| 1.影山香苗 ♪シューベルト=リスト/白鳥の歌より「セレナーデ」 ♪シューマン=リスト/献呈 |
初めてリストを弾いたときのことが思い出されます。中学生だった私は、ちょうどショパンの誕生日にケーキを作って
飾り、大好きなリストの愛の夢第3番を弾いていたのが懐かしいです。今日は、リストが様々な歌曲に見事な編曲を
ほどこした中から2曲弾きます。
まず一曲は、シューベルトが31歳の若さで世を去る晩年の1年に作曲された”白鳥の歌”から「セレナーデ」です。
ギターふうのピアノ伴奏で、歌の気品、深い思いを込めた静けさは無類の美しさです。
二曲目は、シューマンが、後に妻となるクララとの結婚を想いながら作曲された歌曲集”ミルテの花”から「献呈」です。
恋人を慕い憧れる熱烈な曲です。 |
| 2. 田染泉 ♪12の練習曲より9番 |
| 14才のときの作品と言われています。これを基に、後に超絶技巧練習曲という、名前からしてわかるように、難しい練習曲が作られていますが、どれもこの14才のときのものが色濃く残っています。自分が14才のときは何をしていたか?と、この曲を弾くとついつい考えてしまいます。私にとってリストは、聴くのは好きだけど、弾くのは技巧的過ぎて嫌な作曲家です。あと暗譜を始めたのも彼だそうで… |
| 3. 佐藤恭子 ♪スペイン狂詩曲 |
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スペインの民謡をもとにした狂詩曲で、「スペインのフォリアと ホタ・アラゴネーサ」という副題がついている。
1844〜1845年のスペイン〜ポルトガル 旅行を思いだして作曲されたといわれる。1858年作曲。
カデンツァ的な華麗な序奏部に続き、「フォリア」が始まる。
「フォリア」は、16世紀初めに起こったスペイン舞曲で、イベリア半島に起源を持つ、ゆっくりしたテンポの舞曲。コレ
ルリの作品でよく知られる旋律がここでも使われている。左手の低声部のみで始まるこの主題が、華やかに技巧的
に展開され、続いて「アラゴネーサ」が始まる。
こちらは、アラゴン地方を中心に踊られるスペインの代表的な民族舞踊であり、民謡である。軽快で、いかにもスペイ
ン的な雰囲気を持ち、華やかに展開されていく。そして、ゆっくりしたヴェネツィアの舟歌風な旋律があらわれ、いかに
もリストらしい、技巧的な変容的展開をして、最後、前半のフォリアが長調で華やかに再現され、曲を閉じる。
♪ リストと、この曲への想い
私にとって、リストとの衝撃的な出会いの曲は、「ハンガリー狂詩曲第2番」でした。中学生くらいだったと思いますが、
毎日のように聴き、いつか弾いてみたいという思いで、指を鍛えようと指たてふせまでしていた記憶があります。(もち
ろん、今はそんな事はしませんが)
リストの、悪魔的とも思えるかのような力強さに、まず魅かれたような気がします。そして、この世のものとはおもえな
いような美しい旋律、ピアノという楽器の魅力を最大限に発揮させてくれるかのような手法、どんどん、リストの魅力に
はまっていきました。
今回の、「スペイン狂詩曲」も、以前から好きだった曲で、数年前に取り組んでみたものの、体調崩し、本番寸前に断
念してしまった曲です。今回、生誕200年という記念のイヴェントで演奏させていただく事は私自身とても楽しみです。
スペインの情熱と、民族舞踊の華やかさ、楽しさが表現できるよう、演奏したいと思います
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| 4.片岡慎之輔 ♪コンソレーション ♪ラ・カンパネッラ |
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本日演奏します、「ラ・カンパネッラ」はリストの楽曲の中でも特に有名な曲と言っても過言ではありません。当時リスト
は「ピアノの魔術師」と呼ばれる程ピアノの自由自在に操るピアニストとして有名であり、綺麗な顔立ちからアイドル的
存在だった事は有名な話です。そのリストがヴァイオリンの名手パガニーニ自身の演奏を聴き衝撃を受け、パガニーニの「24の練習曲」より曲を抜粋して作ったものが「パガニーニによる大練習曲」なのです。今日よく演奏される「パガニーニ大練習曲」は主に改訂版で初版の「パガニーニ超絶技巧練習曲」は技巧的な難しさが格段に高く、かの大ピアニストウラディミール・ホロヴィッツをしても演奏不可能と言わせた楽曲なのです。特に本日演奏しますラ・カンパネッラは初版との配置もかなり改訂されております。ただ音楽的には現在の改訂版の方が良い為名曲として演奏され続けております。
又、一緒に演奏します「コンソレーションの3番」もコンソレーション6曲の中では特に有名です。コンソレーションとは慰めと訳され、表題通り落ち着いた曲想で、上品さと情感がこもった曲となっています。この曲はリスト自身自分の人生に行き詰まり悩んでいる時期に書かれた作品と言われております。リストの作品と言うとヴィルトーゾピアニストである為、技巧的に難しい作品が多い中、このコンソレーション6曲は技巧的には難しいのではなく内面的から溢れ出る音楽性という面での難曲とも言えるでしょう。
私自身、大学、大学院と様々なリストの曲に触れさせて頂きました。その中でも特に今回演奏します「ラ・カンパネッラ
」は思い入れが強く、やっと弾く機会に出会えたと嬉しく思っております。と言いますのも私がピアノを本格的に始めた
時から、母がずっと「ラ・カンパネッラ」を聴きたいと言っており、やっと願いを叶える事ができる機会を頂けて有難い
ばかりです。「ラ・カンパネッラ」特有の主題の鐘の音、又、リストが楽しんでいたであろう超絶技巧とコンソレーション
の音色の違いなども合わせてお楽しみ下さい。
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| 5.本村佳子 ♪ハンガリー狂詩曲 第2番 |
「ピアノの魔術師」とよばれたリストによって作られたこの曲は、彼の生まれ故郷であるハンガリーの舞曲の形式に
大きな影響を受けている。全部で19曲からなり、特にこの第2番が有名である。この曲は「ラッシャンLassan(ゆっくり
)」と「フリシュカFriska(はやく)」二つの部分からできている。「LASSAN」はハンガリー独特の哀愁漂う情緒に溢れて
いる。
対象的に「FRISKA」はテンポも速くなり次々に発展して行く。「トムとジェリー」の『ピアノコンサート』という作品の中で
使われ、トムの弾くピアノの鍵盤と音楽とが見事に一致し、1946年のアカデミー賞を取っている。 |
| 6.西脇千花 ♪ウィーンの夜会 ♪愛の夢 第3番 |
| ♪シューベルト=リスト ウィーンの夜会 第6番(Schubert=Liszt Soirees de Vienne (Valses
caprices d'apres Schubert) S.427.)
リストはピアノの巨匠としてヨーロッパ中で知られ、当時のピアノ演奏の芸術的・技術的水準を飛躍的に高めました。
作曲家としては独自のユニークなスタイルを確立し、オリジナル曲でも編曲でもその特色は貫かれています。
リストの作品の中心はピアノ曲で、主として3つのカテゴリーに分類することができます。オリジナル曲、トランスクリプション(管弦楽曲のピアノへの編曲)、そして他の作曲家のテーマに基づいた幻想曲です。この最後のカテゴリーにこ
の曲も該当します。リストは、この作品にシューベルトの『優雅なワルツ』第9番と第10番、『感傷的なワルツ』第13番の
3曲から題材を取り入れています。リストがまだ幼いピアニストだった頃、ウィーンでシューベルトに出会い、生涯を通
じて作曲をすることで敬意を表しました。シューベルトの『冬の旅』や『白鳥の歌』も含めた全歌曲集を編曲しています
。その後指揮者としての職を得たワイマールでこの『ウィーンの夜会』を編曲しました。また、リストが亡くなる前年の
1885年にピアニストとして最後の公の舞台で演奏された曲です。この曲特有のノスタルジアから、とても贅沢な貴族の
舞踏会の様子が目にみえるようです。
♪リスト 愛の夢 第3番(Liszt Liebesträume)
リストの作品の中でも最もポピュラーな小品の一つです。当初はソプラノ向けの歌曲として作曲されましたが、1850年
頃に作曲者自身がピアノ独奏版に編曲されました。
「おお、愛しうる限り愛せ O lieb, so lang du lieben kannst!」から始まる詩は、恋愛のことではなく、人間愛をうたったも
のです。「あなたがお墓の前で嘆き悲しむその時は来る。だから、愛しうる限り愛しなさい。自分に心を開く者がいれ
ば、その者の為に尽くし、どんな時も悲しませてはならない。そして口のきき方に気をつけなさい、悪い言葉はすぐに
口から出てしまう。『神よ、それは誤解なのです!』と言っても、その者は嘆いて立ち去ってしまうだろう」という内容で
す。
リストを一口で語るのは容易なことではありません。矛盾のかたまりのような人物で、共存しそうにない正反対の性格
を同時に持ち合わせた人でした。彼のことを悪魔のようだと言う人もいれば、エレガントでロマンティックと言う人もい
ました。ジプシー的な一面と修道士のような一面をもち、既成の作品の編曲家としても活躍し、同時にオリジナル曲で
も素晴らしい作品を残しました。また、神秘的で他人に対して寛容な彼の性格は、人々を魅了しつづけました。
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| 7.井手尚子 ♪3つの演奏会用練習曲より第3番「ため息」 ♪パガニーニ大練習曲より第6番「主題と変奏」 |
リストはヴァイオリニストで、作曲家でもあるパガニーニの演奏会を聴いて大きな衝撃を受けて、高度な演奏技術が
もたらす表現の可能性を追求しました。
「技術は機械的な練習からではなく、精神から生まれるべきである」と語っています。
超絶技巧や華やかな装飾音などから、リストの曲は派手で技術的に難しいと評価されていますが、「全ての技術はピ
アノ音楽の表現の手段だ」といっています。
リストの練習曲作品は大変すばらしいものばかりです。その中から2曲選びました。2曲とも広く親しまれている作品です。
3つの演奏会用練習曲より第3番「ため息」とパガニーニ作曲の「24の奇想曲」の第24番を編曲した「主題と変奏」で
す。この曲は同じ時代に活躍したシューマンの夫人で、当時の偉大なピアニストだったクララ・シューマンに献呈され
ています。
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| ♫ 中根富美代メモより |
| フランツ・リスト(1811年10月22日ライディング)〜(1886年7月31日バイロイト)
日本・・・1811年:長唄「越後獅子」初演(中村座)
1812年:清元はじまる。
1825年:鶴屋南北作歌舞伎「東海道四谷怪談」初演(江戸中村座)
ドイツ・・1812年:グリム兄弟のドイツ童話集初版
・リストの生きた時代の徳川将軍
徳川11代将軍:家斉(いえなり)・・1787年(天明7年)〜1837年(天保8年)
徳川12代将軍:家慶(いえよし)・・1837年(天保8年)〜1853年(嘉永6年)
徳川13代将軍:家定(いえさだ)・・1853年(嘉永6年)〜1858年(安政5年)
徳川14代将軍:家茂(いえもち)・・1858年(安政5年)〜1866年(慶応2年)
徳川15代将軍:慶喜(よしのぶ)・・1866年(慶応2年)〜1867年(慶応3年)
・大政奉還の時にはリスト57歳
・ 1882年、伊藤博文は憲法の調査のため欧州に留学した。翌年ワイマール(ドイツの都市)に着いた。パーティーに招かれた伊藤は、当時72才のリストの演奏を初めて聞いてその演奏に強い印象を受け、「わが国に連れて帰って西洋音楽の教師として迎えよう。」と言ったらしい。
それを聞いた駐独大使として現地に滞在していた西園寺公望(さいおんじきんもち)はドイツでのリストがどれだけ重要な立場であるかを理解していたので、「あの方は、高齢だし国宝級の偉い音楽家だから無理だ。」と説明しその話しはリストに伝えられることなく立ち消えになったそうだ。
・リストが亡くなったのは76歳・・日本は明治20年
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