地名論(昭和42年) 大岡 信
語釈
一
2水道管はうたえよ
3「御茶の水は流れて
鵠沼に溜り
荻窪に落ち
奥入瀬で輝け」
4「サッポロ
バルパライソ
トンブクトゥーは」
5耳の中で
雨だれのように延びつづけよ
二
6奇体にも懐かしい名前をもった
すべての土地の精霊よ
7時間の8列柱となって
おれを包んでくれ
おお 見知らぬ土地を限りなく
数えあげることは
どうして人をこのように
音楽の房でいっぱいにするのか
三
燃えあがるカーテンの上で
9煙が風に
形をあたえるように
10名前は土地に
11波動を与える
土地の名前はたぶん
光でできている
四
外国なまりがベニスといえば
しらみの混ったベッドの下で
暗い水が囁くだけだが
おお ブェネーツィア
故郷を離れた赤毛の娘が
叫べば みよ
広場の石に光が溢れ
12風は鳩を13受胎する
おお
それみよ
14瀬田の唐橋
15雪駄のからかさ
16東京は
いつも
曇り
一 次の語の読みを記せ。
1 鵠沼 2 溜り 3 荻窪 4 奥入瀬 5 雨垂れ 6 精霊 7 囁く 8 溢れ
9 受胎 10 瀬田 11 雪駄
二 1と傍線部2〜16の問いに答えよ。
1 この詩の形式を記せ。
2 何がどうする様子を歌ったものか。
3 (1)「お茶の水は流れて」は、直前の「水道管は歌えよ」とどのようなつながりを持っているか。
(2)四つの地名の共通点を指摘せよ。
(3)この四行は何のどういう様子を歌ったものか。
4 三つの地名が選ばれここに用いられている理由は何か。
5 (1)「天垂れのように」とう比喩が用いられたのはなぜか。
(2)この詩句には作者のどのような思いが込められているか。
6 辞書で意味を調べよ。
7 (1)ほぼ同じような意味を持つ語句を抜き出せ。
(2)どういうことを表現しているか。
8 辞書で意味を調べよ。
9 どういうことか。
10 (1)ほぼ同じような意味を持つ語句を抜き出せ。
(2)「名前」が「土地に波動をあたえる」ことを具体的に描いた部分はどこか。
(3)この詩句によってなにを言おうとしているか。
11 辞書で意味を調べよ。
12 どういう情景か。
13 辞書で意味を調べよ。
14 「瀬田の唐橋」と「雪駄のからかさ」はどのような関係にあるか。
15 辞書で意味を調べよ。
16 どうするとどういう気持ちになるということか。
構成
一 地名の音の響き→水の印象
御茶の水 鵠沼 荻窪 奥入瀬
サッポロ バルパライソ トンブクトゥー
二 地名賛美
知らない地名→素晴らしい印象
三 地名賛美
地名の印象→土地のイメージ
四 地名の印象→土地のイメージ
(例) 外人 「ベニス」 =暗いイメージ
出身者 「ブェネーツィア」=明るい
東京 =暗い
主題 地名は、土地の精霊であるかのようにすばらしい印象を与える。
地名論 解答
一 1 くげぬま 2 たま 3 おぎくぼ 4 おいらせ 5 あまだ 6 せいれい 7 ささや
8 あふ 9 じゅたい 10 せた 11 せった
二 1 口語詩 自由詩
2 水が水道管の中を音を立てて流れる様子。
3 (1)「水」→「お茶の水」 (2) 全て水に関係する語が地名の中に入っている。
(3)ある所の「水」が「流れ」、沼に「溜り」、窪みに「落ち」、瀬で光を反射して輝くといった、
水の様々な様子。4 地名の音の感じが、水が落ちたり、はじけたりする音の感じと似ているから。
5 (1)地名の音の感じが雨だれを思わせるようなリズムを持っているから。
(2)雨だれがいつまでも続くように地名のリズム感でいつまでも私の耳を楽しませてくれと言う思
い。6 不思議なさま。
7(1)「音楽の房でいっぱいにする」(2)その名自体が素晴らし印象を与える地名が並び立てられる事。
8 何本も並んだ柱。9 煙があれば風の動きが分かること。
10(1)「土地の名前はたぶん/光でできている」
(2)外国なまりがベニスといえば/しらみの混ったベッドの下で/暗い水が囁くだけだが
/おお ブェネーツィア/故郷を離れた赤毛の娘が/叫べば みよ/広場の石に光が溢れ
/12風は鳩を受胎する
(3)地名から受ける印象が、土地そのもののイメージを決定すると言うこと。
11 波が輪のように広がっていく動き。 12 鳩が風に包まれるようにして、空一杯に舞い上がる情
景。 13 みごもること。
14 音の類似 セタ セッタ。カラハシ カラカサ。
日本的イメージ 瀬田の唐橋 雪駄のからかさ。
15 竹皮草履の裏に竹皮をはりつけたもの。
16 「東京」という地名を聞くと、いつもなんとなく沈んだ感じになるということ。
(根拠は示されていない。作者の「東京」という土地の印象が「東京」という地名の印象を形作っ
ている。)
*名は体を表す。人名=人格。地名=土地の精霊。言霊的発想。