美祢市化石館・美祢市歴史民俗資料館 【2015年春】


美祢市の化石探訪

(美祢市化石館/美祢市歴史民俗資料館 2015年4月)




――文・Photo. きまぐれ睡龍――


 山口県美祢市といえば、化石に深い興味を持っている人なら「日本有数の化石の宝庫」としての存在を思い浮かべるだろう。“国内最古の昆虫化石が産出する場所”と思う人も少なくあるまい。美祢市とその周辺各地からは、古生代から新生代まで多様な時代にわたる豊富な動植物の化石が採取され、長年研究が進められて来ている。その成果が、美祢市歴史民俗資料館と美祢市化石館に集約され、その標本の一部が一般向けの展示に供されている。今回、美祢市を訪れてこの2つの博物館の展示品を見学してきた。

 2つの博物館はいずれもJR美祢駅からほど近い場所にあり、徒歩で簡単にたどり着くことができるのだが、本州の西端に位置する山口県へは、関東や東北などの地域から見学に行くのはなかなか容易ではないので、画像のみだがここでその一端を紹介したい。今回は山陽本線の厚狭〈あさ〉駅から美祢へ向かった。まずは美祢市化石館を訪れた。

  
(JR厚狭駅から美祢線で出発。新緑のきらめく山あいを縫って30分足らずで美祢駅へ)

●美祢市化石館――

 美祢市化石館は駅前ロータリーのすぐ先を通る国道435号沿いにある。美祢市役所に近接しているので分かりやすい。駅からは徒歩で10分足らずだろうか。国道沿いの歩道には地元で採取された化石などを模したらしき数々のオブジェが点在していて、地元の力の入れ方が感じられるようだ。化石館の入り口脇には見あげるほど大きなアンモナイトのオブジェが設置されていて、見学者を迎え入れている。美祢市化石館は、長年の発掘によって大量の化石が歴史民俗資料館に納まり切らなくなったため、新規に建設された化石展示専門の博物館である。

  
(駐車場の前にある昆虫化石のオブジェ。建物入り口の脇には巨大なアンモナイト)

 展示スペースは2階にあり、階段をあがるといきなり大きなナウマン象の骨格レプリカに迎えられる。その骨太なたたずまいが太古の生き物たちの息吹をしのばせる。傍にはナウマン象やステゴドンの標本の数々が並べられている。美祢の石灰岩台地は象化石の宝庫と言っていい。ナウマン象の化石は瀬戸内海の海底からも多数採取されている。

  
(ナウマン象の骨格レプリカと、ステゴドンやナウマン象の標本)

 そのほか、肉食類や草食類と、さまざまな哺乳類の化石が展示されており、太古の美祢と周辺地域の動物相の多彩さが垣間見られる。石灰岩台地では、石灰岩から溶け出した炭酸カルシウムがこうした化石を保存する良好な土壌条件を作りだしたため、美祢に多くの動物化石を残したのだという。

  
(ニホンムカシジカ等の標本の数々。現生種の標本もある)

  
(ヒョウ・トラ・ヒグマ等の肉食獣の標本。すばらしいキツネの頭骨も)

 美祢では新生代後期より以前の脊椎動物の化石は豊富ではないというが、時代と種類は多彩で、日本最古と称される標本が見つかっている。とりわけジュラ紀後期のカメ化石には惹きつけられる。今年2月には福岡で見つかったスッポン類の化石がその種では世界最古と発表されており、中国で見つかっている数多くのカメ化石との時代的・地域的関連性が見てとれる。また美祢ではこれまでに多くのアンモナイトの化石が見つかっており、その学術的価値は高い。

  
(たいへん貴重な国内最古〔ジュラ紀前期〕のカメ化石。右は三畳紀の硬骨魚)

  
(アンモナイトの密集〔左〕とネオイコセラス。いずれも石炭紀)

  
(下関産のジュラ紀のアンモナイト〔左〕と、北海道産の異常巻きアンモナイト)

 美祢は三畳紀の昆虫化石の多産地としても知られている。昆虫化石としては日本最古であり、三畳紀のものは世界的に産出量が少ないことから、海外の研究家からも注目される産地となっている。美祢層群桃ノ木層と呼ばれる約2億3000万年前の地層から、シダ類やイチョウ類などとともにカワゲラ・ゴキブリ・バッタ・甲虫などが多数採取されている。

 

  
(カワゲラ類〔左〕とバッタ〔右〕。写真は展示パネルからの拡大転写)

 植物化石はたいへん産出量が豊富で、おもにシダ・イチョウ・トクサ・ソテツ・毬果類が占めており、大型のものが多い。三畳紀当時の植物の大繁栄ぶりを示している。三畳紀にはまだ被子植物が登場していなかったとされ、多様な裸子植物の繁栄期だった。

  
(シダ類〔左〕とネオカラミテス〔右・トクサ類〕)

  
(イチョウ類〔左〕。階下には植物化石を多量に含む巨石の数々)

 いずれの化石も保存状態が良好で、とりわけ昆虫は細部まで構造が見てとれる。展示標本は一般見学者に馴染みやすい「脊椎動物」「アンモナイト」「昆虫」の3点を基軸にしているという。研究家や化石ファンにはとても見応えのある施設である。また美祢市では、かつて練炭の原料を採掘していた大嶺炭田の一部を化石採掘場として一般に開放しており、美祢市歴史民俗博物館で予約をすれば、三畳紀の昆虫や植物の化石を実際に発掘・入手できる。


●美祢市歴史民俗資料館――

 歴史民俗資料館と称しているとおり、地元の史学全般に関する展示品が見られるが、化石展示がメインになっている感がある。化石標本の所蔵数はおよそ10万点におよび、高校教師で研究家であった岡藤五郎氏(1978年没)が生前に採集した膨大な標本と、その後の発掘によって追加された標本によって構成されている。岡藤氏はヤベオオツノジカなどを中心とする秋吉台の哺乳類、大嶺炭田に産する三畳紀の植物や昆虫の化石、秋吉台の洞穴動物の研究などに携わり、「オカフジムカシゴキブリ」などの発見者として知る化石ファンもいるだろう。1階フロアから地元発掘の豊富な化石が展示されている。

  
(資料館の入り口。1階フロアから数多くの化石を展示)

 秋吉台に広く分布してカルスト地形を形成している石灰岩の中には、大量の海生生物の化石が含まれている。展示は、もっとも産出量が多く示準化石として地層の時代判定に世界的な価値を持つフズリナから始まっている。フズリナはかつて秋吉台の地質学研究に多大な発展をもたらした。

  
(石灰岩から採取された化石の数々。右はフズリナの拡大)

  
(ウミユリ類。いずれも二畳紀)

 同地の石灰岩は石炭紀から二畳紀にわたるもので、このほかサンゴ・コケムシ・三葉虫・腕足類・アンモナイト・貝類などを産出している。さらに美祢では、厚狭郡にかけて分布する美祢層群と呼ばれる地層から三畳紀の化石が採集され、とりわけ大嶺炭田から産する植物や昆虫の化石は良質なものとして学術的評価が高い。また美祢に隣接の豊田町〜菊川町にかけての地域は、ジュラ紀のアンモナイトや貝類などの産地として知られている。

  
(二枚貝)

  
(大型のネオカラミテス〔左・トクサ類〕とイチョウ〔右〕)

  
(数々の植物〔左〕と県内産のアンモナイト〔右〕)

 2階フロアには植物化石や哺乳類の化石が展示されている。山口県は西部地域を中心にして、始新世から更新世にかけての植物化石が多く知られており、次の写真は宇部市産の漸新世の化石である。日置町産の漸新世の貝化石も展示されているが、美祢市内には第三紀の地層はないとのことである。第四紀の哺乳類は美祢から多産し、オオツノジカ・象・サイ・トラ・コウモリなどが見つかっている。

  
(新生代の植物〔左〕と貝類〔右〕。いずれも漸新世)

  
(ニッポンサイ〔左〕と、ヤベオオツノジカの左角付き頭骨〔左〕)

 2階フロアはこれらのほか、縄文〜弥生期の土器・石器・鉄器類などの古代遺物が展示されており、同フロアの別室には地方産業として栄えた伊佐の売薬資料、大嶺炭田の採掘に使われていた道具類が展示されている。大嶺炭田は無煙炭田としてかつては国内最大の採掘地であったという。

  
(縄文〜弥生期の遺物や小道具・古文書類〔左〕と、大嶺炭田の採掘道具〔左〕)

 国内屈指の化石産地である美祢市では、長年にわたって発掘と研究が続けられて来ている。美祢市歴史民俗資料館にはその成果が結集しており、その豊富で良質な化石の学術的評価は高い。研究家や化石ファンだけでなく、化石にあまり興味のない人にも見応えのある展示になっていると思う。(2015年5月9日・記)
 
※化石館・歴史民俗資料館に関する観光サイト “http://www.karusto.com/html/02-learn/08-minekaseki.html






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