時計 『若草』(昭和3年) 萩原朔太郎
語釈
古いさびしい空き家の中で
1椅子が茫然として居るではないか。
その上に腰をかけて
編物をしてゐる娘もなく
暖炉に坐る黒猫の姿も見えない
白いがらんどうの家中で
私は2物悲しい夢を見ながら
3古風な柱時計のほどけて行く
4錆びたぜんまいの響を聴いた。
5じぼ・あん・じゃん! じぼ・あん・じゃん!
古いさびしい空き家の中で
6昔の恋人の写真を見てゐた。
どこにも思い出す記憶がなく
洋灯お黄色い光の影で
7かなしい情熱だけが漂ってゐた。
私は椅子の上にまどろみながら
8遠い人気のない廊下の向こうを
9幽霊のやうにほごれてくる
柱時計の10錆びついた響を聴いた。
じぼ・あん・じゃん! じぼ・あん・じゃん!
一 次の語の読みを記せ。
1 椅子 2 茫然 3 暖炉 4 錆びた 5 洋灯 6 幽霊
二 傍線部1〜10とAの問に答えよ。
1 (1)椅子がどんな状態になっているか。(2)それによってどんな感じが表現されているか。
2 どのような気持ちか。
3 (1)柱時計のどういう様子を言っているか。(2)この時計はどういうことを象徴しているか。
4、10の繰り返しの効果。
5 こういう語を何というか。どんな感じを表現したものか。
6 なぜか。
7 どんな気持ちか。
8 詩人のどのような感覚が読み取れるか。部屋に対する感覚、自己の内面に対する感覚の二点から説明せよ。
9 修辞法は何か。何のどのような印象を表現したものか。
A 詩の形式を記せ。
構成
第一連 現在 空き家 孤独な詩人
第二連 空き家 昔の恋人 過去にこだわろうとする意識
主題 何ものをも失った気持ちの中、はかない望みすらもかなわない絶望感、
時計 解答
一 1 いす 2 ぼうぜん 3 だんろ 4 さ 5 らんぷ 6 ゆうれい
二 1 (1)腰かける人がいない状態。(2) あるべき所にあるべき物がない空虚な感じ。
2 現在の空虚な状態から逃れて、過去の世界に入ろうとしながらそれができないことを知ってる悲しい
気持ち。
3(1)ゼンマイが戻って時を打とうとしている様子。
(2)過ぎ去っていった時間や過去の出来事。
4、10 過去から果てしない時間がたったこと。現在の自分の状態が固定してしまったこと。
5 擬音語。 非常にゆっくりした感じで現在から離されたものうげな感じ。
6 全く関係なくなった昔の恋人のことも自分の中から消し去っていたから。
7 情熱の対象となるもおのないやりきれない気持ち。
8 部屋=空間が広く空虚な感じ。内面=誰もおらず孤独な感じ。
9 修辞法=比喩。何=時計の音。印象=この世の物でないような印象。
A 口語詩 自由詩