大渡橋 (大正14年) 萩原朔太郎
語釈
ここに長き橋1の2架したるは
かのさびしき@惣社の村より 3直として前橋の町に通ずるならん。
われここを渡りて4荒涼たる情緒の過ぐるを知れり
5往くものは荷物を積み車に馬を曳きたり
あわただしき自転車かな
われこの長き橋を渡るときに
6薄暮の飢えたる感情は苦しくせり。
ああ7故郷にありてゆかず
塩のごとくにしみる8憂患の痛みをつくせり
9すでに孤独の中に老いんとす
いかなれば今日の烈しき10痛恨の怒りを語らん
いま11わがまづしき書物を破り
過ぎゆく利根川の水にいつさいのものを捨てんとす。
われは狼のごとく飢ゑたり
しきりに12欄干に13すがりて14歯を噛めども
15せんかたなしや、 16涙のごときものあふれ出で
頬につたひ流れてやまず
ああわれはもと17卑陋なり。
往くものは荷物を積みて馬を曳き
18このすべて寒き日の19平野の空は暮れんとす。
(注)@惣社 今の前橋市惣社町総社。
一 次の語の読みを記せ。
1 惣社 2 荒涼 3 薄暮 4 憂患 5 烈しき 6 欄干 7 噛め 8 曳き
二 傍線部1〜19とA、Bの問に答えよ。
1 文法的に説明せよ。
2 辞書で意味を調べよ。
3 (1)直として 口語訳せよ。 (2)通ずるならん 口語訳せよ。
(3)作者は大渡橋のことをよく知っているはずなのにこう言ったのはなぜか。
4 辞書で意味を調べよ。
5 やや無理な表現なので分かり易い言い方に言い換えよ。
6 (1)「感情は苦しくせり」やや無理な表現なので分かり易い言い方に言い換えよ。
(2)作者のどのような心情を述べたものか。
7 作者のどのような状態を述べたものか。
8 (1)憂患 辞書で意味を調べよ。 (2)口語訳せよ。
9 誰のどういう様子か。
10 辞書で意味を調べよ。
11 分かり易く説明せよ。
12 辞書で意味を調べよ。
13、14 この表現をそれぞれ説明せよ。
15 わかりやすく説明せよ。
16 なぜこういう言い方をしたのか。
17 辞書で意味を調べよ。
18 どのような日か。
19 何平野か。
A 次の部分から下記の修辞法の使われている箇所を指摘せよ。
ア 全体 繰り返し
イ 全体 脚韻
ウ 第二連 比喩
B 詩の形式を記せ。
構成
第一連 景 橋の上 橋のイメージ
景 車 自転車
↓
情 飢え
第二連 情=爆発 憂いの痛さ
↓
怒り
↓
自己否定
景 欄干で泣く
=
情 自嘲
景 橋の上
主題 孤独な魂の飢渇感・絶望感
一 1 そうじゃ 2 こうりょう 3 はくぼ 4 ゆうかん 5 はげ 6 らんかん
7 か 8 ひ
二 1 格助主格 2 架ける。
3(1)まっすぐ。 (2)つうじているのだろう。(3)橋が大きくて長いので故郷への違和感を感じ
ている。 4 荒れ果てて寂しい様。5 往くものは荷物を積み、その車に馬をつけてひかせて
いる。
6(1)感情は(私を)苦しくさせる。(2)夕暮れ時の一番安らぐ場所を求めるときに、満たされない思
いをしている。
7 故郷への違和感。 8 (1)心配し悩むこと。(2)つらさをあじわい尽くした。
9 作者の老いていく様子。10 ひどく恨むこと。 11 詩人としての過去を否定する。
12 てすり。 13 悲惨な思い。14 痛恨の思いのすさまじさ。
15 仕方がない。16 それを涙だと認めたくないから。17 卑しいこと。下品なこと。
18 自然の風物だけでなく、作者の心も寒々としている。 19 関東平野。
A ア 往くものは荷物を積み車に馬を曳きたり
イ 「ん」「り」「んとす」
ウ 「塩のごとく」「狼のごとく」「涙のごとき」
B 文語詩 自由詩