ネロ   ―1愛された小さな犬に                       谷川俊太郎

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語釈

2ネロ

もうじき又夏がやってくる

お前の舌

お前の眼

お前の昼寝姿が

いまはっきりと僕の前によみがえる

お前はたった二回程3夏を知っただけだった

僕はもう十八回の夏を知っている

そして今僕は自分のや又4自分のでにあいろいろの夏を思い出している

@     メゾンラフィットの夏

A     淀の夏

B     ウイリアムスバーグ橋の夏

C     オランの夏

そして僕は考える

人間はいったいもう何回位の夏をしっているのだろうと

ネロ

もうじき又夏がやってくる

しかしそれはお前のいた夏ではない

又別の夏

全く別の夏なのだ

新しい夏がやってくる

そして新しいいろいろのことを僕は知ってゆく

美しいこと みいくいこと 僕を元気づけてくれるようなこと 僕をかなしくするようなこと

そして6僕は質問する

いったい何だろう

いったい何故だろう

いったいどうっするべきなのだろうと

ネロ

お前は死んだ

誰にも知れないようにひとりで遠くへ行って

お前の声

お前の感触

お前の気持ちまでもが

今はっきりと僕の前によみがえる

しかしネロ

もうじき又夏がやってくる

新しい無限に広い夏がやってくる

そして

僕はやっぱり歩いてゆくだろう

新しい夏をむかえ 秋をむかえ 冬を迎え 

春を迎え 更に新しい夏を期待して

すべての新しいことを知るために

そして

すべての僕の質問に自ら答えるために

 

(注)@メゾンラフィット パリ郊外の町。『チボー家の人々』の一舞台。入試の解放感。A淀 京都市伏見区の町。作者の母の郷里。疎開先。Bウイリアムスバーグ橋 ニューヨーク市のイースト川に架かる橋。アメリカ映画「裸の町」の一舞台。追い詰められた犯人がこの橋から転落する。Cオラン アルジェリア北西部の湊町。カミュの小説『ペスト』の舞台。ペスト流行の悲惨な夏。

 

一 次の語の読みを記せ。

 

1 淀 2 何故

 

二 傍線部1〜7とA〜Cの問に答えよ。

 

1 ここからこの犬がどういう犬であるかがわかるか。

 

2 なぜ夏である必要があるか。

 

3 「夏を知」るとはどういうことか。

 

4 このことによって、作者は何を確かめたのか。

 

5 ここから作者のどのような姿勢が感じられるか。

 

6 何に対して「質問する」のか。

 

7 どのようなものか抜き出せ。

 

A この詩はネロに呼びかける形でうたわれている。どういう効果をあげているか。

 

B 修辞法を指摘せよ。

 

C 詩の形式を記せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

構成

 

 

 

 

 

 

 

 

死んだ子犬             暗

死への悲しみ

ネロの姿をよみがえらせる。

子犬の様子 視覚的・具体的

 

ネロの二回の夏

様々な夏

 

別の夏が来る

 

 

 

子犬の様子 視覚的 感情的

ネロへの呼びかけ

夏の自分              明

生きる決意

 

 

 

 

 

 

 

 

僕のこれからの新しい夏

 

 

 

新しい無限に広い夏を生きる決意

自己の思い

 

主題 茫洋とした前途に大きな期待を感じている若い生命力

 

 

 

ネロ   解答

 

一 1 よど 2 なぜ

二 1 既にしんでいること。 2 夏=生命の最も充実する時。生の充実感。

  3 生の刻々の新しさを知り未来と言うものの広がりをたしかめる。

  4 それぞれの夏にはそれぞれの夏があり、新しさがあったこと。

  5 過去のものと否定し、未来へ向かう。

  6 「うつくしいこと」「みにくいこと」「僕を元気づけてくれること」「すべてのもの」

  7 「いったい何だろう/いったい何故だろう/いったいどうっするべきなのだろう」

  A ネロは死んだ子犬であって、それに呼びかけることによって、より今現在の自分の「生」がはっきり

と確認されることになるから。

  B 倒置法 「いったい何だろう/いったい何故だろう/いったいどうっするべきなのだろう」

        「僕はやっぱり歩いてゆくだろう/新しい夏をむかえ 秋をむかえ 冬を迎え/ 

春を迎え 更に新しい夏を期待して/すべての新しいことを知るために」

  C 口語詩 自由詩