詩とつぶやき
― vol. 5 ―
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文・Photo, きまぐれ睡龍
「記 憶」
目の前に出せるものは
ひとつもない
出来事がいつも
私にあたえるのは
出来事ではなく
記憶
記憶とは
不動の痕跡か
うつろう想起か
私はいつも
きのう食べた美味しい肉や
さっき見た玉虫の輝きを
目の前に出せない
似た記憶の持ちぬしに
なぞらせるだけ
持たない人に
持った気にさせるだけ
そして私は
百万分の一秒前の自分さえ
目の前に出せないのだ
具現化できない夢想の連環
記憶
その始まりは分からない
終わりも分からない
「命に近い場所」
いずれこの地に住む
虫たちになれるといいのに
この地を流れる
水になれるといいのに
ここを吹く風にも
時には虹や 雲にも
そして
土になれるといいのに
乾いた骨という行く末
四角く重たい石の略歴
一輪の花さえ
そこからは咲かない
とおい昔は
野や山にゆだねた
だから命は
命に近かっただろう
きっと太陽や嵐や
空にも近かっただろう
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「初心者」
きのうは経験者
きょうは初心者
きょうのわたしが
経験者となる刹那
もうわたしは
あしたというきょうへ
おし出されて
わたしだけの足跡をふむ
でも
その瞬間がいつも
わたしには見えない
まいにち初心者で
ひっきりなしの初心者で
朝をむかえ
昼をきりぬけ
夜にしずみ
そして眠りにつく
ふりかえれば経験者
でもすべて残像
そしていつか
ふりかえることのできない
眠りにつくとき
最後の初心に立つのか
今夜かもしれない
初心の深淵
きのうは経験者
きょうは初心者
そして
あしたは誰
「新しいおサルさん」
神はいると
言った時点で
この世のすべては
作り話になる
神はいないと
言った時点で
この世のすべては
意味不明になる
もしなにも
言わなければ
言わないままで
いつづけられれば
いずれ新しい
おサルさんが生まれる
「砂と人」
砂はじぶんが
砂であることを
知る必要がない
砂は
どこまでも砂だから
人はじぶんが
人であることを知ろうとし
離れた高い所に
立ちたがる
人は
どこまでも人なのに
そして砂と人
別物のようだけれど
砂は人で
人は砂
その違いを
知るすべはない
それでも
知ろうとする
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「あしたは晴れる」
あしたは晴れると
きのう言ったけれど
きょうも雨
おとといも言ったけれど
きのうも雨
そして
あしたは晴れると
きょうも言う
雨は言うことを
きいてくれないけれど
ぼくも母さんの言うことを
聞かない雨だったから
しかたがないのだ
そんなもんさ
晴れるあしたは
そのうち来る
来なけりゃ来ないで
それはそれ
母さんもたぶん
そう思っていただろう
「面倒くさい世界」
見るもおぞましき
筋肉や内臓を
内側につつみながら
外皮をかざりつける
人間って
生きるのが面倒くさい
見るもむなしき
スカスカの骨片を
内側にしまい込んで
外壁をかざりつける
人間って
死んでからも面倒くさい
ぼうぼうと草木の生えた
住みかに暮らし
にょきにょきと根が広がる
土中に埋まる
それが簡単にできない
面倒くさい世界は
たぶん
窮屈で お節介で
幸せな場所なのだ
「見ることができない」
自分の顔
自分の瞳
自分の後ろ姿
見ることができない
心臓 脳みそ
遺伝子やミトコンドリア
それはいつも
誰かが見せてくれるもの
鏡やカメラが
そして書物が
誰かの瞳や 誰かの言葉が
見ることができないまま
自分に立ちつづけ
得ることができないまま
去る時を迎える
箱の中にいるあいだは
箱が見えないように
僕から去った僕になら
見えるのかも知れない
でも
その時には世界のすべてが
僕を必要としない
「いつものんびりと」
天国 そんな
つまらないところには行かない
墓石の下 そんな
カビくさいところには入らない
どこへ行っちゃったんだか
わからないけれど
なんとなく
胸のなかのどこかで
いつものんびりと
ぼくの心臓の鼓動に
よりそっている気がする
母の
声と体温
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「幸運の総取り」
はずれるのが
ふつうだから
千回はずれたって
くじ運はふつう
でも
くじ運がわるいって
はずれた人はみな
言いたがるよね
なんでだろう
言わずにいられない
不幸自慢かな
はずれがふつうで
それ以下はない
元気に生きてりゃ
幸運の総取り
「古文書」
古文書をひろげたら
虫食いの穴 穴
いちど空いた穴は
ずっと空きっぱなしで
穴が空いたところは
文字が読めなくて
何が書いてあったのか
一所懸命かんがえるけど
千年かんがえても
分からない
人間が求める自分史も
虫にとってはただのご飯
大自然の履歴書だって
人が食べた穴 穴
虫食いだらけでも
それは古文書
命が通過したあとの
黒文字と穴文字
「共鳴の庭」
教祖の言や
哲人の書に
共鳴を求めて
触れるほどに
小骨のごとき
のどにつかえる思い
必ずありて
そのたびに
青空や
ゆれる花たちや
無我の雨音に
救われる
そこだけがたぶん
幻の身の
やすらかなる
共鳴の庭
「宝 箱」
美しさは思うもの
手に入りはしないもの
ほんのいっとき
心に映し出されるだけ
またたく星座や
朝日の荘厳な光
そして芸術家たちの手が
生みだした美の数々を
永久に入れておける
宝箱は所持できない
宝箱のなかは
いつも瞬時の残像
美しいものは
すぐに走りぬけていき
おぞましいものは
いつもそばにある
ただ 思うままに
自分じしんを
美しくする努力だけは
できるらしい
飛ぶ矢のごとくに
老いながらも
そのあいだ
走りぬければいい
誰かの宝箱を
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「ふつうの月」
中秋の名月
ミラクルムーン
紅いサロメの月
皆既月食
特別な月の名前は
いろいろあるけれど
特別な月だって
名前のない月だって
月はいつ見あげても
百億年の天空に
たったいちどの
ふつうの月
「生きていけます」
男は情熱的に
思いを込めて言いました
あなたしかいないんです
あなた無しでは
生きていけません…と
女性は微笑みながら
しずかに言いました
引っ越し屋さんだって
ソーリ大臣だって
なり手はいっぱい
私がいなくても
あなたは死なずにすむし
あなたがいなくても
私は生きていけるのです
今までそうでした
これからもそうです…と
彼女はしっかりと
大地を踏みしめます
見あげれば
ただ
雲はふわふわ
ツバメはすいすい
「ホワイトデー」
クギをあちこちバラまいて
パンク修理屋を開こうか
雑草の種をバラまいて
除草剤を売りさばこうか
厄介なものをバラまいて
商売にしてもうけよう!
ダメかい?
だって
ホワイトデーを蔓延させて
菓子屋がチョコを売ったじゃん
毎年つづく行事にわずらう
小動物のなげき節
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「キザなやつ」
あいつキザなやつだ
気にくわないやつだ
と誰かのことを
イヤに思う自分
なぜイヤなのか
わけを考えていくと
自分の無能さと
嫉妬深さに見つめられ
くだらない自分が
イヤになる自分
べつに害はないじゃん
と思ってしまえば
他人のキザなんて
どうでもいいのだ
ありのままの自分
なんて言いたいならば
ありのままの他人
とも言うしかないさ
「きもち悪い虫」
危険な虫は
誰にとっても危険だから
危険なのだ
きもち悪い虫は
それを食べる人もいるから
きもち悪くないのだ
きもち悪いとは
そう思っているからだ
思わなければ
ただポツンと 虫だけだ
危険な虫はいるけど
きもち悪い虫はいないのだ
虫がきもち悪いなら
だから殺すというのなら…
全身ツルツルで
頭だけ毛がボウボウ
うんこは臭いし
生きるほどにゴミだらけ
あまい汁には
ウジャウジャとひしめく
そんな人間たちだって
相当キモいだろ
そんな理由で
虫とおなじように
“誰か”に駆除されるなら
それだけのもんさ
「群がるのです」
こわいよねェ
アリって
あまいものを
ちょっとでも見つけると
あっというまに
群がって
家のなかの甘いものに
みんな食いついちゃうから
と 歩きながら
話す主婦たち
その目指す先は
バーゲンセールのお店
メールで知らせ合ったりして
どんどん集まります
みんな生きるために
あっというまに
わんさと群がるのです
もみくちゃに押し合って
うすらぐ美意識
もみくちゃに触られて
ゆがむ商品
安いものに
みんな食いついちゃうから
と 眺めながら
思うのかなアリたちも
微笑ましいよねェ
こわいよねェ
「そよ風」
おさいせん箱に
「一律一円」
と書いたおふだが
くっつけられたら
お坊さんはどうする
はがすかな
はがさないかな
書いただれかは
いつでもはがしなよと
しずかな笑顔で
ささやくかもね
はがすかな
やっぱりはがすかな
だれが書いたかなんて
どうでもいいことさ
きっとそよ風
おふだはおち葉
どっちもきまぐれな
幻のいたずら
はがさなければ
お坊さんもそよ風
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「へんなひと」
つうこうにん
ひとりであるけば
みちのすみ
みんなであるけば
まんなかあるく
ひとりでまんなかは
へんなひと
げいじゅつか
ひとりでつくれば
もうからない
みんなでつくれば
すこしはくえる
ひとりでくえるは
へんなひと
ひとごろし
ひとりでやれば
しぬのはすこし
みんなでやれば
しぬのはやまほど
ひとりですこしは
へんなひと
ひとりでやまほどは
えらいひと
みんなでやまほどは
ふつうのひと
ふつうがいちばん
やばいひと
「私欲の投影」
聖人 聖域
聖職 聖水
聖堂 聖像
そして聖なる戦い
聖と名のつくものの
数々あれど
その何ものをも
われは信用すまい
聖なるもの
それはいつも
だれかの私欲の投影
わが私欲の投影は
すぐそばにある
一輪の花でいいのだ
一匹の虫でもいいのだ
「雨」
ソンな気がする
旅の日の雨
傘さし 靴ぬれ
めんどうくさいけど
かたつむりやあまがえるは
げんきそうに
葉脈のひだにすがる
ぬれそぼっても
ためらいがない
よろこびは
ちかくにあってひそやかで
いつからとなくあり
いつとはなしにきえる
雨は命のうるおい
みなもとは海
傘や靴とは
ぼくもいずれサヨナラさ
「未来の風たち」
雪だるまは
水にもどるけど
水は
雪だるまにもどらない
ひとは
風にもどるけど
風は
ひとにもどらない
雪だるまをつくった
小さな手たち
風にもどっていった
大切なひとたち
わたしたちの耳元へ
優しさの風を
吹かせつづけてほしい
夏を染めた血しぶきが
セピアに色あせても
冬の剣がふたたび
人びとをえぐろうとしても
小さな未来の風たちが
みんなの安らぎと笑顔を
雪だるまに映しだして
春をむかえられるように
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「ちから」
語るちからと
書くちから
それは
発信するちからや
表現するちから
そして
戦うちから
負けないちから
命をつなぐちから
死をさぐるちから
となっていく
語ればつたわり
書けばのこる
でもそれは
じぶんで語り
じぶんで書くもの
誰にもたのめない
ちからは
誰からももらえない
歩かぬ人に
足あとはない
「いい仕事」
いい仕事に就きたい
なんて言うけれど
いい仕事なんてない
立派にこなせば
いい仕事になるんだ
儲かろうと儲かるまいと
羨望されようとされまいと
立派にこなせる環境があれば
しあわせで
立派な志にかこまれたら
もっとしあわせで
それが
だれかのしあわせを
そして
わが子たちのしあわせを
つむぎ出していけば
いい仕事になるんだ
…なんてことを言って
いい仕事してる人っぽく
自分を見せてやろうか
「サルのサイコロ」
ある権力者が
人びとに言いました
いくら議論したって
結論が出ないなら
マントヒヒにでも投げさせて
サイコロで決めりゃいい
戦争をするか
永久不戦か
おなじサルだし
おなじような結果になるだろ
素早いぶんだけ
お前たちより優秀ってもんだ
文句があるヤツは
サルの手を借りずに
サイコロを使わずに
自力で誓ってみやがれ
永久不戦を!
それでようやく
お前たちは
サルより有能になれるんだ
“ヒト”になれるんだ!
兵器の破壊力とか
抑止力なんて
どこまで行ったって
サルのサイコロ以下さ
「鉄柵のそとで」
彼は
右手に果物を持って
私に与え
左手にナイフを持って
私を削る
飢えれば与え
満ちれば削る
私は鉄柵のなかで
いもしない神に祈りながら
果物の樹をそだて
ナイフをみがく
彼のために
神のために
そこにわずかに
命とか尊厳とかいう
ひよわな名札だけ
たてる畑を持たされて
謝礼を払いながら
彼に近づく隙さえなしに
与えられ 削られ
そしていずれ
命を捧げるのだろう
ああ 美しい風見鶏よ
明日の君は
どこを指すのか
いつも
君だけが鉄柵のそとで
時と語り合っているね
こちらに見向きもせず
|
「重い体」
深まるすみれ色の彼方へ
遠ざかる山際のあかね空
徐々に輝く星たちが
わが両親の面影を見送る
一緒に行ってみたい
あの山際の彼方へ
でも
そこを目ざそうと思っても
面影は遠のくばかりで
星たちとあかねの空は
醜いぼくを受けつけない
醜いままでもがけと
誰かがぼくの嘆きを笑う
答えを見つけられないまま
摂取と
排泄と
重力にもがけと
間断のない鼓動と血流が
ぼくを一点に縛り続ける
そこがぼくに与えられている
わずかな立ち位置なのだ
たぶんそこからしか
あの景色は見えないのだ
遠ざかる人たちは
なぜ美しく透けていくのか
ぼくは ただ
このわずかな立ち位置で
蝶つがいをきしませながら
きのうも 今日も
重い体をもてあます
「カマキリの爪」
森のベンチのわきで
またひとつの命が消え
ひとつの命が潤っていく
カマキリの爪につかまった
非力な蝶のすがたは
人びとの刹那の未来と
少しも違いはしない
木漏れ陽をゆりかごにして
すやすやと寝息をたてる
幼きわが子の手をにぎり
若き父親の瞳は澄みわたる
蝶は軽快に舞い
時には海峡をも越えゆくけれど
命の輝きの途中で いま
あっさりと時が止まり
森の記憶の中に
永久に吸い込まれていく
人も颯爽と歩き
時には山脈をも越えゆくけれど
命の炎の途中で すぐさま
あっさりと時が止まるだろう
警戒心をむき出しに
若き父親を凝視しながら
獲物をむさぼるカマキリ
その爪から
はらりと落ちる蝶の羽
若き父親は微笑んだ
私は君を超える素早さで
あらゆる爪をかわしてみせるさ
わが子が何ものとでも
勇敢に戦える日が来るまで
「花と種」
楽に歩みたければ
怠惰でいるがいい
平穏に過ごしたければ
嘘を重ねるがいい
率直であるほど
安楽はなく
真実を語るほど
刃をまねく
きのうも今日も人の世は
怠惰と嘘のちどり足
逃げ道ばかりを舗装して
綿毛の枕に借り物の夢
善い人仮面の達人たちに
寡黙のタガをはめられた者は
わずかに触れる純真を
明日へのよすがに泥の道
されど
泥の道こそ人のゆく道
ちいさくても
はかなくてもいい
泥の上に
花を咲かせていくしかない
子供のころに
見失った可憐な花を
花がいずれわがむくろにも
種をおとして根づくように
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