モリアオガエル

モリアオガエルと再会(2019年)



 去年の初登場に引き続き、今年もモリアオガエルたちがこの池に現れた。去年は推定で12〜3匹ほどと、わずかな数ながら子ガエルたちが旅立ちを果たした。彼らは、ここの環境が自分たちの繁殖に適していると感じているのかも知れない。去年同様、池までの移動ルートは分からないが、ここが彼らの毎年の産卵場所となっていくのだろうか。


(池のモミジに産み付けられた卵塊)

 2019年5月22日(水)の朝、去年と同じモミジに卵塊が産み付けられているのが見つかった。前日の日中には無かったので、夜間に産卵したものである。まだ真っ白で、表面にしたたりそうなくらい水分を含んでいた。21日に多量の雨が降ったことで彼らの活動が活発化したのかも知れないが、去年とは異なり、産卵までの日々、日中はまったく鳴き声が聞こえていなかったので、突然卵塊が現れたような形だった。この日、1匹の親ガエル(オス)の姿をモミジの枝に撮影できたが、去年水辺に居続けた2匹のオスとは背中の模様がまったく違っていたので、おそらく別個体だろう。オスは生殖が可能な成体になるまで2年を要するというから、去年生まれた子ガエルではあるまい。ちなみに去年は、最初の卵塊が見つかったのが5月21日だったので、今回は1日遅れとなった。

 このひとつ目の卵塊は干からびてしまい、孵化できた様子はまったく見られなかったが、6月10日(月)の朝にもうひとつの卵塊が見つかった。この卵塊からは、少なくなとも百数十匹のオタマジャクシが孵化できたようだ。今年の産卵はこのふたつだけだった。いずれも見つけた当初は、十数センチの大きさだった。

 
(5月22日〔左〕と、6月10日〔右〕に見つかった卵塊)

 去年はまったく見ることができなかった産卵前後のメスの動向だが、今年も見られなかった。通説どおり、メスが産卵後すぐその場からいなくなってしまうのであれば、5月22日の卵塊を産んだメスは、私が卵塊に気づいた時にはすでに去っていたのだろう。それらしい姿は翌朝にはもうなかった。6月10日の卵塊を見つけた時も、その前後の日々、メスの姿はまったくなかった。

 今年、この池には確認できた限りで5匹のオス(次の写真A〜E。数字は姿を確認できた期間)が現れた。去年の2匹とはすべて斑紋の形が違っている。斑紋が1年以上経っても大きく変化しないのであれば、すべて去年とは別個体だったのではないか。メスはおそらく2匹来て、ひとつずつ卵を産んでいったのだろう。

 
(左〔A〕は5月22日〜7月12日、右〔B〕は5月23日〜6月28日)

 
(左〔C〕は5月25日〜5月30日、右〔D〕は6月17日〜7月19日)


(Eは7月3日〜7月18日)

 体長は5センチから6センチあまりといったところか。それぞれ頭部・背中・足などの斑紋に特徴があったので、見分けるのはあまり難しくなかった。Cのように、1週間足らずでいなくなったものもいた。日常的に激しい縄張り争いが繰り広げられていたと思われるので、もっとも小柄だったCは、戦いに敗れて早々に去ってしまったのかも知れない。DとEがこの池に来たのが、メスたちが去った後であったならば、交尾には一度も参加できなかっただろう。

 
(4分以上にわたったA〔奥〕とB〔手前〕の大ゲンカ)

 この写真のように、取っ組み合いの縄張り争いを目にする機会が2度あった。このAとBの水中戦はレスリング並みの激しさだった。陸に上がってからも続き、お互いに鳴き声を発しながらの戦いで、最終的にBが追いやられて池に飛び込み、やや小柄なAが勝利した。離れた後もしばらく、双方が大きく鳴き声を上げて牽制し合っていた。ちなみに、2匹ともケンカに夢中で撮影する私の存在に気付かなかったが、それ以外の時、彼らは5匹とも、水に入っている最中は人間の気配に敏感で、人が接近するとすぐ池の底に溜まっている枯れ葉の中に素早く潜り込んだ。木の枝にいる時は去年と同様、人が近づいてもあまり逃げようとしなかった。


 6月21日の午前中に、2つ目の卵塊の孵化が始まった。産卵から2週間弱くらいか。孵化できた個体数は、後日、ざっと目視できただけでも優に100匹を超えていた。石の下などに隠れて見えなかったものも含めれば、相当数いただろう。孵化翌日はほとんど姿が見えなかったが、4〜5日後には続々と姿が見えはじめた。去年とはまったく異なり、今回、彼らの動きはとても活発だった。

 
(6月21日、卵塊下部から落下開始。右は孵化20数時間後のオタマジャクシ)

 
(去年とは比較にならない数のオタマジャクシが誕生)

 去年は推定で20数匹くらいと思われるオタマジャクシが、池に沈められている石積みの下や隙間に隠れながら、上陸までの間、泳ぐ姿をほとんど見せずに暮らしていたが、今年は100匹以上という数にものを言わせてか、大っぴらに池のあちこちを泳ぎ回っていた。彼らにとっては幸いなことに、今年もイモリやタイコウチなどのような危険な捕食者は現れず、ハトから攻撃を受けていたらしい形跡もなかった。しかし後半期になると、朝方はほとんど姿を見せず、昼頃になってから出てくるというのがパターンになっていった。

 
(昼になると続々と出てくる。陽射しのある日の方が活発)


(7月18日には後ろ脚の生え始めた個体を数匹ほど確認)

 7月26日(金)の朝、ようやく前脚が生えてカエルの姿になり始めたオタマジャクシを、1匹だけ見つけた。孵化が始まった6月21日から5週間かかったが、孵化1ヶ月後くらいからカエルになり始めるという通説からすると、やや遅い。おそらくこの間、日照時間が少なく気温の低い日が続いていた影響だろう。親ガエルは7月19日を最後にすべて姿が見えなくなった。去年は7月18日が最後だったので、偶然か、これも1日遅れだった。そろそろ子ガエルたちの上陸が本格的に始まるのだろう。

 
(7月26日朝、前脚が生えてカエルっぽい姿の個体を1匹だけ確認)

 ところが29日(月)の朝、池には1匹もオタマジャクシの姿が見えなくなっていた。昼になっても夕刻になっても同じだった。ゾッとするくらい、すべて一気にいなくなった。去年のように、モミジの葉に乗る子ガエルたちの姿を、100匹以上の数で見られるのではないかと期待していたのだが、金曜の夜から月曜の朝までの間にまったく消えてしまったのだ。誰かが根こそぎすくって持ち去ったのかと思うほどだったが、1匹残らず捕まえるなど無理である。死骸も見当たらないので、何らかのトラブルで死んでしまったわけでもない。池のほとりやその周辺部をくまなく見て回っても、子ガエルは全然いなかった。数日前から、早々に上陸する個体がいないかどうか、丹念に目を光らせていたが、1匹も上陸した姿は確認できなかった。徐々に池を去っていった様子はみられず、土日をはさんで一斉に消えたという印象だった。以後、何日間か、毎日朝・昼・夕方と池を見続けたが、ついにオタマジャクシも子ガエルも、1匹も見ることはなかった。


(オタマジャクシが急に消えて棲み処の積み石が緑色に)

 27日(土)から28日(日)に、青梅市では多量の雨が降った。気象庁の記録によれば、26日の深夜から27日の未明にかけて50mmあまり降り、28日の未明から明け方にかけても15mmほど降った。その間、一気に前脚を生やし、雨に乗じて、池から遠い位置や庭木の高所まで這っていったのだろう。カエルの前脚は、後ろ脚と違って何日もかかって徐々にではなく、短時間のうちに急に生えるという。そして世間一般にも、たくさんいたオタマジャクシが、2〜3日の間に池や沼から一斉に消えてしまうことはあるらしい。それと同じことが今回、この池で起こったとみられる。

 去年の子ガエルたちは、雨が降らない日々を池のそばの低木で過ごし、台風の雨に乗じて夜間に一斉に去った感があった。彼らの長い雨待ちのお蔭で、去年は長時間の観察や、多くの画像・映像の撮影ができたのだった。彼らにとって大雨はすみやかな移動のチャンスであり、次にいつ降るか分からない長い雨待ちをするよりは、まだ尻尾が長く残ったままでジャンプが十分にできない体でも、目先の大雨での移動を選択するのが、彼らの野生の知恵ということなのだろうか。

 7月19日あたりから、池の水が少しずつ濁り始めていたのだが、オタマジャクシたちが去った日から以降、より一層濁りが増し、棲み処のひとつになっていた石積みの表面がみるみる緑色になった。こうした現象も、たくさんのオタマジャクシが一斉に去った水場にみられるひとつの特徴らしい。それまでにも多少の降雨はあったので、もしかしたら、その間に池を去った個体が少しはいたのかも知れないが、金曜の夜から日曜の早朝までに、相当数の個体が一気に消えたのは確かだ。少なくとも、池のほとりの低木に留まる子ガエルの姿は一度も目にすることがなかった。

 今年の子ガエルたちの旅立ちは、残念ながらこうした経緯であっけなく終わってしまったが、去年とは正反対の展開になったことで、却って彼らの習性を垣間見ることができた。彼らの行動は、幼少時から雨に大きく影響されるということなのだろう。

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 余談だが、去年初めてこの池にモリアオガエルが現れたことと関連があるかどうかは分からないものの、この庭の近辺では40年くらいの間、まったく耳にすることのなかったハルゼミの声が、ほんのわずかな数だが去年と今年は聞こえた。この周辺地域で、モリアオガエルを含めて、生き物たちの生息分布や移動に何らかの変化が生じているのだろうか。今年、この池ではヒメアカネとイトトンボの羽化数も、去年より大幅に増えた。近年の人口減少による山あいやその周辺地区での空き家や空き地の増加、それにともなう草木の繁茂、そうした事々が、生き物たちに多少とも影響を与えているような気もしないではない。







―――付 記(その他の生き物たち)―――


 この池とその周囲には、モリアオガエルを取り巻く豊かな生物相がある。人工の池と小さな森であっても、何十年と経つうちには、さまざまな命をはぐくむ環境が多くの生き物たちによって形作られていく。今年みられた生き物たちのいくつかの例を紹介する。



 

 
(今年はこの池からイトトンボがたくさん旅立った)

 

 
(今年はヒメアカネも多く、続々と羽化した)

 
(こちらはヤブヤンマ?のヤゴたちと産卵に来たシオカラトンボ)

 


(この池を毎年の棲み処にしているニホンアカガエル)

 
(水陸の甲虫たち。ハイイロゲンゴロウとコガネムシ)

 
(池に落ちて死んだアブラゼミの幼虫と羽化に成功した抜け殻)

 
(ニイニイゼミの抜け殻の背でヒメアカネが偶然の脱皮)

 
(蜂たち。あまり見かけなくなったジガバチがイモムシを巣へ運ぶ)

 
(池の中にはプラナリア〔?〕たちも。樹上にはイラガの繭の穴がぽっかり)

 
(せわしなく動くヒメガムシ。アメンボと孵化翌日のオタマ)

 今年、おそらく100匹を超える子ガエルが旅立っただろう。それによって、来年以降はもっと産卵にくる数が増えていくかも知れない。そうなれば、それを狙ってイモリやヘビなども集まってくるのではないか。この庭で生まれた生き物たちが、周辺地域の生物相をより豊かに、より多彩にしていくことを願いたい。

 (2019年12月31日・記)




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