私は天使なんかじゃない








見えないところで世界は回る






  世界は回る。
  主人公だけが回る世界を体感しているわけではない。





  「そこ、喋らない。ブッチ・デロリア、あなたですよっ!」
  わいわいがやがや。
  いつだって教室はこんな感じだ。
  ボルト101の教室。
  教師であるMr.ブロッチの性格が影響されているのかな?
  私語がやたらと多い。
  まあ、大半はトンネルスネークだったりトンネルスネークだったりトンネルスネークだったり。
  ああ全部ブッチどもですね。
  うるさいなぁ。
  「ほんと最悪」
  隣の席のアマタが呟く。
  同意します。
  近年人口が減少している。特に出生率は激減の一途。
  クラスには20人ほど。
  教室の広さの半分しかいない。
  「おっほん」
  黒人の教師であるMr.ブロッチは咳払い。
  「では質問に戻りましょう。そうですね、スージー・マック、あなたは分かりますか?」
  「分かりませんっ!」
  元気一杯に即答。
  失笑と苦笑が教室を包む。
  ブッチたち不良どもは後ろの席に陣取って髪型の話とかトンネルスネーク最高っ!で盛り上がっていた。
  「仕方ありませんねぇ。では、アマタ」
  「はい」
  「答えられますか?」
  「はい」
  黒板に書かれた問題。
  それは「どうしたら戦争がなくなるか」です。
  ふと気付くと教室の扉が少し明いていて、その隙間から覗いてる奴がいる。
  監督官だ。
  過保護ですね、相変わらず。
  「どうしたら戦争がなくなると思いますか?」
  「人々が争う心を捨て、過去を直視することだと思います。それが出来なかったから世界は核戦争へと進んでしまった。戦争をなくすには教訓から学ぶ、私はそう思います」
  「さすがですねアマタ」
  優等生のアマタ。
  教室から絶賛。
  だけど当のアマタは興味なさそうな顔をしている。
  謙遜?
  んー、違うと思います。
  興味ないんだろうな、この状況に。
  何というか「監督官の娘だから甘い点なんでしょ」という感じなんだと思います。
  事実私にはそういう悩みの話をするし。
  「戦争はなくならない、かぁ」
  「何か言いましたかミスティ?」
  「あっ、いえ」
  呟きが聞こえたらしい。
  地獄耳だ。
  「戦争はなくならないとか。ふむ、興味深いですね。アマタの答えを否定するのですか? いえ咎めているわけではありません。何故戦争はなくならないと思うのですか?」
  「えーっと」
  Mr.プロッチは監督官派ではない。何というか監督官を立ててはいるけど、アマタへの賛美はほどほどにしている感がある。ある意味で平等で、まともな大人の1人。
  チッと舌打ちが聞こえたような。
  廊下の方から。
  怖い怖い。
  「ミスティ、どうして戦争はなくならないと思うの?」
  空気読めないスージーからの質問来ました。
  アマタも興味深そうに見てる。
  というか注目されてる。
  答えんとまずいか。
  「戦争って行為であり単語だと思うんです」
  「ほう?」
  「この先戦争をしなくなったとしますよね、でも戦争って単語とか意味は残るわけじゃないですか、だから、なくならないなぁと」
  「なるほどぉ。単語としての意味は残るというわけですね」
  「はい。戦争という概念は変わらないと思うんです。するしないはともかく、戦争って単語は残り続けるかなぁと」
  「ふぅむ。確かに。ではアマタの教訓から学ぶはどう思いますか?」
  「私は、その、そうは思いません。いえ、間違ってはいないんですけど、無理かなって」
  「何故です?」
  「有史以来人間はずっと戦争をしてきました。終わることのない戦いの歴史。教訓を得て、学んで、戦争の悲惨さを知って、そして忘れて、また最初からやり直し」
  「優等生、とっとと答えだけ言えよっ!」
  ぎゃはははと笑うブッチ。
  下品な奴だ。
  「ブッチ・デロリア、マイナス5ポイントです」
  「マジかよっ! お袋に消されちまうぜ、くそっ!」
  「反省しなさい。さてミスティ、答えを教えてください」
  「戦争は変わらない。ならば……」




  戦争は変わらない。ならば人間が変わるしかない。





  「はっ!」
  「ああ。目覚めたみたいだね、よかったよかった」
  ゆっくりと目を開く。
  寝てた?
  寝てた。
  一番最初に目に飛び込んでくるのは市長のバルトでした。何というか胡散臭いんだよな、この人。悪人というよりはいちいち癇に障るセールスマンというか。
  ……。
  ……あれ?
  何か忘れてる?
  何だってこいつがここにいる、というかここどこだ?
  どっかのベッドに寝てる。
  「主、ご無事で」
  「心配したぞ」
  グリン・フィスとアンクル・レオもいる。
  心配そうな顔だ。
  「ここどこ?」
  「モーテルの中だよ。君に貸した、つまり君の滞在中の仮の家の中だよ。無事で何よりだ」
  「無事?」
  記憶を検索中。
  情報がヒットしました。
  「あっ」
  爆発で吹っ飛ばされたんだった。
  うにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ記憶が飛んでたーっ!
  危うく死ぬとこだったぜ。
  おおぅ。
  「ん」
  今更ながらコンバットアーマーを脱がされていることに気付いた。
  と言っても裸にあらず。
  別にコンバットアーマーを全裸の上に来ているわけではないですし、まあ、当たり前ですね。普通に下に服着てます。
  「爆発で私は生きてるわけ?」
  「綺麗な爆発だったよ。いや変な意味じゃなく。あのモーテルの室内だけが吹っ飛ぶ威力だった。あんたは運よく爆風で外れた扉に吹き飛ばされる形で生きてるのさ」
  「扉が盾代わりになったってこと?」
  「そういうことだ」
  綺麗な爆発、か。
  「素人じゃないってこと? 事故でもないってことよね?」
  「あんた鋭いな。というか今更ながら名前を聞いてなかったな。どこから来たか知らないけど、実戦もありそうだな?」
  そういえば名乗ってなかったな。
  各々名乗る。
  彼は私の名前で反応した。
  「ミスティだって? ああ、あんたが、あの、赤毛の冒険者か。噂はかねがね」
  「どうも」
  どんな噂か知らんけど。
  話を戻そう。
  「クリスって人は?」
  「死体はあった。いや完全に焼け焦げてたけど、たぶん彼女だろう。プロの爆破だな。普通なら他のモーテルも吹っ飛んでるしあんたも死んでる」
  「綺麗にクリスだけ殺したってこと?」
  「おそらく」
  物騒だな。
  バルトが言うように綺麗にクリスだけを爆破して殺しているのであれば、爆発の際に生じる威力の計算もしているのだろう。
  凄腕の殺し屋か何かか。
  少なくともチンピラじゃない。
  「動機は分からんよ。そもそもあの客の素性を知らんのだからな。実際、あんたら名前も今知ったぐらいだ。分かるだろ? 戸籍名簿とか個人情報とかはないんだ」
  「だけどどうしてあなたがここに?」
  検分ってだけではないような。
  「この者が主の診察を」
  「診察? あなた医者なの?」
  「医者のようなものだな。個人的に趣味でやっているだけだ。それでも外科手術の類は得意だよ。……ああ、あんたにはスティムパック打っただけだがね。扉が建て代わりで擦り傷
  とかで済んだし。ちょっと頭を打ったらしいけど、まあ、問題ないだろ」
  「ありがとう。でもすごいのね、外科手術だなんて」
  「なに、大したことはないよ。要はちょっと度胸と知識があればできるさ。感染症は気をつけなきゃだけどね。素人はそこで失敗する」
  「トバルみたいに?」
  そういうと市長は嫌そうな顔をした。
  NGワード?
  「どこでその名を?」
  「ネイディーンに」
  「ああ。彼女の客だったのか。フェリー乗りのトバルはポイントルックアウト初期からいた奴だよ。嫌な奴だった。死んで清々するよ」
  「そうなの? 気を悪くしたなら謝るわ、バルト市長」
  「少し横になって寝てな。あとでお見舞いの品をあげるよ」
  「お見舞いの品?」
  「スカベンジャーが残した宝の地図さ。持ってた奴は、まあ、もういないけどな」
  「ふぅん」
  少し体を起こす。
  特に痛みはないし支障もないようだ。
  「寝てなって」
  「大丈夫そう。私どれだけ寝てたの?」
  「五時間だな」
  「市長いろいろとありがとう。アンクル・レオ、お腹空いたね、食べに行こう。グリン・フィスも行きましょう」
  「おお、腹ペコだぞ、ミスティ」
  「御意」
  用意をするべくベッドを降りる。
  ふと立ちくらみを覚えるけど体調が悪いというよりはいきなり立ったからだろう。
  問題なさそうだ。
  ……。
  ……たぶんねー。
  まあ、問題ないっすよ、ほら、私ってば主人公だし。
  市長は苦笑した。
  「若いっていいな。健康そのものだ。宝の地図は後で届けておくよ」
  「ありがとう」
  さあポイントルックアウト滞在をエンジョイするぞー。
  まずはおいしい夕飯だ。





  欲望の街ソドム随一のクラブ。
  店名インサニア。
  意味は狂気。
  ソドムの街は赤毛の冒険者のように純粋に冒険に来た、という人物は少ない。むしろレアだ。訪れる人々は一攫千金を求めてやってくる。そしてそのはけ口を求める。
  この街の雰囲気が人を開放的にさせる。
  ある意味で性的な乱れた街。
  特にこの店は従業員の女性だけではなく客である男女もトップレスという乱れっぷりだった。もちろんヴァン・グラフ・ファミリーは武装して警備しているが。
  享楽の世界。
  ただし現在開店準備中のインサニアの応接間に訪ねてきた者は一攫千金でも冒険者でもなかった。
  それは……。
  「Mr.グラッツェ、我々の要求を聞いてくれるか?」
  「わざわざ来てくれたんだ。それにここじゃ商売上がったりでな。拠点をキャピタルに移せば売れそうだが、エンクレイブ再来がめんどいからな」
  「可能なのかな、こちらとしても無駄足は踏みたくないものだ」
  「相当高いぜ? もちろんわざわざキャピタルからここまで来てくれたんだ、割引はするよ。プラズマ兵器やレーザー兵器、必要な分は揃える。質を見ながら商談に移ろうや」
  「結構だ」
  「あんたとはいい商売が出来そうだな、護民官マクグロウさんよ。まさかアウトキャストと呼ばれてるあんたがここに来るとはな。知ってるぜ、あんたらのことはよ」
  「詮索はなしだ」
  「何だってアウトキャストは分派したんだ? というか、護民官キャスディンと護民官マクグロウ、どっちの派閥が正統派アウトキャストなんだ?」
  「詮索はなしだと言っている」
  「オーケー。でどこに運べばいい? 見たところ、不法侵入のようだが。バンドがないし。何だって税金ケチる?」
  「無駄金は使えない。我々は戦利品を持って西海岸に帰りたいだけだ。キャスディンのように援軍を待って再起を図るなんて悠長なことは避けたい。我々は海岸にいる、届けてほしい」
  「久々に良い取引ができそうだぜ」



  分派したアウトキャスト、護民官マクグロウ率いる一派がポイントルックアウト上陸。