私は天使なんかじゃない








赤毛の冒険者の殺し方





  強さには限界がない。
  戦いの勝敗にも法則はない。

  どんなに強い相手でも、必ず殺し方はあるものだ。






  ソドムの大通り。
  中座したグリン・フィスからの情報で私たちはヴァン・グラフ・ファミリーの経営するクラブ目指して移動中。
  この街は夜がメイン。
  昼はジャングルに入って稼ぎ、夜はその稼ぎを湯水のように使うのが一般的だ。夜の密林はスワンプフォークと呼ばれる原住民や野生動物が徘徊して危険な為、
  どんな命知らずなスカベンジャーでも分け入られないものらしい。なので通りは人でごった返している。
  共通しているのは薄着の男女。
  夜は財布の紐も開放的で、さらには性にも開放的らしい。
  ……。
  ……ソドムの街、ね。
  旧約聖書だかだっけ?
  性に乱れまくったが為に神様に滅ぼされた街。その名を冠するここの街は、そのものずばり性に乱れてます。
  薄着の女性たちが財布がたんまり膨らんだ男どもに声を掛けてる。
  もっとも誰も私達には声を掛けない。
  まあ、私は女だし、アンクル・レオはスーパーミュータントだし、声は掛けないか、普通。ただ結構なイケメンなグリン・フィス君にも誰も声は掛けない。
  何故?
  物々しいからです。
  市長のバルトにアサルトライフルとミニガン預けてるから完全武装ってわけじゃあないけど、私はライリーレンジャー製の強化型コンバットアーマー、44マグナムが二丁。
  アンクル・レオは素手、グリン・フィスはいつものショックソードと45オートピストル。
  そして纏っているのは闘志。
  ヴァン・グラフ・ファミリーのクラブに殴り込む気満々です。
  「主」
  「何?」
  「今夜はクラブで裸で語り合いましょう。裸が入店ルールなら仕方ありません。ルールに従うまでです。それが大人の夜の楽しみ方かと」
  「死ね」
  「なあ、フィス、お前血の匂いがするぞ」
  「自分は闇の一党ダークブラザーフッドの暗殺者。称号は与えし者。血の匂いは、自分の体臭」
  「いや、真新しい血の……」
  「気のせいだよ、アンクル・レオ殿」
  どっから私に差し向けられた殺し屋の依頼人の情報を持ってきたかは知らないけど、かなり強引にやったようだ。
  やった、殺ったになるのかなぁ。
  誰をと言われれば、たぶん、ヴァン・グラフ・ファミリーの構成員から情報引き出したんだろう。
  うーん。
  問題がある行動のような。
  関係はないですけど、相変わらずグリン・フィス君の前歴の話は意味が分かりません。
  おおぅ。
  「ここ、か」
  到着。
  この街は全て平屋。ヴァン・グラフ・ファミリーの経営するクラブもまた一階建て。ただし奥行、幅はさすがにでかい。元々劇場かなんかだったのかな?
  ただしピンクのネオンが頂けない。
  でかでかと女の裸の看板掲げるのもどうかと思われ。
  クラブ、ね。
  何となく洗練された……というか、もっと大人チックな店かと思えば、いかがわしい場末の店に過ぎない。
  戦う気満々の私たちが店の前に立つと、店に入ろうとしていた客の面々はばぁっと散った。
  目の前には客の整理をしていたチンピラ。
  こいつもヴァン・グラフ・ファミリー御用達の黒いコンバットアーマー。法律を守る気はあるらしく、武器は腰にある32口径ピストル。豆鉄砲ですね。
  「何か用か、女?」
  「オーナーに取り次いで」
  「ボスに?」
  「赤毛の冒険者が用があるってね」
  「赤毛……お前がミスティっ!」
  「うん」
  「グラーフさんたちを殺りやがってっ! ふざけるな、ここで殺してやるっ!」
  「誰それ?」
  思い当たることはまるでない。
  グラーフさんたち、と複数形で言ってるからこの間アンクル・レオが殴り飛ばした奴が後遺症でぽっくり逝ったから責任とれや、でもなさそうだ。その場合は単数形だし。
  「主の言葉が聞こえなかったのか。取り次げ」
  はい。
  決定です。
  こいつが多分やりました、犯人はグリン・フィス君です。この野郎、情報得るために何やってんだ。
  まあ、責めはしないけど。
  お互いに引いたとはいえ最初の遭遇の時点で向こうはこっちを殺す気だった。というか殺人を想定して突っかかってきた。海岸では撃ってきたし。
  私らだけ聖人君子であるべきとされても困る。
  さてさて。
  「いいわ。勝手に入るから」
  「何言って……はぐぁっ!」
  平和主義だけどかなり手の早いアンクル・レオがチンピラを手刀叩き込んで気絶させました。
  ……。
  ……たぶん、気絶。
  スパミュの手刀だから下手したらバラモンの首も簡単に折れます(汗)
  まあ、グリン・フィスが<平和的>に眠らせるよりは害はないだろ。
  チンピラが崩れ落ちるとギャラリーたちは口々に何かを言っている。ビビってたり、好奇心全開だったり、暴力を非難したり。

  「ありゃミスティじゃん。何やってんの?」

  「シー」
  ギャラリーの中に見知った、青い髪の女の子。
  トレジャーハンターのシーリーン。
  「この店に入るの? えちぃ店だよ?」
  「知ってる」
  「うっわマジで淫乱の血を引いているんだミスティは。うんうん、わざわざピットに肉奴隷になりにくるぐらいだしねぇ」
  「……」
  何言ってんだこいつ。
  何言ってんだこいつーっ!
  がるるーっ!
  「そっかぁ。ミスティはヴァン・グラフに殴り込みかけるのかぁ。……ふぅん。ばいびー☆」
  「はっ?」
  手を振ってあっさりと姿を消すシー。
  何か企んでる?
  かもね。
  掴みどころがないから分かりづらい性格だ。
  「主」
  「何?」
  「肉奴……」
  「死ね」
  「フィス、あんまりミスティの心労増やすなよ」
  紳士的なのはアンクル・レオだけです。
  おおぅ。



  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!っと扉を蹴破ってお店に突入。
  視界に入るのはピンク。ピンク。ピンクの照明。
  あー、いる連中もピンクですね。
  ……。
  ……なぁーにがセキュリティの関係でパン一で飲む店だ、市長め騙しやがったなーっ!
  それとねあれか?オブラートに包んだ的な?
  まあ、私が実際に行かないと踏んでたから言葉を濁した敵な感じなのだろう。
  すいません下世話な言葉であれなんですけどこのお店の趣旨は乱交パーティーなご様子。
  何というか、プレイされております。
  店内はかなり広い。
  舞台もある。
  たぶん戦前は劇場かなんかだったんだろう。戦前、そう、戦前です。さすがに新築には見えないし元からあった建物を利用しているって感じかな。
  客は30人はいる。
  ヴァン・グラフのチンピラもセキュリティとしている。何人ぐらいかな、目に入ったのは8人。そのうちの1人が叫ぶ。
  「何だてめぇらはっ!」
  「パーティー荒らしよ」
  宣言と同時に天井に向かって44マグナムを1発撃つ。
  客たちは慌てふためいて全裸で出口に殺到。つまり私たちが立っている場所だ。慌てて脇に避ける。
  数分で喧騒は収まった。
  まあ、店の中はね。
  外では新たな喧騒が生まれてる。そりゃそうか。全裸の集団が出現したわけだし。それに、この店の中にも新たな喧騒が今すぐにでも生まれるわけだけど。
  だけど一応は話し合いだ。
  チンピラは増えてる。
  11人。
  「オーナー呼んで。赤毛が話があるって」
  「ざけるなっ!」
  一斉にホルスターから銃を抜き放つ面々。律儀に法律を守ってる模様。
  遅いわぁーっ!

  どくん。
  どくん。
  どくん。

  心臓の脈打つ音をスローに聞く。
  時間はゆっくりと進む。
  私の能力発動っ!
  44マグナムの照準をチンピラたちの銃に合わせて、引き金を引く、合わせる、引く、合わせる、引く……を繰り返す。
  そして時は動き出す。
  次の瞬間、連中の持っていた銃は全て吹っ飛ぶ。
  何人か銃が暴発して手に怪我を負ってその場にうずくまる。立っているのは、呆然と成す術もなく立っているのは9人。
  「オーナー呼んで」
  『……』
  沈黙。
  分からんでもないです。
  相手さんから見たらいきなり殴りこんできて、いきなり人外の力を見せつけられてるわけですから。

  「な、何だ、このありさまはっ!」

  騒ぎを聞きつけたのか、まあ、聞きつけるわよね、盛大に暴れたから。
  難聴じゃない限り知らんぷりは難しい。
  Mr.オーナーと愛人のご登場。
  「赤毛、貴様何しにっ!」

  「ハイ。良い夜を過ごしてる?」
  可愛くウインク。
  相手は心底嫌そうな顔をした。
  どうやら最悪な夜らしい。
  勿体ない。
  人生をエンジョイしないのは、人生の無駄遣いだ。
  Mr.オーナーが従がえているのはミス・グラマラス?とかいう奴だ。相変わらずムチムチしたむかつく体型しておりますね。腹立つわぁ。
  ヴァン・グラフ・ファミリーの親玉が叫ぶ。
  「何のつもりだ、赤毛っ!」
  「前に遊びに来いって言ったじゃない。その流れで来たわけよ」
  「ふさげるなっ! 店が滅茶苦茶じゃねぇかっ!」
  「それはこっちのセリフよ。随分と舐めたことしてくれたじゃない。お蔭で湯冷めしたし、眠気も吹き飛んじゃった。だから、夜遊びしてるってわけ」
  「……ちょっと待て、お前何言ってんだ?」
  「すっとぼけんしゃないわよ。殺し屋差し向けといて」
  「はっ?」
  あれ流れが変わった?
  何言ってんだこいつという顔をしている。
  ……。
  ……すいません話が違いませんかグリン・フィス君?
  誤解の場合、あれ、ただの八つ当たりの殴り込み?
  まずいなぁ。
  反省会しよう。
  「グリン・フィス、どういうこと?」
  「自分はそのように聞いたのですが。……ふむ、間違って始末して、悪いことしました」
  「……」
  こいつやっぱり……いや、まあ、良いかぁ……いや、駄目か、やっぱり。
  オーナーに軽く頭を下げる。
  「ごめん」
  「ごめんで済むかーっ!」
  「だってブリーダーを差し向けたのがあんたらだと思ってたから。というか非難されるいわれはないわよ? 二度やり合ったけど、私らじゃなきゃ死んでるわけだし」

  「ブリーダー? おやおやストレンジャーですか? あのガスマスク野郎を雇ってたとは聞いてませんよ。ダブルブッキングとは、随分と僕を甘く見てくれたものです」

  茶色いダスターコートを纏った優男が奥から現れた。
  柔和な笑みを浮かべているものの目は全く笑っていない。
  デリンジャーのジョンっ!
  こりゃまた厄介なのがポイントルックアウトに来ていたもんだ。
  ピットではこいつにどれだけ煮え湯を飲まされたことか。
  微笑する殺し屋に対して慌てて弁明を開始。
  「待て待て待て待て待ってくれよ、俺が雇おうとしているのはあんただけだよ、先生。他のは雇ってねぇっ! 誤解だよ、本当だ、誓ってもいいっ!」
  「そうなんですか?」
  「ああ、本当だっ! 先生の実績は知ってる、その名の高さもだ。だからこの街で先生を見た時、天啓だと思ったぐらいさっ!」
  「ふぅん。まあ、いいでしょう」
  ヴァン・グラフ・ファミリーの親玉グラッツェは恐慌してデリンジャーに取り繕う。
  ……。
  ……あれ?
  デリンジャーがいて、ヴァン・グラフが取り繕う、つまりはこいつを殺し屋として雇ってる?
  そしてダブルブッキング発言。
  展開が前後したけど私の行動って正当じゃね?
  「あんた普通に私に殺し屋差し向けようとしてるじゃんっ!」
  「まだ差し向けてねぇっ! つまりお前のこの殴り込みはただの八つ当たりだっ! 賠償しろ、弁償しろっ!」
  「うっさいっ!」
  とりあえず八つ当たりじゃなくてなった。
  セーフです、セーフ。
  銀行強盗しようとしている画策している連中を、作戦会議の最中に確保するようなもん?そんな状況ですけど、わざわざ殺し屋差し向けられるまで待つ必要もあるまい。
  決着付けてやる。
  ここでね。
  ピットでの借りもあるし。
  デリンジャーのお蔭で色々と掻き回されたし。
  それにしてもサソリの方は誰の差し金だ、ヴァン・グラフがすっ呆けているわけではなさそうだ。
  心当たり?
  あり過ぎでまるで分りません(泣)
  方々に恨まれてるしなぁ。
  おおぅ。
  「ここで決着付けるってのも、悪くないのかもね」
  「僕が? あなたと?」
  「何か問題が?」
  「僕はまだ商談の最中なので。僕にとっての殺しはビジネスなのですよ。報酬が決まってない状態なので、やり合うつもりはないですよ」
  「というか私の殺しを依頼されてる状態じゃなかったっけ?」
  ピットではそう言ってた。
  依頼主が誰かは知らないけど。
  恨まれ過ぎてて謎。
  奴隷商人か、レイダーか、タロン社……スパミュってことはなさそうだ、あいつらが人間を雇うのはまず無理だ。あー、反ヒューマンのグールどもか?
  いや。
  奴隷商人とタロン社は直接ピットに出張ってきたからな、となるとレイダーかグールのどっちか。
  「先ほども言いましたけど、ビジネスです。前金はもらいましたけどね。今更殺しても成功報酬は無理なんですよ、エンクレイブにエバー・グリーンミルズに潰されましたので」
  「レイダー連合か」
  「ビンゴです」
  ふふん。
  私の推察は正しかったってわけですね。
  「で? ここには何しに?」
  「だいぶ稼ぎましたのでバカンス……に来たら僕は仕事人間なので、ここでも殺し屋さんをやってるわけです。それにしても丈夫ですね、爆破に巻き込まれて生きてるなんて」
  「はっ?」
  爆破。
  爆破って、ああ、あれか、というかお前かああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
  モーテル爆破犯はこいつかよ。
  ……。
  ……あれ、待てよ?
  もしかして殺気全開だった警備兵は……。
  「あんた警備のバイトかなんかしてた?」
  「ははは」
  否定も肯定もしないけど、当たりか、こいつ。
  おそらくクリス殺しを誰かに頼まれてモーテルごと爆破したんだけど、そこに運悪い私がのこのこ巻き込まれたんだろうな。
  嫌だなぁ。
  「先生、赤毛を殺したら10万払うぜ」
  「前金で10、報酬で10です」
  「なっ!」
  「ここで僕が引いたら……ねぇ?」
  商売上手いなぁ。
  確かにここでデリンジャーが引いたらヴァン・グラフはぼこぼこだ。まあ、既に店はぼろぼろだけど。しばらくは休業状態。
  さすがに高額すぎるのか、オーナーは押し黙る。
  「ではこうしましょう。デモンストレーションをしましょう。赤毛のお嬢さんを殺せる状況まで追い込みます。その時点で10、トドメで10というのはどうでしょうか?」
  「つ、つまりそれまでは……」
  「ええ。サービスです」
  商売上手いなぁ。
  ヴァン・グラフの親玉は笑う。さすがに金額が金額なので、多少強張ってるけど、それは了承と取れる笑みだった。
  デリンジャーも笑う。
  瞬間、奴は両ポケットからデリンジャーを二丁取り出して私に向かって発砲。二丁拳銃。
  視界に入る限りはスロー。
  私は転がって回避、私もまた44マグナムを二丁で応戦。

  どくん。
  どくん。
  どくん。

  本日二回目の能力発動。あまり使うと偏頭痛がするけど、二回目だから特に問題はない。
  デリンジャーは強い。
  全弾撃つと手詰まりになりかねない。44マグナムはパワフルで素晴らしい拳銃だけど弾倉交換が時間がかかる。とりあえず二発撃つ。普通ならこれで片が付く。
  そう。
  普通なら。
  そして時は動き出す。
  デリンジャーは後ろに倒れる、時間が本来の流れを取り戻した瞬間に奴は後ろに倒れる、デリンジャーを発砲しながら。
  こいつ回避しやがったっ!
  見えてるのか?
  こいつも弾丸が見えてるのか?
  ピットでも並はずれた、というか常識はずれの能力をしてた、私の目から見てもだ。奴の攻撃を回避。奴はすぐさま立ち上がり、走り始める。立ち上がらなければ頭がなくなってた。
  デリンジャーを捨てて奴は走る。デリンジャーは二連発。弾切れだから不必要なのだろう。そしてポッケには予備がまだあるはず。
  デリンジャーの利便性はその携帯性だ。
  こいついくつ携帯してるんだ?
  「こんのぉーっ!」
  空間を円を描きながら走って回避し続けるデリンジャー。
  時を止める、見越して撃つ、それを奴はさらに見越して避け続けている。
  何なんだこいつ。
  何なんだっ!
  撃つ、撃つ、撃つっ!
  回避、回避、回避っ!
  その間こいつは反撃してこない。手には何も持っていない。一応私とデリンジャーの私闘であり、どちらの陣営も手出ししていない。そしてデリンジャーも巻き込むようには動いてい
  ないし私もそのようにはしていない。完全に周囲はギャラリー。

  カチ。

  弾丸が尽きた。と同時に発砲の数を数えていたらであろうデリンジャーはこちらに向かって突っ込んでくる。
  銃は持っていない。
  私には通用しないことを知っているのだろう。ただ一振りのナイフをしていた。
  ふぅん。
  私の能力の殺し方を知ってる。
  それに私は純粋な白兵戦は不得意だ。間合いに入られれば死ぬしかない。44マグナムは装填に時間がかかる。左手に持っていた44マグナムを奴に向かって投げつける。
  牽制、わずかな時間稼ぎ。
  しかし奴はそれを避けずに軽くジャンプ、そして回転して回し蹴り。44マグナムを私に向かって蹴り返した。
  マジかっ!
  避けると踏んでた私は弾丸装填中だったこともあり右肩に直撃、銃を落とした。弾丸もバラバラと散らばる。
  まずいっ!
  幸い近くにはヴァン・グラフの手下が落とした銃が散らばってる。もっともいくつかは私が壊したけど、見た目がまともそうな9oピストルに飛びつく。
  そして連打っ!
  弾丸の威力は44マグナムに比べて軽いけど銃は銃だ。奴のナイフに直撃、ナイフは砕ける。そのまま発砲、デリンジャーの右肩に当たるも奴は体を反動で動けなくなったりしない。
  屈せずに突っ込んでくる。
  コートに下は防弾チョッキか何か着ているのか。
  奴の額に照準を合わせる。
  その瞬間に奴は止まった。
  そして笑う。
  「これは10じゃ安いかなぁ。ねぇ?」
  「せ、先生?」
  「何かしらの特典があれば勝てるかもしれませんね」
  「い、いや、金は今のところ一杯一杯……」
  「手付です。パルスグレネードを一ついただけたらいいですよ。結果に関わらず、そう、デモンストレーションのおひねりというやつです」
  「それなら1ケースでも2ケースでも提供しますぜ、先生」
  「1つでいいです。交渉成立ですね。聞いてのとおりですよ、赤毛のお嬢さん。特にそのつもりもなかったんですけど、お仕事なのでここで死んでもらおうかと」
  「私があんたのお仕事に付き合うとでも思ってんの?」
  「あなたの意思は必要ないでしょう。僕の都合で、そして結果で、ここで死ぬんです」
  「まあ、そうね」
  9oにはまだ弾が残ってる。重みで分かる。
  相手を見据えながらさらに足元に転がってる32口径ピストルを拾う。相手はポケットに手を突っ込んだまま立っている。
  「あなたは能力をどう思います?」
  「私の?」
  「はい」
  何だこいつ。
  何が言いたい?
  油断はない。
  相手を冷静に見据える。奴は続ける。
  「視界に入る限り弾丸はスロー。しかし火炎放射器や投擲用の武器、投げナイフ等はかわせない。不思議ですね、弾丸専用なんて」
  「私に言われてもね」
  「今のは自動発動ですよね。制限はない。今のところは、そういう事例はないようですね。さてもう一つの能力が任意に時間をスローに出来る。しかしこれは使い過ぎれば身体的
  な疲労を感じるようになる。身体に影響が出る。つまり多用は出来ない。強敵相手だとあんまり当てにはできない能力ですよね」
  「私に言われてもね」
  ふぅん。
  私の能力を調べきっているらしい。
  「で? 私が能力に頼り切っているとでも?」
  「いいえ。そうではありません」
  「じゃあ何?」
  「赤毛のお嬢さんは強いですよ、能力に頼らずともね。問題は別にあります。自分自身で、自身の能力を把握しきれていない。そう、僕よりもね」
  「つまり?」
  「こうすれば殺せるんですよ」
  奴は動いた。
  ポケットから手を出す、右手にはデリンジャー、左手には……。

  カッ。

  「うっ」
  突然視界が潰される。
  光。
  光だ。
  奴が左手に持っていたのは小さなペンライト。それを私の目に向けて、光を浴びせる。次の瞬間に響く銃声。私はとっさに倒れる。いや、何かが当たった。
  「……前より頑丈なアーマーですね。だがっ!」
  そう。
  強化型だから前より硬い。
  たぶん奴的には前のアーマーなら殺せてたという意味だろう。こちらとしても的として胴体のでかいから奴が狙ったからラッキーで、たまたまライリーが強化型を支給して
  くれたからラッキーであって、実力だったら今ので瀕死か死亡だ。幸運で助かっただけで普通なら死んでる。
  視界はまた死んでる。
  何かが近付いてくるのを感じる。殺気をビンビン感じる。けど手にはまだ幸い銃がある。
  来いっ!

  「ボスっ! 金庫が破られてますっ! 有り金全部やられてますぜっ!」
  「何ぃーっ!」

  殺意が消えた。
  視界が少し戻ってくる。デリンジャーとグラッツェが向かい合って喋ってる。
  「おやただ働きは嫌ですよ、僕。……ビジネスにならないなら、僕はここでお終いです。手付のパルスだけはいただきますよ。続きをやりたいならご勝手にどうぞ」
  「ちょっ。先生ーっ!」
  そのまま歩き去ろうとするデリンジャーと追いすがっていくオーナー。2人はそのまま部屋から消えた。
  残ったのはミス・グラマラスと部下たち。
  女は叫ぶ。
  「今が好機だよぉーっ! やっちまいなっ!」
  『……』
  無言で闘志を燃やすグリン・フィスとアンクル・レオに恐れをなして動こうとしない。例え2人がいなくても連中は銃を持っていない。私は持ってる。
  視界が本調子じゃないけどこれぐらいは勝てる。
  にしもて抜かった。
  私の能力は視界があってこそだ。
  まさか光で視界を潰してくるとは。確かに私は自分の能力を把握しきれていなかった。
  危なかったなぁ。


  その後、私たちは無事にクラブを後にした。
  市長には殴り込み怒られたけど誰も殺してないし……少なくとも私は、ね。グリン・フィスは謎ですけど。
  デリンジャーのジョンは姿を消した。
  ヴァン・グラフは資金根こそぎ奪われたらしくクラブを閉鎖。まあ、建物という資産があるから破産ってわけじゃないけど、内装が結構派手にいっちゃったし、しばらく休業。
  デリンジャー?
  あいつの真意は謎。
  何故にパルスグレネードが手付に必要だったんだ?
  ブリーダーを誰が雇ったのかも謎。
  まあ、あれは冒険野郎経由の情報だし、そもそもの真偽も謎なんだけど、ともかくサソリけし掛けた奴が誰の差し金かは分からず終い。
  とりあえず今回の一件はこんな感じ。
  ……。
  ……幸運の神には感謝しなきゃね。
  今回普通に死んでた。
  危なかったなぁ。