私は天使なんかじゃない
タートルダヴ収容所
時として流されなければ全体像が見えない時がある。
今はまだ雌伏の時。
既に夜の帳が降りている。
ここがどこなのかよく分からない。PIPBOY3000の地図機能はちゃんと作動しているけど視界が完全に闇なので迷う可能性がある。というか迷う。
なので私たちは夜営することにした。
依然として密林の中だけど少し開けた場所を発見。少なくとも3人が横臥出来るだけのスペースはある。
そこで焚火をして夜を明かすことにした。
私、グリン・フィス、ポールソンの3人は夕食中。マルグリットの倉庫からパクってきた代物を食べている。缶詰の類。
「ふぅ」
一息ついた。
ごくごくっとペットボトルの水を飲みほした。これは船から持ち出したやつだ。
水はこれでお終い。
さてさて、どうしたもんかな。
海岸のフェリー船はスワンプフォークに襲撃され、戻るに戻れない。シーは囮となった逃げ、その間にサラは脱出、収容所付近で合流する手はずになっている。
何故収容所付近なのか。
どうしてマルグリットの小屋ではなかったのか。
ポールソン曰く「小屋の位置はジャングルに慣れてないと分かりづらい」とのこと。普通に彷徨ってたら見落とす可能性が高いらしい。それとは違って収容所は見落とさない、
収容所見落とすなら眼科行けってぐらいに分かり易いそうだ。
まあ、シーがこっちの状況を知らなかったとはいえ、マルグリットの小屋も襲撃されてたからあそこにはどっちにしろ留まれなかったけど。
偶然とはいえ手間が省けました。
問題は水の調達ができなくなったってことだ。
元々今回はフェリー〜マルグリットの小屋の往復分の水しか持ってなかった。
食べるのは我慢すれば何とかなるかもだけど安全な水の確保はなかなか難しい。放射能云々以前に水でお腹壊したくはないです。
最悪お酒で水分を取るしかない。
「侍、こいつもいけるぞ。カウボーイの味だ。食ってみろ」
「頂戴する」
カウボーイの味って何だカウボーイって。
そういう設定の人なのか、この人。
完全に初対面なのになぜか親近感がある謎の人。まあ、悪い人じゃなさそうなので別にいいんですけど。
ポークビーンズの缶詰を手渡されるグリン・フィス。
一口食べる。
「ほう、美味い」
「だろ、食え食え。はははっ!」
陽気なカウボーイ。
ポールソンは食料だけではなく酒精の類も確保していたらしく陽気に飲んでいる。息抜きは大切ですよね。
ちなみにこのお酒は密造酒ではなく普通のウイスキーのようです。
核バッテリーをエッセンスにしたのはさすがに怖い(泣)
私は2人の様子を横目で見ながらPIPBOY3000が受信したさっきのメッセージを流す。音量は小さくしてだけど。
『ミスティっ! サラよ、こっちは攻撃を受けてるっ! 戻ってきちゃ駄目よ……ちょっと、無線機返して……っ!』
『あたしがこいつら連れて逃げまわるから、BOSそっちに行かすっ! 収容所近辺で合流しなよっ!』
『あなた正気っ!』
『あたしはここに精通してる。逃げるのはあたしの方が可能だし。ほら、行動開始っ! ばいびー☆』
考える。
砂浜も狙われた。
何故?
何故スワンプフォークはこちらの動きが分かるのだろう。
たまたま?
そうかもしれない。
災害救済キャンプだっけ?あの近辺の海岸に停泊していたフェリー船が拠点だった。視界が良かった、丸見え。だから襲撃されてもおかしくはない。目立つからだ。
でも私らはどうだ?
マルグリットを殺して、スワンプフォーク5体を小屋を納屋に閉じ込めたのは誰かは知らないけど……襲撃して来た連中は明らかに私らを狙ってた。閉じ込められてたのを助けに
来たってわけではあるまい。それもあったかもしれないけど、襲撃は用意周到だった。殺す気全開だった。
スワンプフォークの生態は知らない。
文化も全容も。
戦略があるのは分かる、だけど何の意味があって殺しまわっているんだ?
理由があるはずだ。
それがまったく分からない。
宗教的なこと?
うーん。
乗り切るにしても出し抜くにしても生き残るにしてもそれを知る必要がある。
ふと漆黒の密林を見る。
光る眼がいくつか瞬いている。肉食性の動物か何かだろう。
「主」
「何?」
「お疲れでしょう。お先にゆっくりお休みください」
「ありがとう」
好意はありがたいし1日の密度がやたらと濃かったから眠いし疲れてるけど甘えてばっかりもプライドが許さない。仲間だし。見張りは交代でしなきゃ。
POPBOY3000のディスプレイの電源を落とす。
焚火は肉食系の動物避け。
もちろん密林彷徨ってるかもしれないスワンプフォークの目を引き付けることにもなるけど焚火は仕方ない。とはいえ必要以上の光はいらない。PIPBOYの電源を消したのはその為だ。
寝れるかな?
こんな最悪な環境で(号泣)
寝れないにしても体を休めるだけでもありがたい、かな。ごろっと地面に横になる。今更服が汚れることを気にしても仕方あるまい。
既にドロドロだし。
あー、シャワー浴びたいー。
「見張りは交代でしましょ。次は私ね。番が来たら起こして」
「御意」
夜は更けていく。
1時間後。
闇に包まれた密林。
「……」
乱れる息遣いを外に漏らさないように、大木に背を預けている彼女は口に手を押さえて立っている。
鹵獲したダブルバレルショットガンは海岸での戦いで全弾撃ち尽くし、シーの好意で単身脱出し密林を彷徨っている間に落としてしまった。
デザートイーグルを両手に持ちながら息を整えている。
体は大木の影。
視線は行軍しているスワンプフォーク。距離は木を挟むだけの距離。大木に身を隠す彼女のすぐそばを行軍している。
数が多い。
30〜50はいる。
隠れながらこのままやり過ごすという展開を望んでいた。全部殺すには弾が足りないし、仮に必要な弾丸があったとしても願い下げだろう。
スワンプフォークは死を恐れない。
敵としてこれほど厄介なことはない。
整然とした軍隊では到底ないものの撃ち殺されても一向に気にしないという感じで突っ込んでくる敵も怖いものだ。
ザー。
この時ノイズ音がした。
彼女の無線機の音ではない。彼女の持っていた無線機はミスティに警告する際に使用、その後の戦闘のドタバタでシーが持って行ってしまった。彼女は行方知れず。
スワンプフォークは妙な言語を口走りながら歩き去っていく。
彼女にはまるで気付かない。
「……はぁ」
小さく息を吐いた。
安堵からだ。
未開の原住民はどんどん遠ざかっていく。
攻撃してくる際は脅威ではあるが移動中はまるで怖くないなと思った。何度か遭遇しているもののすべてやり過ごしている。それにしてもと彼女は思う。
本当に木一本の距離なのにスワンプフォークは彼女の存在を気付かないで通り過ぎて行った。鈍過ぎる。
知覚が弱いのだろうか。
いなくなったのを確認する再び足を進めた。
収容所に向けて。
既に近くには誰もいない。
彼女は低く毒づいた。
「予定と違う。こんなの聞いてない。しばらくは生き延びることに専念しなきゃ。……くそ……」
3時間後。
ゆっくりとする……とは言い難いけど、グリン・フィス、私、ポールソンの順番で見張りをすることに決めていた。
何とか体を休めようと躍起になっていたところでいきなり銃声。
近くで硝煙の臭い。
グリン・フィスがライフルを虚空に向けて撃ったようだ。
もちろん無駄に撃つはずがない。
無駄撃つする弾丸はないし、そもそもそんなことしたらスワンプフォークを引き寄せてしまうだけ。あいつらは知覚がやたらと過敏だ。
つまり?
つまり敵襲かっ!
「どうしたのグリン・フィスっ!」
「敵です主」
営業時間は終わったのに厄介な連中だ。
ショットガンを引っ掴んでブツブツと呟くポールソン。寝起きは悪いらしい。
「おいおい寝かしてくれよ、クソっ!」
私たちは飛び起きてジャングルに狙いをつける。敵は見えないけどグリン・フィスが気配を読み違えることはない。つまり夜で見えないだけでいるのだろう。
半信半疑のポールソンを促して、私は44マグナムで、ポールソンはショットガンで攻撃。
一呼吸おいてから悲鳴とともに銃撃が轟く。
ふぅん。
奇襲しようとして逆に先制攻撃されたってところか。
グリン・フィスの感覚はすごい。
「おい、お前ら、こっち来いっ!」
ショットガンを乱射しながらポールソンは走りだした。焚火が的になっている。そりゃそうだ、誰だって明かりがあればそこを狙う。向こうも明かりの側に私たちがいるからこそ弾丸を
お見舞いしているわけで、条件が同じ闇夜ならお互いに無駄に弾丸を交換するだけだ。
私もグリン・フィスも走る。
っておいっ!
「グリン・フィスっ!」
「制圧してきます。収容所で会いましよう。ご武運を」
そのまま敵さんがいるであろう方向に一直線で走っていく。そして見えなくなる。
暗いからだ。
ただ、スワンプフォーク側からは悲鳴のような声が立て続けに響いてくる。
無敵ですかグリン・フィス君(汗)
どうする、とポールソンは聞いてくる。
普通なら自殺行為だと思う。
だけど彼の場合はそれが当てはまらない。グリン・フィスはどんな時でも生き延びてくる。信頼に値する。彼が行けというのであれば尊重するとしよう。
「行きましょう、ポールソン」
「分かった。確かに敵の足止めは必要だ。あいつに任せていくとするか」
「ええ」
そのままジャングルを走る。
背後では悲鳴と叫びが連続して響いてくるが私たちの走る速度には追い付かず次第に離れていく。
先頭はポールソン。
彼の背中を見つつ、足元にも注意を払って私は走る。
ピッカピカの街灯があるわけではないのだ。
足元をおろそかにしたら木の根や蔦で転びかねない。暗闇から突然木々が飛び出してくるような錯覚を覚える。出来るのであればこんな場所で、こんな
時間帯にマラソンは勘弁したいものだ。そもそもこんな場所にいたくないというのもあるけど。
なんだろ、私が望んだのはこういうことじゃないような。
リアルな冒険はいらない。
なんちゃってでよかったのに。
神様は意地悪です。
……。
……まあ、神様なんざ信じてませんけどね。
「ポールソンっ!」
「何だっ!」
「収容所の場所は知ってるんでしようねっ!」
「あの無機質な<こんくりーと>ってやつで出来てる建物だろ? 金網で囲まれてる場所。知ってるよ、入ったことはないけどな」
「よかった」
道案内は有能です。
シーの話では完全武装の看守がいたとか何とか。だったら弾丸の備蓄はあるだろう。まあ、全面核戦争後の世界なので持ち出された可能性は否定できないけど。
補充できるのであれば助かるんだけどな。
そろそろ尽きる。
「うおっ!」
ポールソンが叫ぶ。
突然闇の中から斧を持った醜い男が現れた。突然、というか視界全く利かないから突然現れたように見えただけだ。待ち伏せっ!
あわや彼の脳天に振り下ろされそうになる瞬間に後ろにいた私が銃で敵の頭を吹き飛ばす。
どさっと後ろに倒れる敵。
私とポールソンは立ち止まり周囲の状況に気を配る。
「……」
「……」
いない?
単独でいただけ?
そうね、そうかもしれない。こいつらどんだけいるかは知らないけど、誰を追っているにしても、ジャングルに溢れるほどの数はいないだろ。
たぶん。
「助かったぜ、ミスティ。にしても敵はこいつだけか?」
「かもね」
「収容所はもうすぐだ。一気に行こうぜ」
「そうね」
ざー。
ノイズ音?
それから妙な言語が耳に響く。スワンプフォークが側にいて何か言っている、というより機械を通して響いているような音声。少しくぐもって聞こえる。老人の声だ。
どこだ?
どこから……ああ、頭のない死体の腰に無線機があった。
無線機、ね。
これで少しは前進だ。
こいつら連携して動いてる。無線で連絡を取り合ってね。
旧式の無線機を私は手に取る。
さてどうしたもんか。
こいつらの言語が分からない以上、相手を出し抜く情報は手に入らない。
「何だこりゃ」
「無線機」
「無線機……ああ、ラジオみたいなもんか。不思議だよな、中に人が入ってるんだろ? 前にばらしたけど小人はいなかったけどな。坊主には笑われたが人が入ってるんだろ?」
「はっ?」
たまにグリン・フィス並みに意味不明な天然野郎です。
この状況なので和みます。
『そこにいるのは誰だ? ……赤毛、ああ、お前があの赤毛の冒険者か?』
「……っ!」
無線機から老人の声。
こちらの言語も分かるらしい。英語を話してる。いや正確にはスワンプフォークのも訛りと閉鎖的環境から独自言語になったらしいけど、一応は英語か。観光案内で読んだ。
『もう1人男がいるな。誰だ?』
どこだ?
どこから見てる?
私を赤毛と認識しているのであればどこかから見ているはずだ。スワンプフォークに指示して高見の見物であるならば双眼鏡か何かで遠くから見てるのか?
双眼鏡で?
……。
……完全に視界ゼロな夜だぞ。どうやって見るんだ?
暗視ゴーグル?
分からん。
ますます持って展開が分からん。
「スワンプフォークってわけではなさそうね? まあ、私は連中のことをよく知らんけど。で? あんたは誰? 知らない人間と長々と話す趣味はないわ」
『ふん。礼儀を知らん女だな。こちらも礼儀を失してはいるが……』
「なら礼儀を持ってから出直しやがれクソがっ!」
怒号と同時にポールソンは私の手から無線機を奪い取ると地面に叩きつけた。
バヂィと音を立てて無線機は沈黙。
「何すんのっ!」
「爺の戯言が気に食わなかった。それだけだ」
「あー、もうっ!」
手がかりがなくなった。
何してくれてんだこいつっ!
「あんな箱の中に入ってる爺は性格が悪くなるものなのか? まあ、あんなのに閉じ込められてたら仕方ないか。同情はするぜ」
「人は入ってないから。あれ無線機だから」
「無線機?」
知らないらしい。
どこのど田舎から来たんだ、この人。
「それにしてもミスティ、似てなかったか、今の声」
「誰に?」
「マルグリットの小屋で俺たちを助けてくれた声にだよ」
「冒険野郎に?」
似てたか?
そこまで意識して聞いてなかったから分からない。
「そいつは失礼な物言いだな。助けてやったのに」
声と同時に私たちは銃を構えた。
その先には旧式の、それでいて装飾が見事なライフルを持ったハーバート"冒険野郎"ダッシュウッドと、おそらく冒険野郎が持っていたであろうコンバットショットガンを
手にしたサラがいた。少なくともソドムでは彼の装備だったコンバットショットガン。
その時、次第に空が明るくなってきたのに気付いた。
夜が明けつつある。
「この人に助けてもらったのよ。あのトレジャーハンターの子は……どこに行ったか分からないわ。ミスティ、もう1人は?」
「別行動。大丈夫、無事だから。冒険野郎、ありがとう」
「構わんよ。このBOSの子に聞いたんだがタートルダヴ収容所に用があるとか。空が明るくなったら見えるだろう? あれが、そうさ」
指さす方を見る。
木々に囲まれてよく見えないけど黒っぽい建物が見える。
「ミスティ」
ポールソンが低く呟いた。
内緒話のように。
「何?」
「あんたにとっては俺も含まれるんだろうが、これだけは言わせてくれ。理屈じゃない、こいつは勘だ。油断だけはするな。いいな?」
「言いたいことは分からないけど、忠告は分かったわ。そうする」
「ああ。それでいい」
タートルダヴ収容所、到達。