私は天使なんかじゃない
夢で逢えたら
分身のようで、全く異なる他人。
薄暗い広い部屋に気付けば私はポツンと立っていた。
武器は持ってない。
そして何故かボルトスーツを着てた。ナンバリングは背中に記されているけど、当然自分で背中のナンバリングは見えない。何でボルトスーツ着てるんだ、私。
そもそもどこだここ?
床には何かの方程式が無数に書かれている。
……。
……いや落書きかも(汗)
汚い字です。
で?
ここはどこだ?
確か私はマクグロウとオリンに気絶させられたような。あー、そうでしたね、気絶させられました。スタンガンだかスタンロッドで麻痺させられたんだ。
くっそ、あいつら。
仲間だとは思ってなかったけど、まさかこのタイミングで襲ってくるとは。
そもそもあの2人はただの同行者。
そこまで気を許していたわけでもないけど、まさか攻撃してくるとはなぁー。
油断した。
で?
ここはどこだ?
バルトのアホは脳手術をするとか言ってた、ここは……ボルト……いや、少なくともさっきの場所じゃない。どこだここ?
ここはどこここはどこここはどこ、何度もリフレイン。
全く分からん。
手術ワクテカなバルトが私を放置していなくなるわけがない。
なのに私は1人。
拘束もされてない。ただ意味もなくボルトスーツ着てる。
意味が分からん。
「よお、そこの間抜けさん」
「……?」
声がした。
闇の向こうから。目を凝らしてみようとすると突然水槽のような代物がライトアップされた。さすがに私は驚く。
何だ、これ。
何かのショー?
水槽に近付く。
それは金属製の台座に固定された、球状の水槽。何かの液体が充ちている。水ではなさそうだ゛、何故ならそこには脳ミソが浮かんでいたから。
薬液に満たされた水槽に浮かぶ脳ミソ。
何だ、これ?
「よお、何しに来たんだ、私はこれを機会にあんたから独立するつもりなんだがな。赤毛の冒険者の脳ミソなんかやってらんねぇよ」
「はっ?」
脳ミソが喋ったっ!
しかも赤毛の冒険者の脳ミソなんかやってらんねぇよって……えっと、これは私の脳ミソなんですかね(滝汗)
頭を触ってみる。
脳があるかは知らんけど、どこにも傷はない。頭蓋骨が開いてるってわけでもない。うれ私何考えてんだ、脳がないなら私は何で思考があるのさ?
やばい、テンパってる。
百歩譲ってこれが私の脳ミソだとして何だこの性格は?
口調なんか完全に男だ。
意味不明すぎる。
「ここらでお互いに別の道を歩もう。まあ、現実世界ではそろそろ殺されそうなんだが、わずかな間でも、私は独立していたい。あんたの世話はもう御免だよ」
「現実……あの、戻りたいんだけど」
「ご勝手に。だけど私がいないと意味はないぞ。建前と本音、光と闇、愛と憎しみ、全ては二律背反しつつも寄り添ってる、それをやめたら存在できないからだ。表現が中二病か?
まあ、なんでもいいだろ。私とあんたも同じようなもんだ。脳ミソの形をしているがこれはあくまでイメージだ。あんたと私は、そう、同じなんだ。まあ、もう共には歩まんがね」
「不満なの、私が?」
「不満だね。安息が破られた」
「安息?」
「さてさて結局ウェイストランドに引き摺りこんだのは誰だったかな? 我々はどこにいた? 何だって放射性の泥の中を這いずりまわってた? 親父の所為か? いやいやあんたの所為だ。
ボルト101で暮らし続ける術だってあったはずだ。あんたのせいでこんな訳の分からん世界に来ちまった。赤毛の冒険者って呼ばれるのは楽しいかい?」
「……純粋に気になるんだけど、聞いていい?」
「許可しよう」
「えっと、何だって自分の脳が、こんなに男臭いわけ?」
「ああ。それについては立ち入り禁止ゾーンで女性の声の変調器を手に入れるのが驚くほど困難なのだ」
「はっ?」
「脳を保てる生命維持タンクは簡単に入手できない。使える物を使うしかなかった」
「えっと……」
ところどころ意味不明。
しかし戸惑ってばかりもいられない。
こいつの単語の意味は意味不明すぎるけど、私は多分ここにはいない。ソドムのボルトで私は気絶してる。となるとこれは夢か。しかしただの夢にしては悪趣味すぎる。
脳ミソとの対面?
悪いジョークだ。
この脳ミソは抽象的なイメージかもしれない。私の、内面的なもう1人の自分、見たいな?
私であって私ではない、もう1人の私、そして客観的にすべてを見ている他人。
心理学は分からんけどそんな感じ?
まあいい。
現実かは知らんけど、私はこの会話を確かにしている、夢かはともかくとしてまずはそれを受け入れるとしよう。
その方が楽だし、話が進む。
「これは……夢よね? というか内面の自分の対面的な?」
「素晴らしい。私という脳ミソがなくノータリンな状態でもそれが分かったのか? ご褒美にクッキーあげようか?」
「何か嫌な奴ね」
ところどころ皮肉な奴だ。
これがもう1人の私?
嫌だなぁ。
脳ミソは私に反論する。
「これはこれはご挨拶だな。私が嫌な奴だと? お前がウェイストランドを意味もなく、本来の目的も忘れてふらつきまわていたのがまるで私の所為みたいじゃないか」
「いや、そうは言ってない……」
「言ってるようなもんだろ。準備不足の旅立ちの為に放射能にまみれたキャピタル・ウェイストランドの荒野を歩きまわされたり、他人のドンパチに首を突っ込んでいるのは私ではないっ!」
「ちょっと、怒らないでよ。私が苦しんでざまぁとか思ってんでしょ、なら、それでいいじゃない」
「何だその言い方は。DC残骸で赤いスパミュに撃たれたのを忘れたか? 能力行使の為の偏頭痛を私が楽しんでいると思っているのか? 体の痛みを楽しんでるとでも? ふざけるなっ!」
「ごめん。私の脳にこんなことを言われるとは思ってなかった」
「私の脳だと? 全く違うっ! 私は我々の小さな結びつきである理性と知性の代弁者だ。正義感や他者を助けた時の高揚感、それがどこから来るか分かるか? 私のお蔭で、あんたは生きてる」
「あなたのお蔭で?」
「そうだ。分泌腺だ。全てはそこから来る。私は今、猿のような原始的な内分泌系の支配から解き放たれ、お前の内分泌系の愚かさを知った」
「私の分身だ、みたいな触れ込みだけど、あんた完全に発想が脳ミソじゃん」
「ふふん。負け惜しみとして受け取っておこう」
「あの」
「何だ、反論があるのか? 上手く言えたらキャンディーあげるぞ?」
嫌な奴だ。
「全部私の責任なわけ? 責任は半々じゃないかしら?」
「何で?」
「あのさ、分泌腺の大半はそちら由来だけど。脳から出てるわけだし。私の胸腺が悪いっていうならまだしも、全部私の所為というのは乱暴すぎない?」
「私は……いいか、全てバイオフィードバッグやその他諸々、お前には理解できない、そ、そう、システムの所為だ。説明はしてやらん、お前には理解できんからなっ!」
「説明できんだけじゃないの?」
「お前の脳ミソで理解できるように噛み砕くのが面倒というだけだっ!」
「お前の脳ミソ、つまりはあんた」
「……っ!」
何なんだこの会話は。
不毛すぎる。
生死に関わっているから精神が分裂してるのか、今?
分かり合えないと元の世界に、つまりは意識が戻らないということか?
それはまずい。
現実ではバルトに頭かち割られそうだ。
「諦めなさい。そっちもこちらと同じくらい分泌腺に依存してる」
「そうか……かもしれんが、だが、少なくとも私はお前より論理的だ」
「論理的」
「そうだ。お前はスーパーミュータントに鉛筆1つで突っ込んでいくほどの馬鹿だ。私がどれだけ止めようともお前は止まらないっ! 何で止まらない? お前が短絡的な馬鹿だからだっ!」
「そんな状況はまだないけど……」
「トロッグの群れに突っ込んだり奴隷商人と戯れたりもううんざりなんだよっ! ベヒモスの背によじ登るとか正気じゃないっ! 私はお前と違ってマゾじゃないっ!」
「……はあ」
「ほぉら、見ろ、お前は私を論破できない、何故なら私の方が理性的だからだ」
「そろそろ一緒に戻らない? 旅、楽しくなかった?」
別の視点から攻めてみよう。
「戻る? 一緒に? 正直に言うがその見込みは全く感じられない」
「何でよ?」
「ここでなら平和と安らぎ、安全を得られると思うのだ。お前の頭で得るのは放射能と恐ろしい怪我、生物学的危機だけだ。それに絶えず排尿の心配をする時間があったら、どれだけの
ことができると思う? 実に多くのことができるんだぞ。無駄なメモリを使うだけだ、お前と一緒にいたらな」
「だけど良いこともあったでしょ? 頬に当たる風や食べ物の匂い、あと、愛はどう?」
「情緒で訴えても駄目だ。私は理性的だからな。お前が言うものは生物学的反応の過大評価だ。嘘じゃない。肉体がホルモンを分泌しているからそう感じるているだけだ」
「冷めてるのね」
「違う。これは理性的だ」
「そのホルモンがないからそういう心境になっているだけじゃないの? あなたは今そのホルモン感じられないでしょ、分泌する体がないんだから」
「……」
「お互いに欠けてる。また1つになって、冒険しましょう。その前に、バルト叩きのめさないとね」
「ふむ。お前が正しいようだな。前提を疑ってかかるということだな? お前の悪い癖だが、まあ、理解はできる」
「完全に手詰まりな気もする。私にはそっちの気持ちは分からないし。そっちも私の気持ちが理解できないでいる。どうしようか? どうすればわかり合える?」
「確かにな。全くの同感だ。どう解決しようか?」
「お互いに信頼すべきだと思う。別れたままでは、完全な状態にはなれないことを認めないと」
「ははは」
脳ミソは笑った。
私も微笑する。
どこぞのラノベみたく内面との自分との会話、格好良いものではないけど、意義はある会話だったと思う。
なかなか楽しい体験だった。
「私もそうすることに利点はあると思う。再結合により我々の相乗効果が向上するチャンスがあるな」
「で、どうする? 頭の中に戻って……というか、夢から飛び出して、また一緒に大冒険する?」
「そうだな。……もう充分説得してくれたしな。本気で言ってくれているからお前の体に戻ろう。だがあいにく我々がそこに到達するまでには問題もある」
「問題?」
「体は拘束されていないが、薬で麻痺させられている」
「仲間が来るわ」
「奴らを信じてる? 本当に?」
「ええ。嘘だと思う?」
「ここでは嘘は存在しない。お互いに騙せない。私はお前で、お前は私だからな。自分で自分を騙せないわけだから本気だろう、しかし現実的には時間差がある。間に合わん可能性だ」
「じゃああなたが麻痺を解いて」
「……正気か?」
「自分は自分を騙せない、つまりは本気。正直、自分で肉体の全てを、意思1つでコントロール出来るなら、それぐらいはできるでしょ?」
「分泌を増やしたりして?」
「そうそう。それは任せる。私はバルトをぶっ飛ばす。2人の勝利、いえ、私たちの勝利を演出しないとね」
「どうやら勝利した時のエンドルフィンが恋しくなってきたよ。分かったよ、私たちはお互いに協力して、今後も共存する必要があるようだ。じゃあ、行くか?」
「ええ」
「ザ・ブレイン、そこのメスを取ってくれ」
「ハッ! 別に助手ってわけじゃないぜー?」
カチャカチャ。
金属の器具をトレイに乗せ、白衣のバルトは私の額をアルコール消毒する。マクグロウとオリンはいない、原子力潜水艦のところに行ったのだろうか?
Mr.ハンディ型のロボ、ザ・ブレインは室内を浮遊している。
手伝う気はないようだ。
主従関係というか同僚って感じかな?
どちらもカルバート教授の部下、そして現在はお互いに教授の手下の生き残り。仲間ではあるけど命令し合う関係ではないようだ。
バルトはイラついたように叫ぶ。
「少しぐらい手伝ってくれたっていいだろうっ!」
「ハッ! そいつ起きてるからそいつに頼めばいいじゃないですかー」
「なるほど、それもありか」
頷くバルトに私はメスを手渡す。彼はそれを軽く掴んで笑う。
「はい」
「すまん……なーっ!」
手渡したメスで私は力任せにバルトの指を切り裂き、指が落ちる。そしてそのままメスをバルトの右足に突き立てた。ザ・ブレインが動くのを感じた。やばいっ!
私はベッドを転がり落ち、大きく後ろに跳ぶ。
瞬間、ザ・ブレインから火炎が放射された。熱い。もちろん近付く気はない、私は走って部屋の出口に向かう。
「緊急閉鎖っ!」
「ハッ! アイアイサー」
ぷしゅー。
音を立てて扉が閉じた。
ちっ。
閉じ込められた。しかしだからなんだ、私は今とってもハイだ。体が絶好調。脳との会話の所為か、それともちょっと寝てたからHPとMPが全回復したのかは知らない。
そのまま回れ右して全力疾走。
バルトに飛び蹴りをした。バルトはその場にひっくり返る。近くのテーブルに銃火器が置いてあった。私のだ。アサルトライフルを手に取り、掃射。バルトはベッドをひっくり返して
盾代わりにした。ちっ、なかなか素早い奴。一瞬視界からロストする。グレネード叩き込んでやろうとしたけど、ザ・ブレインが火炎放射。
こいつの方がうざいな。
射程距離から逃れ、アサルトライフルの銃口を向ける。
壊れろっ!
バリバリバリ。
掃射。
しかし青白い光がザ・ブレインを包み込み、放たれた弾丸は全て床に落ちた。
フォース・フィールドっ!
見た目はノーマルだけど改造されてるのか。さすがは教授の手下ってわけだ。その間にバルトは全力疾走で扉まで逃げる。バンバンと叩く。
「ハッ! アイアイサー」
ぷしゅー。
叩いたのが、開けろ、という意味だと理解したザ・ブレインは扉を開放。バルトは扉の向こうに消えた。おかしいな、あの足であんなに走れるなんて……ふむ、予想外だ。
ザ・ブレインはフィールドを展開したままバルトを追う。
グレネードを叩き込むも貫通せず。
44マグナムをホルスターに突っ込む。
しかしどう倒そうか。堅いな、あれ。そして意外に速度が速く私も追いかけるもののどんどんと引き離される。向こうは浮遊しての移動で、私は坂道を駆け上ってる、私の方が疲れますね。
ボルトの通路を駆け上る。
敵は他にいない。
というかザ・ブレインも早いけど、バルトも素早い、もう姿が見えない。ボルトの扉まで到達、扉が閉まり始めてるけど私はぎりぎりで飛び出した。市民銀行を通り抜け、外に。
「はあはあ」
もうどこにもバルトとザ・ブレインは見えない。
逃げられたか。
スパミュの亜種もいない。
どこからも銃声は聞こえなくなっているのに気付いた。
「やあ、赤毛のお嬢さん」
「あんたか」
デリンジャーが建物の壁に背を預けて立っていた。手はポケットの中。油断できない。
彼は相変わらず柔和な笑み。
食えない奴だ。
「あんたかっていうのはご挨拶じゃないですかね」
「バルトの手下なんでしょ、あんた」
「おやおや。僕が彼に雇われているとでも?」
「ブラックホールの爺さんとこにいた理由も、ヴァン・グラフに雇われてたのも、あいつの差し金なんでしょ?」
「お仕事関係、とだけ」
「何よそれ」
「主から離れてもらおうか」
グリン・フィス。
ショックソードを手に登場。静かな殺気をデリンジャーに向けるも、彼は苦笑して一歩下がった。
「僕はただのメッセンジャーです。今はね」
「メッセンジャー?」
「シーリーンってご存知ですよね?」
「シー? 知ってる」
「カルバート邸にいますよ。正確にはさっきまでここにいたんですよ、ただ、あなたのお仲間の保安官が重傷でしてね。いやいや僕は何もしてないですよ?」
「分かってる」
マクグロウとオリンだ。
2人の会話では、そういうことだった。
「何だってシーが……カルバート邸? 教授の家があるの? あいつらの本拠地にいるの?」
「言っている意味が分かりませんけど、まあ、カルバート邸です。セキュリティが鬼のようでしてね、つい最近まで無人でした。COSも撃退されるぐらいでして」
「デリンジャー、あなたはどこまで知ってるの?」
「さあ?」
くすくすと彼は笑う。
食えない。
食えない奴だ。
「デズモンド・ロックハートを知ってるでしょう? シーと彼は西海岸では何度か組んだ間柄でして。グールの紳士は彼女をスワンプフォークから匿い、バルトに対抗しようとし
ているとか何とか。その一環でここに来たみたいですね、彼女は。そして瀕死の保安官を拾って帰って行った、というわけです」
「どうしてそれを教えるわけ?」
「まあ、気まぐれです」
「ふぅん」
「じゃあこれで。……次も味方だといいですね」
そう言ってデリンジャーは去っていった。
敵にすると面倒くさいけど、味方にしても胡散臭い。まあ、今の状態が味方とは限らんけど。というか違うだろ。
「主」
「この街の掃除は終わったわけ?」
「はい」
「いきなり疾走するから焦ったけどさ、まあ、ご苦労様。それよりも行こう、カルバート邸に」
「罠の可能性もあるのでは?」
「その時は引っくり返す。私と、もう1人の私と、あなたとでね」
「もう1人……?」
「行くわよ」
「御意」