私は天使なんかじゃない







もう一つの決戦





  それは語られぬ戦い。
  孤独な決戦。





  ポイントルックアウト。
  東の海岸。
  背後に崖がそびえ立つ砂丘に1人の女性が立っていた。
  アンチマテリアルライフルを背負った銀髪の女性。装着しているのはリコンアーマー。戦前の偵察兵用のアーマー。元々はパワーアーマーの下に着るのが標準的なスタイルではあるが
  現状のBOS全体の状況的に各々が独立した防具という扱いされている。もちろんBOS専用装備というわけではなく、民間にも絶対数は少ないものの流通はしている。
  「……」
  女性は海を見ている。
  不意に沖合でキノコ雲が立ち上り、大気が震えた。
  原子力潜水艦の爆発。
  それがキノコ雲の正体。
  自爆コードを遠隔で入力したのは彼女だった。
  タートル・ダヴ収容所に潜入、起爆コードを持つ戦前の中国人スパイのワン・ヤンの奥歯に埋め込まれていたマイクロチップに記されていた自爆コードを入手、脱出の際にCOSを引っ掻き
  回す為に電力システムを爆破、結果フェラルを引き入れたのは彼女だった。ミスティが見た人物は彼女だった。
  「……」
  無言を貫く。
  瞬間、銃声。
  女性は左肩を押さえながら振り返る。気付けば影の上には数十人の人影がアサルトライフルを構えて立っていた。アンチマテリアルライフルを構える余裕もなく、女性は肩を押さえながら
  立っている。痛みに顔を歪めるものの、女性の顔には他には何の感情も浮かんでいなかった。
  影の上から声が響く。
  数十人の人影は皆コンバットアーマーを身に纏っている。しかし声の主だけは違った。ローブを纏っている。
  初老の男性。
  手にはPIPBOY。
  ……。
  ……ミスティによって初期化されてはいるが。
  「最高の獲物を狩る為の最高の餌。原子力潜水艦とに私が乗っているとでも思ったか? 私は生きている、残念ながらな」
  「お久し振りです」
  「確かに、確かに久し振りだな、クリスティーン・ロイス。まさかモハビからここまで追ってくるとはご苦労なことだ」
  「直接顔を合わせるのは久し振りですね、エリヤ」
  エリヤ。
  それが老人の名前。老人は続ける。
  「あの殺し屋にモーテルごと爆破された、にしては元気だな。まあ、あれがお前と殺し屋の偽装だとは分かっていたよ。殺し屋の思惑はバルトに近付くことだった、私はそれを見抜いてはいた
  がどうでもよかった。お前が死んだ振りをしているのも知っていたよ。私もあれで殺せるとは思ってなかった。泳がせていただけだ。そして原子力潜水艦、その情報も故意に流した」
  「そう」
  タートル・ダヴでCOSが動き回っていたのは原子力潜水艦を狙っているとクリスティーンに知らせる為、生きているのも知っていたし、潜入してくるのも想定していた。
  それがエリヤ、かつてモハビ・ウェストランド(旧ネバダを含む地域)のBOS支部でエルダーをしていた天才的な男の頭脳。
  だがこの男には欠点もあった。
  天才過ぎた。
  その為他者が馬鹿に見える。
  そして自分に対しての自負が強過ぎる為にどうしても周りに無関心すぎた。
  モハビ・ウェイストランドは地元勢力であるMr.ハウス、フーバーダムの電力を奪取の為に侵攻してきたNCR、戦争することで統治を維持しているしリージョンが抗争を繰り広げていた。
  Mr.ハウスは経済力で支配していたものの、所謂余所者勢力であるNCRとリージョンは支配地域の確保に戦力を投入していた。
  陣取りに血道を注いでいた。
  モハビに介入している雑多勢力(投入されている戦力の規模としては小さいという意味)の一つであるモハビBOSはNCR&リージョンの二大勢力の前では領土確保の為の餌食となった。
  だが標的にされたもののモハビBOSの動きは緩慢だった。
  理由の一つがエルダーの性格。
  革新的であり先鋭的ではあったエルダー・エリヤだが戦略的ではなかった。彼は進言よりも自身の知識とヘリオス1に眠る技術を重視した。歴戦の部下たちの進言をはねのけた。
  その結果がモハビにおけるBOS拠点のヘリオス1の陥落だった。
  NCRとの戦いに敗れ、拠点を失い、部隊の半数が死んだ。
  だが彼は悪びれなかった。
  肩を竦めて笑った。ちょっと計算を間違えただけだ、と。
  モハビBOSは彼を危険分子として処刑しようとしたものの直前に姿を消した。そしてBOSの現状に不満を持つ者たちを集めてCOSを結成した。COSはBOSの危機の時に何度も創設された
  強硬派の組織の総称。ただし、あくまでBOSの再建を謳っていた。しかしエリヤの組織は便宜上COSを名乗っていたが実際は別物だ。
  エリヤのCOSは全てに取って代わろうとしている。
  BOSにも、NCRにも、リージョンにも、そしてエンクレイブにも。
  全ての組織を倒しアメリカに独裁政権を打ち立てようとしていた。
  「誰の命令で来た? ハーディンか? 奴が今エルダーか?」
  「エルダー・マクナマラの指示」
  「マクナマラ? あの穏健派の馬鹿男がエルダーだと? 世も末だな」
  「あなたよりはマシでしょう。少なくとも現状は把握している。……対処できるかは、また、別問題ですけどね」
  「何故奴に従う? ……ああ、同性愛を私が否定したからか」
  クリスティーンの顔にわずかに感情が走る。
  彼女は同性愛者。
  しかしBOSは同性愛を禁じている。倫理的な問題、というけではなく、BOSは基本的に余所者受け入れない。充血主義者。故に組織内で婚姻し、出産し、組織の陣容を維持するしかない。
  彼女は最愛の女性と当時エルダーであったエリヤによって引き裂かれた。
  私怨もあるには、ある。
  エリヤは肩を竦めた。
  「仕方なかったのだ、あれはな。規則が全てだった。その規則に縛られ、今、お前は私を殺しに来ている。はるばるポイントルックアウトまでな。しかしそれが、BOSの限界なのだよ」
  「限界?」
  「周りを見てみるがいい。NCRは同性愛を禁じていない。出自もな。グールですら受け入れられる。……まあ、虐殺された過去があるからエンクレイブはお断りのようだが。リージョンはどうだ?
  幹部の承認なければ結婚もできないから同性愛をむしろ推奨している。同じ純血主義でもエンクレイブは兵士とは別に純血な人類のいるボルトをいくつも管理している。人材には事欠かない」
  「じゃあBOSは、と言いたいの?」
  「その通りだ。NCRのように人口の増加に貪欲でもなく、リージョンのように性的嗜好も認めず、エンクレイブのように人的資産もない。何がある? BOSには何がある? 何もない。あるのはただ
  無意味にため込んだハイテクだけだ。そのハイテクとてエンクレイブには及ばない。そして武器商人のヴァン・グラフ・ファミリーの方がBOSよりも高品質という事実、笑えないか?」
  「矛盾は認める。このままではBOSは滅びるかもしれない」
  「そうだ。滅びる。昔はそのやり方でもよかった。だが今は違う。レーザー系の武器は既に主流だ。キャップ握りしめて店に行けばいい。BOSの強みはパワーアーマーだけだが、それだって
  使用方法を基本的に知っているのがBOSというだけだ。質だけ見ればエンクレイブにはるかに及ばない。NCRの機械化師団の戦闘車両の前ではBOSは勝てない。もう時代が違うのだ」
  「何が言いたいの?」
  「BOSには方向性がないのだ。コーデックスという名の規則、規範が全て。そのかび臭い法律が全て。文明の火が消える前に、と言うが一番考えるのを停止しているのがBOSに他ならない。今の
  人類がハイテクだとするならば、奴らこそが古臭く錆びついた骨董品というわけだ。骨董品には価値があるが、人間の骨董品はただの役立たずの頑固者だ」
  「その演説好きは昔からそうですね。結論だけ言っていただきたい」
  「結論か」
  肩を押さえながらクリスティーンは言い返す。
  出血は止まりそうもない。
  「仲間になれ」
  「結論は興醒めするほど単純ですね」
  「私はここを早々に引き払う。ここは忌々しい」
  「……?」
  クリスティーンはこの答えに対してはどう答えていいか分からなかった。
  与り知らないことだ。
  少なくともエリヤは不愉快そうだ。
  「あの赤毛の女のせいで私はデータを失ったっ! シエラ・マドレのデータをっ! あの女、灯台の地下施設のデータも全て消しおったっ!」
  「シエラ・マドレ?」
  その名は知っている。
  全面核戦争直前にオープンしたカジノ。オープンした直後に全面核戦争によりそこには戦前の宝が手付かずで眠っているという。
  スカベンジャーたちはそのカジノを探し、未だ、見つかっていない伝説の場所。
  「この地にそのカジノが?」
  「ここにはない。しかしカルバートという一族がそこに出資していた。ここにはそのデータがあった。だがあの赤毛の女め、PIPBOYを初期化しおったっ!」
  「それはご愁傷さまで」
  「まあいい。セキュリティや構造は失われたが場所だけは覚えている。座標は特定した。後は気長にやる。この失敗は痛手ではあったが教訓にもなった。PIPBOYに頼りすぎると馬鹿になる。か。
  確かにな。情報を失ったことでシエラ・マドレ攻略に時間的な無駄も生じるが別にいい。その間モハビの勢力は殺しあうだろう。無駄にな。それでお前はどうする? 仲間になるか?」
  「仲間にしてどうするのです?」
  「頼みたいことがある」
  「頼み」
  「簡単だ。モハビBOSを皆殺しにするだけでいい。……ベロニカは殺さなくてもいい。私の愛弟子だし、お前の元恋人だしな」
  「……」
  「沈黙は否定だな。元々お前が従がうとも思ってなかったよ。あくまでも、一応、だ。殺せパラディン・ジブリー」
  「あなたのことだ」
  「ん?」
  「赤毛の冒険者の前でもこうして長々と話したんでしょう?」
  「それがどうした?」
  「まるで教訓を得ていないと思いましてね」
  「何が言いたい?」
  「私が生きているのを知っていることも、知ってた。原子力潜水艦に乗っていないことも。そして私が砂浜に立てば、ここに立てば、その断崖に部下引き連れて現われるのも知ってた。私を
  殺そうと思えばもっとスマートに殺せたし、殺さないで立ち去れもした、でもここにいる。私はそれを知ってた」
  「もういい。戯言は充分だ。殺せ、ジブリー」
  「了解しました」
  部下たちは一斉に銃を構える。
  誰も気付かない。
  誰も。
  クリスティーンは笑った。
  「あなたは最高の餌で私を釣ったつもりでしょうけど、それは私も同じなのですよ。私という餌であなたを釣った。そしてあなたはそこにいる。……話が変わりますけどエリヤ、ビッシュ社のガス
  はいいですね、無臭ですしあなた方を包み込んでも気付かない。使いようによっては充分兵器になる。さて問題です、ガスに包まれてるのに銃を撃ったらどうなるでしょう?」
  「貴様……っ!」
  その時ジブリーが引き金を引く。
  アサルトライフルから飛び出る弾丸。
  そして……。