死論


死 論



きまぐれ睡龍・筆


 「人は死ぬものであり、自分にも必ず死はおとずれる」と、おそらく多くの人が信じて疑わないのだろう。私もいずれ、死ぬときが来ると思っている。死へと少しずつ進んでいく道のりでの自分の振る舞い、そして死にぎわはどうあるべきかを常に問うている。病気になれば病原体を排除しようとするし、危険な目にあえば死を恐れてヒヤッとし、反射的に防御態勢をとる。心身ともに、常に自分の命を守ろうとする状態が保たれていると言っていい。しかしそうでありながらも、私には死というものの実体が掴めない。死とは何なのか――。学者や宗教家、芸術家や一般人を問わず、長年にわたってこの考察を試みる人は少なくないのだろうが、完全な結論に到達した人はいまだかつてひとりもいないのだろう。到達したかのように唱える人がいても、たいがい、その語りや記述からは不確かな、または独りよがりな主張という印象を多少なりとも受ける。

 私が死というものを知り、考えるようになったのはいつだったのか、定かではない。何億年もの間、連綿と遺伝子の中に受け継がれてきた本質的な発露としての認識だったのかも知れないが、嬰児が生まれた瞬間から何かを欲して泣いたり、何かを恐れて泣いたりすることが、死からの回避行動として嬰児の意識上に顕れた死の認識ととらえていいのかどうかは分からない。それらの科学的な分析によってひとつの客観的事実は得られるのかも知れないが、少なくとも、嬰児期の意識上における死の認識など私の記憶にはまったく残っていないし、おそらく多くの人たちにとってもそれは同様であろう。嬰児期以前、母の子宮の中にいた時にそこを安全な場所として認識していたかどうかなどは、さらに分からないのである。

 明確な記憶や知識として私の中に残っている最初の死は、母方の祖母の死によって6〜7歳のころ、すなわち40年あまり前にもたらされた。癌にむしばまれ、数年にわたる闘病と転移の末に、身をよじる苦痛のなかで命が尽き、亡骸を棺におさめて焼き、納骨して終焉、というありふれたものだった。おそらく多くの人は、こうして身内を見送る体験によって死の光景を直接的に知っていくのだろう。しかし、それは“誰かの死”であって“自分の死”ではない。祖母が死んだ時に自分は生きていた。生きていたからこそそれを知ったのであり、今生きているからこそそれをふり返ることができるのである。そこには、自己と他者それぞれの実体験としての区別があるのだ。つまり、私が認識している具体的な死は自分の生命活動の範疇にある“誰かの死”であって、そこから独立した存在として死者自身の死をとらえているわけでも体験したわけでもないと考えられる。

 一般論としての死とは何だろうか。その定義は曖昧で、肉体的には心肺停止や瞳孔の拡大、体温低下、そして死後硬直へと、一連の現象のどこに生と死の区切りがあるのかは定かにされていない。脳死状態の人が意識を回復したというような話を聞いたこともあるし、医学上、脳死の判定基準にも死についての多様な議論があり、倫理上の容易ならざる問題にもなっている。ごく大ざっぱにいうと、焼いてしまえば、あるいは腐敗して白骨化してしまえば確実に死である。ただ、それが肉体的な死であって、いわゆる幽霊や魂と呼ばれるような肉体から分離した個としての思考活動がどこかに残存するというのであれば、肉体の死のみでは「死んだ」といえなくなるのかも知れないが、少なくともわれわれが物理的に知覚し得る普遍世界に能動的な意思として幽霊が存在することを示す明確な根拠が見当たらないかぎりは、肉体の死とともに思考活動も消えるものと考えておくしかないのではないか。遺伝子という記憶媒体によって人格的な個としての何かがもし子や孫の中に残り、その人たちの思考活動に無自覚に反映され、現世記憶と混同しながら存続することがあるとしても、それは死んだ当人とは無関係と考えるべきであろう。「前世が○○だった」などという話も然りであるし、世界各地に残る心霊信仰、あるいは民話やファンタジー映画なども別次元の話である。デジャヴュと呼ばれる精神現象もそうした部類に属するものかも知れない。

 とりあえずは大まかに、個としての肉体と思考が両方とも停止して一切再活動し得なくなるのが死であるとしておくが、先に述べたように自己と他者という体験的区別をもって死を認識している限り、誰かの死と自分の死は別物であり、祖母が死のうと誰が死のうと、それらはすべて“自分の死”ではない。自分の生命活動の範疇にのみ成立する客観現象もしくは疑似体験に近いものであって、主観的な自分の死は経験できないのだ。世界中で今まで死んだ人の数は計り知れないが、いまだかつて死を経験した人はひとりも存在しないだろう。経験とは現象の直覚後におこなわれる記憶と再生の思考活動である。自分が死んだのを自分では確認(経験)できないということであり、「自分にも必ず死はおとずれる」とは、正常な思考活動をもって生きている今でしか成立しない推定の概念なのである。

 たとえば、致命的な大量出血をしている自分の姿を自分で見た場合、「私は死ぬ」と思ったとしても、それはその時点で死ではなく、死の確定とも断言できない。昏睡状態に落ち、ふたたび目が覚めて、病室に横たわって命を取りとめた自分の姿をいわゆる“奇跡的に”見ることになるのかも知れないのである。「何だ、夢だったのか」という落ちが待っていることもあるのかも知れない。命を取りとめずに死んだ場合、本人はそれを経験できず、当然、他者にそれを語ることもできない。他者も意識活動が消滅してしまった当人には死んだことを伝えようがない。ギロチンで首を切断されたとしても同じことだ。本人には、死が記憶として留まることがないどころか、直覚としての死の認識さえ記憶上には得られまい。臨死体験といわれるものがあるが、それはあくまで死んだ体験談ではなく死にかけた体験談だ。死なずに帰ってきたからこそ、それを自分の口で語ることができるのである。いずれその人の実際の死が体験談どおりの道をたどるという保証はなく、たどったとしてもそれをわれわれに伝える方法は一切ない。では、生きている人は死をいかなるものととらえることができるのか。そしてまた、死とは他者との体験的共有もできずに個としての意識上のみでしか論じられない独自の推定的解釈に過ぎないのだろうか。

 生物の死体や、過去のさまざまな生物たちの生息・絶滅の形跡に接することが、われわれに死という未来を意識させている。実際に人間を含めた生き物が死ぬ姿や死んだ姿を見ることが最も直接的であり、それらを記憶にとどめて自分の姿を重ね合わせることが基礎になっているといえよう。しかし、その記憶をどうやって生物間で共有し、死をゆるぎない事実存在として他者へ伝達もしくは継承し得るだろうか。たとえば、化石もそうした絶滅の形跡や記憶のひとつだ。しかしそれをそのようにとらえているのは人間だ。おそらく人間以外の生き物ではないし、化石自身でもない。三葉虫やアンモナイトには、自分たちの死や絶滅の事実確認をする術はなかった。それらの死を確認しているのは今のところ後世の住人であるわれわれ人間だが、人間に実体験としての死をもたらしているものではなく、ひとつの観察対象にすぎない。人間は自分たちの死もしくは絶滅という結果をどうやって確認できるだろうか。少なくとも、人は自分の死を確認(経験)できないし、それは人類自身がみずからの絶滅を確認できないことを示しているといえよう。われわれの絶滅を確認できるとすれば、それは、絶滅後にその確認作業をしているわれわれと同等の存在が必要となる。だが、絶滅したわれわれには、それがいかなる知的存在であるかを知るのは不可能だし、その知的存在にもいずれ死がおとずれるのだとすれば、その死をその知的存在自身が知る方法もないだろう。占い師や預言者による人類滅亡説が当たるかどうかを、われわれは永久に確認できないのだ。

 もっと言えば、人類がかつて存在して死滅したという形跡を残すには地球の存在が必要だが、すでに天文学者が言っているように、地球が数十億年後に太陽の引力に吸い寄せられて消滅するのであれば、人類の形跡は文献も化石も、精神や倫理道徳も宗教も存続し得ない。ではそれらを地球外に持ち出して形跡を残すとしたらどうなのかと言えば、地球がかつて存在して消滅したという形跡が残るべき宇宙の存続が必要となろう。しかし、宇宙が永遠に存続できることを推定以上の事実として誰が約束し得ようか。宇宙が異質化せずに永遠に存続する確証を得られない限り、もしくは宇宙の外へ形跡を持ち出すか、宇宙とは別次元のどこか(それが物質世界なのか精神世界なのか分からないが)に保存出来ない限り、人類が存在して死滅した事実も存続し得ない。だとすれば、死はいつも時系列上の彼方にあり、個人の主観的な概念以上の根拠をどこまでも得られず、推定の範疇を脱することができないのである。人は、「私が死んだあとは、誰かが私の死を知っていて、墓参りをしてくれるし、死んだことを誰かに伝えてくれる」と考えるが、それはどこまでも、自身の推測の域を出て語れることではない。死ねばすべてが消える。そしてそれが、個としての死に留まるのかどうかさえ分からない。

 祖母の死は私の死ではなかった。それは、祖母と私、あるいは誰かと私とが別個の存在であるという各人の相互認識によって成り立っている区別である。しかし厳密にいえば、私には祖母の死を客観的事実として誰かに対して実証する方法さえもない。すでに、私たちはそうした限界点を歴史事実として断片的に知っているはずである。なぜなら人類が誕生して以来、この世に生を享けた人間すべてのうち、その個としての生存記録が可視的に残っているのは何億分の1か何兆分の1か、あるいはもっともっとはるかにケタ違いの微少なパーセンテージに過ぎないからである。そしてそれらの微少なものでさえ事実を的確に伝えている保証などなく、いかなる人物史も改ざんやねつ造、神格化、ストーリー化、史料不足からくる危うげな推定のつぎはぎ、そして思い違いや書き違いなどを少なからず含み、あらゆる史料は信憑性に一抹の疑問をぬぐうことができないものばかりだからである。たとえ身近な親類の死について誰かに語る時でさえ、それを聞く人たちはそうした疑問から脱せず、疑似体験としてさえ自身の中にそれを取り込むこともできない。歴史学や古生物学の発展も、遺伝子のゲノム解析によって生命史をたどるような作業も、観察結果としての一面的な事柄を示すに留まるだろう。前記した私の祖母の死とその経緯が真実なのかどうかを確かめる術は、今私が書いているこの文章を読む人たちには無いのだ。祖母の死は、私の記憶の中だけか、せいぜい祖母の死に立ち会った人たちの間での思い出話の共有という範囲から出られないし、そこにさえも少なからず齟齬は生じる。そして、いずれ地球が星としての生命を終えて消滅すれば、あるいはさらに宇宙自体が消滅もしくはまったく異質なものへと刷新する時が来るのであれば、祖母の死どころか、可視的な人類史などは「命」という概念もろとも根こそぎ消滅してしまうのだ。われわれが駆使している時間という基本的な指標や概念さえも残らないかも知れない。

 われわれが知っている時間は、地球上における形跡の蓄積を根拠にして人間が作り出した仮設の指標であり、地球あるいは宇宙の消滅や刷新に即して根拠を失うことはおそらく避けられないのではないか。それが、消滅ではなくドーナツの輪のようにぐるぐる回り続ける再生機器のような無機質なものであっても同じことだろう。宇宙の消滅以前に、人間はもちろんすべての知的存在が皆無になった時点で時間はまったくの無用物、もっといえば存在ではなくなるのだ。ナイフは使う者がいて、その効用と機能を経験的に確認し、記憶し、使い始めてこそナイフとなるのであり、思考活動をつかさどる存在が皆無となれば、それはナイフでなくなるどころか、物質であるとする根拠さえ存立しなくなる。思考活動が皆無になってもそれがナイフとして、あるいは物質として存続するだろうというのは科学的な推測に過ぎない。科学的推測は、推測の時点で確定と位置づけることはできない。ビルの屋上からワイングラスを落としても、それが必ず地面で割れるとは確定できないのと同じだ。割れた後に事実確認し、割れるまでの経過を分析して初めて経過と結果がひとつの事実の蓄積として得られるのであって、経過が先で結果が後なのではない。落とす前から割れることを確定の事実として位置づけるのは、すべての運命は事前に確定していると断定することに等しく、科学的な推測を過信しすぎた決めつけであろう。

 ナイフは見るからあるのか、あるから見るのか分からないが、見なくてもあるというのは、その時点では確定の事実とはならない。今、アマゾン川は流れているかと問われた場合、「流れている、…たぶん」としか言いようがないのだ。ナイフがナイフとして、あるいは物質として存立するのは、われわれの経験と推定の範疇だけである。無論、宇宙が消滅するとすれば、推定はおろか物質と精神の区別さえも存続の保証はない。全能とされる神の存在とて例外ではないのだ。見えるものだけがすべてなのかとの問いもあるだろうが、見えないものはその時点で確定的な存在とは言えまい。見えようが見えまいが、人間に分かっているのは分かったことだけである。そして、分かったことも刻々と変化して分からないものになってしまっているかも知れないのだ。見えているものさえ確定とは言い切れない。誰かが骨折したのを見ても自分の腕が痛みを感じないのと同様、誰かの死は自分の体験にはなっていない。この世界のどこに推定を超えた死というものが存在していると言えるだろうか。

 死ねばすべてが消えると前述してはみたが、そもそもわれわれが、そしてこの世界が存在しているのかどうかさえも覚束ない。物質にしても精神にしても、存在というからにはそれを数字に置き換えて分類したり計測したり、考察することができるものであろうし、それが自己と他者を分ける意識の根拠にもなっているのだろうが、始まりも終わりも分からないものを数えることが可能なのだろうか。よく「1度きりの人生」という言い方がなされるが、何の数字に対しての「1度きり」なのか。死を経験した人はいまだかつて存在しない。無論、私も未経験であり、おそらく経験不可能であろう。経験できないということは、存在を確認もしくは実証できないということであり、ナイフがナイフではなく物質でさえもなくなるのと同様、死は死でないということにもなりかねない。自分の死は、死んだあとの人たちの認識や伝承によって維持されるのだろうが、その確認は死者自身には不可能である。そして、自己誕生の根本とされている精子と卵子の結合時の記憶を一切持っていないわれわれは、誕生という経験さえもないのだ。誰かの死に接することによって死の概念を得るのと同様、誰かの誕生によって電子顕微鏡レベルにまでわたる生の概念を得ているのだとすれば、誕生と死という出来事の間にあると見なされる「生命」の実在さえ、意識上にも物理学上にも確たる根拠を得られないということにもなって来よう。始まりも終わりも分からないことは事実としてとらえようがない。つまり人生に比較できる回数はないと言わざるを得ないのではないか。掴めないのは死だけではなく、生もだ。自分の誕生を知らず、死も経験できないのであれば、生も経験できていないということになろうか。生も存在の根拠を失うとなると、ますます死が分からなくなる。死も分からないし、私という個の存在さえも分からない。では「分かることはひとつもない」ことだけは明確に分かったと言えるのかといえば、それも分からないのだ。「色即是空」というが、目に見えるものや手に触れるものすべてが推定という手探りの道に収斂されてしまうしかないのだろうか。

 1度の人生というのは誰かの人生が1度だったという観察結果であって、自分の死を数えたわけではない。たとえば死と睡眠はどう違うかと考えた場合、その明確な違いがもし推定以上の事実として見いだせないとすれば、死も生も無数、すなわちそう意識した数だけあると言うこともできよう。毎朝の目覚めが新たな誕生で、毎晩が睡眠という死であるのかも知れない。私から見て祖母の人生は1度だったのだろうが、私の人生は回数を自分で確認できず、たぶん1度だろうと言うくらいしかできない。しかしゼロだとも言えまい。もし宇宙がいずれ消えてしまうのであれば、誰彼の区別などなくなり、数字も何もあったものではない。宇宙にも人間と同様に誕生と死滅があるのであれば、宇宙の死はどうやって確証づけることができるというのか。われわれは宇宙の誕生さえ目撃していないし、誕生の根拠を探す科学者たちの長い道のりは推定という範疇を進み続けてばかりでゴールがない。だからこそ「進む」ことができるとも言えるのだろうが、それは、宇宙の存在そのものをも証明する手段がないという話にもつながりはしないか。科学的な研究結果として宇宙の存在が結論づけられているとしても、それがもし宇宙の将来的な消滅もしくはまったく異質な刷新の可能性をも示し得るものであるならば、結論自身がいずれ結論を消してしまってその後に形跡の存在をまったく証明できなくなるという撞着をまぬがれないのではないだろうか。「色即是空」という概念は、それ自体も「空(くう)」となって概念として成立しないという撞着だ。

 自己と他者という体験的区別そのものがひとつの設定にすきず、自他ともに時空間を超越した同一の根元にあって個はそもそも存在しない、という考えに立とうとしても、「同一」という単位さえも数字として数えあげている限り、体験的推定の範疇からはやはり脱することができまい。時空の概念や個としての思考自体が無益なものにもなりかねず、結局は「同一の根元」という名前の個を再設定しているにすぎないのではないか。祖母の死も誰かの死も私の死であるという一人称的な同一の根元の推定である。個にはその誕生と消滅が必ず推定され、発生という出来事、そして死滅という出来事を体験的に認識することが可能な他者としての個を同時に設定することが避けられない、ということになろう。となれば、主客同一という考え方も薄ボンヤリとした不確かなものに感じられてしまう。しかし死について論じるために、将来的な宇宙の死滅や完全変質の可能性まで考察しなければならないとすれば、つまるところ、個としての死は主観から離れた現象としての立ち位置を求めざるを得ないのか。死は永久に「個人の所有物」にできないものということなのだろうか。そして生、すなわち命も…。


 昔から死を身近なテーマとしてわれわれに示してきた宗教も、死について何ひとつ明確に説明してくれているとは思えないし、ややもすれば、指導者や為政者の都合に沿った狭隘な解釈に流れやすく、物語や美談に仕立て上げられてしまって客観的な信頼性に欠ける。かといって辛辣な哲学者や物理学者、はたまた医学者が死の何たるかを突き止めたなどという話もついぞ聞いたことはない。死とは、宇宙の片隅の小さな地球に住む人間が、ナノサイズの脳みそで世界の霊長気取りで蓄積した不確かな推測にすぎないのではないか。そしてそのような私の解釈さえ、しょせんは、私の脳を住み処にしている正体不明の電気信号の余韻にすぎないのかも知れない。ただ、死の正体が分からないとはいえ、死に対する恐怖は厳然として、理屈抜きで私の心身をひっきりなしに支配している。体が傷つけば激しい痛みを感じ、恐怖をおぼえる。死が推定の中だけの存在であり、実体のない幻想にすぎないとしても、死はいつも目前にあるものととらえられており、それについて、無益と思われるようなことにまであれこれと考えずにはいられないのだ。


 ――アマゾン川は流れている、…たぶん。そして私は私である、…たぶん。しかし、私は私を通して何を見ているのか。私を通して何かを見ている私は何者なのか。宇宙の一部なのか、宇宙の外にいるのか、宇宙が私なのか、私は無なのか有なのか、世界は無なのか有なのか…。そのようなことを日々考えながら、それでも、これから死に向かっていくであろう自分のあるべきスタンスを、日々考え続けているのである。死とは何かなどと考えず、淡々と食べて眠って過ごしていられれば楽なのかも知れないが、人間はそういうことを考える暇なおサルさんになってしまったのだから仕方がない。それが人類史において学問や芸術を磨きあげる研磨剤になった側面があったことも事実であろう。もしいずれ地球や宇宙の消滅や変質によってそれが根こそぎ消滅してしまうとしても、学問も芸術も進展が絶えることはないし、私を含む多くの人たちは生きることをやめない。家族を守り友人を助け、人類のために尽くそうとする。死を可能な限り回避し、皆で協同して命をつなぐ営みが続けられていく。そのはるか先あるいはすぐ先に、何が待っているのかまったく分からないままに。

 私にとっては、死について考えることが生について考える最大の基礎にもなっているし、そうした考えの人は少なくあるまい。死についての議論を「不吉」とか「縁起が悪い」などと忌避する人も多いが、死が誰しもいずれ通る道であるならば、それについてまったく考えることを拒める人もそういないだろう。死は大きな恐怖だが、死についていろいろと考えるのは結構おもしろい。死が何なのかは一向に分からず、分かりそうな気配さえ今のところないのだが、「私の人生はおもしろいし、私の死もおもしろい」ということを、とりあえずはこの小論の不確かで独断的な結論としておく。いずれ年数が経ち、今よりも体力や精神力が衰退すれば、こうした暇な考え方も大きく変わる日が来るのかも知れないが、あいかわらず、自分の死にぎわはどうあるべきか、そして人の死にぎわとどう関わっていくべきかを、日々考え続けていくことにはなるのだろう。



〔付 記〕

 ……「1日でも長く生きていて欲しいか?」、「…うん」。昔、病床の母と私の間でこうした会話を交わしたことがあった。入院生活、もはや自力でトイレに行くことさえ容易ではなくなり、回復する可能性もかなり低くなったころ、母が私にそのように問うたのだった。おそらく母は、もう終わらせたいと思っていたのだろう。率直に「うん」とは答えたものの、私はその夜から考えた。病み衰えても1日でも長く生きていて欲しい、それは私だけでなく家族や身内にとっての思いでもあっただろう。しかし、それは母にとって苦痛を引き延ばすことでしかないのではないか。母は痛いとも苦しいとも言わずに、ひたすら治療に耐え続けている。それは何のための忍耐なのだろうか、と。

 それから数日経ったころの朝、私は出勤途中に母のもとへ行き、2人だけの病室で、「帰りたければ、治療をやめて家に帰ってもいいよ。誰かが反対したら、ぼくがすべて説き伏せるから」とだけ告げて会社に向かった。私の独断による母との会話だった。会社に着いてから1時間ほど経った時、兄から電話が入った。母が治療をやめて家へ帰ることになったのだ。母の判断は迅速だったと言っていいだろう。反対した人や、私の独断に腹を立てた人がいたのかどうかは分からない。すぐに病室へ向かい、枕元に顔を伏せて泣く私に、母は静かに「泣くな」とだけ言い、あとは黙って私の顔を抱きしめ続けた。母はその3日後に亡くなった。

 それでよかったのかどうか私には分からないが、よかったのだと思うようにしている。むしろ、最初の母の問いに「…うん」と答えたのは、いや“答えてしまった”のは、私の弱さや独りよがりであったのかも知れない、とも思っている。


(2015年1月・記)




             
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