【2011年8月】


詩とつぶやき

― vol. 2 ―



文・Photo, きまぐれ睡龍



「境」

往き来できるはざまを境という
先や後ろの見える位置を境という

後戻りできない道には
先を見通せない道には
境は見えない

生まれた後の世界は
生まれる前には見えなかった
生まれる前の世界は
生まれた後にはもう見えない

行くこともできなかったし
帰ることもできない

死んだ後の世界は 死ぬ前には見えない
死ぬ前の世界は 死んだ後には見えない

行くこともできないし
帰ることもできない

一秒先にさえ 一秒後ろにさえ
往き来できないのだ

境に立っているのではない
境は見えない



「穴」

地面に穴が空いていた
優しく静かな闇の穴

その穴をつかみ取りたいと思った

土は要らなかったので
穴のまわりの土をぜんぶどけていったら
穴は消えてしまった



 



「たまたま」

人種とか民族とか
宗教とか国家とか

誰がそれを欲して生まれたというのか
誰がそれを意図して与えたというのか

生んだ人が
たまたまあの親だっただけ

生まれた種別が
たまたまこの人種だっただけ

生まれた環境が
たまたまこの文化だっただけ

生まれたところが
たまたまこの国だっただけ


人はたまたまの供与品に執着して
いや 執着せざるを得なくて
互いに称讃しあい いがみあう

そんな事をたまたま考えさせられながら
無数のたまたまにもたれかかって
死をかざり 生にけがれる

たまたま私で
たまたまあなたで

たまたまの人間
たまたまの宇宙



「こわい人」

こわい人ってどんな人
それは
理屈に合わない人と
理屈に合う人なんだってさ

理屈に合わない人は
粗暴だからこわくて
理屈に合う人は
鋭利だからこわいんだそうだ

理屈に合わない人は
粗暴を押さえ込めばいいし
理屈に合う人とは
鋭利を共有すればいいじゃないか


ほんとうにこわいのは
理屈に合わない人と
理屈に合う人を
こわがり続ける人たちさ

押さえ込めるところがなく
共有できるところもない



「タイムマシン」

タイムマシンを造った人が
過去の世界に行きました

タイムマシンを造った人は
未来の世界へも行きました

しかし

過去に行ってみたら
過去という名の今でした

未来へ行ってみたら
未来という名の今でした

いずれも相対化のできない
今という消耗品でした







「仕 事」

そんなにイヤなら
辞めればいいじゃない

辞められないなら
耐えればいいじゃない

耐えられないなら
改革すればいいじゃない

自力で辞める
自力で耐える
自力で改革する

みずからやることに苦痛はない
仕事とはそういうものさ



「おまわりさん」

おまわりさんが
どろぼうをつかまえた
つかまえつづけたら
どろぼういなくなった

そうしたら

おまわりさんのしごとがへって
おまわりさんもいなくなった

おまわりさんがいなくなったら
どろぼうじゃなかったひとたちが
どろぼうになった

どろぼうがだんだんおおくなって
どろぼうがものをぬすまれた

こまったどろぼうは
おまわりさんをそだてはじめた



「暴 力」

人を殴る時には
急所を狙わず殴りましょう
人を殺す時には
苦しませずに殺しましょう

平和に暮らす人々の
正しい暴力の使い方

こうやっておけば

どういう結果になろうとも
お互いが自己弁護できます
お互いをゆるせます

極限の暴力を知る亡者たちは
僕らをせせら笑うかな



 



「踏み台」

宗教に没頭せよ
そして宗教から卒業せよ
哲学に没頭せよ
そして哲学から卒業せよ

宗教と哲学はいっときの依存形式
永遠の依存形式とする必要はない

偉大な宗教も哲学も
自然界を超えはしない
ひとつの道しるべとして
自然界から与えられた道具に過ぎない

自然界そのものは
何の形式にも支配されない
依存者の卒業を認めない形式は
すべてが主宰者の私欲に過ぎない


教祖と哲学者を踏み台にすべし
彼らを座右に使役すべし
山郭から下りて自然の摂理に抱かれ
ひとり平原にたたずむべし

そしてみずからも
誰かの踏み台となって果てゆくべし



「聖なる人」

穢れなきその人は
処女から生まれたという
刑死したその人は
いつかよみがえるという

その人を陽光の粒子に照らして
よーく見つめてごらん
そうすれば物静かな
髑髏だけが見えてくるでしょう



「どこへ行く」

村いちばんの物知りだった
物知りな人が少なかったから

村いちばんの情報通だった
地域の管理者だったから

村いちばんの達筆だった
読み書きする人が少なかったから

村いちばんの語りべだった
説話をいろいろ知っていたから…


昔はエライ人だったのに
今は町じゅうエライ人だらけで
仏典からの引用と
読経ばかりが得意な人になってしまって

空腹な妻子にしがみつかれながら
ああ お坊さんよどこへ行く



「吹きさらし」

お坊さん答えてください

人類最後の生き残りの死は
誰が弔うのですか

経文はその人に何を語り得るのですか

天の御仏がその人を弔うなら
お坊さんも経文も
墓碑銘も要らなかったのですか

いま私の脳裏にあるのは
亡き母のやさしい笑みだけです…


心の片隅につぶやいた彼は
残り時間を虫と腐敗菌に奪われながら
横たわるしかなくなった創痍の身を
カラッ風に吹きさらしています







「箱の中のひな」

ガラス箱の中にひしめき
売られている小鳥のひなたち
元気に鳴く一団の片隅に
丸くなって鳴かない子が一羽

悲しんでいるの
それとも病んでいるの

少女はその子を買って帰り
大切に癒そうとした
その子の無垢な瞳とぬくもりに
癒されたかった

きのうの事もあしたの事も 忘れたかった
学校も家も 消したかった


たがいに寄り添い
いとけない炎に心を温めあう日々


でも そのひなは
ある日とつぜん鼓動をとめてしまった
天の方程式どおりに
冷たく固くなっていく命の形骸

少女は優しくゆれる木漏れ陽の下で
その子を土に託した
スコップで掘った穴は
黒くて静かだった


今もあのガラス箱の中には
隅にうずくまっているひながいるのだろうか

無音という圧迫がまた少女を押しやる
でも少女はふたたび
ガラス箱を見には行かなかった



「このまま行ってみよう」

将来を共にしようと
思って交際している女性から
実はニューハーフなんですと
打ち明けられた

うつむいた心の底から
罪ほろぼしの声をしぼり出し
すくめた細い肩を
わずかな期待と大きな不安に震わせて


そうだったのか…
まあ いいってことさ

変身は過去の消しゴムを
黙秘は人なみの幸せを
得たいがための冒険だったのだろう
避けがたい葛藤だったのだろう

卒業アルバムも 顕微鏡も必要ないし
母子手帳は誰にだって約束されてはいない


ふたり一緒に このまま行ってみよう

優しくおだやかな瞳のままで
見つめ続けてくれるのならば



「息子よ」

息子よ 君のふたつの瞳から
私はもうすぐ光を奪う
炎のような情念をけずり取るために

息子よ たっぷりの酒に
酔いしれて眠っている息子よ
今夜の酒はとてもふかく眠れるだろう
君の母はふるえながら
隣の部屋で静かに泣いているよ

一途すぎたのだ 君の恋は
一途に走りすぎたのだ あまりにも…


君のブレーキはいつからか
効かなくなってしまっていたね
おろかな私たちには
それをどうにもできなかった

君が愛している彼女の
君を愛してくれない彼女の
脈動を止めに行ってしまう日がくる前に
もはや私の腕力と刃とで
ブレーキをかけるしかなくなったのだ


息子よ 君の瞳が機能を失っても
老いた私と妻といっしょに
あの幼き日々のように
新たな希望と笑顔を見つけなおして
生きてくれることを願っている

さあ 息子よ
そろそろ始めさせてもらうよ



 



「ふたつにひとつ」

あたった天気予報はあるだろう
あたりそうな気がする天気予報もあるだろう
だが あたる天気予報はない

あたった宝くじはあるだろう
あたりそうな気がする宝くじもあるだろう
だが あたる宝くじはない

あたった占いはあるだろう
あたりそうな気がする占いもあるだろう
だが 当たる占いはない

結果をみて笑ったり泣いたり

ふたつにひとつ
未来とはそんなものさ



「合格発表」

試験が終わったあとに
迎える合格発表
その日が近づくにつれて
胸の鼓動が高まる

なんでだろう

いくらドキドキしても
いくら神に祈っても
試験が終わった時には
結果が決まっているのにね



「門 限」

息子と娘に告ぐ

学業や仕事で遅くなる時なら
開けておいてやってもいいけれど

夜11時以前に帰って来ること
朝6時以降に帰って来ること
そのあいだに帰って来て
家族や近隣の安眠を邪魔しないこと
そして朝ゴハンは
かならず家で食べること

できないなら
荷物をまとめて家を出ること

以上!



「私だけが」

宝くじに大当たり
やった 私だけが…!

暴走トラックに大当たり
何で 私だけが…?

博愛主義者たちの心にも
とっさに浮かぶこのフレーズ

ソンはみんなで慰め合おう
トクは独りでむさぼろう
私だけが
不運な目にあうのはイヤでござんす

というものらしい

おもしろきかな
悲しきかな







「袋」

袋には
内がわと外がわがあるそうだ

じゃあ袋そのものは
内と外の
どっちがわにあるのかな
内と外のさかいめが
袋のどこかにあるのかな

ぼくと世界のさかいめは
どこなのかな
宇宙の内と外のさかいめは
どこなのかな

と ぼくは
宇宙に包まれているような
ぼくが包ませているような
という
現実だか幻想だか
皮膚細胞だか思念だか
自力だか他力だか
分からないさかいめの
把握を試みつづける袋なのだ



「愛情教室シンドローム」

くりかえし唱えましょう

こせいそんちょう!
コセイソンチョウ!
個性尊重!
KOSEI SONCHOU!

へいわしゅぎ!
ヘイワシュギ!
平和主義!
HEIWA SYUGI!

憶えましたか
では みんないっしょにもう一度

個! 性! 尊! 重!
平! 和! 主! 義!


…パブロフ君たち
よくできましたね
さあ おいしいお肉をもっと
君たちの檻にいれてあげるね



「凡人ロード」

今のうちに遊んでおこう
社会に出たら忙しいから

今のうちに遊んでおこう
結婚したら忙しいから

今のうちに遊んでおこう
子供ができたら忙しいから

今のうちに遊んでおこう
退職金に期待しながら

あとはゆっくり遊んで過ごそう
葬儀費用を計算しながら…


そうして暮らしていくほどに
達人への道は遠ざかる



「ハッピーDay」

誕生日っていつだろう
物心ついて以来
2月7日と思っているけど

生まれた瞬間に自分で
カレンダーを見たわけじゃないし
完璧な物証が
手元にあるわけじゃない

言われたとおりに
思い続けて来ただけで
本当はどうなんだか
確かめようはない


まあいいさ 結局のところは

すべての日が誕生日の推定日で
すべての日が命日の予定日で
そんなことを考えていられる
今日という日がハッピーなのだ

それで充分さ



 



「ジ・エンド」

どんなに素敵なメロディーも
ひっきりなしでは耳朶を鈍らせる
どんなにおいしい食事でも
エンドレスでは見たくもなくなる

沈まない夕陽 止まない名演説
退屈にならないものはない

ぼくたちの物語には
「ジ・エンド」が必要なのだ

だから
飽きあきするだろうね
不老不死を手に入れたら
毎日おなじ顔ぶればかりになって
老いも死にもせず 生まれも育ちもしない

人間の頭脳の容量では
刷新のない無制限な時間には耐えられまい
地球の生態系域では
不死の人間の無制限な増殖には耐えられまい

人員整理は避けがたい

地球の行く末にさえ
「ジ・エンド」は待っている



「意 味」

無意味なものはない
無意味という意味がある
というならば
意味のあるものはない
意味という名の無意味だ
と誰かが言うだろう

真心なんてものもない
真心という名の自己陶酔だ
とも言うだろう

美しいフィクションに陶酔する
和気あいあいの紳士淑女よ
ニヒリストたちには耳を貸すな
幸せで怠惰な生き甲斐を
継続していく意味のために

それで手厳しいニヒリストたちも
無意味な飯が食えるってものさ



「へいわのたからもの」

じんみんの
じんみんによる
じんみんのための
へいわのたからものは

しゅうぐの
しゅうぐによる
しゅうぐのための
ゆめいろのさいみんそうち

と目立ちたがり屋の
演出家たちの裏マニュアルには
書きつがれている
のかも知れませんよね

寝んねんころりの安全保育器

探せば見つかるかな
裏マニュアルが



 



「友 よ」

友よ 容赦なく
時には君をこきおろそう
時には君をはり倒そう
時には君を殺そう

だから容赦なく
時には僕をこきおろすがいい
時には僕をはり倒すがいい
時には僕を殺すがいい

それは いつまでも
真の友でありたいからだ
そして いつまでも
君と僕は不完全だからだ



「どこかにいるだろう」

ぜんぶで何億匹 何兆匹
それとも何京匹 何垓匹
恒河のすなの数ほどいたのか分からないけど

最後に死んだ一匹のアンモナイトが
どこかにいただろう
最後に死んだ一頭の恐竜も
どこかにいただろう
それが自分になるとは知らないままに

そしてこれから

最後に死ぬ一匹の魚が
どこかにいるだろう
最後に死ぬ一人の人間も
どこかにいるだろう
それが自分になるとは知らないままに

だれひとり
自分はそうならないという
神との契約書を持たないままに



「明日への扉」

痛禍の昏睡から目覚めて
命をつなぐ点滴針の先をおぼろに見た時
彼が開くべき扉はもうそこにあった

扉の向こうにあるのは
治療とリハビリテーションの苦難
職人たちの試行錯誤が結晶化した義足
そして 社会復帰へとつながる道

扉の閉鎖時間には猶予もあろうけれど
待ち時間は新たな足を贈ってはくれない

泣きたいとも思う
一緒に悲しんでくれる人がいるから
嘆きたいとも思う
優しく慰めてくれる人がいるから

だからこそ泣くまい
だからこそ嘆くまい


そして彼は待ち時間を放棄し
めざましい速さで扉へと向かい始めた
開くべき明日への扉が
残されていた幸運を胸に抱きながら

憔悴の肉体にも瞳は燃えていた
純白のシーツが頬を照らした




 



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