私は天使なんかじゃない







美学





  美学というものがある。
  各々に。
  そして、仕事に対しても。

  殺し屋にも美学はある。





  ポイントルックアウト灯台。周辺。
  私たちは灯台が見えるところまで押し出した。
  開けた場所。
  ところどころ岩がごろごろしてるけど基本的に見晴らしはいい。
  近くに敵は潜んではいないようだ。
  ふぅん?
  どういうことだ?
  敵さんが布陣していると思ってた。
  屋敷に押し寄せてきた脳ミソ摘出済みのロボトミーは倒した、だから今度はその脳ミソを接続されたロボブレインが布陣して出迎えてくれるとばかり。
  灯台は海に近い。
  この土地特有のハイテク潰しの空気も海風で押し返される、ここでならロボットがある程度は役立つはずなのにお出迎えはない。
  何でだ?
  私たち、それは当然私、グリン・フィス、ミニガン装備のアンクル・レオ、シー、デズモンド、ポールソン、サラ、さらにトライバルのリーダであるジャクソンとトライバルの面々50名。
  トライバルは白い衣服を身に纏い、それぞれライフルやショットガンを手にし、腰には手斧を差している。
  ジャクソンはアサルトライフルを手にしていた。
  うちらの武装は完璧。
  ……。
  ……あー、訂正。
  私のグレネード弾は予備がない。そしてソドムの街では補充出来なかった。トライバルも持ってないらしい、のでグレネードは使えなかったり。
  まあ、人数の問題はない。
  充分だ。
  まさかトライバルがうちらの後ろ盾になってくれるとは思ってなかった。
  もっとも一度も喧嘩してなかったわけだから、その可能性は十分あったわけですけど。
  さて。
  「静かだわ」
  アサルトライフルを構えながらサラが呟いた。
  灯台周辺まで押し出したけどまったく妨害がない。迎撃がない。
  どういうことだ?
  PIPBOY3000に来てたあの胡散臭いメッセージの言うとおり『セキュリティを殺した』のだろうか?
  誰だか知らないけどね。
  もちろん、だからこそ信用できない。誰だか知らん奴を信用できるもんか。
  迎撃がなくても安心はできないし油断もできない、この状況は全く持って信用できない。
  「きな臭いな」
  「ああ。だな」
  ひそひそとデズモンドとポールソンが言葉を交わしている。
  仲良くなったらしい。
  現在デズモンドの犬はトライバルの人に頼んでカテドラルまで連れてって貰い、預けてある。
  「主、不自然すぎます」
  「だね」
  向こうもこちらの動きを把握しているはずだ。
  そもそもセキュリティが死んでいたにしても何のアクションがないってどういうことだ?
  伏兵を置ける地形じゃない。
  見晴らしがいい。
  岩がごろごろしてるとはいえ……一応PIPBOY3000で索敵したけど何もいない。まあ、ロボ系が停止状態なら索敵対象にならないけどさ。
  地雷か?
  それも反応しない。
  じゃあ何なんだ、この状況。
  サラがPIPBOY3000を覗き込む。
  「何か分かった?」
  「なにもここにないのが分かった」
  「変な話」
  「そうね」
  「だけど、それってすごいのね。そんなことが分かるなんて。PIPBOYを標準装備にできたらBOS強化になるわ。それとも、使いこなすミスティがすごいのかしら?」
  「私? ハッキングにしても何にしてもPIPBOYのサポートシステムがあるからよ。さすがに頭だけじゃ処理できないし」
  PIPBOYはボルトにはあるだろうな。
  完全なロストテクノロジーだけどボルトでは標準装備。もっとも使い方に関しては現在ではボルトの人間しか分からないのかもね。説明書ないし。
  ボルト101ではカリキュラムの一つだったな。
  さて。
  「不自然なまでの沈黙。まさか戦力がない?」
  「その可能性は充分にあるな、赤毛さんよ。結局教授の残した遺産を使ってるだけだからな、食い潰した可能性は捨てきれないさ。もっとも……」
  「遺産の中で一番良いのを最後まで残してるってのもあるわよね」
  「そうだ。例えばあいつとかな」
  「あいつ、ね」
  灯台の方から何か来る。
  人ではない、ロボットだ。プロテクトロンのような二足歩行でもなければ、ロボブレインのようなキャタピラでもない、Mr.ハンディのように浮いているわけでもない。
  見た感じ全体的な四角四角な人型ボディ。
  テレビ?
  あー、テレビみたいなロボットだ。
  足はなく一輪の車輪。
  右腕はミニガンかガトリングレーザー仕様に見える、左腕はグレネードランチャーかな。
  そして胴体のテレビには妙な顔の映像が浮かんでいる。
  怒っているような叫んでいるような、ホラーな顔の映像。
  「……ねー、デズモンド、あれってセキュリトロンじゃない? あれ、ここって西海岸だっけ? 何だってMr.ハウスの尖兵がここにいんのよーっ!」
  「だが待てシーリーン、ベガスの奴は警官の顔じゃなかったか?」
  西海岸組の発言はよく分からん。
  サラに聞いてみる。
  「セキュリトロンって?」
  「さあ。知ってるけど私はよくは知らない。見たの初めてだし」
  「はっ?」
  「私は西海岸にはいたことないから」
  「へー」
  エルダー・リオンズ率いる軍団が東海岸に移動中に生まれたのか。
  とはいえヴァン・グラフ・ファミリー知ってたりするから情報として西海岸のことは知ってるみたい。
  「主、来ますっ!」
  ミニガンの掃射。
  私たちは一斉に散った。途端、グレネードランチャーが乱射される。
  銃声。
  爆発音。
  まさに阿鼻叫喚だ。
  トライバルの数名がバタバタと倒れた。私の仲間たちは無事。幸い狙いは甘い。照準というかパラメーター設定が若干甘いようだ。
  動き回っていたら当たらない。
  少なくとも間接的にグレネードの爆風に巻き込まれることはあっても、直接的な攻撃は当たらない。とはいえ圧倒的な火力だ、油断できない。警戒ロボット並みの火力。
  堅さは、それ以上だ。
  厄介。

  ピピピ。

  PIPBOY3000が鳴る。
  またメッセージか。
  物陰に飛び込んでPIPBOYにきたメッセージを読む。

  『01001111011011100110010の攻撃力は従来の機体に比べて桁違い。ロブコ社の最新タイプの改造型。機体は特製の強化チタンだから気をつけてね☆ミャハ』

  「……」
  何かむかつくわー。
  だけどどうやって私のPIPBOYに送信しているのだろう?
  どうやってハッキングした?
  送信アドレスをハッキングしたんだろうけど……となると……通信に関してのプログラムに脆弱性があるのか?
  端末を弄る。
  確認したけどセキュリティは一番強いのにしてる。
  これで突破されるんだから穴があるのか。
  まあ、戦前の物だからね、OSに脆弱性があっても更新はされないしパッチの配布もないわけだ。
  「こんのぉーっ!」
  物陰から身を乗り出してアサルトライフルを連射。
  01001111011011100110010の機動性は無視できないものがある。縦横無尽に移動しては攻撃を繰り返している。当たるには当たってるけどタフだ。
  強化チタンね。
  どっから持ち出してきたのかは知らないけど従来の量産型ではなくワンオフな強化版のようだ。
  こんなのが戦前の量産型なら中国軍は核を使う前に全滅してます。
  「ミスティ、あっちからも何か来るぞっ!」
  「えっ? ……あー、もう……」
  アンクル・レオの指差す方向に反応して私は振り返る。
  はい。
  何か来ますね。
  フェラル・グールの大移動です(泣)
  多分教授の手下の生き残りとは関係ないだろう、要はカテドラル近辺にいた連中がこっち方面まで流れてきただけだ。
  「ジャクソン、あなた達はフェラルに対応して。01001111011011100110010はこっちで対応するから」
  「01……何だ、それは? よく覚えてるな、よく舌が回るな。それで何だその、名前か、それ?」
  「多分二進数表記のアスキーコードだと思う。えーっと……4f6e65……だから、つまり、こうなるから……あー、うん、要はoneになるのかな。oneなら呼びやすいわね。ねえ?」
  「……聖戦士殿、それは、何かの魔法の呪文か?」
  「……ねえミスティ、あなたってもしかしてスクライブよりも頭が良くない? というか頭の回転が早すぎで、一周回って完全に頭おかしい状況だと思うわよ?」
  「はっ?」
  喧嘩売ってるのかな、サラ。
  まあいいけど。
  「うっわグロ注意じゃん」
  トライバルの展開する弾幕に突っ込んでくるフェラルは従来の物ではなかった。
  舌が異様に長い。
  まるでケンタウロスみたいだ。
  異形種?
  そして異様にタフだ。
  まるでジェイミのように撃たれても撃たれても立ち上がってくる。体の大半が吹き飛んでてもね。
  「ジャクソン、あれって、普通なの?」
  「あんなのは初めて見た。戦士たちよ、弾幕を張れ、化け物を近付けるなっ!」
  見たことない、か。
  放射能浴してから私にアタックしてくるのか、それか変なものでも食べたのか。
  くそ。
  展開が厄介だ。
  oneはoneでフェラルを敵として認識しているらしくそちらにも攻撃してる。となると完全にフェラルの移動に遭遇しただけか。バルトの手勢ではないようだ。
  敵の敵は利用できる敵?
  いやぁ。
  利用できるとかじゃなくて、ただの厄介だ。
  嫌だなぁ。
  「赤毛さんよ、ここは俺と保安官とフォークス……じゃないか、えーっと……誰だったっけ? お互いに紹介はしあってなかったよな、レイブンロック前で会ったけどよ」
  「アンクル・レオだ。よろしくな」
  「デズモンド・ロックハートだ。こっちこそ頼むぜ。で、赤毛さんよ、あのロボットは俺たちで片づける。三人がかりだが、それに見合う強さだろ?」
  「ええ。分かった。任せる」
  フェラルはジャクソンに任せるとしよう。
  とっとと頭を潰した方が展開が早く終わる。結局迎撃に出てきたのはoneだけだしバルト側は戦力がジリ貧の可能性大だ。とはいえ長期戦にすると今のところ全く動きを見せない
  COSの介入を招く可能性もある。仲良しってわけではないようだけど、教授の手下の生き残りとつるんでるみたいだし分担して片付けよう。
  作戦は即決。
  行動は迅速に。
  「行こう、グリン・フィス、シー、サラ」
  「御意」
  「お宝お宝☆」
  「……気楽でいいわね、あなたは。私が会った限りで一番ポジティブよ。ああ。別に褒めてないからね」



  中央制御室。
  モニターを見ながら1人佇むバルト。
  ザ・ブレインはマクグロウとともに原子力潜水艦を引き上げているCOSを出し抜きに赴き、スーパー・エゴは地下施設のシステム復旧を担当、殺し屋デリンジャーのジョンはバルトに
  発破を掛けられて、教授の開発したロボットの性能テストの為にバトルルームでスタンバっている。ミスティたちが侵入した際に必ず通る区画だ。
  スーパー・エゴの音声が中央制御室に響く。
  「バルト、見ているか、あのフェラルは変異してるな」
  「ああ。見てる。何だ、ありゃ」
  「貴様が手を加えたわけではないのか。となると、これは推測だがコマンダーの遺骸を食べたのかもしれんな」
  「それで変異したのか。コマンダーの高濃度たっぷりのFEVウイルスを体内に取り込んでああなったわけだな。グール系にFEVウイルスは効かないのだが、食らうという形なら影響があるようだ」
  「もっとも計測する限り不安定で実用にはほど遠いがな。ところでバルト」
  「何だ?」
  「侵入者がいる。01001111011011100110010は完全にバーサク状態だから識別が効かない。視認するものすべて敵の状態だ。整備点検が精いっぱいでパラメーター設定する時間
  がなかった、現状は適当に戦場に放り込んだ感じだ。呼び戻しができない、タレットは沈黙したままだ。どうする?」
  「問題ない。殺し屋にやらせる」



  灯台。地下基地。
  薄暗い通路を進む。通路には全く敵がいない。
  巧妙にカモフラージュされていた地下に通じる扉は開いていた。開いていなければ、たぶんただの灯台と認識するだろう。その入り口が開いていた。
  誘ってる?
  侵入10分前はそう思ってた。
  だけど侵入10分後である私たちはそれが間違いだともう気付いている。
  まるでここは温室の地下みたいだ。
  そう。
  あの時は完全にもぬけの殻状態。今もまた同じような感じだ。ただ、あの時と決定的に違うのは電力が来ていないということ。明かりは点いてはいるけど暗い、扉は全て開放されている、
  どうも主電源が落ちているような感じだ。予備電源では地下の全てを維持できないようだ。憶測だけど、あながち間違いではないだろう。
  作戦だとしてここまで無防備でいる意味が分からない。
  はぁ。
  この状況は全く信用できない。
  普通に攻略するよりも厄介な展開が待っている気がする。
  理由?
  今までの展開からそう判断したまでです(号泣)
  嫌だなぁ。
  「ちょっと待って」
  私はそう断ってから通路に並ぶ一つの部屋に入った。パソコンが目に入ったからだ。私はそれを弄り、内部データ引き抜こうとしたけど……反応しない、壊れてると言うよりは電気が来てない。
  予備電源はこの薄暗い照明を維持するだけ?
  ありえない。
  となると少ない電力をどこかに回しているのか。
  ふぅん。
  この施設の根幹の、重要な場所に電力を回しているのか。
  まあいいや。
  「行きましょう」
  「御意」
  私を先頭にグリン・フィス、シー、サラという順で進む。
  ここまで迎撃がないとCOSは既に引き払った後なのかもしれない。あの連中はここに何かの情報を手にするために来たわけだし。そして私らも基本どうでもいいような感じだった。
  撤退した、かもね。
  それならそれでいい。
  余計な喧嘩はしたくない。
  連中のことを心底嫌いだとしても、今ここで無理に戦いたいとは思わない。
  展開はシンプルの方がいいに決まってる。
  教授の手下の生き残りとの決着、この一歩化で進むのであればいうことはない。
  ……。
  ……ま、まあ、世の中私の思惑だけで進まないのが難点なんですけどねー。
  おおぅ。
  色々と考えながら私たちは進む。
  邪魔もなければ何の展開もない。そうやって進む内に広い部屋に出た。かなり広い。私たちの入ってきた扉と向かい合う形で扉があり、そしてそこにはその扉向きにパソコンや様々な
  機器があった。周囲を見渡す。天井を見る。壁を見る。パソコン等のハイテクとこちらを遮るかのように小さな棒状の物が等間隔に壁や天井にあった。
  多分フォースフィールド発生装置。稼働してないけど。
  となるとあのハイテクがある場所はさながらVIPの特等席か。
  ふぅん。
  ここはデータ取りの場所か。
  ロボットのかロボトミーのかスパミュ・コマンダーのかは知らないけど、ここで戦わせて実践データでも取ってただろ。
  問題は……。

  「やあ、赤毛のお嬢さん」

  デリンジャーがいるということだ。
  彼は部屋の真ん中に右の片膝を立て、左足を伸ばし、ダスターコートを脱いだ状態でリラックスしていた。近くにはリュックサックがあり、たぶんそこに入れていたであろうサンドイッチを
  片手に本を読んでいる。戦前の公園での振る舞いを髣髴させるけど、ここでは場違い過ぎる。彼はサンドイッチを頬張り、パン屑を払ってから立ち上がる。
  リュックに本を無造作に入れると、リュックを部屋の端に蹴った。コートはそのまま、丸まったままその場に置いている。
  コートの下の恰好は悪くない。
  どこで服を調達してるのかは知らないけど洒落ている。半袖のポロシャツから五分袖のTシャツが程よく主張している。
  問題は肩掛けホルスターだ。
  そこには44マグナムがあった。銃身は黒い。
  「今回はデリンジャーではないのね。デリンジャーのジョンなのに、それって詐欺じゃない?」
  「これは赤毛のお嬢さんの言葉とは思えませんね。思い込みこそ最大の油断。そう思わせることこそ最大の攻撃。赤毛のお嬢さんの得意技じゃないですか?」
  「それにしてもあなたの立ち位置が結局分からないまま」
  「お仕事関係でここにいる、それだけです」
  「私を助けた意味は? メッセンジャーとかしてたし、あれは何なの?」
  「殺せと言われて殺すのが殺し屋です。そこに私情はありません。美学ってやつです。でもね、仕事以外の時でしたら気まぐれで助けたりもしますよ」
  「じゃああの時はまだ……」
  「まあ、そんな感じです。依頼人次第です」
  「……?」
  「あはは。赤毛のお嬢さんと話すと言葉に気を付けなきゃいけないのでなかなか難儀です。言葉尻を捕らえるのが上手いですからね」
  「何か違和感ある」
  「そう感じるのは自由です。僕は答えません。それにしても、久し振りですね、シーリーンさん。こうやって言葉を交わすのは何年振りでしょうか」
  知り合い?
  シーはグリン・フィスの後ろに隠れるように、まるでここに存在しないかのように振る舞ってる。
  いやバレバレだし。
  いるし。
  前にピットでデリンジャーのことを知ってた風ではあったけど、有名な殺し屋としての情報で知ってたのか、直接的な知り合いなのかは聞いてなかったな。前者だと思ってたし。
  「知り合いなの、シー?」
  「あ、あたし知らないしー」
  「西海岸では僕の三年分の貯金をトレジャーハントしてくださってどうもありがとうございました。いやぁ。仕事抜きであんな感情になったのは初めてでしたよ」
  そんなことしたのかこいつ。
  呆れたとサラは呟いた。
  同意します。
  呆れますね、本当に。
  「違うってばーっ! 殺し屋なんて薄汚れた稼業で得たお金をパーッと使うことで、あたしは世の中に還元しただけだよっ! 世の中人の為、つまり良いことしたんだってばーっ!」
  「シーリーンさん、つまり恵まれない人々に使ったということですか? それなら僕としても文句はないですけど……」
  「ザ・トップスのカジノは当たり悪いと思った。ルージュの12に賭けときゃよかったっす」
  「……」
  「てへ☆」
  こいつ最悪だろ。
  性格的に嫌いじゃないけど人のお金をトレジャーハントするのは……いやぁ、でも殺し屋のお金だからなぁ、デリンジャーを擁護できるわけではもない。
  どっちもどっちだ。
  まあいい。
  「デリンジャー、こんな関係はもう疲れた。バルトがお膳立てしてくれたしそろそろ決着付けようか」
  「そうそうミスティこいつ倒して悪の手先だしっ!」
  お前は黙っとけー!
  別にわざわざ話題にはしないけどヴァン・グラフの金庫破ったのもシーリーンだろ、悪人から巻き上げるのは好きらしい。まあ、実入り良いし当然か。リスクは高いけどさ。
  ……。
  ……あれ?
  ヴァン・グラフの時は私らの喧嘩を利用しての強奪だし、今も私がデリンジャーを倒すことで西海岸での盗みを有耶無耶にしようとしている気がする。
  利用されてね?
  嫌だなぁ。
  「赤毛のお嬢さん、そろそろ決着を付けましょうか」
  「ふぅん。それがバルトの意向なのね。……そういえば普通にあいつが黒幕のつもりでここまで来たけど、あいつ生きてるの?」
  「どういうことです?」
  「うちの仲間がスナイプしてるんだけど」
  「ほう?」
  デズモンド曰く生きているはずがないとのこと。
  狙撃してバルトは倒れた、ザ・ブレインはバルトを置いて逃げた。誰がバルトを運んだんだ?
  それともあいつが自分で逃げたのか?
  撃たれたのに?
  スティムパック打つだけの余力をデズモンドが与えるとは思えない。
  確認するために屋外に出た時にはバルトはいなくなってたらしいけど、あいつどんな生命力してるんだ?
  「まさかと思うけどあんたが運んだんじゃないでしょうね?」
  「僕がむさくるしい男を運ぶわけないじゃないですか。女性なら、まあ、お持ち帰り……いえいえ、丁重に運びますけどね」
  「お持ち帰りって言った?」
  「気のせいですよ」
  「女たらし」
  「褒め言葉、として受け取っておきますよ」
  「褒めてない。全然褒めてない」
  「ははは」
  女たらしであることを誇りにしているらしい。
  嫌な奴だ。
  デリンジャーは床に置いてあるコートを無造作に掴み、私に向かって投げた。ぶわっとコートは風を受けて広がりデリンジャーとの視界を遮る。
  やばいっ!
  判断と同時に私は右に転がる。コートを貫通して銃弾が飛んでくる。私の能力は視界に頼っている、視界に入る限りはスロー。とはいえ接近し過ぎての銃弾は避けきれないし、コートが
  飛んできた距離だけ弾丸はロストしている状態。貫通したと同時に視界に入るとはいえ、いきなり銃弾が現れたようで心臓に悪い。
  弾丸はさっき私がいたところを通り過ぎる。
  デリンジャーはこちらに向かって走ってくる。手には黒い44マグナム。今回は本気の本気、ということか?
  あんなものに撃たれたらたまったものじゃない。
  デリンジャーは銃を撃たずにこっちに突っ込んでくる。頭の良い男だ。銃を撃たない限り、銃弾が視界に入らない限り、私の能力は発動しない。もっとも任意に時間をスローにする能力も
  あるけど、これやると高確率で偏頭痛がするからあまりやりたくない。相手が雑魚ならそれでもいい。こいつの場合、長期戦になるからそれはしたくない。
  というかこいつの場合、時間操作しても回避するから怖い。
  マジでマジで。
  私も同時にあいつに向かって走る。デリンジャーは少し笑うけど、どういう意味の笑かは謎。
  お互いがお互いに向かって突っ走る。
  仲間たちは傍観。
  少なくともグリン・フィスがそれを仲間を押しとどめている。彼には彼の美学があるのだろう、これはサシの勝負だと。フェアじゃないと。
  さすがは私の仲間、分かってらっしゃる。
  肉薄する瞬間、私はジャンプ。
  回転しつつ……。
  「はあっ!」
  空中回し蹴りっ!
  これは想定していなかったのだろう、デリンジャーの頬に軽く当たる。軽く、というのは私の目測が間違ってたわけではない、こいつが後ろに引いたからだ。さすがは侮れん。
  私は発砲。
  デリンジャーはさらに後ろに飛ぶ。
  発砲。
  発砲。
  発砲。
  そして……。
  「BANG」
  私は微笑しつつ呟く。
  デリンジャーは意味が分からない、という顔をしつつ立ち上がった。最後は銃口を向けて吐いたけど私は撃ってない、BANGと言っただけだ。
  「何のつもりですか?」
  「これで貸し借りなしね」
  「……?」
  「ピットでの貸し借りよ。今のでチャラにしてあげる。頭吹き飛ばさないであげたわ」
  「お言葉を返すようですけど、僕は避けれましたよ」
  「いやいや当たったわ」
  「……まあ、いいでしょう、これで貸し借りなし、です」
  「やったラッキー」
  苦笑するデリンジャーを見ながら銃をホルスターに戻して、足元に落ちているコートを拾う。
  穴が開いてる。
  まあ、こいつが自分で開けたんだけど。
  「なかなか良いコートね」
  「ポケットを深くしてある特注品ですよ」
  「ほんとだ、深い」
  「後で返してください。というか床に置いてください。あなたの血が付くと選択が面倒です」
  「もう喧嘩はお終いにしない?」
  「とはいえ僕としてもお仕事関係ですからね。レイダー連合からの依頼は、まあ、お終いです。組織ないですから。成功報酬でない時点でお終いです」
  「ビジネスなのね」
  「より正確に言えば信用の問題です」
  「信用、ね」
  「報酬もそうですけどね、依頼人が生きている限り、報酬を受けた限りはちゃんと果たしますよ」
  「あんたバルトが依頼人じゃないんじゃない?」
  「さあ?」
  「仕事関係とは言うけど依頼人とは言ってないわよね? ……COS?」
  「鋭いですけど若干外れです」
  「ふぅん」
  「ともかく、赤毛のお嬢さんは消します。殺し合いに私情は挟まないんですよ」
  「私も」
  響く銃声。
  コートをこっちに投げた時点で、その飛んでくる勢いで分かってた。ポケットの中にはデリンジャーがある。ただ興味本位で拾ったわけじゃない、相手への不意打ちの為だ。
  卑怯というかこいつは油断できないから、必要な対処法だ。
  デリンジャーは身を捻るものの顔を苦痛に歪ませた。
  左肩を銃弾が貫通。
  コートとデリンジャーを捨てて44マグナムを引き抜く。一丁だけ。もう一丁は弾丸切れだからだ。決めるっ!
  デリンジャーの方がわずかに早かった。
  視界に入る限りはスロー。
  避ける。
  そのわずかな瞬間に再びこっちに突っ込んでくるデリンジャー。私は撃つ、しかし軌道が分かっているのかデリンジャーはそれをわずかな動作で避けながら迫ってくる。
  ……。
  ……私は、いい。FEVをその身に宿し、適応させ、特殊能力を得てる。
  人類規格外と言ってもいい。
  だがこいつは何だ?
  何でこんなにデタラメなんだ?
  最接近した奴は銃を撃つ、私は避ける、私も撃ち、相手も避ける、そして……。
  「チェックメイトです」
  「まあ、お互いにね」
  互いに互いの額に銃口を押し付ける形で私たちは見つめ合っている。
  どちらもあの至近距離を決め手として放ったけど、どちらも決定打にならなかった。
  そして今、見つめ合っている。
  「撃ち合ってみますか?」
  「そうね。とりあえず私が撃つから、死んでから反撃して。私はまだ死にたくないし。……これは、また引き分け?」
  「そうなりますね」
  「決着はいつ付けようか?」
  「そうですね」
  しばらくデリンジャーは考え、微笑しながら後ろに下がった。
  「キャピタル・ウェイストランドで付けましょう。どうです?」
  「私もそれでいいわ」
  決着はまた未定、かな。
  正確にはデリンジャーから退いたような気はするけど、それは癪だから言わない。決着が付いたと同時に仲間たちが動く。グリン・フィスは抜刀の構えで私の横に立ち、シーとサラは
  銃を構えている。デリンジャーは微笑を浮かべながら後ろに下がり、銃を片手にリュックのところまで移動、そしてペットボトルを出して飲む。透明だ。水かな?

  「何やってるんだ、あんたはっ!」

  奥の扉から叱責。
  見る。
  バルトがいた。
  ソドムの市長であると同時に、教授の手下の生き残り。
  「市長、お久し振り」
  「いい加減面倒だよ、旅の人」
  「お互いにね」
  44マグナムをホルスターに戻してアサルトライフルを手に取り、相手の胸元に銃口を向ける。
  バルトの腰にはこれまた44マグナム。今回大安売りの武器だ。ただ私とデリンジャーと違うのはそれにスコープが付いていた。
  「撃つのかね?」
  「心当たりあるでしょ」
  「そんなに俺は悪いことをしたか? いつした? フェリー乗りのトバル時代か? あれは趣味だしとやかく言われる筋合いはないな。何より殺した数ではお前の方が上だろ? あんたの
  親父のことも知ってるよ、エンクレイブに殺されたんだってな。お前の親父は人殺しの娘を悲しむだろうな」
  「論点すり替えできてないし、面倒だから、黙れ」
  「了解だよ、旅の人」
  「大体なんであんたは生きてるの? 軌跡、いえ、これも偶然の連続ってやつ?」
  「そうだな。話すとしようか」
  この余裕は何だ?
  まだ奥の手があるのか?
  ザ・ブレインもスーパー・エゴとかいう奴も出てきてないし、他にもまだいるのかもしれない。
  「一昔前にこういう人物がいたんだ。そいつのことを話そう」
  「手短にね」
  「そいつは毒を食わされても死ななかった、複数の奴にぼこぼこにされても死ななかった、銃で撃たれても死なず、最後は川に投げ込まれた。最終的な死因は溺死だった」
  「それが?」
  「俺もそういう流れだったのさ。ネイディーンの馬鹿が囮になって俺を誘惑した。あのバカ女の頭を半分割った瞬間に、奴の雇った傭兵にスナイプされた。そしてネスディーンとそこにいる
  シーリーンにハチの巣にされ、鎖で巻かれて海に捨てられた。ただし前述の人物とは違い、俺は死ななかった。そこまでされて生きてる理由? それこそが、偶然の連続の結果なのさ」
  「沈んでる最中に教授に拾われたのね」
  「そうだよ。とはいえ五体満足ではなかったからな。だから……」
  アサルトライフルを撃つ。
  バルトは体を後ろに少しよろめくけど、生きてる。
  そういうことか。
  「いきなり撃つなんて乱暴だな」
  「あんたサイボーグか」
  「そういうことだ。アダマンチウムの骨格やら人工肺とか、人工臓器にカルバート様はしてくれたのさ。お蔭でこうして生きてる。無敵の存在としてな」
  「ごめん訂正。あんた完全にロボットね、それ」
  既に人間やめてる。
  ふぅん。
  つまりは教授と同じ状態か。
  それでデズモンドの狙撃でも生きてるのか。
  そしてここに出てきた理由、それは単身でも私たちを屠れるだけの自信と実力があるからだ。とはいえこっちにはボルト87の教授戦では参戦しなかったグリン・フィスがいる。あの時とは違う。
  ショックソードがある以上、テスラだって斬れる。アダマン何とかだって問題ないだろる。
  ……。
  ……たぶん。
  「うっそトバルが生きてたなんてっ!」
  「何だか分からないけど撃っていいのよね、ミスティ」
  銃声。
  仲間が撃った、というわけではなく、デリンジャーだった。もちろんバルトに撃ったわけではなく私に向けて。いきなりだったから回避できなかった。バルトに視線集中させてたし。とはいえ
  デリンジャーは私を撃ったわけではなく、私の右のホルスターにあった44マグナムを撃っただけ。改造してあるのか、私の44マグナムがへゃげる。
  数歩下がって銃口を奴に向ける。
  デリンジャーは笑う。
  「貸しですよ」
  「はあ?」
  「殺せたけど殺さなかった。貸しです。貸しを作っておいた方が楽しいですからね」
  「……ふん」
  「さあデリンジャーのジョン、遊んでないでこいつらを殺すんだよ」
  「ええ」
  連続して銃声。
  バルトは何も言えないまま全身に弾丸を受けてよろめく。駄目だ、デリンジャーの立ち位置が分からん。
  「何のつもりだっ! 依頼人に……っ!」
  「僕の依頼人はネイディーンさんですよ。あの時狙撃した傭兵とは、僕のことです。傭兵ではなく殺し屋ですけど。トバルの抹殺、報酬も受けていてました。でも生きてた。遂行しに来たんです」
  「ふん、この時代美学を持つとはなかなかだな。だが俺を殺せるのか?」
  「ええ」
  リュックの中から何か取り出す。
  グレネード。
  バルトは笑った。
  「俺を殺す為に今まで側にいたんだな。俺をトバルだと断定するために、だろ? だがリサーチ不足だな。そんなものでは殺せんぞ」
  「あなたがトバルなのは分かってましたけど決定打が欲しかった。カミングアウトありがとうございます。さてリサーチ不足とのことですがそんなことはありませんよ。あれだけ撃たれて五体満足
  なのはあり得ませんからね。あなたが機械仕掛けなのは分かってました。でも殺さなかったのは、トバルだとの決定打に欠けていたから」
  「何が言いたいのか分からんね」
  「この街は完璧でした。武器は取り上げられる。一見するとあなたの箱庭を護るため、でも違った、あなたを殺す道具を持ち込ませない為でもあった。違いますか?」
  「何が言いたい? そんな爆弾で俺は殺せないぞ」
  「ヴァン・グラフに商売させたのは間違いでしたね。機械の体にパルスグレネードは応えるでしょう?」
  「パルス……っ!」
  「作り主もいない今、その体が壊れたら誰が直すんでしょうね」
  「ま、待てっ!」
  「バイバイ」
  そして……。