭兵であり死霊術師だから感性は
  醒めている。この場は脱出が前提であり目的であり絶対だ。
  ごぅっ。
  炎は部屋を包む。
  数分で完全に焼け落ちるだろう。私の冷気の魔法では既に手遅れ、鎮火は出来ない。
  「学者殿に神の御手の救済を」
  「グレン君、撤退しますわよ」
  そして……。



  燃え盛る学者の家。
  結局。
  結局何も分からなかった。
  アルディリアの迷宮の事を一番詳しく知っていた人物(迷宮が冒険の主流になる以前から詳細を知っていた)は死んでしまった。もしかしたら仮面の2人に
  斬られた際にはまだ生きていたのかもしれないけれども既に死んでるのは確かだ。
  炎に巻かれて死亡は確実。
  「……」
  「……」
  私達は炎を前に、燃える建物を前に呆然と立っていた。
  冒険者や市民が消火作業をしているもののまるで消える様子はない。油の類があらかじめ撒かれていたのだろうか?
  業火が建物を舐める。
  もちろん消火している者達もこの建物に住んでいた人物が生きているとは思っていない。必至に消火しているのはこれ以上延焼が広がらないようにする為
  の行為だ。この街の建物は基本木材で構成されているから当然ね。
  必至の消火作業の結果なのか。
  次第に鎮火しつつある。
  ……。
  ……ああ。私も冷気の魔法を叩き込めばよかったですわね。少々気が動転していた。
  思い出したからだ。
  あの仮面の文様を思い出した。
  あれは伝説の組織が使用していた仮面。実際には伝説……と言うよりは影の組織か。時代の闇と影の中に存在していた組織。
  詳細は不明。
  ただこれだけは言える。
  あの2人は『狩神(かがみ)』に所属しているのは確かだ。
  「あれ?」
  「どうしたでござるか、ハーツイズ殿?」
  「狩神、カガミ」
  「……?」
  「偶然、よね」
  「何がでござるか?」
  奇妙な符号が休息に気になり始めていた。
  学術的志向が私にはある。
  死霊術問題で追放されたとはいえ元々はアルケイン大学出身だから知識に対しての好奇心は強い方だ。学問や知識は親しい友人。
  調べたい。
  謎の集団『狩神』がどんなものなのか。あの2人はただの騙りなのか、本物なのか、私の記憶の誤りなのか?
  いずれにしても調べたい。この街には有名な図書施設がある。アルケインの神秘の書庫に比べるとランクは下がるだろうけど調べれる施設があるのは
  ありがたい事ですわね。
  「ハーツイズ殿?」
  「グレン君、カガミ君達にこの事を伝えてきて」
  「貴殿は?」
  「私は……」
  「失礼」
  その時、背後から声を掛けられる。
  消火作業の喧騒の中でもよく通る声を発したのは老紳士。いや執事か。『ザ・セバスチャンっ!』という代名詞が似合う感じの老紳士だ。
  声は私達に向けられている。
  誰だろう?
  「お初にお目に掛かります。ハーツイズさんとグレンさんでいらっしゃいますか?」
  私とグレン君は顔を見合わせる。
  執事に知り合いはいない。
  ……。
  ……まさかカガミ君、変な問題起こしてるんじゃないでしょうねー?
  彼はトラブルメーカーだから。
  やれやれ。
  「ハーツイズさんとグレンさんですね?」
  「ええ」
  「自分はベルウィック卿に仕えている者です。恐れながらご同道を願います。ベルウィック卿が貴女達にご依頼があるそうなので」
  「依頼?」
  仕事か。
  冒険王からの依頼って何だろう?
  私とグレン君は頷き合う。現状と状況が分からないけどこの街の創設者のお招きとあれば無視は出来ない。
  「分かりましたわ。参りましょうか」

















  「例の奴を抹殺しました」
  「ご苦労」
  「あの、私見ですけどいっその事……」
  「んー?」
  「いっその事、この街を破壊してしまった方が楽なのでは……」
  「まだその時ではない。次の命令を待て」
  「はい」