【2017年9月】


詩とつぶやき

― vol. 6 ―



文・Photo, きまぐれ睡龍



「いちばんスマート」

自分の容量だけしか世界を測れない
とぼくは言う
世界は私の容量分しか存在しない
と誰かが言う

君と君はどう違う
と別の誰かが言う
君たちは私の一部だ
と神は言う

神は何の一部かとぼくは問う
神は私の一部だと誰かが言う
君らと神はどう違うと別の誰かが問う
神は唯一不変だと神は言う

うだうだと くりかえす


せっせと通りすぎる
ふんころがし
うだうだをよそに

ひたすら
ふんをコロコロ
その瞳のなか
ぼくらもコロコロ

ふんころがし
考えないし 語らないし
いちばん素早くて
いちばんスマート



「瞬 間」

ガラスが割れる瞬間と
割れた瞬間
どちらが瞬間か

両方ともなら
瞬間はふたつか

割れるガラスと
割れたガラスが同じなら
初めからひとつか
初めとは
どこで終わる初めか
どこから始まった終わりか

瞬間はどこに…


瞬間 それは単語
でも単語だけでは
時間にならない
時間にならなければ
瞬間ではない


時間は瞬間の堆積か
切断面のない
繰り返しの空想ループか

瞬間は1か
それとも0か
1なら分数の永久分割を受け
0なら寸分の位置すらも得ない

ガラス片は
割れたことだけを知らせ
私はただ 記憶と
推定のはざまに単語を貼り
もどかしく
瞬間の位置をさぐる


瞬間は
そして私はどこに…



 



「天 国」

大正時代の本に
天獄と地獄という言葉
誤植か わざとか
分からないけど

天国よりも
天獄がしっくりと来る

そのまま地獄と相殺されて
どっちも消えてしまえ


“Gott ist tot.”
そう 神の死とともに
アンティーク商品と化した

天国
宇宙科学の陰へ薄れゆく
虹色物語と欺瞞の残骸



「類 似」

類似という
不確かな手がかりだけが
私と誰かをつなぐ

私はサハラ砂漠の
ひとつの砂粒とどう違う

風に吹かれ
こすれ合って
同じような形になるけど
同じではない
でも同じ

そこにいなければ
その形にはならない


そっくりな砂たち
そっくりな私たち
類似という
ひとかたまりの連結

それが存在



「鏡」

鏡は私を
そのまま映すけれど
人は私を
そのまま映さない

虫はあからさまに
私を刺すけれど
人はあからさまに
私を刺さない

そういうことだ 私も

誰かの姿を
そのまま映さないし
誰の心身をも
あからさまに刺さない


なごやかさは
互いの目を曇らせる
人は鏡に
なってくれないのだ

仕方なく
私は自分を刺し続ける
自分の姿が
見えないままに







「有給休暇」

午後は有給休暇
用事は夕方なので
三時まで仕事をしたら

十二時で帰れるのに
損じゃないのと言われたけど

仕事はある

三時に帰れば用事が足りて
三時までのぶん仕事が進む
給料ももらえる

損どころか
一石三鳥



「放っといてくれる」

木はただ立っているけど
私は木が好きだ
水はただ流れるけど
水が好きだ

太陽も 月も 風も
虫の声も 雨音も
ただそれだけだけど
好きだ

それは

知らないうちに
みんな多くを
私に与えてくれるのに
みんな私を
放っといてくれるから


私もなるべく
そうなろう



「ヒト食いザメ」

サメのことを悪しざまに
ヒト食いザメなんて言うけど
サメの料理を食べても
サメ食いビトとは言わんよね

ヒトを食べたサメはほんの少しで
サメを食べたヒトは山ほどなのに


サメはヒトを釣らない
だからヒト食いザメはいない

ヒトはサメを釣る
だからサメ食いビト



「くだ虫くん」

昨日の朝は
クロワッサンとヨーグルト
昼は
野菜サラダとパスタ
夜は
さしみご飯と煮物とみそ汁
だった

入り口から出口へと
一本の管で分解される素材
片方は私を形成し
もう片方はさようなら

ひたすら
素材の摂取と睡眠
そして平日も休日も
トイレで秘密の泣き別れ

そんなこんなで今朝も
製造とメンテナンス完了


さあ くだ虫くん
おならを我慢しながら
今日もしれっと
仕事と恋をしようか



 



「まどろみの境」

母とずいぶん久しぶりに
てくてくと買い物
数え切れぬほど通った砂利道
草ぼうぼうの原っぱ
散歩がてらのんびりと

小さくなった母の肩
いつものように無駄話を
楽しみながらの平穏

はるかに遠ざかったはずの
そんな光景のなか


ふと目覚めれば
木漏れ陽の縁側で
ぼくひとり
静かに脈をうつ血管と
秒針の音

遠くを流れるちぎれ雲
ふわりふわりと
離れゆく

薄れていくうしろ姿
ぬくもりの記憶
まどろみの境に訪れた
母のまぼろし



「本の虫」

どう挟まったのか
分からないけれど
ずいぶん
昔のことだったのだろう

押し花のようにつぶれて
赤茶けた小さな虫

そのまま挟んでおく


母が買った初版本の中
かわいそうな末路だけど

本の虫
ほのかな母の痕跡



「ちびくろサンボ」

ちびくろサンボが
おさないころ大好きで
お母さんに読んでもらって
じぶんでも読んで

主人公の男の子がかわいくて
ぐるぐるバターがおいしそうで
図書館でも読んで
百回くらい読んだのに


だれかが悪い本だと言いだして
さべつの本だとさわいで
お片づけが始まって
図書館から消えちゃった


どういうわけだか
また戻ってきてるけど
たのしかった無垢な想い出に
卑屈なシミが取れなくなった

だれのせいなの
おバカさんたち



「刹那の神」

仕事途中の電車内
今日もまた
重くゆれる背広と体

やわな心に吊り革も固く
明日もきっと
語る相手はいないけど

ふと
そばで安らぐベビーカーの
すこやかな
桃のような笑顔が少しだけ
私をいやした


一期一会の残影
刹那の神







「人間だ」

遠く黒ずんだあの時代
お前はそれでも日本人か
となじった人に
私は日本人である前に
人間だ
と答えた人

怒声と拳の威嚇にも
若き哲学者のゆるがぬ心
静かな瞳


国のことを思う時
そして
国がふたたび黒ずみゆく時

われは日本人である前に
人間として
なじった人から闇をまなび
答えた人から光をまなぶ



「いい人だった」

いい人だった
気持のいい発言をしていた
言いにくいことも
ハキハキと声が大きかった

だから彼は
多くの支持を得た

国の代表にも選ばれ
やがて君臨し
史上に名を刻んだけれど
走り過ぎた

栄枯盛衰のさだめ
正義と慢心の過剰散布は
死屍累々の腐臭を放った


無数の墓標に記された悲哀と
語りべたちの声
でも
おとずれる風化と劣化
平和の値くずれ

社会不安の膨張と扇動
恥部のぬり替え
そこに彼はよみがえり
声を挙げはじめる


…いい人だ
気持のいい発言をしていて
言いにくいことも
ハキハキと声が大きい

そうして
彼はまた選ばれ
走り出す



「どの人?」

日本民族って
どの人?

混成縄文人の子孫?
大陸系移住者の子孫?
ルーチューの子孫?
アイヌの子孫?

西欧の商館員や
近代欧米人教師や
戦前戦後ハーフの子孫?

日本国籍を持っている人?
日本語を母国語とする人?
日本を第一だと言う人?

それらすべて?

そして
時勢に従順な人?
それとも
知性に従順な人?


私はどの人?
あなたは?



 



「温かい間だけ」

原始人の歯の化石
冷たくなって
標本箱のなか

その冷たさを
歯のあるじは経験したか

彼はもういない
誰だかも分からない


生えて以来
私の舌先にある歯は
いつも温かい

温かい間だけ
私の歯



「寒い太陽」

火に近づけば熱く
離れれば熱くなくなる
高山のいただきは寒かった
太陽に近づいたのに

だから
太陽は寒いかも知れない

と書いた人を笑えない
私は自力で太陽に
近づいたことがないから


その人は
自力で試みたのだ
滑稽でも

試みない人に
新しい種は蒔けない



「うるう年と誕生日」

地球の周期と人の暦
一年で四分の一日ズレるから
四年目の二月を一日ふやして
ズレを調節してるんだって

うるう年と呼んで


だから誕生日は
毎年四分の一日ズレて
三年目には四分の三日ズレる

そんなにズレてるのに
今日が誕生日と喜ぶ奇妙
だいぶはずれた位置に
地球はいるだろうに


誕生日は
四年に一度でもいいだろ



「音 学」

漢字テストでおんがくを
音学と書いて
×をつけられた小学生が
すこし不満顔

学校は学ぶところ
好きな歌はうたえないし
何回もテストがあって
楽しくないんだから

音学でもいいじゃん

ちいさな心のつっ込み


△だったら
おもしろかったかな







「マウス」

マウスには
実験台が待っている
ぼくらには
待っていない
ぼくらの予定表にはない

マウスは
それを知らない
じゃあぼくらは
何を知っている

だれかが実験器具を手に
ぼくらを待ち構えていないか


マウスとぼくら
今のところはどっちも平穏
毎日もぐもぐ
毎晩すやすや



「フ タ」

フタという発明
容器にあわせて
取っ手をつけたり
ネジ式にしたり

時にはスライドもさせて
完全密封だって可能に

保存とか 保温とか
漏れの防止とか
いろいろ自在になったけど


いつまでも
口と肛門にフタができない



「ノロマ扱い」

万物の霊長なんて言うけど
ハエを追い払おうと
いくら手をふりまわしても
かすりもしないまま
頭にたかられる

追いかけるとたちまち
どこかへ消えてしまって
しばらくすると
またピタッと頭に…


きっと先祖代々
何百万年も
ハエになめられ続けて
これからも
ノロマ扱いされるだろうね

万物の霊長なんて言うけど

私たちは
ハエのおちょくりモンキー



「いいじゃんそれで」

送別会はいらない
静かに去りたいんだ
やりたい人たちは
俺ぬきでやってくれ

葬式だって
本人がいないんだ
同じでいい…


世の中
そういう人もいる

いいじゃんそれで



 



「自由人の鎖」

輝いて見える自由
だから自由を求め
支配の鎖を激しく切り破り
自由人になったつもりでも

その支配の鎖は
見知らぬ自由人の作品だった

人は手にした自由を
守るために誰かを縛る
誰かとは すべての人
そして自分

それは時に
他国の人たちや
百年後の人たち


支配からの卒業とは
新たな鎖をつくって人に巻き
自分にも巻くことだ
百年後の人たちにも

支配からの解放と
自由という鎖


切り破るだけで始まる自由はない
自由人には
鎖づくりが待っている



「知性の翼」

猫なで声でかわいいねって言えば
よろこぶと思うな
やさしく頭をなでなですれば
うれしがると思うな

ステレオタイプの甘い蜜に
隠蔽されている支配と陶酔の檻
それは
粗暴と侮蔑の温床として
歴史を刻んだと風が語っている

指輪もいらないし
ハンドバッグもいらない
誕生日も 記念日も
どうでもいいのだ


男たちよ ぬめりたがりの
貧弱なキノコたちよ
おっぱい飲んで育ったのを忘れて
守ってやると言うマヌケ男よ

私が見つめるのは
猫なで男でも貧弱キノコでもなく

優雅で冷徹な変革の旅人
どこでも
胸を張って羽ばたける
知性の翼をもつ男



「先祖って何人いる」

先祖に感謝しよう
なんて言うけれど
先祖って何人いる?

親はふたり
親の親はその二倍
そのまた親はまた二倍
そうして数えていくうちに

どこかで十万人 百万人
そして
どこかで一千万人にも
達するだろう


それだけいれば

強盗や 飲んだくれ
詐欺師 強姦魔
更生不能だった稀代のクズ
そして人殺しの
百人や二百人はいただろうさ

もしかしたら
千人や二千人も


先祖とはそういうもの
知らぬが仏の感謝をせずとも
自分自身が
善良であればいいのだ



「自力の境目」

死ねるあいだは
死にたくなくて
死ねなくなったら
死にたがった

でも
死なせてもらえなかった

病床で動けなくなり
しゃべれなくなり
悲鳴をあげる力すら失い
ギリギリまで
生きることを強いられ
絶望的な
死に向かわされた

そうなるのだ


気にしない人には
どうって事のない
自力の境目

気にする人には
もっとも難度の高い
見えそうで
見えないハードル



 



「楽をする人たち」

うるさいことを言わない人を
いい人だと思って
生き続ければ楽

うるさいことを言わずに
生き続けるのも楽

そんな同じ顔と
同じ歩調で作られる
連帯の輪


でもその輪は
悠然と 辛辣に
誰かを踏みつける

それに気づかないし
気づこうとしない
楽じゃなくなるから…


楽をする人たち
笑顔で手をつなぎながら
誰かの心を踏み

逃げていく



「見えるもの」

人は
道ばたに横たわっている
虫の死骸を
気にかけない

天も
道ばたに横たわっている
虫や人の死骸を
気にかけない


ただ
水と風と光が
すべてを粒子へと分解し
粒子はまた
べつの何かへと結晶していく

見えるものは
それだけ



「世界はまわる」

たぶん
どうしても必要な人って
いないのだろう
そしてたぶん
まったく必要のない人も
いないのだろう

比重がどちらにあるかは
知らないけれど
一にもなって
百にもなるのだろう

誰が生まれようと 去ろうと
世界はまわり続けた


誰かがいることに理由はなく
誰かがいないことにも理由はない
理由はみんなが
思い思いに付け合っているのだ

誰かがいてもいなくても
自分がいてもいなくても
世界はまわるのだろうけど

今のところは
みんなと自分がいて
まわっている



「安住の地」

自然界に理不尽はない
ただ
生じて消える
生きて死ぬ
どう消えようと どう死のうと
すべて自然

人の世は理不尽だ

序列がなければ生きられず
平等でなければ気がすまず
相反するものにすがって
倫理と称し
権利を規定する

人であるがゆえの
奇妙な理想郷
安住のない我欲の集積場


でも結局は
そこも生きて死ぬ場所

人は自然物
一時の夢想を命で運ぶけど
満足しようがしまいが
消えるのだ

人の世に
理不尽の構築はとめどなく
理不尽との苦闘もやまない

でも
それゆえの彩り
学問芸術
人生
そして…


我欲の超克
無色透明への洗浄
安住の地があるとすれば
たぶんその先




 



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