何度も更新したのでコントロールキーを押しながらF5を押してください
 
 40歳過ぎた頃、ようやく特殊相対性理論を理解出来た。ローレンツ因子をはじめ、すべて「仮定」から作ったものだ。
ニュートン力学は観測から、マックスウェル電磁力学は実験から、そして量子力学も実験事実から得られた理論である。ところが相対論は何一つ実験で確かめられたものはない。あれこれ実験や観測を持ち出して「仮定」から作った理論を正しい理論であるかのようにしている書物はゴマンとあるが、それらは所詮、少し突っ込めば崩れるものばかりであった。なぜなら、それらは<ねつ造>や<嘘>、<こじつけ>だからである。「仮定」そのものを実験や観測から証明しなければ正しい理論にはならない。「仮定」を正しいものと「仮定」して理論を作っても正しい理論にはならない。
 
 特殊相対性理論の生まれたきっかけはマイケルソン・モーリーの実験であるが(「そうではない。特殊相対性理論は独立した理論である」と琉球大学准教授の手紙があった)、この実験を説明するためにローレンツ因子が大いにもてはやされたが、これも「仮定」である。この「仮定」に別の「仮定」を上塗りして作った理論が特殊相対性理論である。
 
 どの数理理論の本を読んでも、純粋な数学や物理学とは別項目に「相対性理論」とは、と載っている。そして出発点はすべて「・・・と仮定しよう。そうすると云々」と書き始めてある。さらに、アインシュタインの口癖は「思考実験により」である。これが相対論を構築する一番最初である。
 
 誰でも疑問を持つ簡単な事を列記してみよう。
「等速直線運動をしている亜高速のロケットAは、他の相対的に運動しているロケットBから見ると、すべて縮んで見える」、本当に?縮んで見えた人がいるのか?
言い方を変えると「AからBを見るとBは縮む」という。同じ事を座標を使って「縮む」と書いてある。<縮むわけがない、縮んで見えるわけがない>と考えたのは、私だけか?。
 飛んでいるロケットの内部のコンピューターが縮んで故障しないのか。いろんな本に「本当は縮んではいないのだ、そう見えるだけだ」と書いてある。言い逃れにも程がある。
 「時間はゆっくり進むから、宇宙飛行士は歳を取らない」。そうするとコンピューターの計算速度もゆっくりになるのか。
 「他のロケットから観測すると、亜光速で飛んでいるロケットエンジンは縮んでいる」。どうやって縮んでいるのを測るのか。「アインシュタインの光時計で測るのだ」。アインシュタインの名前が出てきた。光速度不変の原理が出てくる。アインシュタインの名前を使えば、どんな事でも説明できる。どうして人間は死ぬの?、「アインシュタインによれば光速で運動すれば時間はゼロになるから死なないのだ」、時間がゼロになるの?じゃア心臓も止まるし、呼吸もしない、それで生きているのか?
 K大学M物理学名誉教授によれば「等速直線運動ではなく、加速・減速するとき、時間は遅れるのだ」と、私を攻撃した同博士の著書に書いてある。
 ある新聞に「光速以上で移動したら過去に行ける」とあった。もうこうなったら全然ダメ。物理学ではない。
 こういう話は、もうよそう。とにかく面白いかも知れないが、物理学ではないと思い始めたのが40歳を過ぎてからである。
 
 一般相対性理論も同様である。絶対に解くことの出来ない宇宙方程式は、もともといろんな仮定とニュートンの重力定数Gを使って作った数学のパズルだ。あれこれパラメーターを変えて、いくら並べ変えても、間違っているものから正しいものは得られない。
 一例がビッグバン宇宙論だ。素粒子より小さな1点から瞬間に爆発して宇宙ができたという。なぜかというと、地球を中心にして、あらゆる方向に銀河は遠ざかっているからだ、風船のように空間は膨らんでいると言う。だから宇宙の中心は地球だという。こんな天動説が現代科学に通用するか?
「アインシュタインは大天才だから、<これでいいのだ>」と、学校で子供たちに教える。ガリレオ・ガリレイは地動説を発表したら、逮捕されて刑務所に入れられたと教わる。何も知らない子供たちはアインシュタインは大天才だと信じて育つ。
 
 どこに、どのような問題が潜んでいるのか、悩み、悩みながら必死で考えた。間違っている理論を正しいとする原因は何か。
 
物理学と数学は異なる学問だが、物理学の一つの問題を計算をするために数学を使うのは常套手段だ。そして正確な予測が出来る。
 たとえば月の運行を計算して日食が何日何時何分何秒から始まるなど、ぴたりと計算通りになる。ニュートン力学だ。
 しかし月の生い立ち、いつ誕生したか、どうやって誕生したかは、数学では計算出来ない。ましてや人類の及びもしない無限の宇宙を方程式にするなど出来っこない。だがアインシュタインは大天才だから方程式ができたという。絶対に解けない式であることは、すべての優秀な数学者にはすぐ判った。しかし、ここで大変な間違いが起こる。数学上の空間と物理学の空間を混同したのだ。
 
 平行線は無限遠でつながると仮定すれば(同じ事だが、三角形の内角の和は180度より大きいと仮定すれば)リーマン幾何学になり、リーマン空間になる。これは最初の仮定(命題)に抵触しないように数式展開したものだから数学的に正しい。ミンコフスキーの4次元空間も数学的には正しい。双曲線空間も数学的には正しい。文句なしだ。メビウスの輪にも方程式がある。しかし、これらは物理学か? 違う。数学である。
 
 数学上の空間は紙と鉛筆で描ける。ミンコフスキーの4次元空間に犬や猫、人間は住めない。植物も同様だ。種を蒔いても育たない。水をかけても花は咲かない。最近はパソコンのCGで「これが時間と空間が曲がった空間だ」と描ける。メビウスの輪を描いて「これが宇宙だ。どこまでも行くと、やがては宇宙の裏側に行ける。針で突っつけば瞬時に元に戻る」。楽しいが、これらは物理学ではない。
 物理学の空間にはさまざまな物質が存在し、我々人間も居る。壮大な宇宙の星々を見る事が出来る。このように数学上の空間と物理学上の “空間” は全く異なるものだろう。
 
 これを混同して、優秀な数学者がワッと飛びついて、アインシュタイン方程式を解くことに夢中になり競い合った。もともと解くことの不可能な式であるため、式をニュートン力学に近似的に移行したり、パラメータを追加したり、アインシュタインがやったように「宇宙項を付け加えたのは一生の不覚だった」と言いながら、それを削除したり、普通の人々には決して分からない高度な数学で競い合ってきたのだ。数学者の岡 潔博士は「相対論の数学はいびつだらけだ」と述べた事がある。
 
 実験式や観測から得られた式というのが物理学にはある。これは重要な数学だ。冒頭で述べたように、例えばマックスウェル電磁方程式は実験から得られた方程式だ。この方程式から “電磁波” が予言され、実在が証明された。ニュートン力学の方程式も観測から得られた数学である。上述のように月の運行をピタリと計算できる。量子力学も同様、実験式から得られた理論である。
 なお、マックスウェル電磁方程式と物体の運動法則とを共役不変となるように座標変換するのが相対論の数学的骨頂であるが、こういう事をしても何の意味もない。ある男性が身体を手術して女性化し、受精卵を身体に埋めたら子供ができた、という事例はあるが、これは神の意に反する。尊い男性(マックスウェル電磁力学)と女性(ニュートン力学)の二元性を壊さないで欲しい。
 
 ここで重大な注釈をしておこう。1992の春に発見した c−Vcosθ はマックスウェル電磁方程式から得られる光速
一定であるところから来ているし、はニュートン力学の運動法則の一つである。だから、これは上記二元性が結ばれている事に他ならない。しかし私は手術をしたのではない。男性と女性が通常の結婚をしたのと同じである。そして生まれた子供がマイケルソン・モーリーの実験を説明してくれたし、ブラッドリーが観測から得た光行差の式を理論的に証明してくれたのである。更に、この式はGPSナビシステムでドップラー効果の計算に使われている。リニアな式なので非常に精確だそうである。
 
 話を戻すが、40歳を過ぎた頃、基礎的な疑問を踏まえて、もう一度昔に戻った。初歩の初歩に戻って、一行一行考え直しながら進むことにした。納得しなかったら次に進まない。この原点に戻るという私の勉強の仕方は正解だったと思う。というのは大学時代の項で、「あまり勉強をした覚えがない」と書いたが、相対論に関連するマックスウェル電磁方程式や量子力学の初歩、ニュートン力学の高校時代に習った以上のことなどは誰にも負けないほど勉強はしていた。
 
 相対性理論は仮定から作られたもので、信憑性はないと気づいてから<相対論の間違いはここにある!>と発見するには、あと10年以上かかった。上記1992年の春である。
 
 多くの相対論の著書を読むと、筆者自身が迷いながら書いているのを知ることが出来る。その迷いをネグって次に進んでいる。残念であり悲しい事だ。こういう著者は拙筆HP http://www7b.biglobe.ne.jp/~kubota-takashi/c-v.html の<数学による暴力
の項<追加いたします>を是非お読み下さい。判らなかったら1905年のアインシュタインの論文の1頁目から読む事を薦める。おそらく「“ある種の(思考的)物理実験により”」に騙されていた事に気付く筈だ。
 
 ただし、アインシュタインは故意に人々を騙したわけではない。騙された方に責任がある。他項で何度も述べているが、アインシュタインはポアンカレの発想に傾倒し、それを、さも自分の発想のように振る舞っただけだ。
 ニールス・ボーアなどコペンハーゲン学派は、それを知っていたし、マスコミも気付いていたが、あえてアインシュタインを非難することはなかった。なぜかは「アインシュタインはどういうヒトであったか」を知れば、読者諸氏は、ご理解できる。佐藤文隆著「孤独になったアインシュタイン」2004年/岩波書店など、ぜひ読んでほしい。
 
 §20で芝浦工業大学大学院で相対論の講義をした事を述べたが、当時学長であられた村上教授と、いろんな話をした事を思い出すが、一つ重要な事実を書いておこう。村上先生は何十冊もの本を書かれている。その中で物理学関連の書もある。
ところが、その中に相対論部門は一切書かれてない。出版社編集部から「相対論の項も加えてください」と何度も言われたが、「書けない」と断ったそうである。その理由を私は聞いたことがある。村上先生は「書こうとしても筆が進まないのだ」と仰った。「どうしてですか?」と聞きましたら、「理論を作る出発点が納得できないからだ」と言われました。純粋に学問的な立場からの発言である。さすがである。私が村上教授を尊敬する最大の根拠がここにある。
(先月83歳になった2023年11月13日追記