語釈
一
健康な人間が普通とくにその体を意識しないように、法律や制度も私たちの社会生活が順調に行われているときには、私たちはほとんどそれらを意識しない。法律や制度を私たちがそれとして強く意識するのは、たとえば自動車を運転していて交通法規に違反したり、不動産の売買がこじれて1いやおうなしに法律的に問題を解決しなければならなくなったりしたときである。ふだんはいわば2透明で気にならなかった法律や制度が、3そういうときになると4不透明な抵抗物となって私たちの前に現れてくる。知らないでは済まないもの、社会的な、さらには物理的な拘束力を持ったものとして現れてくる。そのように法律や制度が透明で気にならないものから5独自の存在性を持った抵抗物へ、そしてさらに社会的・物理的な拘束力を持ったものへとなっていくその変化がよく見られるのは、たとえば交通違反をして警官に捕まったときである。
そのようなとき、もとは6些細な信号や標識の無視であっても、交通法規の全体系に、さらには法秩序の全体に私たちは対立するわけである。こんなことを言うと大げさに聞こえるかもしれない。しかし仕組みそのものは、もっと過激な国法の侵犯の場合と変わりないのである。とにかく、気にならないいわば透明なものから無視しがたい不透明な抵抗物へ、さらに社会的・物理的な拘束力を持ったものへ、というこの変化は、社会規範や制度の中でも最も明確な法規が私たちの日常の行動とどのようにかかわっているかを示していると言えるだろう。しかし、それにしても、法律や制度は私たち人間に対して、なぜこのような7さまざまの姿を示し得るのであろうか。それは、8法律や制度の固有の存在のしかた、自然にある物や物質的な製作物とは違った存在のしかたによるのである。この点について少し詳しく見てみよう。
一 次のカタカナを漢字に直し、漢字の読みを記せ。
1 フドウサンの売買 2 物理的なコウソクリョク 3 ササイな信号 4 国法のシンパン
5 フトウメイ 6 シャカイキハン 7 明確なホウキ
二 傍線部1〜8の問いに答えよ。
1 辞書で意味を調べよ。
2と4を分かりやすく言い換えた語句を抜き出せ。
3 どういうときか、抜き出せ。
5 どういうことか。
6 辞書で意味を調べよ。
7 どういうものか。
8 どういったものか。
一 解答
一 1 不動産 2 拘束力 3 些細 4 侵犯 5 不透明 6 社会規範 7 法規
二 1 是非を言わせずに。 2 「気にならない」4「無視しがたい」。
3 「自動車を運転していて交通法規に違反したり、不動産の売買がこじれていやおうなしに法律的に問
題を解決しなければならなくなったりしたとき」
5 知らないではすまないものとして人間に対して抵抗する存在になっていること。
6
7 「気にならないいわば透明なもの」「無視しがたい不透明な抵抗物」「社会的・物理的な拘束力を持っ
たもの」
8 「自然にある物や物質的な製作物とは違った存在のしかた」
二 1
そこでまず、交通法規や1物権法など、一般に2法律が、また制度がなぜあるのかということから考えてみる。言うまでもなく私たち人間は、単なる個人としてではなく、集団のうちで他人との関係において生きている。それも、初めに個々人がありそれらが集まって社会となるのでも、また、初めに社会がありその一部分として個人があるのでもない。集団あるいは社会といい個人というのは、私たち人間の在り方の二つの3相であり側面であって、4両者が結びついているところに現実の私たち人間の姿がある。もしも集団や社会のうちに個人が含まれているというならば、同時にまた、5個々人のうちにも社会は内面化されているのである。
二 2
だが、
この集団の中での他人との関係は、集団が大きくなり複雑になるにつれて、直接的ではなく間接的なものになるだろう。家族や友人仲間のような小さな集団では、通常とくにそれを律する規則がなくとも秩序が保たれる。しかし居住地の地域社会でも学術団体や政治団体でも、とにかくその成員の数が多くなると、どうしても6そこでの人間関係が間接的なものにならざるを得ない。けれども人間関係の間接化は7それだけに尽きない。もっと本質的なことがほかにある。すなわち、私たち人間は社会の中で集団生活を営みながら、労働によって周囲に存在する自然の物体にはたらきかけ、さまざまなものを作り出してきた。8それは衣食住の必需品から9それを超えたいろいろな技術的製作物や文化的な諸施設にも及ぶ。そして、10そのような活動は、11自然物に人間の刻印を押すことであり、自然物を人間化して自己の所有とすることであった。この場合、そのようにして作り出されたさまざまのものは、強く人間的な意味を帯びるだけではない。それ自身が私たちの社会生活にとって不可欠な部分となり、それらの仲立ちなしには社会生活が12円滑に営めなくなるのである。
人間によって加工され、作り出され、所有されたさまざまなものを仲立ちにして社会生活が営まれるとき、13私たち人間相互の関係は直接的なコミュニケーションではなくなって間接的なものになり、そこでどうしても意思の14疎通を欠きやすくなるだろう。従来にはなかった争いごとがあれこれ起こることになるだろう。たとえば、自然のままの原野であったならばなんらの争いごとも起こりようがないところに、人々が開墾して農作物を作ったり牛馬を放牧したりして住みつくようになると、そしてまた土地の所有権を主張するようになると、そこに、所有地の境界をめぐって争いごとが起こるようになる。その所有者たちがその現地に住んでいる場合には、境界線がたえず確認できるから、まだいい。ところが、境界を接している二人の地主の一方が他の地方に移り住んでいるような場合には、意思の疎通がいっそう難しくなり、悪くなり、もめごともいっそう多くなるだろう。
二 3
15 人間関係がいっそう複雑化し間接化する中で社会生活が合理的に円滑に運営されていくためには、その中にいるものとして私たちが、その社会関係を全体にわたって見渡すことができ、また調整したり16統御したりすることができるように、社会関係そのものが合理化され、客観的に示されなければならないであろう。逆に言うならば、社会関係を合理化し客観化することによって社会生活が円滑な安定したものになるのであり、自然物へのはたらきかけによって生み出されたさまざまのものも、私たち人間にとって役立つものとして使われることができるようになるのである。17法律といい制度というのは、このように集団内部での人間相互の関係を合理化し客観化したものにほかならないであろう。
一 次のカタカナを漢字に直し、漢字の読みを記せ。
1 フクザツになる 2 キョジュウチ 3 ヒツジュヒン 4 ショシセツ 5 人間のコクインを押す
6 フカケツな部分 7 エンカツに営む」 8 意思のソツウ 9 調整したりトウギョしたり
10 キャッカンカ
二 傍線部1〜17の問に答えよ。
1 辞書で意味を調べよ。
2 この点について筆者はどのようにに考えているか。
3 辞書で意味を調べよ。
4 何と何か。
5 どういうことか。
6 指示内容を記せ。
7 指示内容を記せ。
8 指示内容を記せ。
9 指示内容を記せ。
10 どのような活動か。
11 同じ意味を持つ語句を抜き出せ。
12 辞書で意味を調べよ。
13 なぜか。
14 辞書で意味を調べよ。
15 一番の理由はどういうことか。
16 辞書で意味を調べよ。
17 どういうことか。
二 123 解答
一 1 複雑 2 居住地 3 必需品 4 諸施設 5 刻印 6 不可欠 7 円滑 8 疎通
9 統御 10 客観化
二 1 財産権の一つ。一定の物を直接に支配する権利。すなわち人の行為を介しないで、ものについての
利益を享受し得る権利。所有権・永小作権・地上権・質権・抵当権・占有権。
2 「社会生活が合理的に円滑に運営されていくため」 3 外面に表れた様子。
4 集団あるいは社会 個人。 5 本人が自覚していなくも社会性が内在化されている。
6 居住地の地域社会や学術団体や政治団体。
7 集団が大きくなり、複雑になることを集団の成員の数が多くなること。
8 人間が自然の物体に働きかけて作り出してきたもの。9 「衣食住の必需品」
10 「労働によって周囲に存在する自然の物体にはたらきかけ、さまざまなものを作り出して」いく
活動。11 「加工」 12 物事がさしさわちりく行われること。
13 作りだされたものが不可欠な部分となり、それらの仲立ちなしには社会生活が営めなくなるから。
14 意思の通ずること。
15 人間によって加工され所有されたさまざまなものを仲立ちにして社会生活が営まれるから。
16 まとめ支配すること。
17 法律や制度は複雑化・間接化した人間関係を円滑に運用するために必要不可欠なもおである。
三 1
ところで、このように合理化され客観化された社会関係を制度的現実と名づけるならば、制度的現実は何よりも私たち人間の意志のはたらきによって作り出されたものである。しかも1それは、人間から独立した客観的な実在、いわば2第二の自然として、私たちに対して一つの環境を形作る。自然的・物質的な環境とは違ったものだ。と同時にそれは、3固有の法則や論理を持ってくる。では、固有の法則とは何か。まず第一の4自然の法則いわゆる自然法則は、対比を際立たせて言えば、私たち人間の意志のはたらきの有無にかかわらず存在しており、自然界の内にある万物を支配している。自然法則とは一般に、私たちとは無関係にただ外部に存在しているのであり、私たちは5それをただ6そういうものとして認識するだけである。7法律や制度の法則の場合も、すでにでき上がったもの、実施されているものとしては、私たちは同様にあるがままのものとして認識するだろう。しかしながら、法律や制度は自然法則のように私たちの意志のはたらきの有無にかかわらず存在しているわけではない。それらは、私たち人間の共同の意志によって設定されたものであり、定立されたものである。いっそう正確に言えば、設定され定立されて在るものなのである。
三 2
実定的な法律や制度が私たち人間の意志によって設定されて在るということは、それらが8私たちの意志を外部に客観化したものであるとともに、9そうすることを通してそれらが10私たちを取り巻く社会的な現実を再組織し秩序立てている、ということである。すなわち、共同の意志による取り決めを文字化し文書化し、それぞれの機関によって審議し決定したのち、11それを12公布し施行するとき、法律や制度は規範として客観化されるだけではなくて、社会的な現実を自己の観点から組織して、13一つの現実的な力となるのである。とくに法律の場合には、違反を防ぎ違反行為を罰してその施行を保障する処罰規定を伴っている。そして違反者を逮捕したり身柄を拘禁したりすることもあるから、その力はいっそう物質的な性格を持つのである。
まことに、14法律や制度は人間によって作られた、その意味で仮構的なものでありながら、それでいて現実的な力と意味を持っている。15これは何よりも、16それらが意志によって設定された規範としての次元と、現実を組織し直すはたらきの次元という二つの異なった次元を含み、17それらが結びついているからであろう。つまり、その現実的な力は、意志による18規範の仮構を通して初めて存在するのである。ここに、19法律や制度の自然物や普通の道具とは違う独特の存在のしかたがある。それだけに私たちは、それらを十分に使いこなそうとすれば、20自然物や道具と同じように考えてはならない。それらを私たち人間の統御や支配のもとに置こうとすれば、すでに在るもの、でき上がったもの、21既成のものとして詳しく知っているだけでは足りないだろう。それらの法律や制度が私たちの共同の意志に真にかなったものであるかどうか、私たちの共同の意志とはいったい何をめざすものであったかを確かめることが必要なのだ。
三 3
法律や制度もひとたび作り出され実定化されると、それらを生み出した私たちの共同の意志そのものが客観化されて示されるとともに、22規範として現実を組織して23物質的な裏づけを持つようになるから、それらも多かれ少なかれ惰性的で慣性的な性格を帯びるわけである。運動する物体の場合と同じように過去の状態を持ち続けるわけである。したがって法律や制度は、24そういう性質を含んだものとして社会的に固有の法則や論理を持つのであり、ここに私たちの意志との結びつきが失われるとその惰性的な性格がいっそう強まり表面化して、逆に25私たち人間を支配してくるようになるのである。こうして、制度によって仲立ちされた現実、社会的な現実が社会科学の対象になり得るのであり、また、制度が私たち人間にとってよそよそしいもの、敵対的なものとして現れてくるのである。つまり制度による私たち人間の疎外ということも生じてくるのである。
一 次のカタカナを漢字に直し、漢字の読みを記せ。
1 人間のイシ 2 ウムにかかわらず 3 ニンシキする 4 チツジョ立てる 5 シンギし決定した
6 それをコウフしシコウする 7 ショバツキテイ 8 ミガラをコウキンし 9 セッテイされた
9 キセイのものとして 10 惰性的
二 傍線部1〜25の問に答えよ。
1 指示内容を記せ。
2 どういうことか。 3 どういうものか。
4 その存在の仕方を説明せよ。
5 指示内容を記せ。
6 指示内容を記せ。
7 その存在の仕方を説明せよ。
8 どういう意味か。 9 どういう意味か。
10 どういうことか。
11 指示内容を記せ。
12 辞書で意味を調べよ。
13 具体的にはどういったことか。
14 どういうことか。
15 指示内容を記せ。 16 指示内容を記せ。
17 指示内容を記せ。
18 どういうことか。
19 「法律や制度」と「自然物や普通の道具」との共通性・類似性としてはどういうことがあげられるか。
20 それではどのように考えねばならないのか、一文で抜き出せ。
21 辞書で意味を調べよ。 22 辞書で意味を調べよ。
23 同じ意味の語句・表現を抜き出せ。
24 どういう性質か。
25 どういうことか。
三 1,2、3、解答
一 1 意思 2 有無 3 認識 4 秩序 5 審議 6 公布 施行
7 処罰規定 8 身柄 拘禁 9設定 10 ダセイテキ
二 1 制度的現実。2 「人間の意志のはたらきによって作り出されたもの」
3 所属している者たちの意思によって作られた法則。4 人間の意志の働きによって作り出されたもの。
4 人間の意思の働きの有無にかかわらず存在する。5 「自然法則」
6 「私たちとは無関係にただ外部に存在している。」7 人間の意志によって設定されて存在する。
8 共同の意志にによる取り決めを文字化し、文書化する。
9 人間の意志を外部に客観化すること。
10 再組織されて新たに秩序だてられた社会的な現実が制度的現実である。
11「共同の意志による取り決めを文字化し文書化し」たもの。12 広く告げ知らせること。
13 法律が「違反者を逮捕したり身柄を拘束したりすること」
14 法律や制度は意思によって設定されたもおでありながら、公布し施行するとき現実的な力を持つ。
15 「仮構的なものでありながら、それでいて現実的な力と意味を持っている」
16 法律や制度。
17 意思によって設定された規範としての次元と、現実を組織し直す働きの次元。
18 合理化、客観化の作業を繰り広げることいよって、規範を設定・定立すること。
19 「すでに在るもの、でき上がったもの、既成のものとして」認知すること。
20 「それらの法律や制度が私たちの共同の意志に真にかなったものであるかどうか、私たちの共同の
意志とはいったい何をめざすものであったかを確かめることが必要なのだ。」
21 すでにできあがって世に行われていること。 22 判断・評価・行為などのよるべき規則・基準。
23 「一つの現実的な力」「物質的な性格」「現実的な力」
24 「過去の状態をもち続ける」「惰性的で慣性的な性格」
25 法律や制度は惰性的・慣性的な性格が強まると人間の意思を離れて固有の力をふるうようになるこ
と。
四 1
さて、これまで私たちは、制度を法律と並べ、法律を典型として制度を考えてきた。それは、意識的に作られた、いわば目に見える制度のことであった。自覚的に設定された制度、あるいは慣習に基づきながらもそれを1成文化した制度のことであった。たしかにそのような制度は、制度の中で最も明確なものであるけれども、2それが制度のすべてでないことは言うまでもない。意識的に作られた制度、目に見える制度に劣らず重要なのは、歴史の内で私たち人間によって3無意識に作られた、目に見えない制度である。慣習や習俗を含むところの制度、私たちが共同社会の中で営む生活を暗黙のうちに律している制度である。4無意識な規範としての共通の言語体系、つまり国語も、そして共通のものの感じ方のシステムつまり感性構造も、この目に見えない制度なのだ。
すなわち、目に見える制度から成る主なるものが国家とくに法的国家、地方自治体、政党、結社、学校、会社、組合、交通機関や通信機関などであるのに対して、目に見えない制度から成るものとしては、法制化されていないさまざまな年中行事(祭りを含む)、贈与儀礼、出生儀礼、婚礼、葬制、祖先祭祀、物忌み、社会的差別、それに芸能や文化の諸形態などをあげることができるだろう。そして、5これらのものは、まさに目に見えないので制度として自覚されにくい。6習い性となるという言い回しがあるが、私たち人間には習慣が生まれながらの性質のように、自然のようになって、7制度と自然とがほとんど見分けがつかないようになることがある。8しきたりが身について9ぎこちなさがなくなるのは、10それとしてはいいことである。11作法や儀式のしかたが身につくことは、自由な意見の交換や遠慮のない意思の疎通とともに、私たちが社会生活の中で共同性を強めていくうえで好都合であろう。そして、12このように身につくということは、外側にあって習うべきものであった作法や儀式のしかたを私たちが内面化したことなのである。しかしながら、私たちの自己認識という観点から言えば、たとえその制度が目に見えない無意識的なものであっても、というより13そういうものであればあるほど、いっそう、その作られた、制度としての性格と仕組みとを立ち入って知っておくことが必要だろう。
一 次のカタカナを漢字に直し、漢字の読みを記せ。
1 アンモクのうちに 2 ケッシャ、学校 3 シュッセイギレイ 4 コンレイ 5 ソセンサイシ
6 モノイみ 7 ゾウヨギレイ 8 作法やギシキ 9 意見のコウカン 10 コウツゴウ
二 傍線部1〜13の問に答えよ。
1 辞書で意味を調べよ。
2 指示内容を記せ。
3 相当しないものを次の中から選べ。
ア 慣習や習俗 イ 感性構造 ウ 成文化された制度 エ 共通の言語体系
4 どういうことか。
5 指示内容を記せ。
6 (1)ここでの意味を説明している部分を五十五字以内で抜き出せ。
(2)(1)で抜き出した部分から「習い」と「性」について端的に表している語を「習・性」を用いない
二字の語でそれぞれ答えよ。
7 具体的に例をあげて言い換えてある部分を抜き出せ。
8 辞書で意味を調べよ。
9 辞書で意味を調べよ。
10(1)その理由を説明している一文を抜き出せ。
(2)「は」は「いいこと」ばかりではないことを暗示している。注意すべきことを抜き出せ。
11 同じ意味の語句を抜き出せ。
12 どういうことか。
13 指示内容を記せ。
四 1 解答
一 1 暗黙 2 結社 3 出生儀礼 4 婚礼 5 祖先祭祀 6 物忌 7 贈与儀礼
8 儀式 9 交換 10好都合
二 1 文章に書き表すこと。
2 「目に見える制度」自覚的に設定された制度、あるいは慣習に基づきながらもそれを成文化した制度」
3 ア
4 国語や感性構造は、意識的にならなくても自然に獲得していくもので、いったん自分のものにしてし
まえば、当たり前のものとなり、意識化されあい。
5「法制化されていないさまざまな年中行事(祭りを含む)、贈与儀礼、出生儀礼、婚礼、葬制、祖先祭
祀、物忌み、社会的差別、それに芸能や文化の諸形態など」
6(1)「習慣が生まれながらの性質のように、自然のようになって、制度と自然とがほとんど見分け
がつかないようになる」 (2)「習い」=制度 「性」=自然。
7 「しきたりが身についてぎこちなさがなくなるのは、それとしてはいいことである。」
8 以前からのならわし。 9 動作などがなめらかでなく不自然であること。
10 (1)「作法や儀式のしかたが身につくことは、自由な意見の交換や遠慮のない意思の疎通とともに
私たちが社会生活の中で共同性を強めていくうえで好都合であろう。
(2)「制度としての性格と仕組みとを立ち入って知っておくこと」
11 「いきたり」 12 しきたり、作法や儀式の仕方が身につくこと。13 無意識的なもの。
四 2
たとえば、1男女の愛の形について振り返ってみる。私たち日本人は、明治維新以後、とくに太平洋戦争後、男女の結びつきの在り方について、しばしば2見合いによる結婚が古い封建的なもの、束縛された非人間的なものであり、それに対して自由な恋愛や恋愛結婚を近代的な新しいもの、3人間的なものと考えてきた。そのために戦前には、4なんとただ恋愛をすることだけで古い封建的な軛を逃れ、5それに反抗しているものと考えられたことさえあった。
親が決めた家本位の男女の結びつきや、本人たちの意向を無視して推し進める結婚に対して、自由な意思による恋愛は、たしかに個人としての人間を解放するものではあるだろう。しかし、このような場合に6しばしば、束縛しているのはかつての封建的な家族制度あるいはその残りかすであり、解放されたのは人間の本性や自然である、と考えられている。すなわち、近代的な恋愛こそ、私たち人間の本来の男女関係の在り方であり人間の自然である、と考えられている。7しかしながら、現在私たちが言ういわゆる恋愛、近代的な恋愛の形式が成立したのは、@A・モロワも言うように、十八世紀のフランスのAサロンでのことであり、8それはほかならぬ歴史的な近代の産物、つまり作られたもの、制度的なものだったのである。9人間の自然にのっとりながらもそれを秩序立て、それに形式を与えたもの、つまり文化だったのである。そのことは現在では、文化人類学が男女の結びつきの諸形態は文化や時代によって違うことを示してきているので、いっそう明らかになっている。
まことに、10近代的な恋愛において、感情や感受性も秩序立てられ、制度化されている。やや範囲は限られるが、11そのことをドイツの詩人Bエンツェンスベルガーはうまい例をあげて説明している。ドイツの、自分の何代も前から住んでいる家に、古い戸棚があって、何かの折にその奥に手を入れたところ、太いひもでくくられた小さな、古ぼけた手紙の束が出てきた。何かと思ってほどいてみたら、なんとそれは、若いときに祖父と祖母とが互いにあてて書いた愛の手紙の数々であった。ところで、これらの手紙を分析してみると、ある事実が明らかになった。これらの愛の手紙は、その時代やその社会に広く読まれた作家の小説や手紙の一つの反響であり反映であるということである。とくにゲーテの小説や手紙は、祖父母の世代の多くのドイツの若者たちに、
学校や家庭での読書を通じて、恋愛の手順や感情の表現について一定の形式を与えずにはおかなかった、と。
体系としての神話や魔術四 3
だが、無意識的な制度化、あるいは無意識による物事の秩序づけは、いったいどのようにして行われるのであろうか。意識的な制度化だったら、当然だれかが、あるいは何人かが合議して、合理的な制度を立案し、他の人々によっても検討されたうえ、少なくとも形式上明確な合意に基づいてそれを打ち立てることができる。むろん無意識的な制度の場合には、そのような立案も検討も合意もあり得ないから、もっと12別のはたらきがなくてはならない。ここに13それらに代わるものとしてはたらくのは、私たち人間が集団として無意識のうちにある目的にかなった秩序や体系を形作る活動である。つまり、レヴィ=ストロースの言う14合目的的な無意識のはたらきである。しばしば15誤って考えられてきたように、私たち人間は意識的であるときだけ合理的・合目的的に振る舞うのではない。歴史はたしかに偶然に満ちているとはいえ、共同社会の中での人間の営みには、一人一人がそれと意識せずにおのずとある目的に沿った合理的な秩序の形成に協力するはたらきがあるのである。そして実は、16体系としての神話や魔術も、偶然性にさらされた現実に直面しての私たち人間の無意識的あるいは17下意識的な18秩序形成の産物であり、すでに一種の制度であったのである。
このように、私たち人間は、社会において共同生活を営む中で、意識的および無意識的に実に多くの制度、つまり合目的的な秩序を形作り、19それらを仲立ちとして互いに結びついている。というよりむしろ、20そのような結びつきによって共同社会が形作られているのである。
@ A・モロワ 1885〜1967年。フランスの批評家・小説家。Aサロン 上流婦人が自宅で主催する社交的集会。Bエンツェンスベルガー 1929〜。
一 次のカタカナを漢字に直し、漢字の読みを記せ。
1 ソクバクされた 2 軛 3 チツジョ立て 4 古いトダナ 5 手紙をブンセキする
6 一つのハンキョウ 7 何人かがゴウギして 8 アヤマって
9 グウゼンに満ちている 10 神話やマジュツ
二 傍線部1〜20の問に答えよ。
1 この例をどのような趣旨で挙げているか。
2 なぜか。
3 どういうものか。
4 「なんと」と「ただ」を直接受けている語句をそれぞれ指摘せよ。
5 指示内容を記せ。
6 直接かかっていく語句を抜き出せ。
7 これは、逆説の接続詞である。ここでの使われ方を説明せよ。
8 指示内容を記せ。
9 同じような意味で使われている語句を抜き出せ。
10 どういうことか。
11 指示内容を記せ。
12 説明した部分を抜き出せ。
13 指示内容を記せ。
14 どういうことか。
15 誤った考えかたに当たる部分を三十字以内で浮き出せ。
16「 体系としての神話や魔術」が18「秩序の産物」であるとはどういうことか。
17 どういうことか説明せよ。
19 指示内容を記せ。
20 どのような結びつきか。
四 2 3 解答
一 1 束縛 2 くびき 3 秩序 4 戸棚 5 分析 6 反響 7 合議 8 誤
9 偶然 10 魔術
二 1 「共同社会の中で営む生活を暗黙のうちに律している」(四 1)という特質を説明する例。
2 封建的な束縛により男女の自由な意思を押さえるから。3 「人間の本性や自然」にのっとったもの。
4 「なんと」さえあった 「ただ」だけで 5 「古い封建的な軛」 6 考えられている。
7 人間を束縛する家本位の男女の結びつきも、人間を解放する自由な恋愛も、「制度」の作りだしたもの
であることを説明している。 8 「近代的な恋愛の形式」
9 「感情や感受性」「人間の本性や自然」
10 近代において恋愛は、人間の自然にのっとっているようであっても、実際には文化によって形式を
与えられているということ。
11 「近代的な恋愛において、感情や感受性も秩序立てられ、制度化されている」こと。
12 「人間が集団として無意識のうちにある目的にかなった秩序や体系を形作る活動である。」
13 意識的な制度における立案・検討・合意という作業。
14 全員の目的にかなった合理的な秩序の形成に、意識しないうちに協力する性質がある。
15 「人間は意識的であるときだけ合理的・合目的的に振る舞う」
16 一見非合理に見えるが、実は人間が現実の偶然性に対抗して共同社会を維持していくため、無意識
に生み出した合理的な制度であるということ。
17 意識されていないものを思い出すことが可能であること。
19 「実に多くの制度」(「合目的な秩序」)
20 実に多くの制度を仲立ちとした結びつき。
一 二 三 四 五 |
段 |
1 2 3 1 2 3 1 2 3 |
節 |
法律・制度 意識した時 透明 気にならない 不透明 抵抗的 (例)交通違反 法制 Q 制度はなぜあるか? 人間=集団のうち 大きく、複雑になる 人間関係=間接的 (例)境界線 A 法律制度=合理化・客観化 法律・制度=意思による設定・定立 第二の自然 法律・制度=現実的な力・意味を持つ (例)逮捕・拘禁 法律・制度=惰性的・慣性的 人間を支配 敵対的 人間疎外 法治国家・地方自治体・交通機関 近代的恋愛 形 制度的なもの (例)モロワ サロン 中身 秩序立てられ制度化されてい る (例)エンツェンスベルガー 愛の手紙 小説 手紙 意識的な制度化=合議・立案・検討・定立 意識的制度 これらの結びつきによっ |
目に見える制度 |
第一の自然の法則 外部的存在 万物を支配 人は認識する
慣習・習俗・用語・感情構造 作法や儀式の仕方 内面化したこと 年中行事・儀礼・婚礼・芸能・文化 無意識的な制度化 集団として無意識のうちにある目的に かなった秩序や体系を形作る 合目的な無意識のはたらき (例)レブィストロース 無意識的制度 て共同社会を形成している |
目に見えない制度 |
構成
主題 人間は目に見える制度や目に見えない制度を意識的無意識的に形作り、それらを仲立ちとして互い
に結びつくことによって共同社会を形作っている。
本文 1977年刊『哲学の現在』による。