私は天使なんかじゃない
熱帯夜の殺意
見えないところで運命の糸は繋がっている。
その糸と意図が織りなすのが世界。
そして世界は回るのだ。
「……」
どうする?
どうするよ私ーっ!
お風呂上りにラッド・スコルピオンと対面こんばんわ状態。
突然現れたあいつは彼氏面して寝室で私を待っていたりする。勘違い野郎は困ったもんだ。
やれやれだぜー。
……。
……で、現実逃避は置いといてー。
どうするよ、私。
展開的には詰みな気がする。
向こうは扉の向こうに私がいることには気付いていないようで寝室をうろちょろしている。
正確には、寝室兼リビングね。
あいつの背後の扉は外に通じてるけど、逃げるにはあいつの存在をかわす必要がある。
可能?
いやぁ。無理だろー。
私の手持ちはお手製の槍。木製です。脆いです。あいつの装甲のような外殻を貫くのは無理か。ピットの帰り道にわんさかいたけど、その時は銃を持ってたから敵ではなかった。
まあ、クリスチームもいたし。
問題は今の状態だ。
銃は寝室。
そして部屋は大して広くない。
飛び込んで銃をゲットして相手を撃つ、うーん、その動作の間にあいつの毒の尻尾でやられそうだ。
ラッド・スコルピオンの毒は麻痺性のもの。
当たっても死にはしない。
麻痺するだけだ。
そしてあいつの両手のハサミで食べやすいサイズにカッティングされて貪り食われるってわけだ。
「どうすっかなぁ」
呟く。
誰の差し金かは知らないけど、寝室にいるのは通常サイズだ。
バラモンほどの大きさはある。
巨大、通常、スモールと大きさはあるけど、通常が勝手に入ってくるのはあり得ない。というかあんなサイズがどうやって部屋に入ったんだ?
扉よりでかいだろ。
謎です。
グリン・フィスあたりが救出に来てくれたらいいんだけど、ラッド・スコルピオンの気配とかは読めるんだろうか?
相手が人間じゃないしぁ。
それに物音で来る可能性は……ないな、何しろグリン・フィスは爆撃音なイビキのアンクル・レオの同室だし。
聴覚が麻痺している可能性大です。
おおぅ。
「……」
そーっと。
そーっと扉を開く。
動物系なら表情というか仕草で分かるかもだけど、昆虫系は何考えてんだか分からない。動作ないと完全に異質な存在。というか不気味過ぎて怖いです。
プランジャーの槍で勝てるかと言えば無理。
だけど目ぐらいは刺せるだろう。
というかそこしか無理だ。
よし。
行くかっ!
扉を蹴飛ばして大きく開き部屋に飛び込む。ラッド・スコルピオンはこちらを向いた、敵として認識したようだ。シューシューという音を発している。
威嚇?
かもね。
私は間合いを詰める、木の槍を手に相手との距離を詰める。
「やあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
渾身の力を込めて目を突き刺す。
瞬間、青い液体が噴き出る。
血は青。
バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
「がはっ!」
サソリは身をよじり、左のハサミを大きく振るう。私はかわし切れずハサミが直撃、そしてそのまま振り切られて壁に叩きつけられる。
一瞬息が出来なくなる。
私はそれでも屈することなく横に転がる。さっきまでいたところに尻尾を叩き込む。壁に穴が開いた。
お腹を押さえたまま私はサソリを飛び越える。
部屋は狭い。
旋回するのに相手は時間がかかる。
ベッドの上に銃を突っ込んだまま無造作に置いてあるホルスターから44マグナムを一丁引き抜いてサソリに照準を合わせる。
そして……。
「夜這いは嫌いなのよ」
ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。
弾倉が空になるまで連打。
ラッド・スコルピオンの外殻は堅いけど44マグナムの直撃を耐えれるほどの厚さはない。そこらの豆鉄砲ではない。
「ふぅ」
安堵のため息。
ラッド・スコルピオン、沈黙。
「はぁ」
ため息。
ラッド・スコルピオン撃破。
アンクル・レオにはルックアウト市民銀行に行ってもらった。市長のバルトを呼びに行ってもらった。
私?
私は疲れたからモーテルの外で体育座り。
疲れました。
部屋の中は微妙に臭いです。
死体になったから臭うのか元々臭いのか、まあ元々臭いのだろう、ラッド・スコルピオン。さっきはテンパってて臭い嗅いでる暇はなかったのです。
部屋から引きずり出す?
そうしようとも思った。
だけど現場を市長を見せたかったし、そもそも扉通らなかった。
どうやって入ったんだ、あれ(汗)
さて。
「はぁ」
「主。お許しを」
平伏しちゃってるグリン・フィス。
律儀な奴です。
立たせる。
彼曰く、アンクル・レオのイビキで聴覚が麻痺してたとのこと。
……。
……いやぁ。それは障害残ったりするからやばいんじゃね?
アンクル・レオ、半端ないです。
おおぅ。
「災難だったな。ラッド・スコルピオンをけし掛けられるとは……ふむ、ワシの冒険人生でも一度しかない。もしかしたらストレンジャーかもな」
老人が現れた。
「誰?」
「これは失礼した」
傭兵のような恰好をした老人は私の手を取るとキスする仕草をして一礼。実際にはキスはしてないけど、グリン・フィスは殺気だった。
何故に?
私は私でちょっと照れ臭かったけど、特に気にはしていない。
老人は名乗る。
「礼儀を失していたようだ。ワシはハーバード"冒険野郎"ダッシュウッドだよ。君と同業者ってわけさ」
「ハーバード……あなたがあの冒険野郎?」
「その通りだ」
老人は笑う。
たぶん自分の知名度の高さを喜んでいるんだろうけど、私としては特に知っているわけではなかったりする。前にピットでスマイリーとシーに聞いた程度だ。
まあ、わざわざ誤解を解くほどでもない。
気持ち良く受け取ってくれるのであればそれはそれでいいだろうさ。
「赤毛の冒険者に見知っててもらえて光栄だ。君みたいな後輩は大歓迎だよ」
「どうも」
後輩ねぇ。
あくまでも赤毛の冒険者はスリードッグが勝手に付けただけで、別に私は冒険者ではなかったりする。
まあいいけど。
冒険は冒険で好きだし。
「どうしてけし掛けられたって知ってるの?」
多少警戒中。
私は善人ではない……のかは知らないけど、お人好しの馬鹿ではない。
「小さな街だ。ちょうど市民銀行の近くにいたんだよ。市長たちが騒いでいたのを聞いたんだ。スパミュも騒いでた。友達が襲われたってな」
「スパミュ」
この街でよく聞く短縮形だ。スーパーミュータントの略。
それにしてみこの街は寛容なのか?
アンクル・レオの存在を普通に受け入れてる。
「お前さんは西海岸には?」
「行ったことはないわ」
「向こうでは知性のあるスパミュがたくさんいるよ。ルックアウトには世界を股にかけるスカベンジャーや傭兵が多い。見慣れてるのさ、ああいうスパミュは」
「へぇー」
新鮮な驚きだ。
帰ったらフォークスにも教えてあげよう。やっぱり心細い思いもあるだろうし。
本題に戻ろう。
「それで、ここで何を?」
「冒険さ。君の名声を楽しく聞いていたんだがね、聞いているうちにワシも引退している場合じゃないと思い至ってな。ポイントルックアウトに来て冒険三昧さ」
「へぇー」
スマイリー情報だと隠居してたような。
「テンペニータワーで隠棲しているものだとばかり」
私自身はテンペニータワーには行ったことがない。
全部又聞き。
金持ちの街→グールが狙ってる→クリスティーナ率いるエンクレイブによって占拠→撤退後はグールの街に。
「お前さんのお蔭だよ」
「私の?」
「お前さんのお蔭で冒険魂に再び火が付いたのさ。だからタワーを出た。あのまま居残ってたらエンクレイブに殺されてただろうな。まあ、むざむざは死なんがな」
「なるほど」
聞いた話ではテンペニータワーの親玉はエンクレイブに殺され、住民はエンクレイブの管理下に置かれたけど親玉が残した私設軍隊を中心に反撃、結果として全滅。
皆殺しにされたとか何とか。
「ところでさっき言ってたストレンジャーって誰? 誰かの名前?」
「傭兵団の名前さ」
「傭兵団」
「異能な連中揃いの傭兵団。本隊は争い求めてモハビやらキャピタルやらザイオンやら色々と動き回ってるよ。本隊以外の構成員は招集がない限りは同じ場所に留まってる」
「サソリけし掛けたのも?」
「たぶんな。ザ・ソーン出身の通称<ブリーダー>という奴だろう。名前は知らんが」
「ザ・ソーン?」
知らない単語ばかりだ。
「モハビにある地下闘技場の名前だ。クリーチャーを飼い慣らしてる。独特の香料で操ってるのさ。ブリーダーは、その崩れだ」
「ふぅん」
気のない返事ではあらず。
単語が知らな過ぎて話題を噛み砕くのに時間が少しかかる。
でも分かったこともある。
部屋がやたらと臭いのは多分その香料の所為だ。
相変わらずどうやって入ったかは相変わらず謎ですが(汗)
「世の中には不思議なことが多い。ラッド・ローチを操れる奴もいるし動物とやたらと相性のいい奴もいる。サソリをけし掛けれる奴もいるが、そうそういるわけじゃあない」
「ストレンジャーで確定?」
「おそらくな」
誰だか知らんけどさ。
まあ、確かに世の中には不思議な奴が多い。私を含めて、ね。
前に会ったグールのガロとかいう奴はラッド・ローチを操ってボルト101にアタック仕掛けてたし、アンタゴナイザーはジャイアント・アンとを操ってた。サソリ操る奴がいてもおかしくない。
にしても誰だ?
……。
……いや、ストレンジャーとかいう連中はいいんだ、というか傭兵団で狙ってるのかサソリけし掛けてる構成員が単独で狙ってるのかは、そこはどうでもいい。
私が気になるのは誰が雇ったかだ。
傭兵、つまりは雇い主が必要だ。
「ハーバードさん」
「冒険野郎でいい」
「冒険野郎」
変な呼び方だ。
何か私が口が悪いみたいだ。
嫌だなぁ。
「何だね、赤毛の冒険者」
「聞きたいことがあるの。ストレン……ジャー? だっけ? ともかく、そいつらは報酬次第で動くの? それとも、私怨でも動いたりする?」
ストレンジャーを敵に回したことはない。
いや。正確にはないと思うなんだけど、敵に回したことはないはず。
「私怨では動かんよ。あくまでも依頼重視だ」
「そう」
なら依頼人がいるのか。
誰だ?
キャピタル絡みで追ってきた……いや、それはないか。わざわざ追ってくるぐらいなら向こうで私を消すだろうよ。となると現地での敵さんか。
ヴァン・グラフ・ファミリーしか思い浮かばない。
「主、この間の連中でしょうか?」
「さてどうだか。恨みは買ってるでしょうけど断定はできないかな。どうすれば断定できると思う?」
「自分にお任せを」
「ん?」
「お任せを」
三十分後。
ソドムの街は歓楽街、一見華やか。しかし一歩通りを外れたらその華やかさは虚構であり、実際には危険な場所だと分かるだろう。
一歩路地裏に入れば悪意の通り。
そこでは殺人や強盗、薬、性犯罪の温床。しかしそれこそがソドムの本当の顔でもある。
この街を取り仕切るのは市長ではなくヴァン・グラフ・ファミリー。
影の支配者。
「何だ、てめぇ……ぐはぁっ!」
路地裏で女性を嬲ろうとしていた黒いコンバットアーマーの男はいきなり弾け飛んだ。
屯っているのは5名。
路地裏を誰も見ようとはしない、何が起きようとも。しかし突然現れた剣を帯びた男はつかつかとヴァン・グラフのチンピラに近寄ると殴りつけた。殴られた男は動かない。
「聞きたいことがある」
「そういう態度には……びぐぅっ!」
「聞く相手は1人でいい。他の奴らは逝け」
殴る。
蹴る。
投げる。
その間に女性は悲鳴を上げて逃げて行った。後ろも振り向かない、礼もない。ただ男は、グリン・フィスはそれを気にしなかった。
目的は救出ではない。
あくまでついでだ。
残ったのは頭を包帯で巻いた髭面のヴァン・グラフ・ファミリーのチンピラ。海岸でアンクル・レオに殴りつけられた男だ。
髭面は叫ぶ。
「て、てめぇっ! 何の真似だっ!」
「言え」
スラリ。
ショック・ソードを抜き放ってグリン・フィスは冷たい視線を相手に向けた。
あるのは殺意。
それだけだ。
「言え」
「な、何を?」
よほどの鈍感でもこの殺意には気付くだろう。
事実、気付いていた。
この男の気に障れば躊躇いなく殺されるということを。
「主を狙ったのはお前らか?」
「主……あ、赤毛のことか?」
「言え」
「し、知らねぇ。いや、嘘じゃねぇっ! 確かにそういう計画があるのはボスから聞いたよ、でも実際に実行に移されたかは知らねぇっ!」
「そうか」
冷たく呟いて剣を横に薙ぎグリン・フィスはその場を後にした。