【2012年8月】


詩とつぶやき

― vol. 3 ―



文・Photo, きまぐれ睡龍



「ひっそり」

耳をすませば
ひっそりが聞こえてくる

極小単位の轟音をたずさえて
ひっそりという息づかいの主が
たえまなく隙間なく
僕たちを凝視している


いつの日か それとも
つぎの瞬間からか

青葉の裏に隠れすむ
苦悩しらずの無数のひっそりが
無形無色の深淵にひしめく
時間しらずの無数のひっそりが

彼らの容量いっぱいに
鋳型にすい込むように
僕たちの微粒子を
残らず連れもどしてゆく

優雅な静かさで
着々と
僕らの人称を消し去るのだ

耳をすませば
ひっそりが聞こえてくる



「虹色の孤独」

面白くなくても
皆がやるからやった

面白そうでも
皆がしないからしなかった

もし面白くないことを
ひとりやらずにいたら
もし面白いことを
ひとりでやっていたら

ぼくはきっと

天空を舞う翼のような
虹色の孤独を手にしただろう



 



「本」

たくさん読んだ
得意げになった
たくさん知ることが
えらいのだと思った

でも得たものはすべて
既製品や中古品

借りもの知識の陳列で
自意識の膨張
だれかの理屈で疾走して
自分を置き去り


そしてじっくりと
読みこなして行ったら
知るのは減って
怖さが増えた

熟読すればするほど
分かれば分かるほど
自分は小さく
ゴールの光は遠ざかり
がんじがらめになった

でも そのぬけ出し方も
教えてくれている

本はいつも厳しく
ぼくの未熟を突いてくる



「信じる人たち」

天が動くと信じた昔
地が動くと信じる今

でも 信じるばかりで

疑わない
確かめない

疑う人や
確かめようとする人は
変わり者だと笑われる


なぜ笑うんだい
信じる人たちよ

君たちは
自力で笑っているのかい



「孤 独」

ひとりでいられるのは
孤独じゃない人だから

ひとりでいられないのは
孤独な人だから


ひとりでいられる人は
幸福とともにあり

ひとりでいられない人は
幸福に飢え続ける


さあ
せっせと輪をつなぐがいい
黄泉まではつなげないけど







「ひよこのお菓子」

ひよこのお菓子
頭からたべれば首なしひよこ
尻からたべれば尻なしひよこ

哀れイビツなひよこのお菓子

ひと口でたべるには
大きすぎる
たべなきゃいいんだろうけど
おいしいからたべる

たべる時には
バカげた哀れみのくりかえし

ひよこから
目をそらしながら食べたりして…

お菓子は怒りゃあしないんだから
平気で食べりゃあいいのにさ
ししゃもなんぞは頭から
平気でかじっちまうくせにさ

ちょっとナリが可愛いからってさ



「おチビさんとノッポくん」

おチビさんとノッポくんが
とてもおなかを空かしています
おチビさんは少ししか食べない人です
ノッポくんはたくさん食べる人です

そこに神様があらわれて
木に果物を十個みのらせました

おチビさんは
五つずつに分けようと言ったけど
ノッポくんのおなかには足りません

ノッポくんは
七つと三つに分けようと言ったけど
おチビさんには数が足りません


やがて言い争いになりました
そして殴り合いになりました
血がいっぱい出ても
何千年もやめませんでした

果物はのんびりと陽射しにゆれ
神様は ただ

銀河をクルクルと回し続けます



「ママに翼」

道を歩くにも
よいしょ よいしょ
階段ののぼり降りも
よいしょ よいしょ

会社へ行くにも
買い物へ行くにも
大きなおなかで
よいしょ よいしょ

おなかの中の小さな宇宙に
ふんわり優しいママの愛

でもママはとても大変
毎日おなかが重くなる
万有引力とたたかう
命がけのきしみが聞こえてくる

ぼくたちみんなが
運ばれてきた遥かな道


翼が生えたらよかったのにね
ママの背中にスワンの翼

それならあぶない階段だって
ふわっとひと飛びなのに
遠くの買い物だって
ふわっとひと飛びなのに

天は

何百万年すぎようとも
何百万回泣こうとも
ママたちに翼を与えなかった



「谷」

だにってよむの?
たになの?

やっぱりだになの?

なんでたにじゃなくて
だになの?


谷の字を高く指さしながらの
幼な子の質問ぜめに
若いお母さんはにが笑い

陽射しゆたかな
鶯谷駅での電車待ち



 



「愛のカギ爪」

あっという間に
引きあげられました
大きなカギ爪を
口に引っかけられていました

尾びれや胸びれは
むなしく空を切るばかりでした
カギ爪の湾曲した硬さに
はじめて自分の重さを知りました

どうなってしまうのか
怖くて分かりませんでしたが

私を引きあげた人間は
カギ爪をはずして
どうやらいつもしているように
私をそっと水の世界に戻しました

やさしきヒューマニズム
慈悲ぶかく温かい心

でも…

口の中が裂けました
食べることができません
むき出しになったキズは
危険な病原菌にさらされています

人間よ
教えて欲しい
キズはいつ治るのかを
それまで
生きていられるのかを



「そのもの」

石はただ石そのもの
作為がない

草花はただ草花そのもの
欺瞞がない

虫は虫 風は風
そして森 大地 海 空
コスモスの深淵

すべてそのもの
いつもそのもの

彼らの前に立つことができれば

あらゆる経典と系譜は
自慢好きな教祖と戦士は
おのが矮小さに
赤面するしかなくなるのだ

本当は
人も人間そのもの
みんな
帰る場所は決まっている



「クラスメート」

クラスメートを見かけた
夕刻の雑踏をひとりで歩いていた

少年は声をかけたかったけれど

急いでいたら悪いかも
ひとりでいたいのかも
もしかしたら もう友だちだとは
思ってくれていないのかも

先に気づいたのは彼のほうで
ぼくを見過ごしていくのかも
ぼくと仲良くすれば
彼まで孤独にさせてしまうかも

だれかの心に触れたいのに
身うごきができない

ほどく術の見つからない
萎縮の自縄スパイラル


少年だけが
ぽつんとそこに立ちつくし
クラスメートは
せわしげな人波にまぎれていった

…帰ろう
母さんの食卓が待っている



「消えてこそ」

すべてを断ち切ったつもりで
どこへ去ろうとも

捜されてしまう
見つけられてしまう
泣かれてしまう
焼かれてしまう

経文になめ回されてしまう
墓碑銘をきざまれてしまう


捜されず
泣かれず

蟻に運ばれる虫のごとく

消えてこそ
忘れられてこそ
真に安らごうものを







「紙人間」

紙で呼ばれて行った人が
紙になって帰郷した

その間にあったのは

菊の花の冷厳と
無窮の忠誠と
聖なる憎悪の膨張と
黒い血しぶきとの
融合の催眠術

神々の輝かしい戦歴をめざし
銃後の守りに押されながら
阿鼻叫喚の巷へと勇みゆき

細胞をしぼりあげる恐怖のすえに
硝煙の彼方へ消し飛ばされた

偉い人たちは彼を神と呼んだ
神と栄誉の量産体勢
それは世界共通の
飾り涙の箱詰めシステム


そしてすべてが終われば
偉い人たちは孫と日向ぼっこ

のどかなせせらぎの故郷では
紙に書かれた彼の名が
名づけた母の瞳だけに潤った



「異境の妹たち」

燦々と陽射しがふりそそぐ中
足をもつれさせながら
草を踏みしめて逃げる獲物たちを
上まわる速さで男たちが追いすがる

それは

言葉の通じぬ遠い異境で
重い軍令と銃砲をたずさえて
照準を誰かに向けながら
そして誰かからも向けられながら

勝つために
いや 生き延びるために
時に走り 時に息をひそめ
腹を空かし 盗み
傷を負い 負わせ
そして殺してきた兵士たちの群れ

我は夢中で ひた走りに
ふくよかな獲物を追う群れのひとり

誰ともなく始まった取り囲みの連携
急加速する衝動と呼吸
これは 生への渇望なのか

紀律の抑圧と 砲弾の恐怖の末に
忘我の火炎は無造作に燃えあがり
澄みわたる青空を背に
捕らえた獲物の悲鳴を打ち伏せながら

清潔な衣に包まれていた
玉英のような
たおやかな百合の花のような
生命の秘処を踏み荒らした

凌辱という名の
忌まわしき粘液質の蹂躙


その火柱が尽きた時
乱れた草いきれに見いだしたのは
我が顔を見あげる 恐怖と痛みと
怨嗟に涙する瞳

まるで妹

そう見まがうような
可憐でいとけない相貌がそこにあった
そして我が周囲には
花々を蹂躙し続ける凶徒たち
我が姿…


ふるさとの母たちよ
神聖なる男系強国の母性たちよ

あなた方が夫と産み育てた息子らは
誰かが産み育てた異境の妹たちの
笑顔と未来を潰しました







「落 雷」

すさまじい轟音とともに
近くにムチのような落雷

道ゆく人たちは度肝をぬかれて
しゃがみ込んだり悲鳴をあげたり

なんでだろう

しゃがみ込んでみても
悲鳴をあげてみても
落ちて消えてからじゃあ
遅いだろうにね



「驚きだねぇ」

遠い町でばったり
知人と出会った
驚きだねぇ
と彼は言ったけど…

そうかな

まったく別々でも
同じ町へ向かったのなら
出会うことだってあるだろうさ

北海道へ向かった私と
沖縄へ向かった彼が
その日に南極点で出会ったら
驚きかもね



「犬の嗅覚」

お父さん
犬の嗅覚は
人の数千倍とかいうけど
クサいものは
数千倍クサいのかな

犬の鼻は
ひん曲がってしまわないのかな…


息子よ
そんなことはないさ

君はカタツムリより
数千倍はやく歩いているけど
ちっとも
足が減らないじゃないか



「先祖のせいです」

先祖の行ないが悪かったから
現世のあなたが不幸な目にあうのです
と霊能者は彼に言いました

彼は霊能者をぶんなぐりました
霊能者は大ケガをしました
おまわりさんは彼をつかまえました


彼はおまわりさんに言いました

僕のせいじゃないですよ
あの霊能者の
先祖の行ないが悪かったからでしょう

彼が死なずにすんだのは
きっと僕の
先祖の行ないがよかったからでしょう







「○と●」

○と●という記号
○は黒丸で ●は白丸

と言いたいけれど

○は白いワク線で書いたから
白丸だと言えなくもない
隣に塗りつぶしの●を書けば
白ワクの○は黒丸となるのだろうか

じゃあ
さらに隣に赤ワクの丸を書いたら
白ワクのはなに丸かな
黒抜きの白丸か
白ワクの黒丸か

さらに塗りつぶしの赤丸を書いたら
赤ワクのはなに丸かな
黒抜きの赤丸か
赤ワクの黒丸か

あれ 最初に
○が白丸だと言っちゃえば
●は黒丸に見えるような気も…


黒紙に黒クレヨンで書いて
白紙に白クレヨンで書けば
ワクでも塗りつぶしでも すべて
完璧な黒丸と白丸だね

ただの真っ黒けと
真っ白けになっちゃうけどね



「腕っぷし自慢」

ケンカが強い人は
腕っぷし自慢

たくさん呑める人は
大酒のみ自慢

でも本当のすごさとは
プロの腕さ
本当のカッコ良さとは
プロの姿さ

腕っぷし自慢よりも
プロボクサーの方がすごいじゃん
大酒のみよりも
酒杜氏の方がカッコ良いじゃん

そのストイックな冷徹と
鍛えあげられた刃の輝き
それを武器に
人を養い 育てているんだ

脂肪ぶくれのケンカ屋さんと
てかり顔の呑んだくれさんバイビー!



「太古の光」

群晶が磨きあげた幾何学の光
古生物が残した生死の刻印

太古の石に出会うたびに
僕たちは世界の真実をまた知る

それは
一万歳の大樹にすがる虫のごとき
刹那の甘美にすぎないとしても

その少しずつの連綿と連絡とが
少しずつ未来への道を照らしだす

進むべき道と
戻るべき道を



「翼」

パニック映画の大災害シーン
人類滅亡の危機!

割れる大地と荒れ狂う海原
飛行機やヘリコプターに
命からがらすがりつく人々…


そう 自由に空を飛べること
それは生き残りのファクター

だから鳥たちは
白亜の大絶滅を生きのびたのかな


ツバメよ 白鳥よ
僕たちがのろまに見えるだろうね

僕たちが
恐竜のように去る日がきても
君たちの翼は風を切って
新天地へと向かうのだろうか



 



「私という誰か」

なぜ私は毎日私なのか
と考えてみてもラチもない

誰かになったとしても
なぜ私は毎日私なのか
とその人で考えるのだから

そして誰かが私になり
なぜ私は毎日私なのか
と思っているとしたら
私はそれに気づかないのだから

私と誰かは
私でもなく誰かでもない


誰かの幸せを
羨んでみてもラチもない

すでにその人がいるのだから
その人という私がいるのだから
私というその人がいるのだから
それでいい



「たいくつ指数」

テレビもたいくつ
学校もたいくつ

政治もたいくつ
何をしてもたいくつ

世の中たいくつ
人生たいくつ…


たいくつの数は
その人のバロメーター

数が多いほど
たいくつな人物



「新しい目」

いつも目にしている
日常の光景

路傍の草花や
名もない小石
人波や街並み
空ゆく雲

何の変哲もなくて
みな見向きもしないけれど

幼児と
詩人と旅人の目には
いつもすべてが新しい



「動ずまい」

どれほど努力して
創りあげたのであっても

丹精を込めた
力作であっても

それがわが手を
離れたならば

直後に目の前で
踏みにじられようとも

われは動ずまい
北極星のごとく



 



「分からない」

死んだことには気づかない
気づくなら死んでいないのだから

生きていることには気づかない
死んだことがないのだから

分かっていることは何もない
何もないことだけを分かっている

それを分かっていると思うことさえ
本当なのか分からない


同じところをくるぐる回っても
憶えていないから分からない

憶えていないから 回っているか
いないかさえも分からない

分からないから過去はない
過去がないなら未来もない
未来もないなら今もない

ないという断定さえも
本当なのか分からない

僕たちには
何が分かっているのか



「みんなありがとう」

ありがとう おばかさんたち
おりこうさんは
おばかさんのおかげで
人生が楽しいのです

ありがとう おりこうさんたち
おばかさんは
おりこうさんのおかげで
人生が楽しいのです

おばかさんがいなければ
おりこうさんは虫のフン

おりこうさんがいなければ
おばかさんはおサルさん

共に楽しみ合い 憎しみ合い
はぐくみ合い そして食べ合い
命の闇と滅びの光との
絶え間ない摩擦に淫溺しながら

今まで来ましたね
これからも往きましょうね

ありがとう
おばかさんたち おりこうさんたち



「真 球」

すべての方向を
ひとしく見ようとした
すべてのものに
ひとしく触れようとした

すべての音を
ひとしく聞き取ろうとした
周囲のすべてに
ひとしく同化しようとした


そうしてその者はいつしか
真球に達した
すべてをひとしく発し
すべてをひとしく包摂した

それは新たな
宇宙の誕生だった
時間と空間と
自我の終焉だった

生成と死滅の超越だった


それが世界でもっとも
古い昔話となった




 



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