私は天使なんかじゃない







穴蔵の蛇の親玉





  エンクレイブは去っていった。
  戦争の終わり。

  だがそれは悪の終わりではなかった。





  エンクレイブの戦いから半年後。
  キャピタル・ウェイストランド南西部、上空。深夜。
  「こちらベルチバード012。キャピタル・ウェイストランド南西部ポイント312上空を飛行中。聞こえますか、ジェファーソン記念館」
  1機のベルチバードか交信している。
  交信場所はジェファーソン記念館。
  要塞を核で失ったBOSが現在本拠地としている場所だ。
  アメリカ宣言をしたので本来なら収容数的な意味合いもあり議事堂を本拠地としたいものの瓦礫の山が多く、また別の問題も山積しているので手付かずのままだ。
  「聞こえますか」

  <聞こえている、何かあったか?>

  「現在本機は重傷者を搬送中。戦闘員及び対地攻撃力が皆無。眼下にメガトン共同体への未登録の集落がある。その集落が悪鬼軍に襲われている模様。見る限りでは、現在抵抗が続いている」
  悪鬼軍。
  それはフェラルグールの軍団。
  キャピタル全域を荒らし回る勢力で、山積した問題の一つ。
  このベルチバードも別の地域の救済の為に出向き、現在は重傷者を治療できる場所に搬送中。
  神出鬼没な悪鬼軍に対しての対応は普段から集落を武装化しておくこと。
  可能な限りの人員が回されている。
  だがキャピタル復興に伴い今まで地下や廃墟に籠っていた者たちも安定を求めて既存の集落に流入、または荒野に新たな集落を作っている。新たに集落を作る分のは問題ないし、別にメガトン
  共同体に即さなければならない理由はないものの、現在のこの状況下では悪鬼軍のいい的であり、救援するにも間に合わずに全滅してしまうことが多い。
  だからBOSや共同体はGNRで加盟を求めている。

  <集落の規模は?>

  「確認している限りではテントが3つ、廃材で作られたような家が3棟、住居かは分からないが廃車が幾つか重なっているように見える」
  時折火花が見える。
  住民が抵抗しているのだろう。
  「増援を送れないだろうか?」

  <付近に活動中に友軍はいない。共同体も、その辺りには展開していないな。少し待て、その付近で活動している傭兵団がいるかもしれない>

  「分かった。出来るだけ早く頼む、何とか抵抗しているようだしな」
  ベルチバードにBOSは3人。
  1人はパイロット、階級はナイトで戦闘員だが彼が戦えばベルチバードが飛ばない。
  残りは軍医たち。
  戦える状態ではない。

  <待たせたな。付近で3人ほど見つけた、そちらの救援に回した>

  「3人? 3人だって? まさか赤毛の冒険者か? 大統領ならともかく、彼女以外だと3人ぼっちじゃ対処できないだろ」
  軽い失望が込められていた。
  ミスティは今はメガトンで休暇中で、さすがに南西部に偶然いるとは考えにくい。
  だが無線の向こうは確信に満ちていた。

  <心配するな。穴蔵の蛇の親玉だぞ、あいつのギャング団なら大丈夫だ。そっちは帰投しろ、重傷者がいるんだろ。そちらのポイントには人手を回しておく>

  「トンネルスネークか、なら安心だな。事後処理は任せる。本機はこれより帰投する」
  集落の上空を旋回していたベルチバードがその空域から離脱する。
  トンネルスネーク。
  それはワルのギャング団。





  数分後。
  「ヒャッハーっ!」

  ドゴォン。

  俺様の運転するジープで暗闇をちょろちょろ動き回るフェラルを跳ね飛ばす。
  ヘッドランプが夜の闇を削る。
  それに反応したのか、フェラルたちが殺到してきた。
  助手席に乗るレッド・スコルピオン改めティティスがメタルブラスターを放ち、後部座席のベンジーが軽機関砲でフェラルたちを薙ぎ倒す。
  大した数はいないな。
  俺らだけで充分に蹴散らせそうだ。

  ドゴォン。

  さらに跳ねる。
  残りの数にしたら30やそこらか。
  「ボス、止めて。住民の安否も確かめないと。建物に入り込んでいる場合もある」
  「よっしゃ」
  ティティスの言うとおりだ。
  車を止める。

  ガッ。

  車体に取りすがる亡者。
  「俺様の車に触るんじゃねーよ」
  9oを至近距離で頭に叩き込む。
  フェラルは脆い。
  反撃する術さえあれば、こちらの数が3人だろうとも、どれだけ敵が群れていても怖くはない。
  「ベンジー、頼むぜ」
  「あいよ、ボス」

  ドドドドドドドドドドドドドドドドドド。

  軽機関砲が唸りを上げる。
  亡者どもに戦略などない。
  視認した獲物に対してただ突っ込んでくるだけだ。
  「ティティス、建物の方を任すぜ」
  「分かった」
  「俺様は光る奴を捜す」
  3手に分かれる。
  ベンジーは問題ない、あの程度の数だし、問題ない。すぐに片が付くだろう。
  ただ生き残りに関しては、どうだろうな。
  最初にここに行くようにBOSに言われた際には抵抗していると言っていたが、俺様たちが着いた時には銃声なんと聞こえていなかった。
  最近こういう事件が多い。
  くそ。
  エンクレイブがいなくなっても、フェラルを悪鬼軍とかいう組織に編成している奴がいる。
  面倒なことだぜ。
  俺様は2丁の9oピストルを手に、PIPBOYのガイガーカウンターを頼りに集落を探索する。
  光る奴がいるはずだ。
  どういう原理かは知らないが、悪鬼軍の中には必ず引率している光るフェラルがいる。優等生は光りし者とか呼んでたな、そいつがいる。そいつは放射能を体から放出してるからPIPBOYに反応する。
  そしてフェラルは放射能に惹かれて移動する、らしい。
  ただの移動なら問題はない。
  だがどっかのアホ科学者が光りし者を使ってフェラルで各地を襲わせているようだ。
  面倒なことだぜ。

  ピピピピ。

  反応したっ!
  それと同時に物陰から光る奴が飛び出してくる。
  俺様はブッチ。
  トンネルスネークのボス、すげぇ奴だ。
  だからって……。
  「俺様にハグを求めて来るんじゃねーよ、キメーんだよっ! ピカピカ光ってクリスマスツリーか、お前はっ!」
  ハチの巣。
  ふん。
  この程度のことは俺様だって出来るんだ、何も優等生の専売特許じゃねーよ。

  ドサ。

  光りし者は動かない。
  「ああ、そうだった」
  数歩下がる。
  直後にボンと音を立てて頭が吹き飛んだ。
  どういう原理かは知らん。
  だが前に優等生に聞いたら、レッドレーサー工場で開発された技術だとか言ってたな。頭に起爆性のあるチップを埋め込んで操っているらしい。
  起爆する理由?
  確か、ああ、機密の保持とか何とか。
  ボルトテック残党が絡んでいるとも言ってたな、それを顎で使ってたのがエンクレイブらしい。
  まだエンクレイブの続きか?
  現在エンクレイブ全軍を従えているのがクリスっていう優等生の友達らしいから、これはオータムって野郎の手下の生き残りの線があるのかもな。
  それかボルトテックの残党絡みか。
  やれやれ。

  ガサ。

  音がしたので同時に振り替える。
  銃を向けて。
  「ボス、俺に銃を向けるなよ」
  「おお、わりぃな」
  ホルスターに戻した。
  「ベンジー、終わったのか?」
  「ああ」
  「さすがたぜ」
  「ありがとよ。レディ・スコルピオンの方も終わったらしい」
  ベンジーはティティスを相変わらずレディ・スコルピオンと呼んでいる。
  まあ、別に呼び方なんかどうでもいいだろうがな。
  「終わった、らしい?」
  「ああ。今は家の中で治療中だ。生き残りが2人いた。1人は医療従事者の経験があるらしい、そいつは怪我してないんだが、その女の弟がやばいらしい。兄は、俺らが来る少し前に死んだようだ」
  「……そうか」
  「別にボスの所為じゃねえだろ。ミスティの言葉じゃないが、別に万能ってわけじゃない。時間的にどうしようもなかった」
  「ああ、分かってるさ。俺が考えているのは別のことだ」
  「別のこと?」
  「ふざけた奴をぶっ飛ばさなきゃな。ワルの俺としては、悪はぶっ潰さなきゃな」
  「それでこそボスだぜ」
  空は暗い。
  まだ夜のままだ。
  そう。
  まだキャピタルには夜が続いている。
  「ボス、終わったよ」
  「ティティス」
  建物から出てくる。
  「どうだった?」
  「一命はとりとめたよ。それで、BOSがこっちに来てるんだろ?」
  「ああ、最初の話では、そうだったな」
  「引き継ぎしたらあたしらはどうするの?」
  「帰るさ、メガトンに。しかし腹減ったな、帰りに少し迂回してテンペニータワーに寄っていかないか? なあ、ベンジーも行きたいだろ?」
  かつてはテンペニーって奴が支配していた高級マンション。
  もっとも俺は見たことないし、優等生もテンペニーなんて知らないらしい。ともかくそいつはもういない、エンクレイブに殺されたそうだ。
  持ち主は転々とし、現在はメトロの拠点。
  「飯食ってこうぜ」
  ベンジーは少し顔をしかめた。
  「悪いがハニーが待ってるんだ、遠回りせずにストレートにメガトンに帰ろうぜ、ボス。ゴブの店の方が美味いだろ?」
  「気持ちは分かるぞベンジー、だが今腹減ってんだ、俺は」
  「やれやれ。間を取ってレーション食べながら帰ればいいんじゃない? BOSに言えばくれるでしょ、多分 。大体ボスは今借金塗れでしょ、外食してる余裕あるの? ないでしょ」
  「ぐっ、それは言わないでくれ」
  「大体」
  ティティスは軽くこっちを睨みながら話を続ける。
  何故睨む?
  「大体ボス、マキシーとかいう顔も晒さない女に会いたいだけなんじゃないの?」
  「言っている意味が分からんが……というかお前だって顔隠して……」
  元エンクレイブのティティス。
  顔を隠していたのはNCRの放った賞金稼ぎレッドフォックスをかわす為。
  復讐は終わった。
  なのに。
  「どうしてまだ顔隠すんだ?」
  「癖よ」
  「ふぅん、せっかく綺麗な顔してるのにな」
  「……なあ、ボス。お前かなり天然ジゴロだな」
  「はあ?」
  意味分かんねぇ。
  まあいい。
  「BOSに飯貰って帰るか」
  「それがいいぜ、ボス」
  「異議なし」
  帰るか。
  メガトンに。





  エンクレイブ撤退から半年後。
  世界は依然として悪が満ちていた。
  
  悪鬼軍。
  誰かがそう呼んだフェラルグールの軍団は神出鬼没でキャピタル・ウェイストランド全域に出没、その神出鬼没な動きに翻弄されていた。
  各街々は対応が出来ている。
  街道にも警備兵。
  BOS、レギュレーターも出せる戦力を悪鬼軍に対しての備えとしている。
  そう。
  各街々は。

  だがメガトン共同体に属していない……正確には、その存在が知られていない集落に対しては当然ながら対応が出来ていない。
  今回ベルチバードが発見した集落は奇跡だった。
  普通はそのまま貪られるからだ。

  容疑者の名は挙がっている。
  ボルト32出身のグール研究を専門としていたイザベラという女性科学者。少し前まではストレンジャーと手を組み、大統領専用メトロでフェラルをけし掛けた張本人。
  激戦のどさくさで姿を消した彼女は、半年後悪鬼軍をキャピタル中に解き放った。
  エンクレイブは去った。
  だが悪は蠢いている。
  人狩り師団の残党、キャピタル以外の勢力も入り込みつつある。
  行き場のないオータム派エンクレイブ残党の存在もある。

  だがこの時、その背後にいる真の巨悪にはまだ誰も気付いていなかった。