私は天使なんかじゃない
休暇休暇休暇っ!
本日の営業は終了しました。
厄介ごとは御免です。
「ぷはぁー」
カウンター席に座りグラスに入ったお酒を飲み干す。
ここルックアウトではプンガフルーツという甘い甘い果物があるわけですが、そのまま食すだけではなくお酒にも入れるというナイスな代物があります。
いやいや、美味ですな。
私がいるのはマダムのお店、ではない。
彼女の露店のお店ではなくトミっていうおばあちゃんが経営しているこじんまりとしたお店の中だ。
この店を紹介してくれたのはマダムだけどさ。
空が見える露店のお店もいいけど、私的にはここも穴場ですね。
何より客いないし。
静かでいい。
……。
……まあ、店主的には困った話なんだろうけどさ。
それにしても変わった名前だな、トミって。
日系なのかな?
ポピュラーな名前なのか珍しい名前なのか、私には判別できない。
あれ?
おやおや、グラスが空になってしまった。
外はまだ日は高いけど今日は自堕落に過ごすと決めたので、昼酒万歳、おかわりを頼むとしよう。
「おかわり」
「はいよ」
私はおかわりを所望。
仲間?
今日は引き連れてません。
毎日つるむのが仲間の証明ってわけでもないだろうし。
グリン・フィスとアンクル・レオは釣りにはまって釣りしてる。私的には何が楽しいのか分からないけど。
「ドウゾ」
「どうも」
おかわりをくれたのはトミさん、ではない。
オーナーである彼女はそもそも古びた雑誌を読んでいる。こちらを一瞥もしないで熟読している。
経営者としてそれはどうよ?
まあ、従業員が働いているからいいのか?
いいのかなぁ。
微妙な気もする。
ともかく私はお盆の上に乗ったおかわりを受け取る。
「トミさん、これどうしたんです?」
これ、従業員のことだ。
人間ではない。
正確にはかつて人間だった、と言うべきか。
脚部はキャタピラ、円形型のごみ箱のようなボディ、両腕は強力なレーザー兵器を内蔵、培養液に満たされた強化ガラスの中には人間の脳みそ、従業員はロボブレイン。
最初店に入ったときは面食らった。
マダムはロボットがいるとか言ってたけど、まさかロボブレインとはね。
人間の脳みそを頭脳して使っている、つまりはロボットというよりは人間だ。それも性質悪く暴走しているのが大半だ。そもそも人間の脳みそを機械に移植する、その場合自我が保てると思う?
発狂し、暴走する。
私自身はボルト112で会った程度で、暴走した状態を見てはいないけど、あまり性質がよろしくない機体と認識して間違いではない。ボルト112のも私がDr.ブラウンの意向にそぐわない行動したら
現実世界で紳士淑女の仮面捨てて攻撃して来たらしいし。まあ、私は電脳世界にいたから戦いの場面は見てないけど。対処したのはクリスたちです。
ともかく。
ともかくだ。
ここの店の従業員はロボブレイン。
武器である両腕にお盆を括り付け、固定している。
少し可愛い。
……。
……露出している脳ミソがグロイけど。
「拾ったのさ」
「拾った?」
凄い拾得物だな。
全く暴走していない、その兆候もないのも凄い。
「ちょっと前に街の中をうろうろしているのを見つけてね、そのまま連れて帰ったってわけさ」
「へー」
さらりと凄いこと言うおばあさんだな。
犬猫とは違うんだぞ。
見つけて抵抗もなく連れて帰るとか、凄いな。
「最初はタダで従業員が手に入ったって思ったんだがね、最近じゃゴンゾーが帰ってきてくれたみたいで楽しいよ」
「ゴンゾー?」
「息子だよ。しばらく前に死んだがね」
「すいません」
「いいさ、気にしないでくれ。今じゃキンゾーがいるからね」
「それがこのロボブレインの名前、ですか?」
「ああ。背部にKINZO-04と刻印があるんだ。ほら、ここさ。何を意味するのか知らないけどね、私はこいつをキンゾーって呼んでるのさ」
「へー」
KINZO-04、か。
ふぅん。
この手の機械は戦前に作られた物なんだけど……いやに新しいな、この機体。
手入れしてある?
まあ、トミさんが手入れしてるんだろうけど、キャタピラとかわりと新しいような?
誰かがどこかの施設に保管されていたのを最近になって稼働させたのかもしれないな。しかしどこにそんな施設があるんだろ。
街の外か?
んー、ないな。
ハイテク無効の地だぞ、ここ。
どの程度で動力止まってスクラップになるのかは知らないけど……いや、そもそも街の外から来たのであれば損傷ぐらいしてると思うなぁ。
まあいいや。
お酒を楽しもう。
「おうおうおうっ! 邪魔するぜぃっ!」
「婆さんよ、そろそろ良い返事聞かせてもらおうじゃねぇか? ああん?」
「ブルートさんはその鉄屑に大金払ってくださるぜ?」
ガラの悪い男3人がご来店。
客、ではないな。
目障りな。
私は目下プライベートを堪能中だ、それを邪魔する奴は万死に値する。手を出すのも疲れるけど、とりあえず口だけは出させてもらうとしよう。
この憩いの場を崩されたくはない。
「うっさい」
「ああん?」
トミさんが何か言う前に、男どもが更なる悪態をつく前に私は呟いた。
グラスを傾けてちびりとお酒を飲む。
その時に相手の恰好を見たけど大したことないな、普通に服着て、腰に単発銃ぶら下げてるだけ。
ソドムは武器制限がある。
だけど傭兵にしろスカベンジャーにしろ最低限帯びることを許されている携帯用銃火器をあんな玩具にしないだろ。
32口径ピストル。
銃は銃だけど、こいつらはど素人だ。
所詮はチンピラ。
今の私の敵ではない。
鼻で笑いながら蹴散らせる相手だ。
とはいえ私は淑女。
お上品に会話で解決するとしよう。
「私、お酒飲んでる」
「ああん?」
「見たらわかるでしょ」
「ああん?」
「だから」
「ああん?」
「それしか……」
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
「言えんのかゴラァーっ!」
立ち上がり、銃を引き抜いてグリップの部分でフルスイング。
男はそのまま盛大にテーブルを巻き込んでぶっ倒れた。
……。
……あーあ。やっちった。
休暇終了のお知らせ。
やれやれだぜー。
「て、てめぇっ!」
「ぶっ殺すっ!」
2人は銃に手を掛ける。
遅い。
チャッ。
2丁の44マグナムの銃口が2人の頭にロックオンしてる。
私は微笑む。
「で?」
『……』
男どもは黙った。
ひっくり返ってる奴も倒れながら動いている。いや、動いているっていうか、正確には痙攣か。やばいかもな、あれ。
淑女として勧める。
「仲間連れて病院に行けば?」
病院があるかは知らないけど。
まあ、スティムパックで何とかなるだろ。
たぶん。
「お引き取りを」
『……』
はあ。
露骨にため息を吐いてみる。
「息を引き取る、でもいいんだけど?」
『……』
無言で顔を見合わせ、頷き、仲間を引きずって店を後にした。
何だったんだ、あれ。
「トミさん」
見ると尻餅をついてへたり込んでいた。
とはいえ驚きからであって物理的に何かされた結果としてその場にへたり込んでいるというわけではない。私としては厄介に巻き込まれた感はあるけど、いなかったらそのままダイレクトに
彼女に厄介が降りかかったわけだから、まあ、結果オーライか。一応人助けにはなったわけだし。
「トミさん」
「ああ、聞こえとるよ。助かった、ありがとうよ」
「よかったです」
「ZZZ」
「はっ?」
ある意味で大きな戦力でもあるロボブレインなんだけど……寝息を立てている。
寝息?
「まったく。またかい。これさえなければあんたは最高なのにねぇ」
「えっと」
ロボブレインって眠るものなのか?
知らなかった。
あんまりお付き合いないからなぁ。
まあ、あの脳ミソは間違いなく人間のもの。冷却とか回復とかの意味合いで睡眠がプログラミング化されているのかもしれない。
寝ててよかったと思うべきか?
あの程度の貧弱な武装しかしていない連中なら瞬殺だ。
肉塊になるにしろ塵になるにしろ掃除が大変、だからこそ私も配慮して生かしておいたわけだし。
もちろんここが人の店であり、始末したら始末したで市長辺りがうるさそうだからっていうのもあるけどさ。
さて。
「トミさん、ああいうのって頻繁に?」
「まあね。キンゾーは一風変わっててね、寝るんだよ。あんたこんなの聞いてたことあるかい?」
「いえ、そっちではなく」
「ああ、さっきのかい?」
「はい」
ブルートが何とか。
この間のスカベンジャーの元締め的な奴の手下たちだろうか。
「キンゾーを珍しがってね、売れとしつこいのさ」
「売れっていう態度ではないと思うけど」
「3回ぐらいブルートを追い払ったのさ。そしたら最近はああやって金で雇ったごろつきを差し向けてくるんだ。何をしてくるでもないんだけどね、ああも喧しいから客は離れちまったよ」
「ああ」
それで閑古鳥なんですね、という言葉を喉元で止める。
「ロボブレインなんかどうするんです?」
「なんかとは何だい、うちの大切な従業員に向かって」
「絡まないでくださいよ」
「すまないね。ただ、どうするかは知らないんだよ。売れ売れしつこいだけさ。結構な額を弾むとか言ってるけどね、そりゃつまりそれ以上の価値があって、安く買い叩こうって腹だろ? 乗る馬鹿はいないさね」
「なるほど」
強固な意志があって、その気になれば強力な従業員もいる。
問題ない、かな。
ブルートが雑魚のごろつき雇うだけで傭兵を付差し向けないのは市長のバルトを警戒してるのだろう。
介入してくると面倒だと思っているのだろう。
もしくは傭兵を差し向ける段階ではないってことか?
「市長に訴えれば?」
「バルトにかい?」
「うん」
「あいつとブルートは古い付き合いだよ、誰もが知ってる。噂じゃバルトはブルートとか使って自分に不都合な連中を整理してるってさ」
「ふぅん」
判断材料なさ過ぎて何とも言えんな。
だけど、いずれにしてもあいつ事なかれ主義っぽいし当てにはならないか。
ヴァン・グラフへの対応見てもそんな感あるし。
「よっ、やってるかい」
「いらっしゃい。珍しいね、ロイ」
若い男がご来店。
これまた傭兵でもスカベンジャーでもなさそうだな、どこか軽薄そうな感じがする若い男性だ。ちょっとはマシな装備をしてる、10oピストルを腰に差してる。
そして汚い袋を担いでいた。
服装はTシャツにジーパン、街の住人だろう。
ん?
首からぶら下げているメダル、何か格好良いな。
虎が刻まれてる。
「何にする? いつものかい?」
「いや。祝杯は後にしておくよ。そこのあんた、赤毛の冒険者ってやつだろ? 俺はロイって言うんだ。ここでケチな仕事をしてる」
「どうも」
厄介だ。
厄介な展開だ、これ。
「赤毛の冒険者。ああ、あんたがそうなのかい」
トミさんが驚く。
有名人になりましたね、私。
「それで? 私はオフなんだけど?」
「実はあんたに折り入って頼みがあるんだ」
聞いてなかったのか、今の私の言葉。
「船を待ってるんだ、俺」
「船」
どこか別の場所に渡りたいのか?
護衛ってことか。
冗談じゃない。
私はここに観光に来ただけだ、かなり厄介なことはしてるけど、あくまで観光だ。キャピタルに帰る際に同道するならともかく、今キャピタルまで護衛するつもりはない。もしかしたら別の地かもしれないし。
首を横に振る。
駄目だ、冗談じゃない。
エンクレイブ再来は時間の問題だけどまだ遊びたい。
今まで働き尽くめだったんだ、休んだっていいだろ。
BOSもレギュレーターもいる、メガトン共同体もある、キャピタルのことはしばらく任せて私は遊びたいお年頃なのだ。
「なあ、せめて話を聞いてくれ」
「勝手に話してくれていいわ。ああ、トミさん、お酒おかわり」
キンゾーは寝てるしトミさんにおかわり注文。
ロイは勝手に続ける。
私が促した通りに。
空気読めないのか、度胸あるのか、どっちだ?
「あのさ、実は船が来ないんだ」
護衛、ではないのか。
「ここと別の地域を往来する船はたくさんいるでしょ」
「違うよ、その船じゃない」
「ふぅん」
「実は俺が買う予定の船が来ないんだ」
「買う予定?」
「ああ。しばらく前にここに向けて出港したっていうのは無線で聞いたんだが、着いていてもおかしくないのにまだ来ねぇ。こりゃ水上で何かあったに違いねぇ」
「捜索隊ってこと?」
それが依頼か。
ロイは頷きつつ笑う。
「隊ってほどじゃねぇな。俺とあんただけだ。仲間がいるなら勘弁してくれ。他に雇う余裕はない。船を買うのに精いっぱいでさ」
まだやるとは言ってないんですけどね。
だけど純粋に気になるのは……。
「そこに行くまでの船はどうするの? まさか泳いで行けとは言わないわよね?」
「言わねぇよ。小さい船だがチャーターしたんだ。そいつで行く。俺の一世一代の大きな取引だ。これを海のモズクになんかしたくねぇっ!」
「藻屑ね、藻屑」
「細かいな、あんた」
「どうも」
モズクって何だよ。
まったく。
「この取引を成功させたら大きな船が手に入る。そしたらそれを使って成功させるんだ。へへへ、昔馴染みが引退するから船を安く譲ってくれるんだ。それで、頼めるか?」
「ふむ」
まあ、いいか。
遊ぶにもお金は掛かるのだ。
余裕はあるけど稼ぐなら稼ぐか。
「そのメダル、良いわね」
「えっ? ああ、これか。昔の女がくれたんだ。別れる際にな。取引成功したら今までの俺とはおさらばだし、心機一転の意味合いでこいつはあんたにやるよ」
「分かった、引き受けましょう」