ある店主の店じまい


ある店主の店じまい



きまぐれ睡龍・筆


 東京西部の某町の小さな食料品店が、経営難のために店をたたんだ。聞くところによると、その店は大正時代から続いた老舗だったそうで、地元の住民たちとの関わりも深く、大いに利用されて来たとのこと。

 店主は店をたたむにあたって、祖父母の代からご愛顧いただいた地元のお得意さんたちへの感謝の意味を込めて、最後の営業日にはほとんどの商品を半額以下の値段で売ることにしたという。

 しかしその当日、そのことを宣伝していたわけでもないのに、どこからその情報を聞きつけたのか、他の地域の主婦連がおおぜい来店した。今まで一度も来たことのなかった人たちが、安売り品のめぼしいものをあらかた買っていってしまい、そのため地元のお得意さんたちには残り物ばかりを買っていただかなければならなくなってしまった。

 店主は、最後の日にもかかわらず、後味の悪い疲労感を残しながら店じまいをしなければならなくなったことを嘆いたという。

 常日頃、他の地域のバーゲンの情報にまでアンテナを張っている「やり繰り上手」な主婦たちの思惑、そして地元のお得意さんたちに最後の恩返しをしたいという店主の思惑、考えの方向は違っていても、商売としては双方の取り引きが成立している。

 押し寄せた主婦たちには悪意はなく、生活維持のために当たり前のことをしたまでだっただろう。店主にしてみれば、たとえ一度も来たことがない相手でも客は客、その主婦たちを責めることはできない。とはいえ、状況が状況なだけに、店主としては嘆きの言葉を洩らしてしまいたくもなろう。

 どちらが善でどちらが悪というような話ではないだろうと思う。しかし、このエピソードを聞いた時には、何やら、せつなさやわびしさのようなものを感じずにはいられなかった。


(2001年・記)




             
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