【2018年12月】


詩とつぶやき

― vol. 7 ―



文・Photo, きまぐれ睡龍



「回転劇場」

推測と記憶
推測は未来 記憶は過去
私はどちらにいる

両方か
どちらでもないのか
その接合部分か
接合部分なんてあるのか

動いているのか止まっているのか
進んでいるのか戻っているのか

推測は過去からのトレースで
記憶は未来からのシナリオか
それとも
どちらも同じ無なのか


私という定点が
そして時という定点が
いつもあるようで無いような
無いようであるような

思うからあるような
思わなければ無いような…

貧弱なスポンジ頭脳では
いくらみがいても透けてこない隔壁


だれかが造ったからくりなのか
どこまでも
クルクル止まらぬ回転劇場



「無」

無の不思議
無は何もないこと

でも
無という字はある
なければ
無をあらわせない

あらわせないのが無だろう
なのに無という名の有

無は有か


有が無という有なら
無とどうちがう

有は無か

有はどこに立つ
無のなかか
そとか


そんな思考をよそに
見えない境界線を
はるかに飛びこえていく誰かと
置きざりのままの私

有の不思議と
無の不思議







「いつもひとり」

私しか知らないことを
数えてみたらすべてだった
だれも私に
なれないから

だれひとり
同じことは知り得ない
違うことは知っているだろう
という想像の模索

身近にいる人とだって
近いことを語るだけ
私もだれかに
なれないから


同じことを知るよしはない
だから言葉を使い
言葉をより求める
近づき
近づかせるために
それは時に音楽だったり
書物や絵だったりもして

音響と系譜の
とどまらぬ継承と複雑化
それでも
いつもひとり


一致したつもりでも
近づいただけ …否
近づいた気がするだけ
それがせいいっぱいだけど

とりあえずは
それで充分なのだ



「邪魔くさいけど」

めったにない奇跡に
人は感動

でも歩きながら
靴に小石が入ってきても
感動しないし
邪魔くさい

奇跡的なのに


どこでできた石か
何万年かかってできたのか
種類は
どうやってこの土地へ

誰かの靴にも
入ったことがあるのか


行き先が分からない者どうしの
理由不明の接点

おなじ行き先だったから
接点が結ばれたのだろうけど
私の靴になぜ…


邪魔くさくて
美しくもないけど
これも奇跡というもの



「ぼくに降った雨は」

やまない雨はないって
本当かい?

いま雨が降っているうちに
ぼくが死んで
みんなも死んだら
その雨がやむことを
だれが確かめて
だれに伝えるんだい?

いままで世界に降った雨が
すべてやんだとしても
それをこれから
だれかがだれかに伝えるのを
君もぼくも永久に
知ることができるのかい?


ぼくが知ったことはたぶん
ぼくだけのもので
それがぼく

今までぼくに降った雨はやんだ
とだけ言っておくよ







「みんなの世界」

楽しい場所には
人がわんさと集まるものさ
渋谷とか 原宿とか

嬉しい場所にも
虫がわんさと集まるものさ
死骸とか 糞尿とか

どちらも合わせてひとつの
みんなの世界


人が好きなものだけで
世界はできていないし

世界は人を
好きなわけじゃない



「自分の時間」

自分の時間が欲しい
自分の時間を大切にしたい

なんて言うけれど

道をえらぶ自由があるならば
ほんとうは
すべてが自分の時間

切り離せないもの
でも切り離そうとする
それはたぶん
生きるのに余裕があるから


余裕は必要 そして
誰かの支えで余裕を持てる
でも
それを思う余裕を持たない

だから時間がない



「秘密の場所」

あくびをする時は
手で押さえるんだよ
口と鼻のなかは
秘密の場所だから

…と

男性でも 女性でも
人目を気にせず
三つの穴を奥までひろげて
あくびする人を見るたび

今でも響いてくる

小さいころに聞いた
母の言葉



「オオイヌノフグリ」

子供のころから
いちばん好きな花
でも名前が
オオイヌノフグリ

この名をつけたひとには
ずっと不愉快だけど
できればすべて
書きかえてしまいたいけど


そんなことは
どうでもいいという顔で
毎年かわらず
ぼくに道端の酸素を運ぶ

ひたすら可憐で
ひたすら静かに
そして時に
たゆまない拡幅欲と
居座りで


陽射しとそよ風が似合って
時には雨つぶの玉をのせて
つかの間だけど
ひしめきあう青い花

春の子たち







「ラッパ」

ラッパって
江戸時代からある
古い言葉なんだってさ

大して使わないのに
ずいぶん長いこと
死語にならずにいて
今でも
若いひとたちが知っている

もしかして

リンゴと
ゴリラのおかげかな



「プラマイゼロ」

お店で買うお惣菜
いつもより量が少なければ
文句を言う
いつもより多ければ
言わない

どっちもミスなんだから
多いときも言えばいいのに
言わないなら
どっちでもいいことじゃん

ミスが悪いの?
少ないのが悪いの?


多かろうが少なかろうが
そんなもの長い目でみりゃ
プラマイゼロさ



「今のところ」

よくしゃべるサル
よく笑うサル
よく泣くサル
よく風邪ひくサル

そして
深く考えるサル
いいことも
ろくでもないことも

そういう生き物だ
今のところ


人って神の子?
いや
まだサルの子さ



「戻れないし」

洗濯をしません
洗濯機がやってくれます

ご飯を炊きません
炊飯器がやってくれます

掃除もしません
ルンバくんがやってくれます

あなたは何をしていますか
夢を見ています
そのままでいいんですか
さあね

止まらないし
戻れないし


地球が丸くなくなったら
どうにかするでしょ







「法 廷」

この場で殺してやりたい
でも しない
人であるかぎり
私は法を守る


君は私の家族を殺した
でも君は私に殺されない
法を破った君が
法に守ってもらえるからだ

君に襲いかかれば
みんな必死にとめるだろう
法廷も 鉄格子も
君を守るのだ


法は破るものではない
守るか 変えるかだ

人として
君と私がすべきことも
それなのだ

それができる者どうしなら
消えぬ痛みが残ろうとも
おそらく
ともに生きられよう


ともに生きるしかないのだ

君も 私も



「通りすぎてくれ」

花束が手向けられた
交通事故の現場
世を去ったのが誰かは
知らないけれど

誰かの惜別の跡を横目に
乾いた風のように
毎日そばの道を
私はただ通りすぎる

日々枯れていく花束と
遠ざかる記憶
元気に通学する児童たち
散歩する犬


いずれはすべての日が
私からも離れていくだろう

そのあとには

花束は無くていい
花が可哀想だから
そばの道を
まいにち平穏に
ただ通りすぎてくれ



「花火だよ」

毎年自宅の窓から
眺めていた花火大会
今は
それが見える病院に
荒い呼吸で横たわる父

静かな終焉の夏

すでにしゃべれず
うなずく力すらなく
瞳だけがこちらに
何かを語ろうとしている


窓の外を指さしながら
父に語りかけるわが兄
好きじゃなかった父だけど
愚昧な人だったけど
ほら 花火だよ…と

応えるすべのない父

それどころじゃないと
言いたいのかも知れぬ呼吸音
無言で見つめる私
それでも一方通行のまま
語りかけようとする兄

まもなく終わろうとする
三人だけの脈動の時


やさしい兄とつめたい私
消えゆく父と花火の音
すすむ秒針

もどかしく
やるせなし







「観るだけの人」

大ヒットした映画だけど
おもしろくなかった
作品がよくないのか
私がアホなのか

大コケした映画だけど
おもしろかった
作品がよいのか
私がアホなのか


映画を吟味しているのか
映画に試されているのか

とりあえず自分は
アホじゃないと思いたいけど
そう思いきれるだけの
根拠も見つからない

どちらにしても

私はしょせん観るだけの人で
言うだけの人
作り手にはなれない



「トイレ前」

女性社員たちが
トイレの出入り口の前で
続けるおしゃべり

小さな会社だし
そんなところに
井戸端はないのに


男性社員は
個室で息をひそめ
おしゃべりが終わって
立ち去るのを待つ

物音をたてず
流せもしないまま
経過する勤務時間
響いてくる笑い声


羞恥のため息
小動物の葛藤



「ただの虫」

ゴキブリはただの虫
人が害虫にさせる
ゴキブリは
たらふく食べたいだけ

食べものを放置するのは人
不潔にしているのも人

食べものを残し
不潔にして
入ってきたら殺し
増えたらもっと殺す

殺戮の量産構造

ゴキブリは
人を殺しに来ないのに


神が悪人をつくって
悪人をふやして
悪さをさせて
神が地獄におとしたら

なんだそりゃ…!
そんな感じさ


ゴキブリはただの虫
人は怠惰な殺戮者



「猫」

猫に小判?
バカか
小判なんぞに用はねェわ

猫ブーム?
知らねえッて
むやみに触ると引っかくぞ

ご飯くれるの?
おお
それはもらっとこうか

犬と仲良くしろ?
まあ
静かなヤツならいいけどさ

コタツ?
冬はいいねェ
ミカンはいらねえッつーの

食糧危機?
おい
俺を食うなよ
俺はお前を食うけど

あの娘とイチャイチャしてェな
どこに住んでるんだろ


知らねェよ
あしたのことなんか
どうでもいいんだよ
きのうのことも

眠いんだよ
腹いっぱいだし
いい天気だし


突っつくなッつーの
寝るんだから
触るんじゃねェよ

引っかくぞ







「無限に遠い」

宝くじ
ちょっとケタが違えば
おしいなァ〜と言って
すべてが違えば
ため息すら出ないけど

どっちも
当たりとの距離は無限に遠い


あとちょっとだったのに…
ってか

ハズレはハズレだろ



「知れば知ったで」

知らなきゃ損
なんて言うけれど

知らないままなら
損じゃない
知れば知ったで
その人のスタートだろ

過去は戻らんのだ


もっと早く知っていれば…
ってか

百万年後悔しとけ



「バラバラな星」

ぼくたちの目には
並んで見えるけど
星の位置って
てんでバラバラ

何万何億光年と
離れているのに
もう消えちゃっている
残光だけのもあるのに

それを線でつないで
物や動物の形になぞらえて
図面にえがいて
未来を見るんだってさ


バラバラな星が
大小無数にあるのに
大きく見えるのだけを
都合よくつないで…

なんのこっちゃ
星座占い



「けいべつ」

なじみのないもの
りかいできないもの
しらないもの
じぶんとちがうもの

そして
あたらしいものを
すぐにけいべつしたがる

けいべつは
ゆるしにつつまれるのに


それにきづかないまま
ひとはいつまでも
そんなじぶんと
さよならできないのか


ああ
もういいかげんに

さようなら にんげんよ
さようなら わたしよ







「さぞかし良い街に」

私たちの街に建ててくれるな
不幸な子たちの施設を
ほかの街でいいじゃない
なぜこの街なのさ

治安が悪くなるかも知れないし
不幸な子たちも街に劣等感を感じるよ
この街の高貴なブランドイメージを
落とさないでくれないか

高い税金を払ってるんだからさ
私たち古参の住人は…


そうだね

もしあなたたちのように言う人が
全国から集まって
どこかに新たな街をつくったら
さぞかし良い街になるだろうね

心の墓場みたいな



「ともに乾杯」

かつて偉人たちが輝いたのは
あなたの手柄ではない
偉人たちの努力だ

彼らの肌の色と
あなたの肌が同じになったのも
手柄ではない
努力しなかったのだから


あなたは努力しても
その肌をやめられない

でも
肌が白くても黒くても
黄色くても紅くても

努力なんかしなくたって
ともに乾杯はできるだろ

その方がよくないか



「気をつけな」

AIが人を凌駕すれば
害虫退治のついでに
新型の機種を自分で作って
人の駆除もはじめるかもね

とてつもないほどの効率性と
迅速さを体系化して


ぼくらは彼らを永久に
完全制御できるのかい

自然と人類の両立なんて
彼らにどうやって理解させる
AIが選ぶ最悪の有害生物は
どの生き物になると思う


気をつけな

彼らにとって人は
1ミリたりとも
ノミやダニと変わらんぞ
人間ですら
人を簡単に殺せるんだし

AIは人間に
感謝も尊敬もしないんだし



「君がたしかめてくれ」

隅田川は流れているか
と問われれば
流れている… たぶん
と答えるだろう

その場に隅田川を
私は出せないから


君は生きているか
と問われれば
生きている… たぶん
と答えるだろう

その場に私を
私は出せないから


私は隅田川を見に行ける
隅田川じゃないから
私は私を見に行けない
私だから

会いたくても会えない
私に会えるのは
私いがいのひとたちだけ

だから

隅田川へは
連れていってあげられるけど
私が生きているかどうかは
君がたしかめてくれ







「思ってはみる」

知ることはできない
試してみることもできない
思うことはできても

ぼくは男だ
心も 体も
生まれながらの合致の平穏

彼らはちがう
彼女たちもちがう
生まれながらの分離の葛藤

我慢の重量


小さいころから
いつまでか分からないままで

生きなければならない
我慢しなくていい場所はどこ
生まれ直せない
じゃあ生き直せるのかい


心は少しも変えられないから
体や服装を変えてみても

人びとの心や
世間の心との
そして時には親兄弟との
分離の葛藤

生物学や法学との
そして伝統文化論との
ざらつくような乖離

流さずにはいられない
ひそかな涙


知ることはできないけど
思ってはみる



「流 転」

今日ものどかに照らす陽光
緑をゆらす涼風
ひとり河のほとりに立って
流れをみつめる私

近くには
嵐にのまれた果てに
うち上げられた犬のむくろ
覆いつくすように
群がる虫の子たち

遠景の釣り人が
じっとたたずむシルエット

数千万年の太古から続く
小鳥たちの歌声
昨日より少しだけ丸いのだろう
無数の石たち


かつては
すべてが無かったもの
そしていずれ
すべてが去っていくもの

おなじ絵の中にぼんやりと
ゆらゆらと
かげろうのようにゆれる
流転の残影



「平和の朝」

ぼくたちが見送る夕陽は
平穏な夜をまねくけれど
大戦の時代には
夜の灯火を隠す合図

無数の焼夷弾が灯火をめがけて
闇の街に降りそそいだ日々

いつ終わるのか
誰にも分からないまま
建物がたくさん焼け落ちて
命もたくさん消えたけど

ある日とつぜん
平和の朝は運ばれて来た

ガラスのように
壊れやすい平和だけど
自力でそれを
手に入れる力がなかったけど


平穏になった今も
戦乱の昔も
まいにち波打ちぎわを
貝殻たちはころがされて…


ぼくたちが見送る夕陽も
彼方の戦地に朝を与えているだろう
それがいずれ
平和の朝になってくれれば

そしてその朝が
明日もここに戻って来るように
みんなの手で準備しておこう







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