天使で悪魔








休息






  戦士達は休息する。
  明日、誰かを殺す為に。






  第一階層『廃墟』突破。
  これで晴れて次の階層に進めるわけだ。
  ただ突如第三階層から現れた『ラフィールの黒犬』達(上がって来たのは一体ではなく複数だった模様)によって冒険者の大半が戦死した。
  この結果は必然?
  この結果は偶然?
  もしも必然だとしたら『何者』かによる意思が関与しているのか?
  アルディリアの迷宮には謎しかない。



  『わっはっはっはっはっはっ!』
  大笑い。
  いやいや馬鹿笑い。
  アルディリアの迷宮の第一階層『廃墟』を踏破。さすがは俺達だぜ。傭兵集団『旅ガラス』、まさに無敵っ!
  第一階層の突破?
  はっはっはっ。
  俺達に掛かれば簡単この上ない。冒険者の真似事なんかした事なかったが迷宮攻略がこんなに簡単とはな。傭兵に比べてリスクも少ないし転職
  するか。それはそれでいいかもしれないな。
  ここは冒険者の街フロンティア。
  俺達は迷宮から引き上げて来た。そして現在は黒熊亭で酒宴の真っ最中。
  黒熊亭のオーナーは白熊という異名を持つノルドのおっさん。
  白熊なのに黒熊亭と何故名付けたのか。それは誰も知らない。冒険者の街フロンティアの七不思議の1つだそうだ。
  「うまいなぁ。この酒っ!」
  愉快愉快。
  俺達は一階の酒場で酒宴。
  「兄貴。まま、一杯どうぞ」
  「悪いなドントン」
  「兄貴の戦いぶりに惚れ込みました。ここは是非奢らせてください」
  「悪いな」
  「いえ。兄貴の為ならば」
  「はっはっはっ」
  愉快愉快。
  ラフィールの黒犬との戦いから俺に従順になったドントン。どうやらツンデレ属性だったようだ。……いや、俺に男色の趣味はないがなっ!
  ぐびぐび。
  ぷっはぁーっ!
  エール酒を飲み干す。
  戦いの後の酒は実にうまい。しかも奢りだから実にうまいっ!
  グレンはチビチビと酒を飲み、イズは主に料理メインだ。……何気にイズの前にフォークをぶっ刺した鶏肉が置かれているのだが……あれはまさか怨霊用
  の供物か何かのつもりなのだろうか?
  こいつ怖いもんなぁ。
  今回はイズお気に入りの怨霊は使役されなかったものの物騒な能力者だ。
  ある意味で敵味方に脅威を振り撒く女だしな。
  おおぅ。
  「ドントン殿」
  「ん?」
  ジョッキ片手に声を掛けたのはグレン。へぇ、珍しい。無口な男が率先して発言している。
  明日は雨か?
  「片翼の天使、何故片翼なのでござろうな?」
  「……?」
  「フェザリアンを連想しましたが、黒騎士の背には翼はない。つまり片翼すらないでござる。にも拘らず片翼。何故でござろう?」
  「語呂がよかっただけじゃないか?」
  「それだけでござるか?」
  「俺は何とも言えない」
  ふぅん。
  ドントン、俺には丁寧に話すが他のメンツにはつっけんどんだな。……こいつ本気でツンデレだな。俺にだけデレ状態か。
  それにしてもフェザリアンか。
  何代か前の皇帝の殲滅政策で根絶やしにされた連中だ。
  空を飛べる=城壁が無意味。
  その方程式故に皇帝が恐れて全滅させた。フェザリアンは帝国の目から逃れる為に自らの翼を切り落した、という逸話もある。翼さえなければインペリアル
  とそう変わらんからな。
  ……。
  ……ああ。いや。
  インペリアルより美しいか。
  ともかく種としての保存の為に自ら翼を切り落した連中がまだ残っているらしい。
  俺は見た事ないがな。
  「お前ら片翼の天使の話題はやめてくれ。ムカつくんだよ、連中」
  特にザックとかいう奴がな。
  最強だとー?
  どーせ迷宮探索は『最強』なんだろうさ。実戦経験を体験している俺達の方がよっぽど強いぜ。

  「ん?」
  酒場の中で一際賑やかな連中がいる。そいつらの騒いでいる声が耳障りで仕方ない。今まで気にならなかったが一度になると神経質になる。
  耳障り。
  三つ隣のテーブルの面々だ。

  「さあ、どんどんやってくれ。ここはワシの奢りだ。明日も頼むぞ、ラドック君」
  「ご安心を旦那様。……よし、皆、旦那様に乾杯だっ!」
  『おうっ!』

  俺の気分を知ったのだろう。
  ドントンが説明する。

  「あいつらは帝都から来た金持ちとその取り巻きですよ。自称『探検家』らしいですけどね。アルディリアの迷宮の探索に来たわけです」
  「ふぅん」
  俺は酒を飲みながら横目で見る。
  金の掛かった服装をした中年のでっぷり男が鍛え抜かれた体躯の面々と楽しそうに酒を酌み交わしていた。
  なるほど。
  金に物を言わせて傭兵を雇ってるわけか。
  ……。
  ……まあ、あの取り巻きが傭兵なのか冒険者なのかは知らん。
  ただ、いずれにしても金で雇われているのは確かだ。
  だとするとあの中年でっぷりインペリアルは何を望んでここに来たか……んー、考えるまでもないか。金をたくさん持つ奴が次に望むのは名声。冒険者
  の街フロンティアに突如として現れた(というか発見された)アルディリアの迷宮を一番早く踏破する。
  その為だけにここに来たのだ。
  ちっ。
  ただの金持ちの道楽かよ。
  「ドントン」
  「なんですか?」
  「あいつらどこまで行ってんだ?」
  「現在は二階層止まりですね。というかほとんどの挑戦者はまだ二階層止まり。三階層は難易度高いようなので」
  「ふぅん」
  全七階層のアルディリアの迷宮。
  現在は『片翼の天使』の行動により三階層まで開放されている。三階層のガーディアンは今だ健在。つまり金貨20000枚のチャンスはまだあるわけだ。
  イズが鶏肉の唐揚げをつまみながら何気ない口調で聞いた。
  「ドントン君。ガーディアンの死体を買い取る連中って何者ですの? 確か冒険者ギルドでは『財団』としか聞いてないですけど」
  「自分も気になってましたな。何者でござるか?」
  財団、ね。
  そいつらが金貨20000枚でガーディアンの死骸を買い取ってる。
  ガーディアンはアルディリアの迷宮内で唯一肉体を持つモンスター(ラフィールの黒犬は死ぬ寸前に自らの肉体を焼却するので残らない)らしい。迷宮内
  に巣食うアルディリアモンスターとは異なる系統のようだ。
  そもそもだ。
  あの迷宮がなんなのかすら不明。
  ガーディアンが各階層に配置されている理由も不明。
  死ねば霧となって消え、一定時間で再び出現するアルディリアモンスターも不明なら、ラフィールの黒犬も不明。
  最下層に何がある事すらも分かってない。
  つまり全てが謎なのだ。
  謎は多過ぎると頭が痛くなる。だからある程度、分かる事は判明させて置きたい。
  それが些細な事であってもだ。
  「ドントン、財団って何だ?」
  「帝都から来た連中です。名称不明なんですけど……いつの間にか皆『財団』と呼んでますね」
  「……」
  「死骸を買い取るのは珍しいからじゃないですかね。ガーディアンもシロディールにいるモンスターとはまったく別の系統ですから」
  「それに迷宮の階層に一匹ずつしかいないからか?」
  「ええ。そうです。そういう意味合いなんでしょう。希少価値はありますしね」
  「うーん」
  理屈は合ってる。合い過ぎてる。
  それだけに落ち着かない。
  金貨20000枚の価値があるのかは知らんが……その活用方法は何なのだろう?
  少し気になる。
  少しだけな。
  「うーん」
  「うっわカガミここで気張るの? トイレでしろよトイレで」
  「殺すぞてめぇっ!」
  サラだ。
  相変わらずサラが俺に絡む。
  ……。
  ……嫌がらせか?
  こいつと真面目な話をした事が一度もない。まるでない。皆無、ゼロ、ナッシング。
  まあ別にいいけどな。
  今更こいつが性格改めたら逆に気持ち悪い。……もちろん今の関係が『心地良いぜー☆』というわけではないのは断言しておこう。
  おおぅ。
  「ねーねードントン。迷宮内って結局何があるの?」
  「それは……」
  分かるわけないだろうが。
  まだ最下層に到達した者は誰もいないのだから。
  ドントンは言葉に詰まる。
  「それは……その……まあ、学者に聞けば分かるかもしれませんね」
  「学者?」
  俺は聞き返す。
  「ええ。学者です」
  「何者だ?」
  「さあ。ただアルディリアの迷宮が七階層とかラフィールの黒犬とか色々な説明をする人物です。『片翼の天使』が迷宮探索に乗り出す前は冒険者達は
  学者を笑ったんですけど、今では誰も笑いません。彼の定説が正しかったからです」
  「どこで手に入れたのかしらね、その情報は」
  「ハーツイズさん、それは俺にも分かりません」
  「興味深いですわ」
  確かに。
  古い文献か何かで知ったのだろうか?
  一度話を聞くのも手だな。
  俺達は冒険者ではないので遺跡探索は得意ではない。イズはアルケイン大学の魔術師だった経歴もあり古代の文献にも精通しているが純粋な意味で
  は遺跡探索のスキルはない。イズはどちらかというと研究室で実験するタイプだからだ。
  よし。
  まずは情報収集だな。
  「明日イズとグレンはその学者に話を聞きに行ってくれ」
  「了解ですわ」
  「承知」
  俺達はチームだ。
  ならば分担して行動するのが得策。
  「カガミはどーすんの?」
  「俺か?」
  「うん。……うっわまさかイズとグレンを働かしている間にドントンと逢瀬っすか? ……こいつ駄目だ腐ってる」
  「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「うるせー☆」
  「……」
  さすがだなサラっ!
  その弄り、まさに神の領域っ!
  おおぅ。
  呪われしドライバーのドライは必要以外の時は喋りたがらないのか、それとも内容があまりにも馬鹿馬鹿しいから無視なのかは知らんが沈黙。
  ……。
  ……何気に後者の方の気がするのは俺だけだろうか?
  俺だけじゃないよなー。
  ドントンも気まずそうに俺から目を逸らした。ああ、同情してくれているわけか。
  やれやれ。
  弟分に同情されるようじゃ、俺もまだまだだな。
  さて。
  「カガミ君は何するつもり?」
  「軍資金稼ぐ」
  「うっわカガミとうとう犯罪っ! ……女性襲って金目の物と『別の物☆』を頂いちゃうわけだね? くっはぁー☆ あたしは二番目でいいのでやらせてね?」
  「……」
  「うっわ否定しないのっ! 軽いジョークのつもりなのに図星だったのか。相変わらずエロ部長な性格ですなー☆」
  「……」
  誰かこいつ何とかして。
  誰かー。
  「こほん」
  とりあえず咳払い。
  こんな事で今失った威厳が戻るわけではないのだが、しないよりはマシだろう。多分な。
  「俺達の資金は少ない。明日は何か仕事をして軍資金を稼ぐとするぜ」
  「兄貴、俺は案内屋の仕事が……」
  「ああ。分かってるよ。サンキュな、今日は」
  ともかく。
  ともかく今日は飲み明かすとしよう。
  何はともあれ一階層無事突破の日だ。飲んで浮かれて祝うとしよう。
  明日への鋭気の為に。
  俺達が迷宮に潜るのはガーディアンに懸けられた金貨20000枚目当て。あくまで金目当てだ。迷宮の謎も意味も知った事ではない。
  儲かればそれでいい。
  それだけさ。
  俺達傭兵に思想も意思も必要ない。
  金次第でどうにでも転ぶ、戦争の犬に過ぎない。
  金。
  金。
  金。
  全ては金だ。
  浅ましいのかも知れんが俺達は戦う事で金を稼いで来た。需要があるから傭兵は存在する。つまりこれは社会の問題だ。
  ……。
  ……まあいいさ。
  ともかく俺達の最大の目的は金だ。
  世界を救う勇者になるつもりはない。迷宮探索による名声と栄光も必要ない。
  さて。
  「乾杯っ!」
  『乾杯っ!』
  今日は休息だ。

















  「ソロモンよっ! 私は帰ってきたっ!」
  「……シャルルさん、ここはソロモンじゃなくてフロンティアですぜ?」
  「ガンダムネタは童心に戻る良いものですよ? まったく、サクリファイスさんの後釜がこんな世間知らずとは。世も末ですねー」
  「そ、そこまで言いますか。てかサクリファイスさんは俺よりも朴念仁でしたぜ?」
  「まあいいでしょう。愛染さん、そろそろアルディリアの迷宮に行ってみましょうかねぇ。迷宮の調査は若のご命令ですしね」
  「ですな」
  「迷宮はいいねぇ。迷宮は心を満たしてくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ。そう思わないか? 碇シンジ君」
  「……シャルルさん。キャラ性デタラメですぜ?」

  黒の派閥、介入。