【2014年5月】


詩とつぶやき

― vol. 4 ―



文・Photo, きまぐれ睡龍



「だれか教えて」

ぼくしか知らない へその形
ぼくしか知らない 指紋の渦
ぼくしか知らない 刃の刻印
キズの深さ

ぼくは どこへ向かっているの

ぼくも知らない 髪の本数
ぼくも知らない DNAの企図
ぼくも知らない 神のトレース
母の内膜

ぼくは なぜぼくなの

だれも知らないのかい
生まれた日と 滅びる日

だれか知ってるのかい
滅びたわけと 生まれるわけ


闇は光の母
光はきまぐれな闇の火花
でっちあげのカオスの系譜は
名づけ親にしか振り向かない

だれか教えて
ぼくはだれ



「ド ア」

識るほどに ひとりになる
そして冴える
冴えればさらに識ろうとし
識ればさらに冴える

彼のドアは
いつも開かれているけれど
まわりの人びとには
ドアの位置がわからず

自分に近い位置に
ドアを作らせようとする

彼の痛みはひっそりと
笑みに隠されつづけている
人知れぬ
感動や喜びを秘めながら


彼はただ
識ろうとしているだけ
自分の汚物を見つけ出して
掃除しているだけ

掃除の仕方を心得ている人なら
あっさりと
彼の部屋へ出入りできる



 



「おなじ花」

去年の花と
今年の花
そして来年の花は
ぜんぜんちがう花だけど

おなじに見える

おなじでも困りはしない
そんなものさ


百年前のある人と
今のわたし
そして百年後のある人は
ぜんぜんべつの人だけど

おなじに見えるだろう

おなじでも困りはしない
そんなものさ

でも
せっかくだから
せめてひとひらでも
ふわりと散れたら



「天は動く」

日は昇り
そして沈んでいく
月は昇り
そして沈んでいく

星たちはひたすら
天球をめぐり
それに合わせて
人は日々を刻む

地は動いているというが
人は地から動かない

ぼくたちは
天動説の綾を織りなす



「仮想の映像」

肉体はいつも
心より前を歩んでいるのか
心はいつも
肉体の痕跡を映写しているのか

そのスピードと歩調は
どこまでも等しいままで

心の進む方向には
疑問の介入する隙さえもなく
肉体の足あとを
寸分たがわず踏まされている

命あるかぎり拒否できず
そして
命を捨てても拒否できまい

なにが私を誘導するのかと
疑問を投じることすらも
誘導なのか

誘導者とわが肉体は
記憶が生む仮想の映像なのか
歩みの目的や
実体を
つかめる日は来るのだろうか


でも記憶は億分の一秒さえ
時を超えられず
知りえない速さで
痕跡はすべて消えている

自分を思うことさえ
わが意ではない
ふり返ってみても
道はない







「トンボの重さ」

重さを感じない
指さきにとまったトンボ
人からすれば
綿ぼこりのよう

でもトンボは
重いから羽がはえた


重さを感じない
地に立つ人間
大地からすれば
トンボのよう

でも人間は
重いから羽をつくった


地球には羽がない
たぶん
トンボよりも軽いのだ



「なめくじの巣」

ハチがいなくなったあとの
ハチの巣に
なめくじが住みついた
これって
ハチの巣かな
なめくじの巣かな

カッコウのひなが
ホオジロのひなをけおとして
巣を占拠した
これって
カッコウの巣かな

そのあともだれかの
すみかになっていくのかな


だれがつくったのか
知らないけれど
この体も この世界も
どうやらぼくだけの巣ではなく

ぼくが消えたあとのぼくは
雨水や 風や
なめくじの巣になるのだろう



「うじ虫はいそがしい」

うじ虫がいっぱい
そこらじゅううじ虫だらけ
キモチ悪いなぁ
と 人はいう

人がいっぱい
どこもかしこも人だらけ
キモチ悪いなぁ
と うじ虫はいわない

人はヒマじんでお節介
うじ虫はいそがしいのだ

死にそうな人を
見つけたときには
おいしそうな肉塊だなぁ
と うじ虫は思うだろう

死にそうなくらい
おなかがすいたときには
おいしそうなうじ虫だなぁ
と 人は思うだろう

うじ虫は
いつもいそがしいけど
人も本当は
うじ虫ほどいそがしいのだ



「ダ ニ」

ダニは木のうえで
したを通るほにゅう類の
汗のにおいをかぎつけると
おちて

運がよければ
たかって血をすえる

いつまでも いつまでも
えものがしたを通らなければ
やっぱりおちて

ほかの木によじのぼって
またひたすら
ひたすら待つんだってさ


たいした根気だね
ダニも
しらべたひとも



 



「じぶんで」

じぶんの部屋は
じぶんで掃除したいね
じぶんの洗濯物は
じぶんで洗いたいね

じぶんのクツはじぶんでみがき
じぶんの尻もじぶんでふく
じぶんのことは
じぶんで

だから私は
お墓なんていらない
だって
じぶんで掃除できないもの


じぶんの亡骸は
どうすればいいのかな…

じぶんでやりたいね
じぶんのことは
じぶんで



「ホンマかいな」

不可能はないってさ
ホンマかいな

完璧はないってさ
ホンマかいな

不可能がないならば
不可能はあると
言いきることも
不可能じゃないじゃん

完璧がないならば
完璧はないと
完璧に言いきることは
できないじゃん


不可能ってなんなの
完璧ってなんなの

それをさがしに行って
生還した人はいないってさ

ホンマかいな



「たかが百円」

百円くらい
負けてくれてもいいじゃない
けちんぼだなぁ と言う客

百円くらい
払ってくれればいいじゃない
けちんぼだなぁ と渋る店主

押して引いてのけちんぼくらべ
茶番とマジのせめぎあい

さァて
どっちが勝つのか
どっちも負けなのか

たかが百円
されど…

たかが百円



「山 脈」

近くまで といいながら
てくてくと
買い物にでかけたシェルパ

おそいなあ といいながら
ちくたくと
帰りをまつ登山家たち

ネパール奥地での仮の宿り


十キロ先への買い物が
へだてるかれらの人生観
てくてく
ちくたく

シグナスの翼を走る流星と
冴えわたる銀河の下で
てくてく
ちくたく

彼らをひっそりと見つめる
死の闇と命のまたたき
てくてく…
ちくたく…


そうして
巨大な山脈はきょうも
の〜んびりと横たわっている







「ある弁護士」

我は鉄のごとし
ゆえに真の弁護士なり

我はゆらぐことなし
依頼者が黒かも知れなくとも
彼が黙し通さんと欲するなら
我はそれを支援するなり

彼が無罪を勝ち取らんと欲するなら
我はそれに全力を注ぐなり

無感情なる法理 これに尽きる
この厳格なる空域にのみ
我は翼を広げるなり


弁護は弁護のために為すにあらず
法理を守るために為す

法廷での情意 世間の風向
そして為政者の思惑を
おしはかる必要なし おもねる必要なし
なんとなれば
我は真の弁護士なるがゆえなり

我は裁定者にあらず そして
依頼者の人柄や地位を格付けせざるなり


法理は水晶のごとく我を磨きあげ
我は紫外線のごとく法理を消毒す

依頼者と手をたずさえて行き
そして
あらゆる涙と罵声に屈せざるなり



「戦 闘」

ひとりにしぼれば
何とかなるかもしれない
それなら相手が
何人いても同じようなものだろう

ほかの連中は無視しよう
殴ってこようと 蹴ってこようと


野生の時代より
はるかに退化した手の爪でも
やわな細胞膜を
突き破るくらいの役には立つ

立ちはだかるこの者たちの
ひとりで充分だ
その男の眼窩の奥ふかくまで
この爪を突きとおす

そうするしかない
それさえできれば

彼女を 愛する彼女を
取り戻せるかもしれない
一生消せない
傷を受けてしまう前に


むこうでは
この者たちの仲間が
彼女にむらがり
可憐な服を引きはがしはじめた
それでいい
これで彼らは
言いのがれる道を失った

さあ
ここからはスピード勝負だ
私が昏倒させられないうちに


なぜこんな事になったのか
そんな分析は 今はいい

たったひとりに
ひとりだけに集中すればいいのだ
渾身の一撃で
救急搬送させることができれば
勝機がひらけると信じて…


ボロボロに
打ち倒されてしまっても



「暴走の陶酔」

拝啓 教祖どの
私たちのことを笑っていますか

あなたは大勢殺しました
大勢傷つけました

心の救いを説き
同類たちを集めましたね
彼らはあなたを
救世主とたてまつりました

理想郷の建設を謳うあなたたちの
性急な暴走の陶酔に
泰平の世の私たちは恐れおののき
あなたと盲信者たちを捕えました

あなたを弾劾して悪となし
永久の闇に葬りました
盲信者たちには更正を説き
私たちの社会に連れもどしました

そうして騒擾はおさまり
私たちは泰平を取りもどしました
惰眠に安らぐ日々が
私たちの手に帰りました


今までと同じように
少しずつ 少しずつ
鳥や虫たちを滅ぼしていきます
人を傷つけ 森を殺していきます

自由と正義という盲信のもと
緩やかな暴走に陶酔していきます
私たちの安逸を守るために
これからも異端者を葬り去ります

性急な暴走の陶酔と
緩やかな暴走の陶酔


拝啓 教祖どの
私たちのことを笑っていますか
それとも

私たちより先に
酔いがさめましたか



 



「いじわる腕時計」

タクシー待ちの
おじさんが
腕時計を見ては
そわそわ そわそわ

また腕時計を見て
またまた見て
何回も見ては
そわそわ そわそわ


何回も
くり返して見るほどに
そわそわが
つのりにつのる

たぶん

見れば見るほど
あのおじさんだけ
タクシーが来るのが遅れる
いじわる腕時計なのだ



「消耗こそ」

家を買いませんか
アパート暮らしじゃ
家賃を払いっぱなしで
老後になにも残りませんよ…


残したって同じだろ
なにひとつ
あの世にゃ持って行けない

メシ代だって税金だって
ずーっと払いっぱなしだよ

消耗こそ 命そのもの
残るものなんてありゃしない
健康な子どもたちは
自分でがんばって食えばいい


ピカピカの墓石だって
いずれ
ただの石にもどるのさ



「アホなのかな」

獲られても 獲られても
食われつづけても
あい変わらず
同じところにいるもんね

アホなのかな
ハマグリって

取られても 取られても
葬られつづけても
あい変わらず
同じところにいるもんね

アホなのかな
ぼくたちも


ハマグリがアホなおかげで
ぼくたちはお腹がいっぱいだ

きっと
ぼくたちがアホなおかげで
誰かのお腹がいっぱいだろう



「ふき飛ばしちまえ」

年数をかぞえつづけても
しかたあるまい

回数をかぞえあげても
しかたあるまい

個数をかぞえたって
残金をかぞえたって
しかたあるまい

数字によろこぶのは
数字屋だけ
その到達点を見る日は
誰にもこない


パーッとふき飛ばしちまえ
そうすれば
夕陽はコインよりまん丸い







「夜明けが来たら」

朝は人よりはやく生まれ
夜は人よりおそく去る

だから 人は
光の生いたちを知らず
闇の行くすえを知らない

宇宙をつつむ手のひらだけが
それを知っているのだろうか

だから 人は
夜明けの来ない日はないと
言うしかないし
願うしかない
それを確かめるすべが
ないことを知らないままに


命は言葉 そして
言葉は言葉のみをつたえ得て
いずれすべてが
置き去られることに抗えない

その後のことは もしまた
夜明けが来たら考えてみよう



「生まれ変わったら」

生まれ変わったら
何になりたいですか
と問われても

生まれ変わりたいと
思わない
生まれ変わっても
気づかない
気づいたとて
私は私

生まれ変わるなら
生も死もなく
形を変えた私のくり返し

ならばすでに存在の
残らずすべてが私
残らずすべてが私なら
私である必要がない


距離と時間と私は
同一無限の無

生まれ変わりを
のぞむ必要はない
いつも
いまの私いがいに
私はないから



「母のおもかげ」

生きていてこそ
母は母だった

死んで 骨だけ残って

たくさんの人の骨や
豚の骨やら 犬の骨やら
いろいろな骨と
混ぜ合わせてしまえば

どれがどれだか分からない
分からないならみな同じ


空を飛んでいる鳥の骨でも
けさ食べた魚の骨でもいい
古代の龍の骨でも
私の体内の骨でもいい
なんでもいい

せっせと働く蟻たちの姿や
降りしきる雨音にさえ

思うところすべてに
母のおもかげは映る



「未来のため今のため」

未来のために
たくさんためておこう

今のために
たくさんつかおう


ためこむ人はおバカさん
残ればあとが大さわぎ

つかっちゃう人はおバカさん
足らずにあとで大さわぎ

おたがい相手をそう思い
笑いたがるけど


どっちも死ぬ日を
決められない

お金は死ぬ日を
決めてくれない



 



「一万年のちには」

一万年まえには
だれもいなかった
小さな島

今はなにやら
がちゃがちゃしていて
ぎすぎすしているけど

一万年のちには
まただれもいなくなればいい
島は悲しまないし
海も 空も悲しまない

ただ
植物たちをさざめかせ
カニとさかなをひそませ
渡り鳥たちを休ませて

過去も未来もほったらかして
ひたすら
波風に吹かれればいい



「どれでもいい」

名づけるのは
どれでもいい
好きなのをえらんで
正義とよぶがいい

どれをえらんでも 永久に
それが否定される日が
こないことはない

それに気づかず
終われればらくちんだ
らくちんでいられることが
最善の答え


消しゴムを消すための
消しゴムを
それをまた消すための
消しゴムを

誰かがつくり
おしつけてくるのか
自分がつくり
おしつけていくのか

おなじゴハンを食べながら
せめぎ合うのだ
それを最善のらくちんだと
思い込みながら



「ミサイル」

ミサイルをつくった
すごいのをつくった
そしていっぱい発射した
敵をめがけて

それは
音をかるがるとぬき去って
光と影を切りさくような
猛スピードで
飛んでいったけれど

のんびりと
何回も何十回も
大あくびをしているあいだに
なぜか
スピードを増して

もっといっぱい
飛んできたのでした
たいせつな
私の家族をめがけて



「刃」

自由に包丁を手に入れられる
だから
自由に料理をつくれる
自由にだれかを殺せる

手に入れた人も
だれかの自由意思によって
時には生かされ
時には葬られるだろう

自由とは 刃そのもの


自由が葬られる日が来たとき
もっとも残虐な加害者となるのは
自由みずからの切れ味

その刃は虹色の 夢色メッキの
あるいは血しぶき色の
有刺鉄線をつむぎ出して

ひっきりなしに
だれかから
ぼくたちを守っている

そして自由はどこへも
ぼくたちを逃さない



 



「ついでに」

神を恨むまい
しいたげられても

神に感謝すまい
喜びにあふれても

生殺与奪の交差点に
ひっそりたたずむ
小さな花の姿に
ただ 心を洗えばいい


神がもし願いを
叶えてくれるというなら
世のおぞましき悪鬼を
消し去ってもらおう

そして ついでに

偉大と神聖という俗語を
はりつければ
誰にでもあやつれる
神も



「愛の重力」

盲従でもなく
束縛でもなく
金銭でもなく
遺伝子でもないもの

性別から脱し
年齢から脱し
地縁血縁から脱し
自己から脱するもの


すべての形式から
脱すれば見えてくるもの

そう思いながら
生きる人だけがきっと
孤独な
愛の重力に耐えられる

命を狙われるかも
知れないけれど



「ミルキーウェイ」

少年がかつて
母と見あげた冬の銀河
冷気に静まる落ち葉を踏みながら
少年をつつんだ母のぬくもり

濃紺の天球を指さして
母がおしえた星たちの名前
シリウスやリゲル
カペラやベテルギウス

人は死んだら星になるんだって
パパもあそこにいるの?


ミルキーウェイの澄朗たる星々から
ゆっくり流れて来る静寂の時間
そんなふたりだけのしあわせを
永遠のものと思っていたのに

たちまちのうちに
硝煙と怒号にすべてが押しやられ
母の声とぬくもりは
冷たい土に埋められた


神々のプライドと鉄の命令は
あどけなき手にさえ進撃の銃刀を握らせ
他国の街と人を焼きはらう歳月が
御旗と勲章を光らせたけれど

いつしか
消耗と憔悴が人びとを追いつめ
遺骸の群れが驟雨に晒されると
神々の目はうつろに泳ぎ
民族の心は黒ずんだ

峻烈な血塗りの逃走のすえに
力尽きた少年を待っていたのは
星たちの悠久の輝き
母と見あげた冬の銀河だけ

星になれば
人は救われるの?


ひとりぼっちの林園に横たわり
欺罔に錆びついた銃刀をおろし
傷だらけの肉体をゆっくり脱ぎすてて
少年はミルキーウェイへと流れゆく

母のやさしい声とぬくもりの
導きに順いながら…


脂ぎった俗事にいそしむ
光陰のDollたちよ さようなら
少年は
母の子宮へ帰って行った




 



★      ★      ★




             
前頁へ戻る